60話 毛玉を穴から出しました!
「しかし、崩落か……」
俺は東の山へ行く準備を整えていた。
東に見える山々は、岩肌が露出しておりごつごつとしてそうだ。
火山だったのかもしれない。
もしかしたら、落石で入り口が封じられたのかも?
「ユミル、崩れたのは入り口だけなのか?」
黒い毛玉ユミルに俺は訊ねた。
「うむ! 皆寝ていたら、いきなり揺れたのじゃ! 中はあまり崩れてはおらぬ!」
「そうだったか……なら、入り口さえどうにかすればなんとかなりそうだな」
岩は俺が吸収すればいい。
予備としてゴーレムを何体か連れていけばいいだろう。
イリアが訊ねてくる。
「私たちはいかがいたしましょう?」
「イリアたちは食料と水を準備してから、東の山に来てくれるか?」
「かしこまりました! ですが、私は共に参ります」
「え? それは構わないが……」
「東の山々は本来、危険な魔物の多い地なのですよ。ユミルさん、巨大な角を生やした四本足の獣を見ませんでしたか?」
イリアの問いに、ユミルは「いっぱいいるのじゃ!」と頷く。
「やはり。アーマーボアが多数いるはずです。護衛はいたほうがよろしいかと」
ゴーレムでも十分護衛になると思うが……まあイリアがいてくれたほうが心強いのは確かだ。
「……分かった。イリアには付いてきてもらうとしよう。メッテ、食料のほうは頼めるか? スライムと荷馬で運ばせるんだ」
「ああ、任せておけ。準備が終わったら、メルクと一緒に連れていくよ」
こうして俺はイリア、ゴーレム二体と一緒に東を目指した。
道はユミルに案内してもらいながら。
二時間ほど歩いただろうか。
東に見えてきた山々が近くに見えてきた。
天狗の暮らす山よりも少し高いぐらいの山が、何重にも壁のように南北に連なっている。
山の周囲は草木も生えておらず、岩肌の大地が広がっていた。
「まるで噴火して間もない山のようだな……イリア、この山が煙や火を噴くのを見たことはあるか?」
「いえ、全くないですね……ただ、ここが死んだ山々だということは、長老から教わっておりました」
「死んだ、山々か……」
不毛の土地と、毛玉のようなユミルの姿。
何か関係があるのかもしれないな。
そうこうしている間に、俺たちは岩山の麓の近くまでやってくる。
だが、妙なことにアーマーボアは一体も見つからなかった。
すでに昼過ぎだ。活動する時間ではないのかもしれない。
ユミルはすでに駆け足である場所まで向かっていた。
「ここじゃ!」
岩肌の一部に、崩れたような跡がある。
ユミルはそこに駆け寄り、叫んだ。
「父上、母上! 今、助けを呼んできたのじゃ! すぐに開ける!」
「この声は、ユミルか!? ……誰かが来てくれたのだな!?」
中から男性のような低い声が響いてきた。
どうやら仲間は無事らしい。
このまま救助を始めるとしよう。
「今から岩をどかす! 皆、下がっているんだ!」
「わ、わかった! おい、皆奥まで下がれ!」
男性の声が聞こえてしばらくすると、「大丈夫だ!」と声が響いた。
「よし。今から岩をどかす。ゴーレム、もしものときは俺を落石から守ってくれ。イリアとユミルももう一体に守ってもらうんだ」
「わかりました! ユミルさん、こちらへ」
「うむ! 頼むのじゃ、ヨシュア!」
俺は不安そうな顔のユミルに頷くと、早速岩を吸収し始める。
なるべく上の方から、大きく岩が崩れないようにだ。
作業自体は単純なものだった。
慎重に進めたため五分はかかったが、やがて穴を塞いでいた岩を全て吸収した。
中からは……やはりユミルと同じ、ぞろぞろと黒い毛玉のような者たちがでてくる。
「ユミル!」
「父上!」
ユミルと先頭の大きな黒い毛玉二体が抱き合う。
どうやらユミルの両親のようだ。
しばらくすると、大きな黒い毛玉二体が俺の前にやってきて、体を縦に傾けた。
「あなた方が助けてくださったのですね。なんとお礼を申し上げれば……私はペレクス族の長ムスぺと申します。こちらは妻のニヴルです」
「俺はヨシュアだ。こっちはイリア。西のほうに住んでいる」
「左様でしたか。ともかく、助けて頂いたこと感謝いたします。何かお礼をさせていただければと思いますが……三日ほど閉じ込められ、蓄えが乏しく……」
「気にしないでくれ。それに水や食料をもってこさせている」
「そ、そんなものまで!? さ、さすがにそこまでしていただくのは……うん?」
ムスぺと名乗る毛玉は、北のほうへと目を向けた。
俺もその方向に目を向けると、土埃が舞い上がっている。
「あれは、猪の群れか!?」
ムスぺは声を上げた。
だが、ただの猪じゃない。
アーマーボアの群れだ。
彼らはあれも猪と呼ぶのかもしれないが、それはたいした問題じゃない。
アーマーボアの上には、オークたちが乗っていたのだ。
恐らくは、魔王軍の者たちだ。
全部で二百騎ほど。
ここらへんでアーマーボアを見かけなかったのは、彼らオークが捕獲して使役していたからかもしれない。
何者かと争ったのだろうか。彼らの中には、矢が刺さった者や、ボロボロの鎧を身につけている者も見えた。
「撤退だ! 撤退! あいつには勝てっこねえ!!」
「た、大将! あそこ、人間と亜人っぽいのがいるぞ!?」
「む、無視だ! さっさと逃げろ!」
オークたちはこちらを見ても攻撃せず、南へと逃げていくのだった。




