210話 そっちも大親征でした!?
魔王軍の特使がやってきてから、一か月が経とうとしている。
この間、俺たちは少しも気は抜かなかった。皆、昼夜問わず偵察してくれたり、軍備を整えてくれた。
だが、待てど暮らせど魔王軍がやってくる気配はない。
さすがにフェンデルに集まった主力部隊は解散してもらった。いつでも村にこれるようにはしてもらっているが。
また、ハイドを使えるアスハによって逐一魔王軍本隊の動きは俺に報告されていた。
今日もアスハが偵察から帰ってくる。
「今日もまったく北へ進んでくる気配はありませんね。昨晩、人間の都市を攻めたようですが手を抜いているわけでもなく……攻めあぐねているようです」
「リザードマンが帰ってこないのを見て、こっちは簡単には攻められないと判断したか」
このままいつかは魔王軍も引き上げる……だろうか。
そんな中、エクレシアが俺のもとにやってくる。
「ヨシュア。北西の森の仲間から連絡だ。友人のソルムがヴァースブルグからやってきてるぞ」
「ソルムが?」
この一か月の間も、ヴァースブルグとは普通に物資のやり取りをしていた。向こうもずいぶんと生活が安定してきたようだが……
「ソルムから訪ねてくるんだ。ともかく迎えに行こう」
俺は北西の森へ、ソルムを迎えに行く。
すると馬に乗った鎧の男ソルムが、草木のアーチをくぐってやってきた。
「ソルム。お前から来るなんて珍しいじゃないか」
「天狗殿に言伝を頼もうと思ったのですが、直接お伝えしたほうがいいと思いましてな」
「何かあったのか?」
ソルムは馬を降りると、これをと腰に提げていた巻物を差し出してきた。
俺は巻物を開き、書かれていた内容を読み上げる。
「下等な魔物どもが我らの神聖な土地を冒している。今こそ人間が一致団結し、魔物を滅ぼすべし……身分国籍を問わず、勇士が集うことを期待する。帝国皇帝ノルドス三世……これは」
ソルムはコクリと頷く。
「皇帝自ら、南方へ魔物と戦いにくるようだ。この書状は、トレアのイーリスに届いたものだ」
「イーリスはなんて?」
「トレアの貴族たちは無理をしてでも、帝国に力を貸すべきと言っているようだ。あの名君ノルドスが言うことならと……諸外国も同じ論調のようだな」
ノルドスは名君として知られた男。
帝国内外からも公正で思慮深い人物と評価されていた。
そのノルドスが言うならと、諸外国の者たちも賛同しているのだろう。
言うまでもなく、ソルムや南部の都市の者たちにとってはありがたいことだ。
少なくとも数万の軍勢が救援にやってくるのだから。
だが、俺の瞼の裏にはキュウビ、そして魔王の存在が頭にちらつく。
ソルムは俺の不安を察したのかこう続ける。
「不思議なことに、トレアではもう大きな騒動が起きていないようです。諸外国でも……私も少し、静かすぎるとは思います」
「……もし、ノルドスや他国の王が何かされていたら」
以前、南方へ向かおうとしていたトレアの神官や民衆のように、洗脳魔法をかけられていたら……
キュウビは人間側の主力が南方に向かっている間、後方で何か工作をするつもりだろうか。
とはいえ、ノルドスや他の国の王も、全く国を手薄にすることはないはずだ。トレアの例を見ているだろうし。
それでも拭いきれないこの不安はなんだろうか……
「……少し気になるな。俺は一度、イーリスに会ってこようと思う。ソルムも来るか?」
「私は……だいぶヴァースブルグも安定してきましたが、さすがに一か月以上開けるのは」
「大丈夫。数日も……かからないと思う」
ソルムは首を傾げるが、俺たちには飛行艇がある。
俺はイリアたちと会議を開き、一旦トレアへと向かうことにした。




