224話 迷いでした!?
「魔王様に、会っただと……?」
城壁の上で寝ていたヨモツは、突如目を開き俺に訊ねた。
俺とイリアはフェンデルに帰還した。
魔王は特に俺たちに何をするでもなく、野営地を去らせてくれた。
なので、こちらも一旦飛行艇を引き上げた。
それから特に魔王も魔王軍もフェンデルに手は出してこない。
もちろんフェンデルの警戒態勢はずっとそのままにしてある。
魔王には迷いがあった。
やはり計画を進めるのか、思いとどまるのか……どちらを選ぶかは俺たちには分からない。だが俺たちはどちらに転んでもいいようにするだけだ。
一方で俺は、ヨモツに魔王のことを伝えていた。
あの魔王がそもそも本物か確認したかったというのもある。
俺は首を縦に振って答える。
「ああ。南にいる魔王軍の天幕にいた」
「……魔王様がお前たちにお会いになるとはな」
「お前は、俺たちの会った魔王が、本物だと思うのか?」
ヨモツは俺の言葉に黙り込む。
だが隣で聞いていたヨモツの娘ミリナはこう答える。
「ヨシュアさんたちなら、会ってもおかしくないって思ったんだよ」
「……勝手なことを言うな、ミリナ」
ヨモツはそう言うが、ミリナはふいっと顔を背ける。
俺たちが戻るまでずっと一緒にいたと思ったヨモツとミリナだが、なんだか険悪そうだ。
恐らく、ミリナが寝てばかりのヨモツを何とかしようとしたのだろう。
だがやがてヨモツはこう答える。
「お前たちが、変わっていることは確かだ……だから魔王様も会ったのだろう」
「そうか……計画についても、なんとなくだが俺たちも理解できた」
ヨモツはそれを聞いて、しばらく口を噤む。だがやがてこう問うてきた。
「……それならば、分かっただろう? 魔王様の意思は動かない」
「そうでも……ないようだった」
「何?」
「どこか迷いがあるようだった。そもそもお前たちの計画が確実なのかと問うと、自信がなさそうだった」
「馬鹿を言え! 必ず、必ず成功する……魔王様には、どうしても会わなければならない方がいる! 必ず、魔王様はやり遂げる!」
「そう、かもしれないな。だが、俺たちは魔王に」
ヨモツは恐る恐る訊ねる。
「……魔王様の邪魔をするつもりか?」
「そのつもりだ」
「馬鹿な……お前たちにどれだけの力を示したのかは分からぬが、魔王様と戦って勝ち目などあるわけがない。やめておけ」
その言葉にミリナは少し驚くような顔をする。
「お父さん……ヨシュアさんたちのこと、心配なの?」
「そういうわけではない……ただ」
イリアは助け舟を出す。
「ミリナさんたちのことが心配なんです」
「……ともかく、やめておけ。魔王様の力を見ただろ?」
ヨモツはそう言った。
確かに魔王は強力だ。
キュウビをもしのぐような洗脳に、飛行、ハイド……これらの魔法すら、恐らくは魔王が使える魔法のほんの一部のはずだ。
また、イリアに圧倒されたとはいえ、十万以上の配下もいる。魔王には心服してないようだったが、戦いを命じられれば喜んでフェンデルと戦うはずだ。
正面から戦えば、フェンデルも無傷では済まない。
ヨモツはこう続ける。
「そもそも、お前たちが止めることに何の得がある? 失敗したとしても、戦いたがりの人と魔物が死ぬのだ……フェンデルにとってはいいことではないか」
「成功したとしても、歓迎はできない……南の都市には、戦士でない人間もいる。魔王軍にも戦いに積極的でない者がいるはずだ」
それを聞いたヨモツは黙り込んでしまう。
もうずいぶんとフェンデルで俺たちを見てきた。だから、俺たちの考えも分かるはずだ。
ミリナが言う。
「フェンデルが戦うなら……私も戦う」
ヨモツは声を上げる。
「ミリナ! 魔王様に歯向かうというのか!?」
「ここにはもう友達もいる。狐人だけじゃない……鬼人や人狼の友達だって。皆を守るのは当たり前だよ」
「ミリナ……」
ヨモツはもう一度俺に言う。
「考え直せ……魔王様はとてもお強い」
「なら、ヨモツ……魔王の説得を手伝ってくれないか?」
「俺、が?」
「お前たちの気持ちはわかる。俺もイリアも、他の亜人たちも……大事な人を失った。でも、今はこのフェンデルでの暮らしに満足している。ミリナやお前の子もここで」
俺の声に、ヨモツは何も答えない。
そんなヨモツにミリナが言う。
「お父さん……私もお母さんには会いたいけど」
「それ以上言うな、ミリナ……」
ぎゅっとヨモツは目を瞑る。
ヨモツから聞く限りでは、ヨモツの妻ミナは看取られてこの世を去った。
ヨモツが最期まで近くにいてくれて、ミナは幸せだったのではないだろうか。
もちろん生への未練もあっただろうし、子供たちの成長が見られないことは悔しかっただろう。
しかしミナはヨモツに子供たちのことを託した。他人の死と引き換えに、自分が生き返りたいと思うだろうか。
ヨモツもそれを分かっているはずだ。
「いずれにせよ、俺たちは魔王を止める」
「……」
俺たちが去ろうとしても、ヨモツは何も言わない。
しかしミリナは俺たちに言う。
「私は協力するよ」
「ありがとう、ミリナ」
ミリナはうんと頷くと、俺たちに付いてくる。
そしてその場から去ろうとすると、後ろから声が響いた。
「待て……」
振り返るとヨモツが俯いていた。
「魔王様とは戦えん……しかし、ミリナたちを守るのが俺の最後の務めだ……それがミナとの約束」
ヨモツは顔を上げて言う。
「説得だけなら……協力しよう」
「お父さん……!」
ミリナはヨモツに飛びつくと、そこで泣き始めた。
抜け殻のように思えたヨモツが、もう一度何かをすると言った。それが自分たちのためというのだから嬉しいはずだ。
ヨモツはミリナを抱きしめながら呟く。
「俺には、ミリナたちがいる……」
子供たちが一番大事だということを、ヨモツは認識した……俺としても嬉しいことだ。
だが逆を言えば、キュウビにはヨモツにとっての子供のような存在がいない。魔王もきっと……
そんな彼らをどうやって思いとどまらせればいい?
そもそも彼らは大事な人と再会して、ずっと一緒に暮らすのが目的なのだろうか。
まずはヨモツに、そこを聞くとしよう。




