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バカンスでした!

 俺たちは今、白砂島の砂浜にいた。


「一番乗り!」


 小さな狐──狐人のミリナが元気な声を上げ、勢いよく海へ飛び込んだ。


「にゃ! ずるいにゃよ!」


 それに続いて、猫人のローナ。そして様々な種族の亜人の子供が海へと入っていく。


 小さな狼の姿のメルクが、その様子を見て声を上げた。


「ちゃんと準備運動する。じゃないとおぼっ……」


 ばしゃんとメルクの顔に水がかけられた。俺には子供たちの誰が掛けたか分からなかったが、メルクには見えていたのかすぐにメルクも海に飛び込んだ。


 アスハはその様子を見て溜息を吐く。


「全く、メルクさんも子供なんだから──きゃっ!?」


 突如水を頭から被せられたアスハ。

 黒色の水着が早くも水に濡れてしまった。


 アスハの後ろには、バケツを持って海へと逃げていくメッテがいた。水をかけたのはメッテか……


 メッテが着ているのは紫色の水着だ。俺が作ったわけではないので、ユミルらゴーレムに作ってもらったのだろう。

 布地が少なくほとんどが紐……メッテの大きな胸を全く隠しきれていない。


 そんな大人っぽい見た目のメッテだが、まるで子供のようにアスハをおちょくる。


「やーい! 悔しかったらここまで来るんだな!」

「こ、子供みたいなことを! 待ちなさい、メッテさん!」


 アスハは翼をばたばたとさせると、まるで獲物に飛んでいく鷲のようにメッテへ向かった。


「皆、すごいはしゃぎっぷりだな……」


 それだけ楽しみにしていたのだろう。俺としてもフェンデルが本当に平和になったことが実感できて嬉しい。


 海にはブイを浮かべ、紫鉄の網で遊泳できる場所とそうでない場所を区切っている。シールドシェルが現れても、紫鉄の網は引きちぎれないし、カッパの大人たちが外側を見張ってくれていた。


 また砂浜には日除け用のパラソルを何本も立てて、その下に寝転がれるような縦長の椅子や食事のおけるテーブルなどを置いている。


 俺も泳ぎが嫌いなわけじゃないけど……


 子供に混じってはしゃぐ年でもない。

 とはいえ、今日来ているのは子供だけではない。エルフのモニカやエクレシアだけでなく、若い男女の亜人も多い。セレスたちモープの姿もだった。


 単に、水着のメッテたちを見ると少し恥ずかしくなるからかもしれない。


 俺は一応盟主だし……それに、皆に作らなければいけないものがある。


 そんなことを考えていると、隣から純白の水着を着たイリアが俺に問いかける。


「ヨシュア様、入られないのですか?」

「ああ。俺は皆に作ろうと思っていた物を作ろうと思ってな」


 俺は魔法工房から、黒い粉末のようなものを取り出す。


 イリアはそれを見てこう答える。


「これは?」

「昨日、この島で見つけた香料だよ。バニラビーンズって言うんだ」


 昨日、この砂浜で発掘したバニラビーンズ。

 エクレシアによれば一部は育てることができるとのことだった。その一部はさっそく畑に植えてもらい、残りは今回、菓子作りに利用する。


「不思議な甘い香りですね……」

「ああ。これを使ってお菓子を作ろうと思ってね。まあ、作るといってもそう難しいものじゃないけど……」


 俺はさっそく魔法工房で調理を始めた。


 まずはモープの乳を冷やしながら攪拌していく……だんだんと粘り気を帯びて固まってくるので、そこに蜂蜜とバニラを加え、さらに混ぜる。


「……っと、こんなものかな」


 木の皿に完成した物を盛って、それを手元に出してみる。


「これは……まるで雪みたいですね!」

「アイスクリームとか呼ばれているらしい。イリア、食べてみてくれるか?」

「いいんですか?」

「ああ。レシピ通りに作ったからまずいってことはないはずだ」


 俺はアイスクリームと、作った小さなスプーンをイリアに手渡す。


「ヨシュア様の作られたものなのです……それにこの甘い香り……美味しくないわけがありません。いただきます!」


 イリアはそう言うとスプーンでアイスクリームを掬い、それを小さな口に運んだ。


 するとイリアは驚くような顔をする。


「──っ! 美味しいっ!」


 頬に手を添え味わうようにアイスクリームを食すイリア。美味しそうに食べる姿がなんとも可愛らしい。


「おお、よかった。上手くできたみたいだな」

「ヨシュア様もぜひお食べください! はい!」


 俺が自分のスプーンを用意するより前に、イリアは自分の使っていたスプーンにアイスクリームを乗せて俺に差し出してきた。


 イリアの使っていたスプーンを使う……なんというか罪悪感が。


 しかしここで断るのも悪い。


「あ、ありがとう」

「分かりました。じゃあ、あーんしてください」


 少し恥ずかしそうにイリアは言ってきた。俺も恥ずかしいよ……


「ほ、ほら、あーんしてください」

「う、うん」


 俺は口を開けてイリアにアイスクリームを食べさせてもらう。


 どこかの人間の都市で見た若いカップルみたいだな……


 気になるアイスクリームのお味だが、それはもう美味しかった。イリアに食べさせてもらうというのを差し引いても、非常に美味しい。


 するとやはりというか、メルクが風の速さでやってくる。


「何を食べてる、二人とも? ……この香りは、昨日の」

「あ、ああ、メルク。昨日言っていたお菓子だよ」


 さっそく俺はメルクにアイスクリームをあげる。


 スプーンでぱくりとアイスクリームを食べるメルクは、しばし硬直した。


「め、メルク?」


 だが尻尾をいまだかつてないほど大きく振っているので、これは美味しかったということだろう。


 しばらくすると、メッテとアスハがやってくる。


「なんだかいい香りがするな」

「昨日のバニラですね!」


 俺は二人に頷く。


「ああ。お菓子を作ったんだ。せっかくだから皆で食べようか。今から準備するから、手伝ってくれるか?」


 そう言って俺は、砂浜に大きなテーブルを置き、そこにアイスクリームを盛った皿とスプーンを置き始めた。


 やがて海水浴を楽しんだ亜人の子供たちがメッテとアスハの呼びかけで砂浜に戻ってくると、皆そのアイスクリームを食べ始めた。


 ローナが声を上げる。


「にゃにゃ! 美味しいにゃ!」

「ほう。畑に埋めたあの豆が……こんなものに。どうだ、モニカ?」


 エクレシアの声にモニカは頷く。


「初めて食べるお菓子ですね……こういった暖かい場所にぴったりです。フレッタ、モー。どう、美味しい?」

「うん! こんなに美味しい物初めて食べた!」


 モニカの妹のフレッタとその友人であるモーも気に入った様子だ。


「ウッメー!! こんなものも作れるなんて、うちらの乳って実はすごいんじゃないっすか!」

「冷たいものがこんなに美味しく感じるとはのう……食べ過ぎて、頭がキーンとするのじゃ」


 セレスとユミルも瞬く間にアイスクリームを平らげてしまった。


 他の亜人の子供たちも初めて食べるアイスクリームに大はしゃぎだった。今まで冷たい菓子は氷を砕いたものがあったが、あれに濃厚さはなかった。


「皆、気に入ってくれたみたいだな。バニラが育つまで時間がかかるから、しばらくは同じ物を作るのは難しいが」


 俺が言うと子供たちは少し残念そうな顔をする。


 そんな中、イリアがこんなことを呟いた。


「バニラは育つまで時間かかりそうですが、替わりにイチゴなんかも合いそうですね」

「レモンもいけるかもしれない」


 メルクが言うとエナもヤシの木を指して言う。


「ヤシの実とも合うかもしれません!」

「そうか。バニラじゃなくても、香料の替わりにはなるよな……よし。それじゃあ作り方を教えるから、皆で色々試しみるか」


 俺の声に子供たちは皆賛成と答えてくれた。


 それから俺は生産魔法を使わなくてもアイスクリームが作れるように、道具を用意したり、製法を教えた。


 生産魔法を使えない以上、メルクたちの氷魔法が重要になってくる。だが学校を作ったおかげか氷魔法を使える者は多く、子供たちだけでも作れた。


 その後は皆、泳いだりアイスクリームを食べたりと各々楽しく過ごし始めた。メッテたちも子供の相手でてんやわんやだ。

 

「皆、楽しんでくれているようだな……少しパラソルの下でゆっくり過ごさせてもらうか」


 俺は長椅子に寝転がることにした。


 日差しを遮るパラソルの下は涼しく、耳に響く潮騒がなんとも心地よい。思わず目を瞑ってしまいそうだ。


 そんな中、横から声が響いた。


「ヨシュア様。お休みですか?」

「お、イリアか……」

「お疲れと思い、お飲み物をお持ちしました! 一緒にいかがですか?」


 イリアの手には杯を二つ乗せたトレーがある。

 俺のために飲み物を作ってくれていたようだ。


「あ、ありがとう、いただくよ」


 俺はトレーから杯を受取る。


 メッテに負けず劣らずの豊満な胸にすらりとした長い手足。女神のような笑みを浮かべるイリアに、俺は思わず目を逸らしてしまう。


 イリアはトレーをテーブルに置くと、俺の隣の椅子に腰を落とした。


 杯には果実の香りがする茶が入っていた。氷も入っており、暑い場所にはぴったりだ。


 実際に一口飲んでみるがなかなか美味しい……


「美味しいな……あっ」


 手に力が入ってないせいか、杯の飲物を少しこぼしてしまった。平和な日々が続き、ちょっと間抜けになったかもしれない……もちろん、とてもいいことなのだが。


「気を付けないと……ってイリア」


 イリアはトレーに置いていた手ぬぐいで俺の胸にこぼれた飲物を拭き始める。


「ふふ。ヨシュア様も子供らしいところがおありなのですね」


 少し悪戯っぽく笑うイリアに、俺はどきっとしてしまう。


「あ、ありがとう……で、でもこれぐらい自分で拭けるよ。それよりも、イリアも皆と泳いでくればいいじゃないか」

「いいえ、私はヨシュア様と一緒です。それに今日はヨシュア様にくつろいでいただこうと、こんなものを」


 イリアはそう言うと一冊の本を取りだした。


「『指圧入門』……マッサージの本か」

「はい! 体の疲れを取る効果があるのだとか」


 たしかに疲れは取れるだろう。俺も騎士団にいた頃は、指圧のお店に行きたいと思ったことが多々ある。


「気持ちは嬉しいけど、イリアが疲れちゃうよ」


 しかもイリアが何か別のことを企んでいる可能性もある……


 だがイリアは首を横に振った。


「大丈夫です! 今日は本当にヨシュア様にゆっくりしていただこうと。それとも、私はお邪魔ですか……?」

「ま、まさか! 本当に嬉しいけど」

「なら、あとは私にお任せください!」

「うん……そ、それじゃあ、お願いします」


 俺はイリアの言葉に甘えることにした。


 まずはイリアは俺の足裏を優しく指圧してくれた。それからふくらはぎ、ふともも……腰、背中、肩と優しく揉み解してくれる。


「どうですか、ヨシュア様?」

「ああ……とっても気持ちいよ」


 間近に見えるイリアの肌に目を瞑っていたが、イリアのほうは真剣に俺を指圧してくれていた。いかがわしいことなどは何も考えてなかったようだ。疑った自分が恥ずかしい。


 ……ようやく得た平和な日々なんだ。今日はイリアに甘えるとしよう。


 次第に俺は、気持ち良さにうとうととし……眠ってしまった。


 その後、目を覚ました時には夕方で、俺たちはその日フェンデルで寝泊まりすることにした。


 それ以降も白砂島は、亜人たちの海水浴場として栄えていく。またモープの乳のアイスクリームはフェンデルの代表的なお菓子となるのだった。

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