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74話 凱旋しました!

「帰ったぞ!! 皆、無事だ!」


 メッテは、城壁に待機する亜人たちに手を振って叫んだ。


 それを歓迎するように、城壁や村から歓声が上がる。


 賑やかな雰囲気の中、俺たちは村に凱旋したのだ。


 城門では、一足先に帰還していたエクレシアが、人の姿で待っていた。


「ヨシュア! 村に残っていた者たちが料理を作って待ってくれているぞ!」

「おお! 確かに、いい匂いがすると思った」


 香ばしい匂いを追って村に入ると、テーブルがずらりと並べられていた。


 卓の上には大皿に乗せられた焼き魚や、アーマーボアやヘルアリゲーターの肉を使った串焼きが見える。また、木の杯にはモープの乳が注がれていた。


 俺たちが帰ってくるのに合わせ、村に残った者たちが準備してくれていたようだ。


 皆が続々と卓を囲むと、メッテが声を上げた。


「よし! まずは乾杯だ! 皆、杯を持て! ……乾杯っ!」


 俺たちは、モープの乳で乾杯をした。


 セレスは魔人の姿になり、杯の乳を飲み干す。


「うちらの乳なのに……なんだかめっちゃおいしいっす!」

「これが勝利の味。アスハも飲む」


 メルクは乳を口にすると、アスハに杯を手渡した。


「美味しい……です」


 アスハは初めて飲むのか、少し驚くような顔だった。


 モープの乳はもともと美味だが……何かをやり遂げた後、今日みたいな勝利の後では、より美味しく感じるだろうな。


「ヨシュア、よくやった。飲んでくれ」


 俺に杯を差し出したのは、エクレシアだ。


「ありがとう、エクレシア……うん、これは?」


 俺は杯に入っているものが、乳ではないことに気が付く。

 緑色の澄んだ液体だった。


「わ、わらわの葉で作った茶だ。何も言わず飲め」


 エクレシアは恥ずかしそうに言った。


 これはエントたちの葉でできたお茶か。


 よく見ると、他の亜人たちも飲んでいるようだ。なかなか美味しいのか、皆、頬を緩ませている。ちょっとだらしないぐらいに。


「そ、そうか。じゃあ、いただくとするよ……おお」


 口にした瞬間、草花のいい匂いだけが口に広がった。


 すっきりとした飲み口だが、ほんのりとした甘さがある。

 それと急に体が温かくなったような……皆、表情を緩ませるのも納得だ。


 エクレシアは頬を真っ赤にして、俺の顔を覗き込んできた。


「……どうだ?」

「そ、そうだな。美味しいよ……こんなおいしいお茶は初めてだ」

「そうか! よかった! 私も、誰かに飲ませるのは初めてだったんだ!」


 嬉しそうに笑うエクレシア。

 だがその後方から、イリアが真顔で言う。


「ヨシュア様。私の刀ですが、削って召し上がりませんか?」

「え、遠慮しとくよ」


 そう答えると、セレスが鼻をクンクンとさせ俺の茶を嗅いだ。


「これ、もらうっす! 絶対に合うっす!」

「あ、セレス! それはヨシュアに!」


 セレスは俺の杯を手にすると、そこに乳を注ぎ込み、口にした。


「……これっす! 足りなかったさわやかさが加わったす! ウッメー!」

「セレス鳴き声変わってる。でもたしかに美味しい」


 メルクはセレスから乳の入った茶を横取りして、口をつけた。

 アスハにも分けている。


 エクレシアとメッテも、どれどれと味見する。


「美味しい! 姫、どうぞ」

「はい! うん……おいしい」


 イリアもメッテから杯を受け取ると、一口飲んで俺に差し出した。


 なんというかどきどきする。

 これって、間接的だが皆とキスなんじゃ……


「よ、ヨシュア様? 顔が真っ赤ですよ? どこかお体でも?」

「い、いや……ちょっと疲れたのかもしれない。寝てくるよ」


 なんというか、さっき茶を飲んだ時からずっと体が火照っている気がした。熱でも出たかな?


 イリアが心配そうに言う。


「なんと……では、ご一緒します」


 他の者たちも、俺についていこうとする。


「ありがたいが、せっかく盛り上がっているんだ。皆、族の長として、ここにいてくれ。皆が羽目を外しすぎるとも限らない」

「なら、私が適任だな!」

「いや、メッテ。魔王軍の新手が来ないとも限らない、しばらく頼む」

「む、むむ……仕方ない」


 メッテは残念そうに頷いた。


 イリアはなおも不安そうな顔で続ける。


「ヨシュア様。ともかく、ゆっくりお休みくださいね」

「ああ。そうさせてもらうよ」


 俺は天幕に着くなり、倒れるように眠った。


 ちょっとうるさい声で目を覚ますと、空にはもう綺麗な月が浮かんでいた。


 ウィズは俺に体の一部を伸ばして挨拶する。

 いつもどおり、俺の枕になってくれていたようだ。


「ウィズ、ありがとう。しかし、もう夜か。ああ……なんか、まだ体がほわほわするな」


 まだ寝るか……いや、さすがに体は洗いたいな。というか、温泉に入れば治るかも。


「皆は……いない」


 天幕には誰もいなかった。外も騒がしいし、まだ祝宴の最中なのかもしれない。


「とにかく温泉に行くか……」


 外に出て、俺は村の中央にある温泉へと向かった。


 宴会は盛り上がっているようだ。

 ちょっと盛り上がりすぎてるぐらいに。


 天幕の裏側は何やらやかましかったし、あちこちで裸で踊る鬼人や人狼がいる。


 道には、互いに抱き着く鬼人の男女も見えた。


「あなた……」

「おまえ……」


 そのまま二人は唇を重ねた。


 ……まあ、命がけになるはずだったからな。

 互いが無事で、感極まったのだろう。


 しかし、少し先に老夫婦らしき鬼人も見つける。

 彼らは戦いには参加してなかった。

 

「おまえさんや……」

「おとっさん……」


 こちらも負けず劣らずの接吻を見せつけた。


 ……お熱いことで。

 というか、皆浮つきすぎじゃないか?


 見渡すと、同じようなことをするカップルが多い。


 羽目を外しすぎないようにって言ったのに……まあ、仕方がないか。


 俺は一人温泉の脱衣所に入る。ここは男女別に分けていたのだが、男同士のカップルもいて、まざまざと愛し合う姿も見られた。


 皆、さすがに節度ってものがあるだろうよ……


 手早く着替え、俺は脱衣所を出て洗い場へ向かった。


「ねえ、あなた盟主さんよね?」

「盟主様、あたしがお背中流しましょうか?」

「ワタシたちと遊・ば・な・い?」


 と、鬼人と人狼の若い男たちに声をかけられたが、俺は「調子が悪くて」と逃げる。


 ウィズが守るように俺の前に立ちはだかってくれたのもあって、男たちは諦めてくれた。


 この場でも、亜人たちはやけにいちゃいちゃしているようだ。


「……皆、どうかしちゃったんじゃないか?」


 俺はごしごしと素早く体を洗うと、逃げるように人間用の浴場へ入った。


「おお……」


 ここには誰もいない。

 目の前にあるのは、湯気の立つ泉だけ……


「ついに、ついに……休める……っ!」


 俺は顔がにやけるのを感じた。


 今すぐにでも飛び込みたい気持ちを抑え、まずはお湯を手で掬ってみる。


「ああ……この温度だ……」


 ちょうどいい熱さのお湯に、俺は足をゆっくりと入れ、腰を下ろした。


「ふう……」


 自然と大きな溜息が漏れた。


 この日をどんなに待ちわびたことか。


 色々決着もついた。

 ロイグや奴隷狩りとの因縁も断ち切ったし、グランク傭兵団が人間側に付くことでしばらく魔王軍もやってこないだろう。


「もう、何かを急ぐ必要はないな……」


 平和な日々がやってくるはずだ。


 落ち着いたら、自分の家でも作ろうかな……いや、皆の家具とかのが先かな。いいや、どっちだっていいか。今までの問題と比べれば、どっちが先かなんて大したことじゃない。


 そんなことを考えながら、俺は目を瞑った。


 それから少しして、静寂の中声が響く。


「ヨシュア様……」

「……え? い、イリ……アっ!?」


 目を開けた瞬間、思わず声を上げてしまった。


 そこにいたのは、純白の肌を晒した長い銀髪の女性だ。

 すらりとした手足と、三日月のような曲線を描いたくびれ……絶世の美女が、一糸纏わぬ姿で俺の前に立っていた。


 イリアは頬を真っ赤に染め、俯き気味に言う。


「よ、ヨシュア様……何故、お一人で行かれてしまうんですか?」

「え? い、いや、天幕にいなかったじゃないか?」

「それは、起こさないよう外にいただけです! 皆、誰がヨシュア様の隣で寝るか揉めていたので!」

「そ、そうだったの? 確かにうるさかったが……って、揉めただって?」

「大丈夫です。皆、生きてますから」

「そりゃ、生きてなきゃ困る! そうじゃなくて喧嘩は……」

「心配しないでください。ちゃんと相談したうえで、私が一人だけ来たんです。皆と一人一人、顔と顔を合わせて。皆、黙って首を縦に振りましたよ」


 顔を間近で見た……イリアと戦った者たちが見たのと、同じ表情をメッテたちは見たのかもしれない。イリアと戦った者は皆、死に際にイリアを見て震えていた。


 でも今のイリアからは、そんなこと全く感じない。むしろこっちが慰めてあげたくなるような、切ない面持ちをしている。


 イリアは声を震わせる。


「……だから、ヨシュア様は……ヨシュアしゃまは、わたしのものっ!」


 イリアはついにおかしくなった。

 いつもの儚げな表情はどこへやら、子供のような無邪気な顔で俺に抱き着いてきたのだ。


 ハリのある滑らかな肌が俺に触れる。

 柔らかな胸は、俺の腕をもにゅっと包み込んだ。


「い、イリア!? 待て!」

「どこにも、ヨシュア様は行かせません! ヨシュア様は私のものですから!」

「ど、どこにも行かないって!」

「……本当ですか?」


 イリアは少し顔を離して、不安そうに俺を見た。


「あ、ああ。ちょうど、村に自分の家でも建てようかなって思っていたところだよ……どっか行くなら、家も必要ないだろう?」

「本当に……本当ですか?」

「約束する。俺はこの村の住人になる。これからも皆と一緒に暮らしたい」


 俺が言うと、イリアは心が晴れたかのような満面の笑みを浮かべた。


「ずっと……ずっと一緒に暮らしましょう、ヨシュア様! 好きです! 大好きです!!」

「イリア! ま、待つんだ!」


 イリアは俺の頬に、何度も口づけした。


 どうも様子がおかしい。

 イリアの好意は感じていたが、ここまで分別がない子じゃなかった。


 同時に俺もおかしい。


 イリアを抱き寄せたい気持ちに駆られている。いや、イリアの体を見て、抱き寄せたくないと思うほうがおかしいか。


 過酷な騎士団で鍛えた忍耐力だけが、欲望の解放を思いとどまらせていた。


 俺、頑張れ……十年、魔王軍との崇高な戦いのため、耐え抜いてきたじゃないか。できる……我慢できる!


 そんな時だった。がやがやとこの人間用温泉に、亜人たちが入ってくる。


 メッテ、メルク、エクレシア、アスハ、セレス……いつの間にか、ユミルまで。


「み、皆? というかユミルはどうして」

「鉱石を届けに来たのじゃ! そしたら皆何やらおかしくなっているから、止めようとしたのじゃが……」


 ユミルは服をばさっと脱ぎ捨てた。


「ワシもお茶を飲んで、なんかおかしくなってしまってのう! ははは!」

「お、お茶? そうか、お茶か!」


 エクレシアの葉のお茶。あれを飲んでから、俺も調子がおかしい。


 皆も、それで変になってしまったのだろう。


 イリアは一旦俺から離れると、彼女たちにちょっと怖い顔を向ける。


「約束……しましたよね? 温泉へは、私だけだと?」

「ずるいですよ、姫。あんなに顔を近づけられたら、私たちも太刀打ちできません」


 メッテの言葉に、皆真っ裸のまま頷く。


 さらにメッテは、俺にだらしない顔を向けた。


「……それに、ヨシュアは私の旦那なんです……ヨシュアは私の……ああ、もう我慢できない!!」


 そう叫び、メッテは俺に飛び掛かった。顔が柔らかなもので包まれると、皆我も我もと俺に抱き着いてきた。


「ヨシュアはメルクの旦那さん」

「いえ、メルクさん……ヨシュア様はアスハのです」

「何を言うか、わらわに決まっているだろう!」


 もみくちゃにされる中、ああでもない、こうでもないという声だけが聞こえた。


 その時、イリアが言う。


「ああ! ヨシュア様は私のものです! 私の顔をよく見なさい!! そして私の言う通りにするのです!」


 イリアの声が響くと、突如俺の視界が開けた。


 皆、何かから顔を背けていた。


 だが、俺は見てはいけないものを見てしまったのだ。目の前には、この世の者とは思えない、恐ろしい顔をした何かがいたのだ。


 かっと見開いた目、異常に吊り上がった口角は、まるで俺に最期の時を報せるような身の毛のよだつ形相だった。


 神話の生き物……”鬼”だ……


「あっ……ああ……」

「よ、ヨシュア様? お、お見苦しいものを!」


 そう言ったのは”鬼”のはずだった。でも、実際はイリアだった。


 いつの間にか、目の前の”鬼”はイリアの顔に変わっていたのだ。


 ”鬼”が去ったことに俺は安心する。


 だが、もう遅かった。


 俺は泡を吹きながら、暗闇の中に沈んでいくのだった。



「……うん。あれ、朝か」


 目を覚ますと、天幕の外にはまばゆい太陽が輝いていた。


 俺の隣では、イリアとメッテ……皆もいる。


 イリアは目を覚まし、俺に言った。


「おはようございます……ヨシュア様」

「あ、ああ、おはよう。昨日の記憶がちょっと曖昧なんだが……祝宴は大丈夫だったか?」

「はい! 皆、大いに楽しませていただきました! 私たちもなんだかんだ、仲良く楽しませていただきましたし、ヨシュア様もお楽しみいただけたようでよかったです!」

「そ、そうだったっけ? ……まあ、良かった。でも、今日からまた食料を蓄えないとな」

「ええ! 一緒に集めましょう! ふふ!」


 イリアは笑って、俺の手をつかんだ。


 あれは……夢だよな。こんな顔をするイリアが、あの”鬼”なわけない。


「これからもずっと一緒ですよ、ヨシュア様!」

「ああ。よろしく、イリア」


 俺はイリアの笑顔に、笑って頷くのだった。

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