4話 村で鬼人を助けました!
奴隷狩りを倒してから、鬱蒼とした森を三十分ほど歩いただろうか。
木々の向こうに、ようやく青々とした草原が見えてきた。
イリアには色々聞きたかったが、調子が悪そうだったので、体調を気遣う言葉しかかけなかった。
だがイリアはなんとか体を起こし、草原のほうを指さす。
「……ヨシュア様。あれが私たちの村です」
素朴な天幕が数十戸。あそこが、イリアの集落らしい。
「あそこか。よし、行こう」
しかし、居留地に近づくと、数名、槍を持った者たちがでてきた。
先頭の、黒髪を後ろで結わえた女の子が声を上げる。
「姫!? そのお姿は……貴様、我が姫を離せ!!」
「待ちなさい、メッテ! この方は、私を助けてくださった方です!」
イリアがそう言うも、メッテと呼ばれた女の子は俺を睨み、槍を向ける。
「人間、が? 信じられませんね」
「私の言うことが聞けないのですか!?」
イリアは声を上げた。
しかし、誰も警戒を解こうとはしない。
やっぱり人間は憎まれているのかもしれないな……
それに、イリアはまだ若く、族の長としてちゃんと認められていないのかもしれない。
イリアは俺に族の長と名乗ったが、彼らには姫と呼ばれている。
イリアの親である族長が亡くなったのが最近で、単純に呼び方が変わってないだけか。
あるいはイリアが成人年齢に達していない、男子でなければ族長になれないなど、色々考えられそうだ。
俺はメッテたちに叫んだ。
「俺に敵意はない、すぐに解放する! イリア、ここまで来れば大丈夫だろう。下ろすぞ」
「は、はい! ありがとうございます」
俺はイリアを下ろすと、魔法工房から角、そして奴隷狩りが使っていた武具を地面に召喚した。
「ウィズ、頼む」
スライムのウィズは角を体に乗せ、鬼人たちに向かった。
鬼人たちが突如武具や角が現れたことに驚いたのか、口をぽかんとさせている。
「これはイリアの角だ。受け取れ。さあ、イリアも行くんだ」
争いにならぬよう、俺はすぐにその場を去ろうとした。
しかしイリアは離れず、俺の手を引く。
「ま、待ってください、ヨシュア様! 何か、何かお礼をさせてください!」
「お礼なんていらない。それより、同族が酷いことをして、すまなかった」
「何故、ヨシュア様が謝られるのですか!? 全て、一族も……自分の身すら守れない私が悪いのです」
イリアは涙を流しながら俺の腕を強く握った。
「イリア……」
なんと励ませばいいか分からない。
きっと、これまでも奴隷狩りに仲間がやられてきたんだろう。
そんな時だった。天幕のほうから、声が上がる。
「大変だ! 若いのが一人、アーマーボアの角に刺された!」
「なんだと!? あれだけ、アーマーボアには挑むなと言ったのに!」
鬼人たちがざわつく。
アーマーボアか。
たしか、猪の形をした魔物だったな。
イリアは焦るような表情で俺に言う。
「ヨシュア様、ひとまず私たちの村でお待ちいただけませんか」
「ああ。俺も簡単な回復魔法なら使える。助けになれるかもしれない」
俺が言うと、イリアや鬼人たちは驚くような顔をした。
しかしイリアはすぐに俺に頭を下げる。
「……助かります! どうかお力をお貸しください!」
俺はうんと頷くと、イリアと一緒に村へと向かった。
村の中心部では人だかりができていた。
イリアと俺はその人だかりを掻き分ける。
そこには、一人の鬼人族の男が横たわっていた。
すでに虫の息で、腹には深い傷が見える。
「何故、アーマーボアに挑んだのです! あれだけ、逃げるように言ったのに」
イリアは近寄りながら言った。
「す、すいません……でも、やっぱ姫や子供たちに、良い肉食わせたくって。でもこのざまで……へへ、面目ねえ」
その声に、イリアはまたも涙を流す。
なるほど。この男は無謀と知りつつも、アーマーボアに挑んだのか。
アーマーボアは猪の大きさを三倍にしたような体と、鉄のような鱗を身に纏っている。
一方で、鬼人族たちの装備は貧弱だ。
防具はなく、木の枝に尖った石を括りつけた槍を持っている。
これでは、普通の猪を狩るのも命がけだろう。
鬼人たちは皆、随分と痩せ細っている。
だからこの男は無理してでも、肉が欲しかったのかもしれない。
俺はすぐに男の近くで腰を落とし、腹に手をかざした。
男は俺を見て、警戒するような顔をみせる。
「に、人間……?」
「安心してください。この方は私を助けてくださった方です。ヨシュア様、どうでしょうか?」
「傷が深い……俺の回復魔法だと、傷口をどうにか塞ぐことしかできないだろうが、とりあえず止血しよう。ヒール」
そう唱えると、腹の傷はみるみるうちに塞がっていった。
男は驚くような顔をする。
「こ、これは魔法?」
「ああ、簡単な回復魔法だ。少しは楽になったか?」
「あ、ああ。少しどころじゃない、すっかりと、ま、まじか」
「本当か? いや、無理はしない方がいい。俺の回復魔法は低位魔法だから、またすぐ痛むはずだ。彼を安静にできる場所に」
俺がそう言うも、皆目を丸くするだけだ。
「あ、あの傷が治った?」
「嘘だろ、あれじゃすぐに死んでもおかしくなかったはずだ」
「御業だ!! 神々の御業だ!!」
……さすがに驚き過ぎじゃない?
いや、魔法を知らないのだろう。
俺が来るまで、誰も男に回復魔法をかけなかったのだから。
まあ、確かにだいぶ綺麗に塞がったな……
回復の度合いは、術者の魔力量に左右される。
年中生産魔法を使ううちに、俺も魔力を多く扱えるようになったのは確かなはずだ。
そんな中、イリアは皆に向かって頷く。
「ヨシュア様の仰る通りに」
イリアの声に、村人たちは男を運んでいくのだった。
「生きてる……あんた、ありがとう!」
運ばれる中、男は何度も俺にお礼を言った。
周囲の家族と思しき者たちも、俺に頭を下げる。
イリアもまた、俺に深く頭を下げる。
「私からも感謝申し上げます、ヨシュア様。またもや、私たちを救ってくださいました。本当に……本当になんとお礼をすれば!」
「イリア、気にしなくていい。そんなことより、君も安静にしたほうがいい。角のこともある」
「私はもう大丈夫です! そうだ、角……ヨシュア様、どうか私の角を受け取ってください。人間は私たちの角を狙ってきます! きっと少しは価値のあるものなのでしょう」
角や武具を乗せてやってきたウィズを見て、イリアは言った。
俺は首を横に振る。
「それは駄目だ。これは君のものだ」
「そんな! それでは私たちは、どうお礼をすればいいのでしょう!?」
イリアはそう言って、両手で俺の手を掴んだ。
……これは、てこでも動かない子だぞ。
適当に食料を少し頼むか。
でも、食料もあまりなさそうだし、悪いな。
そんなことを考えていると、イリアが再びふらつき始めた。
「姫!?」
すぐにメッテが、倒れそうになるイリアを支えた。
「姫! 一度、お休みになられてください!」
「し、しかし……このお方に必ず」
「この男は、必ず私が引き止めます……姫をお連れしろ」
メッテの声に、鬼人たちはイリアを天幕へと連れていった。