216話 知恵を持ち寄りました!?
「上物はこんな感じだな」
俺は眼前の堂々たる宮殿を見て言った。
ソルムがおおと声を漏らす。
「王都の宮殿よりも壮麗な……」
「やっぱりそう見えるかな……」
ゴーレムの持ってきてくれた石材を中心に、組み立てた宮殿。
中央のドーム状の屋根の巨大な建物は、千人以上が参加できる舞踏会を開ける大広間だ。
それに連なる三階建ての横長の建物は、王族や貴族が過ごせる広大な寝室や休憩室になっている。基本的にはどの国の王族も陣幕で寝るだろうが見栄えもあるから一応だ。
建物には人の背丈よりも大きいガラスが惜しげもなく嵌めこまれている。材料の砂は、南方からエナたちが飛行艇も使いたくさん運んでくれた。
「内装はまだだが、外見は立派なもんだな」
ソルムはしばらく宮殿に見入っていると、口をぽかんとしたままこちらに顔を向ける。ソルムがこんなに間抜けな顔をするのは珍しい。
「ヨシュア殿……やはりあなたの生産魔法は超人的です」
「いやいや……皆がこうして材料を持ってきてくれたわけだし、それにあの巨大なドームはドワーフたちが作った鉄骨がなければ建てられなかった。俺はただ、組み立てただけだよ」
「け、謙遜を……あなたはやはり……いや、失礼しました」
ソルムはすぐにそう謝った。
俺がもっと人間から評価されるべきだと言いたいのだろう。
だが俺はフェンデルに住んで皆と楽しく過ごせれば十分。争いが終わり、早くフェンデルが平和になればいい。
「いいや、気にするな。それに、ソルムたちも手伝ってくれているじゃないか。食料や粘土とか、本当に助かっているよ」
「皆、ヨシュア殿やフェンデルの者たちに恩返ししたいのです……しかし、この宴会場が使われるのが一回限りというのは、少し寂しいですな」
「そうだな……使い終わったら何かいい使い道がないか考えてみよう」
俺が言うと、メッテが隣で呟く。
「人間のいう、別荘というのもよさそうだな」
それを聞いたイリアはこんなことを言った。
「世界が平和になれば……色々な国の人たちが集まってもいいかもしれませんね」
「面白い考え」
メルクはそう答えた。
世界中が平和な日々か……そんな日がやってくると俺も嬉しい。
そんなことを考えていると、また一隻の飛行艇が宮殿の近くに着地した。
今回の建設にあたって、とても飛行艇が一隻では足りなかった。
だから小さめの輸送用飛行艇を十隻ほど造ったのだ。輸送用だけでなく、偵察用もいくらか造って警戒に使ってもらっている。
飛行艇に乗っているのは風魔法を使えるノワ族と、帆を操る天狗たち。
船から下りて来たのはほとんどがカッパたちだった。彼らが地上へせっせと担ぎだしている土嚢の中は砂だ。
俺はカッパに声をかける。
「あっ。持ってきてくれたところ悪いが、もう砂は十分だ。次は大丈夫。カンベルやエナから聞かなかったか?」
「それが……メルク様が面白いことを考えたと。もっと砂が欲しいと仰いまして」
「メルクが?」
首を傾げてメルクに顔を向けるが、同時に船から亀……亀人のフォニアがのそのそと降りてくる。
「山に海を造るのよ」
それを近くで聞いたメッテが思わず何言っているんだという顔をする。
メルクが呟く。
「いい考えだと思った。だからそうした」
「いやいや! 海なんてあんな広いのはさすがに!」
メッテは無理だとでも言いたげだ。
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「まあ本当の海は無理だろう……だけど、海を思わせる場所なら作れる。そういうことだろう?」
俺の言葉にフォニアは頷き、答えた。
「砂浜を造って、水を注ぐの。波のような音を奏でる貝殻もあるわ。本当はエントに頼んでヤシの木も埋めたいけど」
「山の上だから少し寒いな……いや、待て」
俺は宮殿のドーム屋根を見て思いつく。
「全部ガラス張りの屋根の建物を造れば、暖かくできる……かも」
北方の国でも使われる温室というやつだ。
北方は寒い地域で通常温かい南方の植物は育たない。だが、陽が注ぐ暖かい部屋なら植物が育つ。
貴族や錬金術師が好んで建てる施設だ。
温室の中なら、ヤシの木が枯れることもないかもしれない。
「一旦、小さいので試してみるか。エクレシアに育つ気温か聞いて」
メルクが俺の声に頷く。
「いい考え……メルクもまた良いこと思いついた」
「他にもあるのか?」
「建物の中で雪を降らす。太陽が当たらない場所の雪は溶けない」
「なるほど。冬を再現するわけか。それも面白いな。その中に温泉を造っても……」
俺がそう言いかけると、アスハもこんなことを言う。
「なら。空を疑似的に飛べるような場所を造ってもいいかもしれません! 柱を二本作って、間に縄を張って、金具か何かを吊るすのです。それにぶらさがれば」
メッテが興奮するように言う。
「おお。エントたちが森で俺たちを運ぶときにやったあれか。吊り下がって空中を進むやつ……なら、私は大人数で取っ組み合いができる場所なんていいと思う!」
案としては……普通だな。
皆の反応も淡泊だ。
アスハとソルムは、無理していい考えと言っているが。
だがメルクが言う。
「普通」
イリアも呆れたような顔で呟く。
「争いを止めるのに争いごとができるようにしてどうするのです」
「だ、だから、そこで疑似的な争いをするんです! そこで戦争の決着をつけるんです。なんなら魔王軍と人間の偉いのが集まって、そこで戦争の勝敗を決めればいい!」
俺は思わず、おおと声を漏らした。周囲の者たちも、感心したような、驚いたような顔だ。
メッテは戸惑う。
「な、なんだ皆? そんなに変なことを言ったか?」
「い、いや、いい考えだ」
俺がそう言うが、メルクが呟く。
「メッテにしては珍しくいい考え。見直した」
「わ、私はいつもいい案出しているだろ!?」
少し頬を膨らませるメッテを見て、イリアが言う。
「メッテには負けられませんね……そしたら私も良い考えが。迷いやすい小さな森を造って、そこで追いかけっこするのです。鬼役は……私が務めてもいいです」
にっこりと笑うイリアに皆、びくっと体を震わせる。
だがメルクは耳をピンと立てる。
「いい考え。イリアが鬼なら、多分戦争どころじゃなくなる」
「い、いい考えだな!! でもまあ、人間同士でやらせればいい」
俺はメルクの声に被せるように言った。
首を傾げるイリアだが、はいと頷く。
「……ともかく、皆色々案を出してくれてうれしいよ。時間もたくさんあるから、色々施設を造ろうじゃないか。貴族だけじゃなくて、兵士たちの温泉なんかも作ろう」
とはいえ、南の都市の救援は俺たちも望んでいることだし、ここで人間の全軍をくぎ付けにするわけにはいかない。
今のところ南の都市と魔王軍は睨み合いを続けているようだが……そこは気を付けよう。必要であれば、南の都市に手を差し伸べる。
そうして俺たちは、宴会場の設営を進めるのだった。




