203話 古代の壁画でした!?
砂浜を北に歩いていると、やがて森と岩山が見えてきた。
同時にごつごつとした岩が砂浜に散見されるようになる。
その岩を、がんがんと音を立て噛みつこうとするのは、シールドシェルだ。
だが岩が砕ける気配はない。
その岩は、亀人たちの甲羅だ。
それを見ていたメルクが呟く。
「堅い」
「柔らかかったら、とても生きていけないわ」
亀人はそう答えた。
そんな中、イリアが訊ねる。
「えっと、そういえば……まだ名前を伺っていませんでしたね」
「名前……ああ、亜人たちは名前が必要だったわね。昔は、フォニアと名乗っていたわ」
「フォニアさん、ですね。よろしくお願いします。私はイリアです」
俺たちも、自分の名前を名乗っていく。
それから、フェンデル同盟についてや、この周囲で最近起こったことを話した。人間の奴隷狩りや、魔王軍との戦い、トレア王国への遠征など。
フォニアはすたすたと進みながら続ける。
「なるほど。色々なことが起きているのね。フェンデル同盟ができたのも、本当につい最近のことなのね」
「あなたが何千年も生きているなら、そうだろうな」
「でも、すごいことじゃない。ずっと何百年も一緒にならなかった者たちがこうしてまた一緒になれたんだから。問題は、いつまで続くのかってことね」
そうフォニアが呟くと、イリアがすかさず答えた。
「私たちはいつまでも一緒です。私たちが死んでも、私たちの子供もずっと」
「だといいけど」
フォニアはそう言うと、何かを思い出すように遠くを見つめる。
亜人たちが魔王によってバラバラにされるとき、何かを見たのだろうか。いずれにせよ、ずっと仲良くするのは無理とでも思っているのかもしれない。
亜人たちは種族によって特徴が大きく異なる。それが良さでもあるが、衝突の原因になる可能性もある。
それを乗り越えないといけない日も来そうだな……
そんなことを考えていると、俺たちは岩山の近くへと到着した。
岩山には穴があり、その中で亀たちは暮らしているようだった。
俺は魔法で灯を周囲に展開し、穴の中へと進んでいく。
穴の中の亀たちは、俺たちが来ても特に気に留める様子もない。珍しがることもなかった。
だいたいが、すやすやと昼寝しているようだ。
「セレスやモープたち以上にのんびりしている」
「潮騒が聞こえて、気持ちよさそうですね」
アスハもそう呟いた。
「ローナたちも穴で暮らしていたから、気持ちが分かるにゃ」
「私もなんか、懐かしい感じがする」
ミリナはきょろきょろと周囲を見て言った。狐人も穴で暮らしていたのだろう。
だが、俺もどこか懐かしさを感じる穴だった。
そんな中、フォニアが足を止める。
「さあ、着いたわ。くつろいでちょうだい。何もないけど」
穴には本当に何もなかった。家具や道具があるわけでもなく、食料が貯められている様子もない。
お菓子やごちそうが出されるのを期待していたわけではないが、この何もない光景には驚いた。
だがよく考えれば、メルクたち人狼もほとんど道具を持ってなかった。他の亜人たちもそうだ。何も不自然ではない。
「なら、しばらく昼寝させてもらう」
メルクはそう言って、床に横になる。
メッテも俺にこう言った。
「せっかくだし、亀人たちに魚を振舞おう」
「おう。そうだな、すぐに調理台を出す」
俺は穴の近くで調理台の準備をした。
メッテやミリナたちが料理を作る中、俺はあることに気が付く。
「そういえば……見せたいものって」
穴には何もなかった。物でないなら事象と思ったが、そうでもなさそうだ。
すると、フォニアが穴の中で上を指さす。
「うん? 岩山の上か?」
「いいえ。中よ中」
俺はフォニアの声に、穴の中へと戻る。
横になったメルクは、すでにフォニアの見せたかったものに気が付いていたようだ。
「なかなかすごい。ヨシュアも見る」
俺も天井へと顔を上げると、そこには、
「……壁画?」
天井には、絵が描かれていた。
そこには、様々な亜人が共に暮らしている様子が描かれていたのだ。
イリアたちもこちらにきて、天井を見上げる。
「鬼人、人狼、天狗……私たちフェンデル同盟の亜人が」
「あれは、虎人かもしれない」
メルクの言うように、虎人たちも描かれていた。他にも、見たことのない亜人がいる。
「これで、さっきの話が嘘じゃないって分かったでしょ。皆、昔はこうして過ごしていたの。この絵もドワーフが描きにきたのよ」
だから、絵が非常に鮮明なのだろうか。
驚くことに、亜人たちは様々な道具を使っていた。家屋があり、色々な形の服を着ている。
そして、どこかで見たようなものも……
アスハが言う。
「あれは、飛行艇?」
「船が空を飛んでいる」
メルクの声にフォニアが頷く。
「少しだけ飛ばせるようになったのを私も見たわ。でも、魔王が来て飛ばせなくなった」
「もしかして、魔王があのダンジョンに地図を」
イリアの言う通り、リッチが守っていたダンジョンに飛行艇の地図が置かれていた。
「飛行艇がもっと早くできていれば、私たちは東の大陸に逃げるつもりだったの」
「なるほど……」
ともかく亜人は、過去に高度な文明を持っていたようだ。ドワーフもいるから、そんな過去があってもおかしくない。
イリアは天井を見て言う。
「いい絵ですね……今のフェンデルと似ていて」
その声に、皆もうんうんと頷く。
改めてイリアがフォニアに問う。
「フォニアさん。この絵のように、あなたたちもフェンデル同盟に加わりませんか?」
「もちろんいいわ。私たちに何ができるわけでもないけど」
淡々と答えるフォニア。
長い時を生きてきたフォニアからすれば、またどうせ亜人はバラバラになると考えているのかもしれない。
また、バラバラにはさせたくない。
ここで、皆がずっと仲良く暮らせるようにしたい……それが俺の今の目標だ。
ともかく亀人たちは、フェンデル同盟に加わってくれるのだった。




