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64話 ☆ロイグ、南へ発つ!

 空っぽの執務室で、ロイグが言う。


「明日にでも発つ。すぐに出兵の準備を整えよ」

「い、今すぐにですか?」


 シュバルツ騎士団の西方遠征隊の司令官ソルムは、ロイグの発言に驚いた様子だった。


 いや、城に入ってからソルムはずっと驚いていた。

 変わり果てたシュバルブルクの様子に。


「ろ、ロイグ様。恩賞金をお送りしたと思いますが……これはいったい」


 ソルムたちは西方における山賊を一掃するという華々しい戦果を挙げた。


 西方の王侯貴族から恩賞金も得たのだが、ロイグのすぐさま送れという指示を受け、早馬で全額シュバルブルクに送金したのだ。


 ソルムは、その金でロイグと騎士団の幹部がまた贅沢三昧をしているだろうと考えていたのである。


 しかし帰ってみれば、城下町に商人はおらず、町人すらまばら。

 華やかな旗や飾りは消え失せ、灰色の街並みが広がっていた。


 しかも騎士団の居城は、すっからかんだった。

 調度品や贅沢品の類はもちろん、食料すらほぼないような状態。


 凱旋した際は騎士団と城下町の人間に祝福され、祝宴ぐらいはあげてくれるはず……ソルムと遠征隊の期待は見事に裏切られた。


 そんな変わり果てたシュバルブルクの状況に困惑するソルムと遠征隊だったが、実は喜んでいた。


 というのは、最近の騎士団の方針と堕落っぷりを、ロイグがようやく改める気になったのだと期待したのだ。


 ソルムはシュバルツ騎士団ができて三年後に入団した、比較的古参の騎士だ。

 今年で二十歳とロイグとヨシュアより年上だったが、戦場で勇猛果敢に戦う二人を見て感銘を受けると、入団を決意する。


 その当時、若い騎士団は魔物や賊と戦う熱意に満ちていた。


 しかしいつからか、ロイグは贅沢三昧の日々を送るようになり、自分に反抗的な者を次々と辞めさせていったのだ。


 ソルムと遠征隊はそんな変わり果てた騎士団の状況に、不満を募らせていた。騎士団の役目を果たしていないと。だからこそ、西への遠征に進んで赴いたのである。


 ──あのおべっか使いのヴィリアンもいない。団長は騎士団をあるべき姿に戻すと決意したのだろう。


 だが、そのソルムの期待は脆くも崩れ去った。


 ロイグは床に座りながら、ソルムにぼそぼそと呟く。


「……これか? ああ、これはな……ヨシュアのせいだ」

「よ、ヨシュア殿が? そういえば、剣の修理を頼みに向かったのですが、ヨシュア殿はおりませんでしたな」

「ああ。奴は俺を裏切ったんだ! 生産魔法師のくせに、俺に意見して辞めたんだ!!」


 ロイグは急に顔色を変え、怒声を発した。


 ソルムは焦るような様子で訊ねる。


「よ、ヨシュア殿が辞められたのですか……しかし、彼は団長と同じ、騎士団創設時のメンバー……また、どうしてそんなことに?」

「やつがな、奴隷狩りに反対したんだ!! 金をたんまり手に入れるチャンスなのに!! 自分の王国を作る近道だったのに!!」

「ど、奴隷狩り……? それでヨシュア殿はお辞めに?」

「ああ!! おかげで武器もポーションも、何もかもが足りなくなった! おかげで、俺は借金まみれだ!!」


 叫ぶロイグに、ソルムはついに落胆した。


 まず非合法とされている奴隷狩りをしようとしたこと。

 これが世の明るみに出れば、自分たちの功績など全て消え去ってしまう。大変、不名誉なことなのだ。


 また、ロイグが全くヨシュアの意見を聞かず追放したのは明らかだった。

 ヨシュアの今までの働きに感謝していたソルムは、ロイグの逆恨みのような発言に呆然とする。


「団長……失望いたしました。私も今日限りで、この騎士団を辞めさせていただきます」

「辞めるぅ? ソルム、お前今なんて言った!?」


 拳を震わせるロイグに、ソルムは臆せず答える。


「私はこの騎士団を辞めます。一人の騎士として、南方で戦います」

「貴様ぁっ! 貴様もやめるのか!? この馬鹿!! 今まで目をかけてやったのに、この大馬鹿が! 辞めさせないぞ!!」

「ならば、元の団長にお戻りください! 私と共に南方で、前線で……共に剣を取って戦いましょう!」

「私には他にやらなければいけないことがある! そんなことは新入りに任せていればいいんだ!」

「もはや、新入りなど入ってくるような状況ではないでしょう……最近の騎士団には、金に群がるような者たちしか入ってこなかったのですよ。あなたが気に入ったヴィリアンのような」

「うるさい!! あいつを馬鹿にするな! あいつは【剣豪】の紋章を持った……」


 ロイグが言いかけた時、執務室の扉が開かれた。


 部屋に入ってきた男はロイグに跪く。ヴィリアンと共に南方へ向かった遠征隊からの伝令だった。


「し、失礼いたします!」

「貴様は、ヴィリアンと一緒に南方の奴隷狩りに送った者だったな。なんだ?」


 ロイグの言葉にソルムが肩を落とす中、伝令は口を開く。


「はっ、申し上げます……ヴィリアン殿が捕縛されました!」

「ヴィヴィ、ヴィ、ヴィリアンが捕まった? 嘘だろ?」

「本当です。南方の街道沿いで亜人を奴隷としようとしていた際、そ、その……」

「どうした、はっきり申せ!!」

「……は、はい! よ、ヨシュア殿が現れ一騎打ちを。そこで剣を砕かれてしまい、裸にされ逃げたのですが……その後、グランク傭兵団が現れ、捕まったようでして」

「よ、ヨシュアだと!? あの、ヨシュアか!?」

「はい、我が騎士団で生産魔法師を務められた、ヨシュア殿です」

「ヨシュアが……しかも、ヴィリアンがヨシュアに敗れた……」


 ロイグは顔を真っ青にする。


「そんなはずはない……ヨシュアが強かったのは昔だけだ。今の俺はあいつには負けない……絶対、絶対に」


 独り言を呟くロイグを無視し、ソルムは伝令に訊ねる。


「それで、ヨシュア殿は?」

「最後に目にした者が言うには、グランク傭兵団と言葉を交わし、森に向かったと」

「そうか。では、ヨシュア殿は捕縛されてないのだな……部下の兵は?」

「それが……副司令官を始め幹部の騎士は故国に帰ると皆、隊を離れまして……残ったのは古参の騎士ばかり、千名もおりません。シュバルブルクに帰還中です」


 ロイグは伝令の言葉に、がくっとうなだれた。


 故郷に帰ってしまったのはヴィリアンのような、金と名誉に惹かれて入団した者たちばかりだった。

 ロイグは裏切られたと感じたのだ。


 ソルムは呆れた様子で呟いた。


「情けない。結局、彼らの騎士団への思いなど、こんなものだったのだ。団長……もうあなたには何も残っていません。あなたが再起できるとしたら、道はただ一つ」


 ソルムはロイグを諭すように言う。


「ヨシュア殿に許しを乞うことです。あなたがもしやり直したいのなら……私も共にヨシュア殿の元へと参りましょう」


 ロイグは地面を見ながら、ぼそぼそと呟く。だが、やがて顔を上げ、ソルムにいつもの口調で言った。


「そうだな……そうしよう。あいつが戻ってくれば……ソルムよ、ついてきてくれるか? グランク傭兵団が相手では、一人では厳しい」

「もちろんです。あなたがその気なら、古参の者も皆、ついていくでしょう」

「そうと決まれば、いくとしよう……明日、発つ」

「かしこまりました」


 ソルムはロイグの決断に、顔を明るくした。


 翌日、ロイグは帰還した兵を含め、二千の軍勢とシュバルブルクを発つのだった。

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