199話 狐人の後悔でした!
狐人たちは、掟を捨てた。
それを族長が告げたとき、狐人の誰もが反対しなかった。
危機的状況を前に、掟はいとも簡単に捨て去られた。
フェンデルとしては歓迎すべきことだ。仲間が増えたのだから。
しかし個人的には複雑な感情を抱いている。
捨てられるのなら、なぜもっと早く捨てられなかったのか。
もちろん、族長もそう思っているだろう。
ヨモツにも、この話はミリナを通じて伝えられた。ヨモツは何も言わなかったそうだ。
自分たちの追放の理由となった掟が、こうも簡単になかったものにされた……この点に関しては、俺もヨモツに同情してしまう。
だから、あまり狐人たちの同盟加入を喜べないのかもしれない。
いや、それ以上に不安なことがあるからか……
そんなことを考えながらも、俺は一作業を終えたところだった。
「……よし……できたな」
俺はノワ族の北にある岩山に、狐人たちの居住区を作っていた。
ここは見晴らしも良いし、守りやすい。
さらにノワ族からの加勢も得やすい。
狐人はノワ族と違い、人の姿にはなれた。だが、やはりノワ族と同じ理由で、人の姿は襲われやすいと避けていたようだ。
とはいえ、人の姿なら道具が扱える。
だから、俺は狐人たちに道具や武具を作っておいた。家や塔、防壁なども人間用にしてある。
族長は俺に頭を下げる。
「住まいはもちろんじゃが、道具を作ってくれたことも感謝する。使い方も学校なる場所で教えてもらっておるようじゃな」
「ああ。あとは、魔法を学びたいってやつらはいたか?」
こくりと族長は頷く。
「子供を中心に五十名ほどが、そのフェンデルの学校に行きたいと申しておる。我らが術と呼ぶものは、おそらくその魔法だろうからのう」
ヨモツもキュウビも類まれな魔法の使い手なのは間違いない。そんな二人を生み出した狐人たちもまた、ノワ族同様魔法に秀でた種族なのだろう。
だからか、狐人たちの中にも魔法に興味がある者が多いようだ。
「他にも、畑づくりや漁業などを学びに行きたい者がおる。どうか、よろしく頼む」
「ああ、任せてくれ。こちらからも、天狗やドワーフたちが常駐する。仲良くしてくれると助かる」
「もちろんじゃ」
「ありがとう……そういえば、姿を隠す術は誰が使っていたんだ?」
俺たちは、狐人たちが出てくるまで、その姿や気配を追えなかった。俺も使う、ハイドのような魔法を狐人たちは使っていたのだろう。
族長は言う。
「ワシが使っておった。とはいえ、隠せるのは生者だけ。里自体は隠せなかった」
「そうか。俺も似たようなのを使えるし、魔力の動きが分かるが、全くあなたたちのことは分からなかった」
「そうじゃったか……となると、あのミリナの歌に赤子が声を上げなければ」
「俺たちは、あなたたちを見つけられなかったかもな」
「あれがなければ、ワシらはお主たちに縋ることもなく、滅びの道を選んでいただろう……」
「……ミリナはあなたの孫になる。ヨモツは無理でも、仲良くしてやれないか」
「若い者や子供同士はそうすべきじゃ。しかし、ワシや大人たちにその資格はない」
とてもではないが、ヨモツと狐人たちの溝は埋められるものではないか。
「そうだな……あなたの娘さんはずっと、子供たちの幸せだけを願っていたようだ。恨みを口にしたこともないのだろう。ヨモツも、里でのことはずっと秘密にしていたようだ」
「あの、二人が……」
族長は、ぎゅっと目を瞑った。
掟のために子供を売ろうとした自分とは全く違う。今までの自分を恥じているのだろう。
「……とりあえず、今後については色々とまた話し合おう。村にもぜひ気軽に来てくれ。歓迎する」
「ワシはいかぬ……いや、ヨモツにこの首を差し出してもいいが、むしろ奴を苦しめるだけだろう……」
族長はこう続ける。
「若い者に長を譲る。フェンデルとの取り決めは、そやつに任せる。ワシは、一族の若い者と手を貸してくれたお主たちのために余生を費やすつもりじゃ」
ヨモツとその子供たちへの贖罪はできるはずもない、ということか。
俺がそれ以上どうこう言うことでもない。
「分かった。ともかく、元気で過ごしてくれ……ああ、あと一つ聞きたいことがあったんだ」
「なんじゃ?」
「ノワ族から、東の海辺に亀がいると聞いた。会いに行っても大丈夫かな?」
「問題なかろう。彼らも保守的だが、話を拒否する者たちではない。じゃが、最近はそもそもあまり見かけぬ」
「とりあえずは、探してみるよ」
亀たちを見つければ、この東部は盤石になるだろう。他の亜人についても何か知っているかもしれない。
「うむ。見つかることを祈っておる。それと……くれぐれも、若い者たちを頼む」
俺は頭を下げる族長に、深く頷いた。
「ヨモツやキュウビたちのような不幸に見舞われることがないよう、フェンデルも力を貸す。あなたの娘さんの願いも、叶える」
「……頼む」
族長は頭を下げながらそう言った。
その翌日、俺たちはまた東を目指すことにした。




