76話 伝説の種族でした!
「に、人間……いや、この耳は」
長く尖った耳と、すらりとした体型……
話には聞いたことがある。
たしか深い森の奥地にひっそりと暮らすと言われるエルフの特徴に合致する。
エルフは人間との一切の接触を拒み、数千年の間伝説の種族として知られていた。
イリアはそんな彼女の胸に耳を当てると、俺に言った。
「ヨシュア様! まだ、息があります」
「意識を失っているだけのようだな。今、回復魔法をかけている……しかし、これは治るかどうか」
女性の背中には、生々しく深い傷があった。刃の大きな武器で傷つけられたのだろう。
だがそれも、俺の回復魔法で綺麗に消えていく。
こんなに俺の回復魔法は効き目があったのか……
しかし傷は治るが、意識は戻らない。
「しばらくは様子を見るか……セレス、村まで運べるか?」
「メッメー! 任せるっす!」
俺たちはエルフを連れて、村まで戻ることにした。
セレスが天幕の一つにエルフを運ぶと、俺とイリアが下ろして横にさせる。
彼女の治療は、回復魔法を使えるメルクに任せた。
「メルク、頼むぞ」
メルクはこくりと頷く。
「任せる。いい匂いがするけど、食べないから大丈夫」
「た、確かにいい匂いはするな」
セレスが桃といったエルフだが……確かに桃のような甘い香りがする。
香水だろうか。あるいはエルフが日頃口にしている食べ物かもしれないが。
俺は天幕を後にすると、川であったことをメッテたちに伝えた。
「耳の長い種族か……ちょっと知らんな」
メッテと鬼人たちは知らないようだ。もちろんモープや人狼も。
しかしエクレシアだけは違った。
「耳長族か。話には聞いたことがある。我がエントの森のさらに東にある白葉の森に住まうと聞いていた」
「とすると、見たことはないんだな?」
俺の問いに、エクレシアは天幕の中で眠るエルフを見てうんと頷く。
「聞いたことしかない伝説の種族とばかり思っていた。まさか実在するとはな」
「じゃあ、その白葉の森に何かあったかもしれないな」
「ああ。可能性はある。わらわたちを襲った奴隷狩りが火をつけたのかもしれないが……奴隷狩りたちはもういないはず」
「いや、俺たちが戦ったのとは別の人間の可能性もある……」
コビスの他にも、奴隷狩りはいてもおかしくない。あそこまで大々的にやるやつはなかなかいないだろうが。
すると、イリアが言った。
「奴隷狩りを倒せれば、同盟に加わってくれるかもしれませんね」
「そうだな。その地方の奴隷狩りがいなくなれば、人間も奴隷狩りに手を染めにくくなる」
こちらとしても北方に同盟相手ができれば、色々と助かる。人間の動きをいち早く察知することができるだろう。
イリアが頷く。
「もし助けに行くのであれば、私たちに異論はありません」
「ありがとう、イリア。だが、エルフたちを襲ったのが奴隷狩りと決まったわけじゃない。住処も本当にあるか分からないし、調べてから事を進めるとしよう。適任はアスハたちかな」
現時点では、不明なことが多い。
北に向かってもし大軍勢と接敵したら、こちらの被害も甚大だ。
あのエルフの回復を待って話を聞いて、アスハら天狗に空から偵察してもらうのが一番だろう。
森が焼けているとか、なんらかの情報をもたらしてくれるはずだ。
エクレシアが答える。
「もし森を進むことがあれば、わらわたちエントが先導しよう。火さえ対策してくれれば、恐れるものなど何もない」
「わかった。その線で進めてみよう」
俺はとりあえず亜人たちの道具や家具を作って、エルフが目覚めるのを待つことにした。




