65話 頑張ろうと思いました!
俺は紫鉄で武具を作る傍ら、温泉と水道を繋ぐ水路に岩を敷き詰めていた。
そんな時、後ろから声が響く。
「あの、ヨシュア様」
振り返ると、心配そうに俺を見るイリアがいる。
「どうした、イリア?」
「いえ、その……ヨシュア様っていつも、働いてばかりですから」
「え? そ、そう言われればそうだな」
騎士団のときから、休日というものがなかった。
イリアたちと一緒に暮らしてから休む時間は格段に増えたが、それでも丸一日休むということをしていない。
イリアは申し訳なさそうに言う。
「それもこれも、私たちがヨシュア様に頼ってばかりだから……本当に、申し訳ありません」
「イリア、気にしないでくれ。休みなら十分取っているし、頼られるのは素直に嬉しい」
騎士団にいたときに嬉しいことが一つだけあった。
俺の作ったものや直したものに喜んでくれる者がいたことだ。また、俺に修理や製作を頼みたいという者が、少なからずいたのだ。
年々、そんな者は少なくなっていったが……皆、辞めていってしまったんだ。
「でも、そうだな……温泉ができたら、丸一日浸かってみたい気はするな。肉や果物を食べたりして、過ごしてみたい」
現状は難しいだろう。でも、いつかそんな日が来るほど、この村が平和になれば嬉しい。
イリアは俺に答える。
「……温泉で一日ですか。いいですね!」
なんだか嬉しそうだな。
そもそも温泉に入りたいと言ったのは、イリアたちだ。
天狗のアスハが落ちてきて、とても入浴どころではなくなってしまったが。
「ああ。もう少しで温泉自体はすぐ入れるようになるよ。水路はもう完成だから、お湯を一日流してどうなるか試運転するだけだ。実際に入浴できる場所はメッテとゴーレムに任せてあるし、そろそろできるだろう」
「それは楽しみですね! あとは美味しい食事が用意できればいいのですが」
イリアはそこまで言って、悩むような顔をした。
実のところ、今の同盟には料理が上手な者が存在しない。道具がなかったのだから当然だが、肉をただ焼いたような簡単な料理が目立つ。香辛料をはじめとした調味料という概念もないのもあるかもしれない。
「簡単な煮込み料理や炒め物なら、俺が皆に教えるよ」
「なら……よろしければ、私に最初に教えて頂けないでしょうか?」
「わかった。今日の夜でも教えるよ」
「ありがとうございます! あっ……私、また」
嬉しそうに返事をするイリアだったが、顔を曇らせる。
「また?」
「はい、またヨシュア様に頼ろうとしてしまいました……」
「なんだ、そんなことか。変に気を遣わなくても、大丈夫だ。それに皆が美味しいものを作れれば、俺も食べさせてもらえるだろう?」
「ヨシュア様……私、必ず美味しい料理を作ってみます!」
イリアは力強く頷いた。
本当に思いやりのある子だ。
こうして気にかけてくれる者がいるだけでも、俺は騎士団を辞めてよかったと思える。
「ああ、楽しみにしてるよ。っと、ついに温泉の水路も完成だ」
これで急ぎの用事は終わった。あとは堰を切り、水道や入浴施設に接続するだけだ。
まあこれが終わっても、騎士団やら魔王軍に備えないといけないが。
ヴィリアンが帰ってこなかったことで、また奴隷狩りやロイグが怒るのは目に見えている。
しかも逃げた兵は俺の顔を見ていた。
騎士団を辞めた俺が障害の元凶と分かれば、ロイグは更に兵を送ってくるかもしれない。
その場合、どう対処するか。同盟の者を誰も死なせず、どう撃退するか……
はったりや罠にも限界がある。今度はヴィリアンのような無能な指揮官はつけてこないだろう。
遠征に出ている戦闘魔法師が来る可能性もある。
となれば、紫鉄の使い方が勝敗を分ける鍵となりそうだ。
──頑丈な紫鉄なら、色々なものが作れる。あの兵器を作ってみるか。
俺はこの後、温泉と水路を接続し、イリアに料理を教えるのだった。




