下見でした!
人と魔王軍の戦いが終わり、半月。
フェンデルにはようやく平和が訪れ、俺たちはゆっくりとした時間を送っていた。
俺と言えば自宅……今はイリアたちともに暮らしている家の家具を作っている。
皆で一緒に寝るための巨大ベッドや、一緒にご飯を食べるための大きなテーブルはもう作った。
今はそろそろ夏めいてきたこともあり、暑さ対策のため魔王城で見た扇風機を作っていた。
人の腰ほどの高さの、小さな風車のような物体。
側面にある取っ手を引くと、扇が回転し始めた。
「おお。涼しい」
風車の前に立つメルクは吹いてくる風に心地よさそうな顔をする。白くてふさふさの髪と耳が風で揺れる。
アスハも手を扇風機にかざして言う。
「魔石にこんな使い道があるんですね……」
「ああ。ソフィスから教えてもらったんだ。でも中にある紫鉄の魔力が尽きると、また貯まるまで待つ必要がある」
俺が答えるとメルクが呟く。
「これ、氷魔法の魔石もあるともっと涼しくなるかもしれない」
「氷魔法……それもいいかもな。これからもっと熱くなりそうだからな……」
俺は汗を拭いながら言った。
すると、アスハが何かを思い出したように答える。
「そうだ。熱くなってきたといえば、学校の子供たちの皆で海に行こうってなったんです」
「カッパやノワ族の子供以外は、皆海に行ったことがない」
メルクもそう呟いた。
たしかに船で南の白砂島と往来する者を除けば、鬼人をはじめとする内陸の種族のほとんどは海を知らない。
「言われてみればそうだな」
「でも危険。だから、ヨシュアや大人たちの許可をもらってからにするつもりだった」
「海はシールドシェルが残っている可能性があるからな」
白砂島のカッパたちの報告だと、島でシールドシェルを見ることはまれになったようだ。だが、周辺の海域や海岸には依然、多数のシールドシェルがいるのが目撃されている。
とはいえ海水浴のために全て駆除をすればいいという話でもない。
シールドシェル自体は貝肉と頑丈な甲羅をもたらしてくれる。中には真珠を持つ個体もいた。彼らの住処を全て奪うのは、フェンデルにとってもよくない。現にシールドシェルの肉は、カッパたちの主食の一つにもなっている。
「ここは、海水浴場専用の場所を設けておくか……一度、下見に行こう」
「そうする」
メルクたちが頷くと、俺とメルク、アスハはフェンデルから川を下って海へ向かうことにした。
到着した白砂島では、ちょうど漁から帰ってきたエナが出迎えてくれた。
「ヨシュア様! 皆!」
「こんにちは、エナ。今日はちょっと、白砂島の皆に相談があってな」
「相談? 今、お父さんは今漁に出てて。よかったら、呼んできましょうか?」
「いや、待たせてもらうよ。急ぎの用事じゃなくて、この島に海水浴場を作りたいって思っただけだから」
俺が答えると、メルクも隣でこう言う。
「フェンデルの子供たちも海で泳ぎたい」
「なんだ。そんなことなら誰も反対しませんよ! 私たちももっとフェンデルの皆に島に来てもらおうって、色々考えてたところですから。よければ、砂浜を案内しましょうか? 子供が泳ぎやすい浅瀬の部分があります!」
エナは嬉しそうな顔で答える。
「ありがとう。それじゃあ案内をお願いしようか」
はいと元気よく頷くエナは、さっそく砂浜をとことこと歩いていく。
俺たちもその後を追うことにした。
メルクは歩く途中で、砂浜をごろごろと転がる。
「やっぱりこの島の砂は綺麗」
「真っ白ですもんね。皆、海よりも砂浜に夢中になってしまうかもしれません」
手で砂を掬うアスハの声に俺も首を縦に振る。
「ああ子供たちも喜ぶだろう」
「嬉しいです。私たちも気に入っている風景ですから。と、ここです」
やがて島の南海岸に着くと、エナが足を止めて言った。
「ここなら海が深くなるまで距離があるので、小さな子供でも安心して泳げます!」
水が透明なのでたしかに浅瀬が広いのが確認できる。
「ここなら子供でも溺れずに泳げそうだな。あとは網で囲って、子供たちがそこから外にいけないようにすればいいか……うん、どうしたメルク?」
俺はメルクがすんすんと鼻を動かしていることに気が付く。
「嗅いだこともない匂いがした。いい匂い……ここ」
メルクは砂浜の一か所を指さす。
「そこ? どれどれ」
「ヨシュア様、私が」
アスハが風魔法で、その部分の砂を掘ってくれた。
やがて木箱が埋まっているのが目に入る。
エナが声を上げる。
「おお、本当に埋まっていた! すごい、メルクさん!」
その声に、メルクは淡々と「朝飯前」と答える。尻尾は揺れているのでやっぱり嬉しいのだろう。
「俺も全然気が付かなかったよ。どれ」
俺はさっそく穴から木箱を持ち出してみる。
「……本当だ。甘い香り……これは」
木箱を開けると、焦げたように真っ黒な植物の鞘がいっぱい入っていた。
それを見たアスハが残念そうな顔をする。
「腐った後でしょうか……せっかくいい香りなのに」
たしかにとても口にできそうな見た目ではない。
だが、これは腐ったわけではないだろう。
「いや……これは東の大陸の香辛料だ。たしか、バニラとかいう」
「バニラ?」
「東方の人はこれを甘いものに入れたりして食べるらしい。こっちの大陸では、王族でも手に入れられるかどうかの代物だ」
シュバルツ騎士団にいた時、ロイグがある帝国貴族から贈られていたのを覚えている。
その時に匂いだバニラの匂いだ。俺も口にしてはいないが、騎士団の料理人と共に加工を手伝った。
たしか、牛乳と砂糖を混ぜて冷やしたものに加えたよな……ロイグはもちろん、祝宴に参加していた貴族からも大好評だったようだ。
俺は思わず顔がほころぶのを感じた。
「これがあれば、暑い季節にぴったりの菓子ができるぞ」
メルクがすかさず訊ねてくる。
「菓子?」
獲物を見つけたときと同じ鋭い眼光に俺は一瞬体がびくりとする。
アスハとエナも興味津々といった様子だ。
皆、やっぱり子供だな……
「ああ、本当に美味しいお菓子だ。一部は栽培ができないかエクレシアに調べてもらって、あとはそのお菓子に使おう。海水浴しながらだと、もっと美味しく感じると思うぞ」
この後俺は白砂島に安全な海水浴場を作り、村に帰還した。
その翌日子供たちを伴って、再び海水浴場に向かうのだった。




