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230話 大都会でした!?

「世界にこんな場所が……」


 メッテは目の前に広がる巨大な都市──魔王城の中を見て息を呑んだ。


 まず山のような高さの城壁と門に圧倒されたが、中はもっと壮大だった。


 門をくぐると見えてきたのは、地平線まで続く幅広の大通りとその脇に建ち並ぶ空を貫くような高層建築物だ。


「本当にすごいな……」


 空を見上げると改めてこの都市の巨大さを感じられる。通りを歩いているサイクロプスが小さく見えるほどだ。


「魔物も馬車もいっぱい」


 メルクの言葉通り、門からまっすぐ伸びる大通りには多様な魔物と馬車が行きかっていた。


 これほどの大都会は、人間の国にもない。


 アスハが不安そうな顔で言う。


「これだけ多いと、私たちが亜人や人間だってばれないでしょうか? 一応、魔王様が渡してくれたこのお守りがありますけど」


 俺たちの腰には小さな布袋が提げられている。魔導具の一種で、俺たちを魔族と見えるようにする道具らしい。


 イリアが周囲に目を光らせながら言う。


「飛行艇で待機している者たちも見えないようになっているみたいですが、皆さんも警戒は怠らないように」


 その言葉にメッテとアスハは深く頷いた。


 ここまでイリアが警戒するのは、先程魔王が居城を整えたいと俺たちと別れ、一足先に居城に帰ってしまったからだ。


 この魔王領中の召喚石を中央の居城に集めさせているようだが、急ということもあり一、二時間時間が欲しいとのことだった。


 俺たちは居城に向かう途中で、魔王城の観光をして時間を潰そうというわけだ。


 セレスが得意げな顔でこう話す。


「メッメー! それじゃあ、うちが魔王様の居城まで案内するっす! この魔王大通りをまっすぐっす!」

「さっき魔王から聞いた。まっすぐだから誰でもわかる」


 メルクの言葉に、セレスはそのままの顔で首を横に振った。


「どこにどんな店があるとかは分からないっすよね? うち、美味しい店を知っているっす!」

「美味しい枯れ草の店とかじゃないだろうな?」


 メッテが訊ねると、セレスは「そうっす!」と能天気な顔で答えた。


「結局草が食べたいだけじゃないか……そもそも、魔王が食事を用意してくれるって」


 呆れるような顔のメッテに俺は声をかける。


「まあまあ。ともかく、せっかく来たんだし色々回ろうじゃないか」

「そうするっす!」


 そうして俺たちは魔王通りを進み始めた。


 通りに面した店にはどこも商品が溢れていた。売買も活発のようだ。


 真っ黒なパンや目玉のような木の実など、人からすれば忌避されるような見た目の食材もある。中には、笑い声を発する花のようなものもあった。

 

 魔王領中の物品がここに集まるのだろう。人間の国で言えば、帝国の帝都が一番近いかもしれない。


「メッメー! あの店の草は本当に美味いっす! うちらの一年に一回のごちそうは、あの店に決めていたっす! あっ! あっちの枯れた花もなかなかっすよ!」

「セレスは本当に食べることばっかりだな……って、メルク?」


 メッテがある店のほうをじっと見つめるメルクを見て、足を止める。


 メルクが気になるのは、荷台に巨大な釜を乗せている露店のようだ。その露店の前には、魔物の子供たちが集まっている。


 メッテがおかしそうに笑う。


「なんだメルク。お前もやっぱり子供だな」

「見たことがないものだから勉強しているだけ」


 そうメルクは淡々と答える。


 俺も見たことがない。底の浅い釜のようだが、中央に太い軸のようなものが飛び出している。全体的にボロボロなのが、また興味をそそる。


 その軸に屋台の主人らしきオークが砂糖のようなものを突っ込むと──


「回転した!?」


 突如釜の中の軸が、ガタゴトと音を立てて回転しだした。オークはその釜に木の棒を入れてかき混ぜる。


 すると次第に、木の棒に綿のようなものが付着しだす。綿はどんどんと大きくなり……


「おお! まるで雲みたいだ!」


 メッテが声を上げると周囲の魔物たちからは、メッテを見て田舎から来たのかしらと笑うような声が聞こえた。


 こほんと咳払いするイリアに、メッテは恥ずかしそうな顔をする。


 セレスはこう言った。


「あれは綿飴っすね! ふわふわして美味いっすよ! 子供たちに大人気っす!」


 現に子供たちは綿飴を受取り、美味しそうに頬張っている。


 アスハが微笑ましそうにそれを見て言う。


「見た目も可愛いですし、人気なのも頷けますね」

「きっとフェンデルの子供も喜ぶ。フェンデルでも作ってみる」


 メルクが呟くが、セレスが答えた。


「それは難しいかもっすね。あの釜を作ったのは、昔の魔王様らしいっすから。機材もそうすっが、あの飴自体もめっちゃ高いっす」

「ヨシュアとメルクたちなら作れる」


 メルクは尻尾を揺らしながら、俺をじっと見つめた。


「ま、まあ、試してみよう。ソフィスにあとで作り方を聞いてもいいかもしれないし。それより、せっかくだし食べてみようじゃないか」


 俺の声に、メッテが真っ先に賛成と答えると、イリア以外の皆も食べたいと言ってくれた。


 いくらか用意しておいた小さな金の粒を魔法工房から出して、俺は屋台へと向かう。


「悪いが、何本かもらえるかな? お代はこれでいいか?」

「おう。魔族が五名に、モープとスライムが一体ね」


 オークは次々に綿飴を作ってくれる。


 まずはメルクがもふっと綿飴を噛む。


「……べたべたする。だけど美味い」


 メルクは再び嬉しそうに尻尾を振り始めた。


「メッメー! うちも初めて食べるっす! ウッメー!」


 セレスも前脚で綿飴の棒を掴み、器用に口に運んだ。


「うむ……不思議な食感だ」

「本当に雲みたいです!」


 メッテとアスハも美味しそうに食べる中、最初は呆れたような顔のイリアもやがて綿飴を口にする。イリアも美味しかったのか、途端に表情をほころばせた。


 俺も初めて食べるが、食感が新鮮だ。これはぜひフェンデルでも作りたいものだな。


 そうして綿飴に舌鼓を売っていると、オークが大きな豚のような鼻を動かす。


「……うん? 臭うな。人間か?」


 まずい。お守りの効果では匂いまで消せなかったか。


 そう思ったが違ったようだ。


 オークは、俺たちの後ろ側に目を向けている。


「ヴィリちゃん。お腹空いたわ~」

「そ、そうですね」


 その声に振り向くと、そこでは大きな腹の巨人トロールと、それと手をつなぐ魔族──ではなく、ドレスを着た人間の男がいた。


 メッテがあっと声を漏らす隣でイリアが呟く。


「あれは……以前、ヨシュア様を連れ戻そうとした」

「ああ……ヴィリアンだ」


 ヴィリアン。俺が所属していたシュバルツ騎士団にいた男。


 ロイグのお気に入りだったが、グランク傭兵団の長ベイロンに捕まり、魔王軍に捕虜として売られた男だ。


 人間の男が好きなトロールに売ると言っていたが……こんなところにいたか。


「私。ヴィリちゃん食べたくなっちゃった……」


 トロールに舌でべろりと舐められるヴィリアン。


 トロールの涎だらけとなったヴィリアンだが、健康そうな見た目だ。ちゃんと食べさせてはもらっているのだろう。


 ヴィリアンも慣れているのか、ご冗談をと笑ってごまかす。


「私は冗談じゃないわよ……ただ、私の愛しいヴィリちゃんが自分から私を求めてくれるのを待っているだけ」


 蕩け顔のトロールに尻を触られ、ヴィリアンは体をぶるっと震わせた。しかしすぐにトロールがこちらに目を向ける。


「でも、ちょうどいいところに綿飴屋があるわね。私、綿飴大好物なのよね~。今は、あれを二人で食べましょう」

「は、はい! 直ちに、買ってまいります!」


 急いでやってくるヴィリアンは俺たちを魔族と認識しているのか、こちらには目も向けず、オークに声をかける。


「わ、綿飴を二本!」

「ほいよ」


 オークはヴィリアンから銅貨をもらうと、すぐに綿飴を作り出した。


 しかし、すぐに釜ががんがんと変な音を立てる。やがて煙が立ち込めると、釜の中央の軸が欠けてしまった。


「あっ!? ……ま、まじか!?」


 オークは顔を青ざめさせる。


 どうやら綿飴を作る釜が故障してしまったらしい。たしかに見た目からしてボロそうだった。セレスが言うには、昔の魔王が作ったという話だし、何百年も前の産物だったのだろう。


「音が変になってきたからまさかとは思ったが……弱ったな。すまんが、お客さん。今日はもう作れない。お金は返すから」

「な、なんとか作ってくれ! じゃないと私が本当に食べられかねない! 私のご主人様は食欲を満たせないと……すぐに直してくれ!」


 ヴィリアンはオークよりもげんなりとした顔で訴えた。


「そうは言っても、すぐどころかもう直るかもわかんねえ。この時代の魔導具は今の魔王様でも直せるかどうかだぞ。もう、これで商売するのは……」


 先祖代々受け継いできた物なのにとオークは肩を落とす。


「……軸が欠けたぐらいなら」


 生産魔法師の性か。思わず、俺は口を出してしまった。


「へ? なんだ、魔族さん。あんた、修理ができんのか?」

「あ、ああ。もしかしたらできるかもしれない。恐らく欠けた部品さえくっつければ」


 そう答えると、オークとヴィリアンは俺の手を取る。


「た、頼む! これがないと商売にならない!」

「私の貞操がかかっているのだ! 頼む!」


 必死な二人に、俺はこくりと頷く。


「わ、分かった。ただ、俺が使うのは生産魔法だ。一度、預けてもらうことになるがいいか?」

「もちろんだ! お礼はいくらでも支払う!」

「お礼は大丈夫だ……それじゃあ」


 俺は釜を魔法工房へ吸収した。


 まずは分解してみる。ちゃんと構造を覚えながら。


 雷魔法が出る部品を使っているのか。これは、風が出る装置か?


 一つ一つ部品を見ていくと、そう難しい構造はしていない。問題は材料が滅多に見ないものというところか。それでも、魔石を代用すれば作れそうな気がする。


 それはともかく、今は涙を流すヴィリアンとオークのために修理を急ぐとしよう……


「ああ……やっぱり軸が壊れているだけだな。溶接すれば……どうだ」


 欠けていた軸の部分を直し、魔法工房から荷台へと釜を戻す。


「これで直ったと思うが……どうかな?」

「う、動かしてみる……おお!」


 オークは釜を動かしてみるが、ちゃんと直ったようだ。


「すげえ……しかも、前よりも音が静かだ。本当にありがとよ……というか、あんたまさか」

「お礼は良いから詮索はよしてくれ。これからも魔王様のために、子供たちに美味しい菓子を頼む」


 それらしいことを口にして俺はお礼を辞退した。


「やっぱり今の魔王様の直々の配下は違うねえ……あの方は本当に寛大だ」


 オークは感じ入ったような顔をすると、深く俺たちに頭を下げる。


 ソフィスは魔王城の住民からは慕われているようだな。


 一方でヴィリアンも目に涙を浮かべ、俺の手を取った。


「本当にありがとう! 今日も私の貞操は守られた! 魔王様万歳!」


 あれだけ魔王や魔物を馬鹿にしていた男がよく言う……


 まあそれはともかく、ヴィリアンの健康状態を見るにそこまで魔王軍は人間の奴隷に厳しくないみたいだな。財産として大事に扱っているのかもしれない。あるいはそういう法律があるのかも。


 俺たちはヴィリアンとオークと別れ、皆で綿飴を食べながら再び魔王通りを歩き始めた。


 その後も魔王城には俺も知らない魔導具で溢れているのが見えた。


 珍しいお菓子やおもちゃはもちろん、馬のいらない馬車のようなものもあったりと俺も色々と勉強になった。


 やはりというか、イリアたちは魔族が着る衣服を何枚か買い込んでいたが……


 衣服はともかく、魔導具のほとんどが今では製法が失われたり、作るのが難しい物のようだ。


 また、建築のほとんどもだいたいが下層部のみ使われており、上るのが大変な上層部には飛行できる魔物しか住んでないという。昔は使われていた魔法の昇降機が壊れているからだ。


 もう少しで居城というところでメッテが呟く。


「見た目だけ、というわけじゃないが色々惜しい街だな」

「ヨシュアが魔王軍にいたら、全部直しちゃいそう」


 メルクがそんなことを言うが、俺は首を横に振る。


「いや、世界は本当に広いなって思わされたよ。まあ、綿飴を作る釜は、魔石があればなんとか作れそうだったけど……っと、着いたな」


 魔王通りの先に、平原と見紛うような広大な広場が見えてきた。

 その広場に入り、横へ顔を向けると……


 山のようなドーム屋根の建物がそこにあった。


 セレスが自慢げな顔で言う。


「あれが魔王様の居城っす! やっぱりすごいっすよね!」

「本当にでかいな……お」


 黒い鎧数体が居城からやってきて、俺たちの前に跪く。


「皆様、お待ちしておりました。魔王様は入り口近くの大広間にてお待ちです。私共が居城までご案内いたします」


 その声に、イリアとメッテが急に真剣な顔に戻る。


 入り口近くにいるなら、外に出てくればいいのに……単に面子の問題かもしれないが、俺たちに警戒させないなら自分で迎えにくるほうがよかったはずだ。


 俺も少し不安に思ったが、ここにきて引き返すわけにもいかない。こくりと頷いた。


「ああ、よろしく頼む」


 そう答えると、黒い鎧たちは深く頭を下げ、俺たちを先導し始めた。


 広場には高い水柱を上げる噴水と色とりどりの花が咲く庭園を横目に、俺たちは居城の門を目指す。


 そうして居城の前に付くと、巨大な門がごごっと大きな音を立てながら外側に開き始めた。


 やがて、居城の中が見えそうになると──


「──っ!?」


 突如、ぱんと何かが爆発するような音が響くのだった。

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