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68話 現れました!

 モープの戦闘馬車に試乗した翌日、俺は石壁で囲まれた場所に来ていた。


 城壁ではなく、人の背丈より少し高い石壁だ。


 村の中心部にあり、内側には湯気の立つ泉がいくつもあった。


「おお……ついに」


 メッテは泉を前にして、だらしない顔をした。


 俺はうんと頷く。


「濁りもないし、お湯も種族ごとにちょうどいい感じに調節してある。もう、入っても大丈夫だろう」


 メッテは諸手を挙げて喜ぶ。


「……ついに我が村にも温泉ができたぞ!!」


 周囲の亜人たちも、「おおお!」と声を上げる。


 この日、温泉は完成した。


 時間がかかったのは、水路の土や砂が流れるまで待ちたかったのと、最初は温泉を囲う壁がなかったからだ。


 メッテたちはただ泉と周辺に石畳を敷くだけで、温泉を作ろうとした。


 屋内である必要は確かにないと思う。雨は防げないが、露天のほうがカビは防げるし、実際そういう温泉を持つ地域もある。


 しかし、壁はどうしても欲しい……やはり人間である以上、どうしても裸を衆目に晒すのには抵抗がある。だから、俺は壁を作った。


 なぜ壁が必要なのかとメッテたちは首を傾げたが、そのほうが風情があると俺は答えた。


 人生で初めて、自分のために嘘を吐いたかもしれない……


 まあ単純に、これからも建物が増えるので区画はしっかり分かれていたほうがいいのは事実だ。


 他に衣服を着替える脱衣所も作った。こちらは屋根付きの大きな建物だ。さすがに衣服は濡らせない。


 また体を洗うため、立てた管からお湯が雨のように流れる場所も作っている。ジャワーという、噴水の一種だ。


 ともかく、温泉はこうして完成した。


 亜人たちは裸になる。老若男女問わず。


「こら! 服は脱衣所で脱げと言っただろ? 体もジャワーで洗ってからだ! すぐに温泉が汚れてしまう」


 メッテの怒鳴り声に、亜人たちは渋々脱衣所へ向かった。


 メッテは俺に振り向く。


「これでいいのだろう?」

「ああ。手洗い含め、亜人たちには清潔でいてほしいからな」


 俺が答えると、イリアが頷いた。


「徹底させます。皆、最初は難しいかもしれませんが」

「頼む。やるとやらないでは、病に罹る可能性が大きく違ってくるからな」


 厠と下水道もできたし、皆も次第に清潔な暮らしに順応してくれるだろう。


 皆、続々と体を洗い温泉に入っているようだ。


 メルクがばしゃばしゃと泳いだり、ウィズたちスライムがぷかぷかと浮かんでいるのも見える。

 モープは自分の毛を、他の亜人に洗ってもらって「メッメー」と鳴いている。


 メッテはその様子を見て言う。


「それじゃあ、私たちも入るとするか! ああ、待ちかねたぞ!」

「そうしましょう、ヨシュア様も入られますよね?」


 イリアは俺に目を向けた。


「え? 俺か? ……俺は夜、入るとするよ」


 実は温泉の隅っこに、小さな区画を設けている。

 

 お湯は人間がちょうどよく感じる温かさ。

 つまり人間用の温泉だが、この村の人間は俺一人。

 実質、俺専用の温泉となるだろうか。


 俺の言葉にイリアは腕を優しくつかむ。


「そう仰らずに。実は、ヨシュア様専用の場所も作っているんです!」

「俺専用!?」


 メッテが頷く。


「ああ。ヨシュアが人目を気にすることは、厠で分かっていた。だから、ヨシュアだけは最初から石壁に囲まれた場所を作っていたんだ」


 メッテが指さすのは、そこそこ大きな石壁に覆われた場所だった。


「え? でも、あれはエクレシアが厠だって」

「ああ、それはエクレシアに嘘を吐いてもらったんだ」

「す、すまない……しかし、正直に言うときっとヨシュアは遠慮すると思って」


 エクレシアは申し訳なさそうに言った。


「い、いや気持ちはうれしいが……あそこまで大きくなくても」


 幅だけで十ベートルはありそうだ。一人用にしては大きい。


 だったら人間専用の場所を作る必要はなかったかもしれない。

 

 いや、また南部から人間が逃げてくる可能性もあるので無駄ではないが。


「私たちもご一緒するのですから、あれぐらいの大きさはないと……背中を流すのは私たちの役目ですから」

「い、いや、自分で流せるよ」

「そう遠慮なさらずに。さあ」


 イリアはにっこり笑って言う。


 が、俺の腕はがっしりと掴まれていた。痛くはないが逃れられそうもない、巨大な岩に挟まてしまったような感覚だ。


 参ったな……今は急ぎの用事というものがないし、いい嘘も考えつかない。


 だがその時だった。


 天狗のアスハが俺の前に急降下してくる。


「アスハ……お前もヨシュアの背中を流しに来たのか?」


 メッテの声にアスハは首を横に振った。


「北から……人間が来ます。黒い竜の旗を掲げた、大勢の」


 ついにシュバルツ騎士団がフェンデル周辺にやってくるのだった。

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