39話 麦をもらいました!
「ネイア。そこらへんにしとけ」
長身痩躯の虎人は、メッテに飛び掛かろうとした女性に言った。
「し、しかし、父上! どう見ても、こいつらは怪しいです!」
「ああ、怪しい。人間、鬼人、それに人狼……まず見ねえ組み合わせだ……おっと」
虎人の男は言葉の途中で、体を反らした。
急に矢が飛んできたからだ。
俺は矢が飛んできた方向に目を向ける。
城門側……そこに白銀の髪の娘、イリアがいた。
イリアは弓を捨て、刀を抜くとこちらに走った。
「貴様、止まれ! ……ぐはっ!?」
イリアを阻止しようとした虎人は、イリアの刀によって薙ぎ払われる。刃とは反対側の峰のほうで打たれているので、死んではいない。とはいえ、気絶しているが。
次々と吹き飛ばされていく虎人たち。二十人程いた虎人は、誰もイリアを止めることはできなかった。
瞬く間に、イリアは長身痩躯の虎人に迫る。
「ヨシュア様から離れろ!!」
イリアはそう叫び、刀を虎人の男に振るう。
しかし男も、曲刀で応戦した。
二人はしばし刀で打ち合う。
イリアもだが、男はさらに刀の振りが速い。
男はもう一つ刀を持っているが、それは鞘に納めたままのようだ。
こいつは戦う気がない。俺はそう判断した。
「イリア、やめるんだ! そいつは俺たちと戦う気はない!」
だが、先程ネイアと呼ばれた女性が、素手でそこに加わろうとする。
「父上、加勢いたします!」
「やめろ、ネイア。こいつはお前が勝てる相手じゃねえ」
男はそう言うと、飄々とした調子で引き下がった。
「なんつう馬鹿力だ。これじゃ、刀が持たないぜ」
イリアもまた、刀を構えたまま俺の元へと後退する。
敵意はないとイリアも分かったのだろう。
それでも刀を納めないのは、男が油断ならない相手だと考えているに違いない。
事実俺も、この男ほど速く剣を振れる者を見たことがない。
もし二刀流でしばらく戦っていたら、イリアも危なかったかもしれない。
すると、男のほうが先に曲刀を鞘に納め、名乗った。
「いや、悪い悪い。俺はグランク傭兵団のベイロンだ」
「俺はヨシュアだ」
「ヨシュアか。もしかして、あんたたちがあの商人が言ってた、フェンデル同盟とかいうやつか?」
「ああ……コビスから聞いたのか? とすると、コビスは」
「俺らがやった。貸しがあったんでな。色々返してもらった」
ベイロンを名乗る男が城壁の外に目を移すと、そこには物資が山積みになった馬車が。
コビスのものを掠奪したのだろう。
たしか、コビスはグランク州でも奴隷狩りを行っていたと聞く。
それが今になって、復讐されたというわけか。
「そうだったか……俺たちは、コビスにここを去るよう要求したんだ。それで、何か残っていればと思って、ここを探してただけだ」
「そりゃ悪い事をしたな、でも、こっちもあまり余裕はないんでな。渡せるものは何もない」
「構わない。ただ、作物が畑に埋まっていないかぐらいは、探させてもらうよ」
「好きにすればいいさ。俺たちは用も済んだし、南に戻る。って……おいおい」
ベイロンは北に目を移すと、呆れたような顔をした。
というのは、走っていた馬車の一台の車輪が外れ、後続の馬車数台が玉突き事故を起こしたからだ。
馬と御者は無事だったようだが、馬車五台が倒れ、物資をぶちまけていた。
ネイアが声を荒げる。
「あいつら! 大事な馬車を壊して!」
「まあ、そう怒るなネイア。あれも、だいぶガタが来てたからな……しかし参ったな。手で運ばせるしかないか……」
困った様子のベイロンに、俺はこう提案した。
「馬車なら直そうか? 俺は生産魔法を使える」
「本当か? いや、しかし五台も直してたら時間が……」
「あれなら、車輪と車軸を直すだけでなんとかなる。長くても、五分有れば終わるよ」
ネイアが笑った。
「馬鹿を言うんじゃない。馬車を直すのに、どんな凄腕の魔法師でも一時間は掛かる」
「きっと別の作業もしてたからだろう。あれだけだったら、本当にすぐだ」
俺が答えると、ネイアは呆れたような顔をした。
一から作るなら、もう少し時間もかかるだろうが、ただ修理するだけだからな……
そんなおかしいことを言ってるつもりはないが……
しかし、ベイロンが言う。
「まあそこまで言うなら、頼んでみようじゃねえか。できたら、お前たちが欲しいものを何かやるよ」
「よし、約束だぞ」
俺はベイロンたちと一緒に、馬車のほうへと向かった。
馬車はどれも、車軸が折れてしまっていた。
車輪に関しては、衝撃で歪んでしまっているのがほとんど。車体自体には、傷は見えない。
「これならすぐに直せる。車軸の木はくっつけるよりも、新しいものにしたほうがいいだろう」
俺はそう呟いて、早速一台目の馬車を吸収する。
「な! 私たちの馬車をどこにやった!?」
ネイアは声を荒げるが、ベイロンがその肩をぽんと叩く。
「生産魔法ってのは、異空間にまず素材を突っ込むんだ。そう慌てないで見てろ」
「は、はい、父上」
「まあ、俺も馬車一台をすっぽり収めちまう奴は、あまり見たことないが……」
ほう。とすると俺の生産魔法は、南の人間や魔王軍の生産魔法師と比べても、そんなに悪くないってことかな。
そんなことを思っている間に、俺は馬車を修理し終えた。
目の前に、綺麗に直った馬車が現れる。
虎人たちは皆、思わずおおと声を上げた。
「ま、まじかよ……」
ベイロンもちょっと驚いている。
ネイアに至っては口をぽかんとさせていた。
グランク傭兵団といえば、名の知れた者たち。
そんなやつらに驚かれるのは、ちょっと誇らしい。
俺はその後も、残る四台の馬車を全て修理した。
騎士団では毎週のようにやっていた作業なので、手早く終えられた。
「す、すげえ……というか、三分も経ってねえ」
虎人の一人がそう呟いた。
ベイロンも同様に、額から汗を流している。
「とんでもないやつがいたもんだな……あんた、俺たちと一緒に来ねえか?」
ベイロンの言葉に、イリアが「駄目です」と即答する。
俺もこう答える。
「俺はちょっとな……まあでも、近場に来たとき、何か修理したり作るなら、任せてもらってもいいぞ。何かしら代価はいただくが」
「そりゃ、ありがたい……ともかく、今回の代価を払わないとな。何が欲しい?」
「作物の種が欲しい。何でもいい。できれば、まとまった数があるといい」
「種か……そうだな」
ベイロンは少し迷ったような顔をすると、部下の一人に「あれを」と言った。
部下は大急ぎで、荷馬のほうへ向かった。
「ま、まさか、父上……あの種を?」
「そうだ。どうせ、埋める場所もないしな」
「お、お待ちください! あれはグランクの最後の遺産……」
「腐らせるよりはましだ。育てられるやつに託したい」
そう答えるベイロンに、部下は子供がすっぽり入るぐらいの麻袋を差し出した。
ベイロンはそれを受け取ると、俺にほいと渡す。
俺にとっては、ずしりと重く感じた。
「グランク麦だ。大事に育ててくれ」
「麦か。育てるのに気をつけることはあるか?」
「いや、そんな軟じゃない。少しの水があれば強く育つさ、俺たちみたいに。収穫するのが困るぐらいにな」
そう言い残すと、ベイロンは馬のほうへ向かった。
「じゃあな。また近くに来たら、寄らせてくれ」
ベイロンたちグランク傭兵団は、こうしてフェンデルを後にするのだった。
 




