52話 因果応報でした!
ヴィリアンたちが逃げるのを尻目に、俺はまず困惑する天狗のもとに馬を走らせる。
「心配するな! 翼を作る! 東の森に向かえ!」
天狗たちは最初は戸惑うような顔を見せたが、やがて森に走った。
次に俺は、こちらへ向かってくるグランク傭兵団の前へと向かう。
彼らは皆、ラクダに乗って騎士団に突撃しようとしていた。
だが騎士団は、一人の男を縛り付けると、そこに放置する。
ヴィリアンだ。部下に捨て駒にされたらしい。
そんな中、俺の姿を見るやグランク傭兵団の先頭の者が手を上げ、軍勢の速度を落とす。
長身痩躯の男……グランク傭兵団の長ベイロンだ。
その隣には娘のネイアもいる。
ベイロンは軍勢を停止させると、ネイアと共に俺の前へとラクダを進ませた。
「よう、また会ったな。ヨシュア」
「ベイロン。力を貸してくれて感謝する」
「力を貸す? 何を勘違いしているのか知らねえが、俺たちは人間と戦いに来ただけだ」
「お前たちは、亜人を救うためにここで戦ってるんじゃないのか?」
「まさか。他の誰かのために戦うほど、俺たちはできちゃいねえよ。俺たちはな、今は魔王軍に雇われて戦っているんだ」
「魔王……軍」
俺がそう言うと、ベイロンは不敵に笑う。
「そういや昨日か一昨日、基地でオークの将が帰ってきてねえって騒ぎになっててな。部下の乗っていたワイバーンだけが帰ってきたようだ。俺たちゃ、その調査もあって北に向かっていてな。何か、知らねえか?」
俺たちが泉の近くで戦ったオークたちのことで間違いないだろう。
やはり、騒ぎになっていたようだ。
しかも、調査を命じられていたのが、グランク傭兵団とは……
俺は言葉少なに答える。
「さあ、な……」
「知らねえか。どうも、ここから西のほうが怪しいらしいんだが……直接行く必要があるかな」
「悪いが。そこは俺たちの土地だ。立ち入りは許可できない」
「それは困った。俺たちも仕事だからなあ」
完全にわかっているような口ぶりだった。
俺は何も答えない。
しばらく沈黙が続いた。
だが、ネイアが耐え切れなくなったのか声を荒げる。
「お前たちがやったのだろう? さっきの腰抜けどもに竜騎兵をやれるとは思えん! どうなんだ!?」
すると、ベイロンがネイアの肩をぽんと叩いた。
「ネイア、そう大声で喋るな。首が飛ぶぞ」
「え?」
ネイアは周囲に目をやると、すぐ隣にいた白銀の髪の女性に目を丸くする。
俺も同様に気が付くのが遅れた。
いつの間にかネイアの隣で、イリアが刀を抜いていたのだ。
「ヨシュア様に指一本触れてみなさい。あなた方を斬ります」
「き、貴様、いつから!?」
いや、俺が聞きたいぐらいだ……
でも後ろから、「ヨシュア、大丈夫か!」というメッテの声が近づいてくるので、今さっきの出来事なのだろう。
そんな時、ベイロンがぽつりと呟いた。
「まあ……人間がやったんだろう。きっとそうだ。そうに違いない。うん」
「ち、父上! 絶対にこいつらですよ! さっきだって、あの亜人のせいだろうなとか、言ってたじゃないですか!」
「そんなこと言ったっけか?」
「父上! ふざけるのもいい加減にしてください!」
「なあ、ネイア。真実なんてどうだっていい。というか、もう疲れたから寝たいんだよ、俺は」
ネイアは一瞬呆れたような顔をしたが、すぐに真剣な顔で返した。
「ま、またそんなことを言って! 後から嘘がばれたらどうするんです!」
「ネイア。そこに、人間の旗と武具がある。オークを殺ったのは俺たちが撃退したって報告するのが、一番楽だし、金になる。違うか?」
「そ、それは……でも、だとしたら何故、この男と亜人を見て、父上は先ほど介入しようとしたのですか!? いつもは金にならない戦いに加わらないのに」
「……いいから帰るぞ。ヨシュア、俺たちがあの人間の武具をもらっていく。あと、あの男も……」
ベイロンは虎人に捕まる真っ裸のヴィリアンを見て言った。
ヴィリアンは虎人によって、ベイロンの前へと連れてこられる。
「た、助けてくれ、ヨシュア! 私はただあのロイグという馬鹿な男の言うことを聞いてただけだ! お前のすごさは知っていたし、給料を上げるよう何度も頼んでいた!」
「なんだ、ヨシュアの知り合いか?」
ベイロンの問いに、俺は渋々頷く。
「ああ、元仲間だ……奴隷狩りをするようなやつと仲間だったなんて、信じたくもないが」
それを聞いた瞬間、ベイロンは真剣な表情になる。
「ふーん、なるほど。じゃあ、さっき天狗を捕まえようとしてたのはそれか」
「ああ。こいつはベルソス王国の貴族だ。身代金はそれなりに要求できるだろう」
「そうか。まあでも、こいつは適当な魔王軍のやつに奴隷として売らせてもらうわ」
それを聞いたヴィリアンは、顔を青ざめさせた。
「待て! 待て待て! 今の話を聞かなかったのか!? 私は貴族だ! ベルソス王国の封臣エルンテン伯の次男だぞ!! 身代金ががっぽり出る!」
「いいや、知らんね。ちょうど基地に、人間の男が大好きなトロールがいてね。そいつに、銀貨一枚で売る。ペットとして可愛がってもらえ」
「と、トロールだと!? あの、毛むくじゃらで汚らわしい、悪臭極まる生き物の!?」
「心配すんなって。一か月もすりゃ慣れる。まあ、尻は毎日痛くて仕方なくなるだろうが……それぐらい我慢しろ」
「し、尻? つまり、私はトロールの……いやだ! いやだいやだ!! 私は貴族だ! 身代金を要求しろ!」
しかしベイロンが「お前は奴隷だ」と冷淡に言うので、ヴィリアンは絶望するような顔をした。
「この私がトロールのペット……こんなのは間違っている! ヨシュア、助けてくれ! 奴隷狩りには反対なんだろう? なあ、そうなんだろう!? 私を助けてくれよ!」
普通の人間相手なら、俺は絶対に許せない。
しかしヴィリアンはガイアスに奴隷狩りをさせた張本人だ。
何人もの亜人が犠牲になった。
自分が奴隷となって反省すればいい。
俺は何も答えず、ただ真剣な眼差しをヴィリアンに向けた。
ヴィリアンはやがて涙を流し、その場でじたばたと喚く。
「うわぁあああ!! 嘘だ! 誰か……誰か私を助けてくれ! 金ならいくらでも払う! ペットなど……いやだいやだいやだ!! 父上! ははうっ!?」
ヴィリアンは猿轡を嵌められると、ラクダに荷物のように載せられた。
ベイロンはそれを見て、軍勢に「退くぞ」と声を上げた。騎士団への追撃は行わないらしい。
「じゃあな、ヨシュア……」
「ああ……なあ、ベイロン。お前たちの立場は分かるが、俺たちはお前たちと戦いたくない」
「安心しろ。そりゃこっちも同じだ」
ベイロンはふっと笑うと、軍勢と共に南に向かうのだった。




