砂嵐を越えました!
「すごい砂嵐」
飛行艇の船首に立つメルクは、地平線いっぱいに壁のように広がる砂嵐を見て言った。
「結局、ここまででリーセさんは見つかりませんでしたね」
イリアの声にメッテが頷く。
「他の飛行艇からも発見したという報告はない。あとは、砂嵐の中だろう」
俺たちは行方不明となった虎人のリーセを助けるため、数隻の飛行艇で西の砂漠を捜索していた。
しかし、砂嵐が起きてない区域ではリーセを発見することはできなかった。
ネイアが言う。
「皆、ありがとう。ここまでで大丈夫だ。あとは我々で」
「ここまで来たんだ。リーセを見つけるまでは俺たちも協力する」
「しかし、この砂嵐の中にはとても」
ネイアの言う通り、普通ならとても砂嵐には入れない。だが。
「俺たちにはアスハがいる。アスハ」
「お任せください」
アスハは頷くと飛行艇の船首で杖を掲げた。
光るアスハの杖。びゅっと突風が横切っていったと思うと、目の前に広がる砂嵐の壁に穴が開く。
「あの砂嵐を払った!?」
驚くネイアだが、アスハはまだ余裕がありそうだ。
アスハは振り返って言う。
「この程度なら問題ありません!」
「よし。そうしたら、飛行艇を突入させよう」
俺が言うと、飛行艇は砂嵐へと進んでいく。天狗たちの操船技術のおかげか、周囲が砂嵐にも関わらず全く揺れることはない。
「す、凄まじいな、お前たちの船は」
ネイアは周囲を見ながら言った。
「問題はここからだ。メルク、リーセの匂いはわかるか?」
「確かにする。でも、嵐のせいで動くからどこかまでは分からない」
メルクは鼻を動かしながら答えた。
メルクや人狼の嗅覚を持ってしても分からないか。
「あとは、俺が魔力の反応で見極めるしかないな。だが、この砂嵐のせいで」
ネイアのいう通り、この砂漠の砂は魔力を含むものもあるようで、周囲が魔力の壁のように見える。
「何か他の手段が必要だな。おーーーい、リーセ!!」
メッテは轟音のように大声を響かせる。
砂嵐がなければ確実に聞こえている声量だ。
アスハもこう答える。
「どこかへ吹き飛ばせないかも考えましたが、流石に厳しそうです」
「なら、ヨシュアに砂を全部吸い取ってもらうか」
メッテの提案にイリアが即座に首を横に振る。
「あなたはヨシュア様をなんだと思っているんですか」
「ま、まあまあ。どれぐらい時間がかかるか分からないけど、ちょっとやってみるよ」
そう言って俺はアスハに頼み、砂嵐の一部をこちらに流してもらう。
手を前にして、俺は自分の魔法工房へと砂を吸収していく。
「これはこれでやっておくとして……他の手段も講じないとな」
「片手間でやることなのか……」
困惑するネイアだが、すぐに何か思い出したように言う。
「……そうだ、大きな砂漠鈴を作れないか?」
「砂漠鈴?」
ネイアはポケットから手のひらに収まるほどの大きな鈴を取り出す。
「砂嵐の際に、はぐれないように使う鈴でな。鳴らして互いの位置を報せるんだ。砂漠鈴同士の揺れによって互いの距離も分かる。いつもお前たちに助けられているから、一応持たせたのだが……あまり離れると意味がない」
それにとネイアは続ける。
「だが、だいぶ特殊な作りでな……製法を知る一族の者も、故郷を焼き払われた時に皆死んでしまってな」
「そういうものこそヨシュアの出番」
メルクの言う通り、魔法工房で一度分解すれば大体の構造は理解できる。
「渡してくれるか?」
「もちろん」
ネイアは俺に砂漠鈴を渡してくれた。
早速魔法工房に回収して砂漠鈴を分解する。
「音の元となる中の凹凸が独特だな。音を鳴らす鉄球は……中が空洞になっていて、これも凹凸がある。鈴の中に鈴……さらに鈴。しかも一番小さな鈴は魔法が付与されている」
「難しいか?」
「いや。材料も十分ある。少し待ってくれ……」
同じような構造の鈴を、今ある鈴を覆うように作っていく。更にそれを覆うように、また更にと繰り返し、鐘のような大きさの鈴を作っていく。
「よし、できた」
飛行艇の帆柱と帆柱の間に木板を通し、そこに巨大な砂漠鈴をぶら下げる。
ネイアは砂漠鈴を見上げて言う。
「い、一分もしないで作り上げるとは。やはりお前の生産魔法はどうかしてるな……」
「褒め言葉と思って受け取っておくよ。それよりも早速鳴らしてみよう」
「ああ」
鈴から出た紐を握り、鈴を揺らすネイア。シャラシャラととても綺麗な音が響く。
「これだけ大きければ、リーセの鈴にも届いているはずだ」
「でも、向こうが気づいてもこっちに音が届く?」
メルクが訊ねるがネイアは頷いて答える。
「鈴の揺れで距離が分かる。気がつけば、揺れが激しくなる方に向かってくるだろう」
「なるほど。なら、船を下ろして、鈴を鳴らし続けよう」
メッテの声にネイアはああと答える。
そのまま飛行艇は砂漠へと着地した。
ひたすら鈴を鳴らし続けるネイア。
「頼む……おっ」
こちら側の鈴も揺れ始める。
揺れはさらに激しくなっていくと……
「あっち」
メルクが顔を向けた方向の砂嵐から、虎の耳を生やした女の子が飛び出てくる。
「お姉ちゃん!」
「リーセ!」
再び抱き合うネイアとリーセ。
いつもは叱るネイアと謝ることもないリーセだが……
「ごめん、お姉ちゃん」
「いいや、私のせいだ。私がちゃんと見ておくべきだった。砂漠はいくら気をつけても、危険な場所だからな」
素直な二人に俺たちはほっと胸を撫で下ろす。どっちも成長したというか、大人になった。
「いやあ、よかったよかった。ともかく、これで帰れるな」
メッテが満足そうに言うと、リーセがこんなことを口にする。
「待って! 少し行ったところに見たことのない大きなオアシスを見つけたの!」
「何? それは本当か、リーセ?」
「うん! とっても大きくて、砂漠林檎の木がたくさん生えていた。こっち」
俺たちは顔を合わせる。
「よし。なら飛行艇で行ってみるか」
皆で飛行艇に乗り込み、リーセのいうオアシスのほうへと向かう。
アスハが風魔法で砂嵐を払っていくと、数分もしないうちに陽に照らされた空間に出る。
青空の下に広がる地上に目を落とすと、そこにあったのは……
「なんだ、このオアシスは!?」
まるで海と見紛うような湖を持つ、広大なオアシスが広がっているのだった。




