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やっぱりいいものでした!

酢忍先生が描くコミカライズ3巻(完)、ガンガンコミックスONLINEから本日発売です!

 丘を上がり、ベイロンたちを追う。


 虎人はやはり瞬足だ。俺たちが丘に上がった時にはもう家に入っていた。


 俺たちも家に入る。中では、娘のリーセとネイアがベイロンに家のあれこれを説明しているようだった。


「一階は台所とご飯を食べるところ! あと皆で休むところ! あのソファ、すごいふかふかなんだよ!」


 リーセが言う中、一方のベイロンは静かに家を見ていた。


 娘たちと比べあまりにも静か。

 丘を上がる際も、娘二人と比べ心なしか遅かった。


あの砂嵐の中を走ってきたんだ。どこかまだ体の調子が悪いのかもしれない。


 心配になったのでベイロンに訊ねる。


「ベイロン、大丈夫か?」

「……ああ、別に大丈夫だ。いや、たいそう立派な家で感心しただけだ」


 ベイロンは周囲を見渡したながら言う。


「虎人族の伝統的な家だ。砂嵐が激しく遊牧できない時期は、こういう家に住むんだ。ヨシュアも砂漠に行った経験があるのか?」

「砂漠の家を建てたことはないよ。だからネイアが色々助言をくれたんだ。そもそも家の設計図を描いたのもネイアだ」


 そう答えると、ベイロンはネイアに真剣な顔を向けた。


「お前……」


 一方のネイアは何故か気まずそうに小さく俯いた。


 よくわからないが、また喧嘩が始まるのかもしれない。

 そう身構えたが、静寂はすぐにリーセの声で打ち消された。


「すごいでしょ! ソファもあるんだよ!!」


 声に振り向くと、そこには俺が作ったソファの上をぴょんぴょんと跳ねるリーセがいた。


 ベイロンはネイアには何も言わず、いつもの調子でリーセに答える。


「やめろ、リーセ。ソファが壊れたらどうする。お前が作ったんじゃないんだろ?」

「あ……ごめんなさい、ヨシュアさん」


 慌てて謝るリーセに俺は言う。


「気にしないでくれ。モープの毛とアイアンオークで作ってあるから、そうそう壊れたりしない。それにこの家は、リーセたちのものだ」


 ベイロンは呆れたような顔で答える。


「そんな気軽に……食べ物じゃないんだぞ。というか、お前……これ数時間で作ったのか?」


 俺が口を開くより前にリーセが即答する。


「うん! ヨシュアさんが全部作ってくれたんだ! 外のもソファもぜんぶ!」

「相変わらず人間とは思えない魔法だな……いや、今更か」


 ベイロンがそう言うと、リーセはベイロンの手を引いて言う。


「二階もあるんだ! 湖がとっても綺麗なんだよ! 行こう!」

「わかったわかった」


 リーセの言うままに連れていかれるベイロン。


 そのベイロンの視線は周囲の家具に向けられていた。


 一階では、一つのテーブルと四つの椅子。

 二階では、四つのベッド。


 家具の様式はどれもネイアやリーセが設計したものではなく、俺がシンプルな形で作った。

 アイアンオークで作ったが、この家にはなじまない様式だったか?


 そんなことを考えているうちに、リーセはベイロンを二階のベランダへと案内する。


 ひんやりとした風が吹く中、ベランダから丘を見下ろす。そこには、青々と生い茂る緑と静かに佇む湖の青があった。


 ベイロンはその景色を見て、おおと声を上げた。


 俺も目の前の雄大な自然に見入ってしまう。

 建てたあとすぐにベイロンを迎えに行ったので、こうしてゆっくり眺める時間はなかった。


 二階からだとさらに遠くまで見渡せるな。


 リーセの元気な声が響く。


「どう、お父さん? 綺麗でしょ?」

「そう、だな。綺麗な、美しい場所だ」


 ベイロンは素直に目の前の光景をそう評した。


 そんな中、遠くからびゅうっと強い風が吹いてくる。


 空を探すと、そこには飛行艇が数隻やってきているのが分かった。


 アスハがその飛行艇に手を振って言う。


「捜索に参加していた飛行艇がやってきたようですね。虎人の方も乗っているとか」

「そうか。偉い大騒ぎになっちまったな。謝りにいかな……っ」


 ベランダから家に戻ろうとしたベイロンは急にふらついた。


「お父さん!」


 皆、慌ててベイロンに駆け寄る。


「ベイロン、大丈夫か?」


 俺とネイアがすぐに背中に手をまわし支えようとするが、ベイロンは大丈夫だと首を横に振った。


「少し疲れただけだ」


 しかしネイアは心配そうな顔で訊ねる。


「本当ですか……?」

「俺が大病を抱えていて、それを隠しているとでも? ないない。ただ、本当に疲れただけだよ」


 いつもの調子で答えるベイロン。

 息が上がっているわけでもないし、熱があるわけでもない。すでに外傷も塞いであるし、顔色が悪いわけでもない。

 ベイロンが嘘を言っているようには思えなかった。


 イリアがベッドの布団を整えながら言う。


「とにもかくにも、ひとまずはおやすみになられたほうが良さそうですね」


 メッテもうんうんと頷く。


「腹が減っているだけだろう。私が食事を作るから、それまで休め。ネイアもリーセも腹が減っているだろうしな」

「それがいい。メルクは砂漠林檎を焼いたのを食べたい。それまではベイロンに回復魔法をかけておく」


 メルクも回復魔法をベイロンにかけながら言った。


 ベイロンは少し申し訳なさそうに答える。


「本当に悪いな……」

「謝罪なんていい。いいから、ゆっくり休め」


 俺が答えると、ベイロンは小さく頷いた。


「ネイア、リーセ。俺の代わりに、皆に謝っておいてくれ。皆、リーセを探してくれたんだからな」

「ごめんなさい……」


 ぺこりと頭を下げるリーセを見ると、ベイロンはネイアに言う。


「ネイアも頼む。仲間にももう伝わっているとは思うが、リーセが見つかったことを伝えておいてくれ」

「分かりました……ゆっくり休まれてください」


 ネイアの言葉にベイロンは深く頷いた。


 ネイアは俺に向かって頭を下げる。


「悪いな、父上を頼む」

「ああ、任せろ」


 俺が答えると、ネイアとリーセは家を出ていった。アスハも二人に同行して、飛行艇に向かってくれるらしい。


 残った俺たちはベイロンをベッドに座らせる。


 イリアが水を用意し、メルクが回復魔法をかける中、俺はベイロンに訊ねる。


「本当にどこも悪くないんだな? 長年の傷とか……」

「馬鹿にしないでくれ。傷なんて、数日寝れば完璧に直る。心配しないでも、自分の体のことはよくわかる。リーセが子供を持つまでは確実に生きてるだろう」


 ベイロンは小さく笑って答えた。


 見た目も問題ない。

 そこまで心配することもなさそうだな。


「そう、か。よかったよ。ただ、あまりふらつくような印象はなかったから」

「まあ、確かにここまで疲れたのはもう何年ぶりだろうな……」


 静かに家の中を湖を見渡すベイロン。


 砂嵐がやはり辛かった……ではなさそうだな。


 ベイロンの目は先ほどから家具に向けられている。四つずつ揃えられた家具に。


 ……家具だけじゃない。ベイロンはこの家を見て、疲れてしまったのだろう。


 ネイアは恐らく、昔自分たち住んでいた家に似せて、この家を設計したんだ。

 椅子などを四つ要求したのは、家族が四人だから。もういないのだろうが、ベイロンの妻もいれば四人となる。


「ベイロン。話は戻るが、せっかくこうして建てたんだ。ぜひこれからも使ってくれ」

「ヨシュア……お前は本当にお人好しだな。今は休戦がなったとはいえ、人間も魔王も将来どうするか分からない。そんなんじゃ」

「自覚している。だからこそ、お前たちみたいな強いやつが近くにいてほしいんだ」

「俺たちみたいな、蝙蝠野郎に、か」

「虎でも蝙蝠でも、フェンデルは大歓迎だ」

「ふっ……お前の度量の広さには、誰も敵わないな」


 ベイロンはしばらく窓の外の湖を眺める。


「昔、休牧のときに使っていた家もこうして二階から綺麗な湖が見えたんだ。丘の上にあって、涼しい風が吹いて、夜は無数の星空を眺めて……いや、そんな綺麗な思い出ばかりじゃないか。俺は他の男たちと酒を飲んで騒いでばかりだったな」


 ベイロンは思い出すように言う。


「ネイアのやつ、まだ小さかったが……覚えていたんだな……」


 メルクがぼそっと答える。


「忘れたくない思い出はなかなか忘れない」

「そうだな……忘れようと心がけてきたが、忘れられるものじゃない」


 ベイロンはどこか決意したような顔で言う。


「決めた……今はそこまで急ぐ必要もない。半月ほど、皆でここで休ませてもらうか」

「それがいい。村の虎人たちや他の亜人たちも喜ぶはずだ」

「礼を言う。 ……とはいえ、おんぶにだっこというわけにもいかねえ。もう戦う必要のないやつらには畑仕事を教えてほしい。それと、各地で集めた食料や物資も運ぶから村で使ってくれ」


 本格的にフェンデルの住民になろうとしてくれている……


 俺たちはベイロンの申し出に深く頷くのだった。


 その後は家の外で皆で食事をすることにした。フェンデルの亜人と虎人も一緒に。


 俺が虎人たちの住居を増築する中、メッテと他の亜人たちが砂漠林檎やヤシを使った料理を大量に作ってくれた。


 虎人たちの中には、見慣れない舞踊や音楽を披露してくれる者もいて、食事というよりはさながら宴会のような盛り上がりだった。


 ベイロンもすっかり元気を取り戻したようで、リーセとネイアに笛を聞かせている。


 しかしその腕はイマイチなのか、ネイアとリーセに笑われてしまう。


「にゃははは! やっぱり、へたっぴにゃ!」

「お父さん、私のほうが上手いよ!」

「うるせえ! じゃあ、お前たちが吹いてみろよ!」


 微笑ましい光景。

 まだやることは残っているのだろう。この休息が少しでも気晴らしになれば幸いだ。


 俺はベイロンたちを見て思わず呟く。


「……家族っていいものだな」


 ベイロンの妻はもういない。

でも、どこかからあの三人を見て安心しているはずだ。


 隣から声が響く。


「ふふ、本当にいいものですね。三人とも仲良しですし」


 右へ振り向くと、そこには俺に寄り添ってくるイリアがいた。


 すかさず、左から俺の手を取る者が。


「本当にな。やはり家族は多いほうが賑やかだ」

「メルクもそう思う。やっぱり子供は多いほうがいい」


 メルクはそう言いながら、俺の後ろから抱き着いてくる。


 何か嫌な気配がしたが、すぐにアスハが俺の前に飛び出してきた。


 話題を変えてくれる……そう信じたが、アスハは大真面目な顔で俺に言う。


「私もヨシュア様といっぱい家族を作りたいです!!」


 その言葉が響いてすぐ、四人は今日は誰が俺と寝るかなどと争い出した。


 いや、子供っていいなと思うけど、そういうつもりで言ったんじゃ……


 そんな中、ベイロンがネイアに何かを耳打ちする。


 するとネイアは顔を真っ赤にしつつも、こちらにやってくる。


「よ、ヨシュア……礼を言いたい。今日は本当にありがとう。よければ、この後、一緒に星空でも見ないか? 虎人族の星座を」

「ネイアさん!! フェンデルは合議で物事を決める国!! 抜け駆けは許しませんよ!!」


 イリアが即座に割って入った。


「わ、私はそういうつもりじゃ……いや、もちろんヨシュアとはぜひその」

「それ以上は私たちを通してください!!」


 イリアの声を皮切りに争う女性陣たち。


 俺が困惑する中、それをベイロンは微笑ましく見ているのだった。


 ともかくも砂漠の夜はとても賑やかなものになった。


 この活気は一時的なものではなく、年月を重ねるほど賑わいを増していった。


 グランク傭兵団の虎人や他の砂漠の亜人たちが移住し、フェンデルと同様一大都市へと成長したのだ。


 ──そこには、三人で仲良く暮らすベイロン、ネイア、リーセの姿もあるのだった。

酢忍先生が描くコミカライズ3巻(完)、ガンガンコミックスONLINEから本日発売です!

WEB版とは少し流れと違いますが、WEB版1章の終わりあたりまで描いてくださっております。手に汗握る決戦だけでなく、温泉シーンなど見どころたくさんの完結巻……!

ぜひお手に取ってくださいますと幸いです!

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