43話 ダンジョンに入りました!
「あんな場所が……」
イリアは地下に続く階段を見て呟いた。
ゴーレムが岩を切り出している内に、掘り当ててしまったのだろう。
「明らかに洞窟じゃない……もしかしたら、ここはダンジョンだったのかもしれないな」
「ダンジョン?」
「ああ、魔物の住処のことだよ」
十世紀ほど前、人間はもっと少なかった。
今のように大陸北部を完全に手中に収めてはいなかったのだ。
同時に、魔王軍というのも存在しなかった。
しかし、人間と魔物の争いがなかったわけではない。
大陸北部の各地に魔物のコロニー──ダンジョンが存在しており、人間はそこに住まう魔物と戦っていた。
ダンジョンの魔物を倒すのに各地を転戦する者を、人間が冒険者と呼んでいた時代だ。
イリアは不思議な顔をする。
「確かに何者かが手を加えた場所のように見えますが、どうして魔物の住処だと分かるのですか?」
「ダンジョンでも魔物が多いところは、こうやって警備用のゴーレムが配置されていたらしい。だから、ここがダンジョンだった可能性は非常に高い」
「なるほど……ですが、そうだとするとこの向こうに魔物が」
「いや、ゴーレム以外にいるかは分からないな」
六世紀ほど前になると、人間はやがて北部におけるダンジョンを駆逐した。
危機感を覚えた魔物は南部に結集し、魔族の長である魔王ゴーシュを頂点に団結する。
それが魔王軍の始まりとされている。
だから、このダンジョンもとっくの昔に放棄されたはず。
しかもこうして岩に埋まっていたのだから、何者かが閉じ込められていたとして、もう生きてはいないはずだ。出入りはもちろん、食料を得ることすらできないのだから。
ダンジョンは魔物の住処であったため、その最奥には魔物たちが持つ最も価値のあるものが保管されていた。
冒険者は魔物の素材の他に、そうしたダンジョンの秘宝を売って儲けていたらしい。
イリアが訊ねてくる。
「どういたしましょう、ヨシュア様?」
「このまま放置しておくわけにもいかないな。まだ、ゴーレムが出てくる可能性もある。中を探ってみるよ」
「では……まず私が入って、掃討しましょうか?」
「い、いや……危ないよ」
それでも、イリアならできてしまう気がするけど。
「それでは、他の者も呼んでまいりましょうか?」
「いや、それも大丈夫だ。せっかく人形石を手に入れたから、ちょっと強いゴーレムを作ってみるよ」
俺は、魔法工房に入れた人形石の欠片と、鉄を確認する。
「クラフト──アイアンゴーレム」
アイアンゴーレムは、岩を集め体を構成するゴーレムと違い、鉄の身体を持つ魔物だ。
溶かした鉄を人の手足、胴体、首のようなものに形成し、関節部分となる部分は球体にしてみた。
これらのパーツは、特につなぎ合わせる必要はない。
後は人形石が魔力を用い、勝手に人の形になってくれる。
三十秒もしない内に、俺の目の前にぎらりと輝く鉄の巨人が現れた。
「これは……鉄ですか。確かに強そうですね」
イリアはアイアンゴーレムを見上げて言った。
人間にしては少し大きいぐらいだろうか。
もっと鉄を纏わせることも出来たが、今はダンジョンの中でも動けるよう、ゴーレムにしては比較的小型にした。
「ああ、普通のゴーレムより頑丈だ。罠があるかもしれないから、こいつに先頭を進ませてみる。アイアンゴーレム。階段を進むんだ」
アイアンゴーレムは俺の命令を受け、ダンジョンの階段を下っていく。
「俺たちも後ろから付いていこう。今、松明を渡すよ」
「はい!」
俺はイリアに松明を渡して火を灯すと、アイアンゴーレムの後ろに続き、ダンジョンに入った。
ダンジョンの中は、石材で造られた壁と廊下でできた一本道が続いているだけだった。
進んでいると、やはり目の前に赤黒い石、人形石が現れた──が、イリアがアイアンゴーレムの前に出て、それをすぐに両断する。
人形石が岩を集める前に、処理してくれたようだ。
その後も人形石は五回ぐらい現れたが、これも同じようにイリアが倒した。全て人形石は回収してある。
さすがの速さだな。しかも、全部人形石が使えるように綺麗に斬ってある。
おかげで、ゴーレムをもっと作れそうだ……おっ。
通路の先に、何やら拓けたような場所が見えてくる。
「部屋のようだ。イリア、まずはアイアンゴーレムを突入させよう。あと、人形石がでてきても、すぐには手を出さない方がいい。罠があるかもしれない」
「わかりました。まずは、様子を見ます」
アイアンゴーレムが部屋の中へ入るのを、俺たちは注視する。
だが、特に何が起こるわけでもない。
俺とイリアは互いに頷くと、そのまま部屋に入った。
松明を投げ、奥を照らしてみる。
だいたい、奥行が十べートルほどの四角い部屋のようだ。
「ここは……」
「特に何もないな。あるのは、あの祭壇だけ……」
部屋の奥の壁に寄り添うように、祭壇が設けられていた。
その上には、何やら巻物のようなものが見える。
「スクロールか」
「スクロール、ですか?」
「ああ。魔法を記憶させることができるんだ」
ただ紙を巻いたものではなく、魔法を記せるようになるという特殊な巻物だ。
スクロールを開いた者は、記された魔法を覚えることができる。
文字が光るのでどんな魔法かが頭に伝わってくる。
そのまま閉じて、使わないのもアリだ。
ただ、魔法が記されてない未使用のスクロールの可能性もある。
もちろん、それはそれで貴重なものだ。他者に魔法を簡単に教えることができるのだから。
「魔法が記憶されてるかは分からないけど、いいものを手に入れたな。よし」
俺はスクロールを取りに向かおうとした。
だがその時、俺の前に黒い靄のようなものが現れるのだった。




