48話 翼を作りました!
エクレシアが額から汗を流して言う。
「魔物の軍隊が迫っているというのか? ……人間の次は魔物とは」
俺は村に戻ると、各種族の長を集め、会議を開いた。
モープが俺に言う。
「メッメー! 最近の魔王軍はめっちゃ調子が良かったっす! 補給が追い付かないぐらい! うちらも、それは色々きつく搾り取られて……」
頬を染めるモープに、メッテが訊ねる。
「ということは、魔王軍が南の人間の街を突破し、ここまでやってきても何らおかしくないわけだな?」
「そっすね。うちらは飼われる側だったんで、そんなに軍事のことは詳しくないっすけど。厩で聞いてただけっすからね」
「ふむ。とにかくにも、対応が必要だな。ワイバーンなるものを逃がしてしまったのだから……」
メッテの悔しそうな声に、俺は頷く。
「恐らくワイバーンは、自分たちの基地のような場所に帰るだろう。乗り手のいないワイバーンをさっきのオークの仲間が見たら、少なくとも探索隊は出すだろうな」
「すまぬ、私が射止められなかったばかりに……」
「いや、メッテ。誰も帰ってこなくたって、彼らは不思議に思い、調査しようとするさ。時間の問題でしかない。それに……」
俺は天狗が眠っている天幕に目を向ける。
「あの天狗の住処が襲われた可能性もある。もしかしたら、魔王軍はこの地を占領しようとしているのかもしれない」
「では、戦いに……」
「ないとは言い切れないな。ただ、魔王軍も資源のない場所を占領するほど愚かじゃない。恐らくは西の街道を北に進み、街道沿いの人間の町や村を攻めていくはずだ」
モープの補給が追い付いてない、という言葉も気になる。
それにいくらなんでも、南の全ての人間の都市を落としたわけではないだろう。
占領地の防衛の兵も必要だろうし、付近の軍勢は掠奪が目当ての足の速い部隊が多そうだ。
「いずれにせよ、あまり西には皆に行かせないようにしよう。エクレシア。西の森に魔王軍が入ってきても衝突をできるかぎり避けるよう、エントたちに伝えてくれ」
エクレシアは「わかった」と首を縦に振った。
「その上で、ちゃんと防衛策も取っておこう。メッテ。鬼人と人狼全員に、少なくとも弓かクロスボウの扱い方だけは教えておいてくれ」
「承知した。何、さっきのような口先だけのやつばかりなら、私たちの敵ではないさ」
メッテは胸を張って言った。
イリアも自信にあふれた顔で頷く。
「ええ。それに、ヨシュア様の作った城壁や塔がございます!」
メルクも「心配ない」と、皆自信満々の様子だ。
確かにちょっとやそっとの数の敵じゃ、俺たちは負けないだろうな。
でも戦争になれば、誰かが死んでもおかしくない。怪我をする可能性だってある。
そうならないように俺たちは戦いを避けるか、圧倒的な勝利を常に収める必要があるのだ。この前の奴隷狩りを倒したときのように……
そうするためには、何が必要か……今後のことを考えている時だった。
鬼人の一人がこちらに走ってくる。天狗を寝かせている天幕の警備だ。
「て、天狗が起きたんですが……無理やり、飛んでいこうと!」
「何? 今行く」
俺は天狗が眠っていた天幕に向かう。
すると、そこには鬼人の警備に腕を掴まれる天狗が。
天狗はどうにかそこから抜け出そうとしているようだ。
俺はそんな天狗に、声を掛ける。
「待て、俺たちは君を止めるつもりはない。でも、その翼じゃ……」
天狗の翼に俺は視線を向ける。
身体の傷は、俺の魔法で癒せた。
だが、翼の一部は完全に欠損しており、とても飛べるようには見えない。
それでも天狗は翼を動かし、その場から飛ぼうとした。
言葉が通じているかは分からない。
でも、意地でも飛ぼうとしていることは分かった。
メッテが俺の腕をそっと掴んだ。
「ヨシュア、行かせてやろう……翼がなければ、山を歩いてでも登るだろう。彼女は、そう望んでいるようだ」
「それは分かる。でも、まだ体調も万全じゃない。それでまた魔王軍に襲われたら……そうだ。少し待ってくれ」
俺は魔法工房にあったアロークローの羽を確認すると、まずは細い鉄の棒を組み合わせたものを作る。
そしてその鉄の骨組みに、モープの毛糸で羽を括りつけていく。
出来上がったのは、人工の翼だった。
俺の手に突如黒い翼が現れたことに、天狗は驚愕するような顔をした。
「……使い物になるか分からない。でも、試してくれ」
俺は天狗の背中に残った翼の一部に、モープの毛で人工の翼を括りつける。
少し不格好だが、一応翼にはなった。
天狗は俺を警戒しながら天幕の外に出ると、そこでばさばさと試すように翼を羽ばたかせた。
飛べると思ったのだろうか、天狗は更に翼を素早く動かすと……宙に浮いた。
「おお! 飛んだ!!」
メッテを始め、他の亜人たちもおおと声を上げた。
天狗が飛ぶのは別に何もおかしくない。
イリアを始め、皆天狗よりは俺に驚くような顔を向けている。
「よ、ヨシュア様は翼までも……」
「天狗だから、うまく使えてるだけだよ……」
天狗は少し周囲を飛び回ってみると、再び俺の前で滑空する。
翼は何も問題なく使えているようだ。
「とりあえずは、大丈夫そうだな……だが、無理はするな。それはあくまでも間に合わせの翼だ。誰かと戦おうなんて、考えるんじゃない」
俺が言うと、イリアも天狗に忠告する。
「困ったことがあったら、私たちを頼ってください。決して、命を無駄になさらないように」
イリアは先ほどの天狗の必死さを不安に思ったのだろう。
状況からして、仲間が心配なのは確かなはずだ。
天狗は少し沈黙すると、翼を再び素早く羽ばたかせる。
「……アスハ」
天狗はぼそっと呟くと、そのまま空へと飛んでいくのだった。




