197話 後悔でした!?
「うーん……どうしよう」
ミリナは自分の体に引っ付いて離れない狐に、お手上げのようだった。
俺たちはキングバグ討伐後、預かっていた狐人の子供を親たちに返すため、一旦フェンデルに帰還した。
だが、狐人の子供たちは家から出ようとしない。馬車に乗るのを拒んでいるのだ。
留守を務めてくれていたモニカが言う。
「居心地がいいのはもちろんなのですが、ヨモツさんの子供や、フレッタたち村の子供とすっかり仲良くなってしまったようで」
「帰るのがいやってことか」
人間の子供でもよくあることだ。
それに、この村のものも新鮮に見えるのだろう。
メルクがぽつりと呟く。
「誤算」
「無理やり連れていくのも可哀そうですからね……」
イリアは狐人の子供が可愛いのか、複雑そうな顔だ。
メッテは腕を組んで言う。
「しかし、どうする。時間が経てば、やがて親も恋しくなるだろうが」
「個人差もあるだろう。少々、現実的ではないな」
エクレシアはそう答えると、少し心苦しそうに言う。
「花で、眠りに就かせる粉を出すものを知っている。眠らせて、送り届ければ……」
「夢だったと思わせるわけですね。たしかに狐人たちからすればそれも」
アスハの言う通り、むしろ狐人の族長や親たちにとっては都合がいいかもしれない。
起きた子供たちに、親たちがフェンデル村のことは夢だったと説明する。何もなかったことにするのだ。
とはいえ、狐人も襲われたわけだし、そこまでの記憶は消せないだろうが。夢を本当だったと考える者もでてくるだろう。
いずれにせよ、どう対応するか困るな。
一番無難な案をメッテが呟く。
「ううむ。誰か、狐人の代表を呼んでくるか。やつらがどう考えているかにも依るだろう」
だが、誰かがふっと笑いを漏らす。
声に振り向くと、そこにはヨモツがいた。ミリナ同様、狐人の子供に覆いかぶさられたヨモツが。
思わず可愛いと思ってしまったが、ヨモツの顔は真面目そのものだ。
メッテもその姿に一瞬呆気にとられるが、すぐにヨモツを睨む。
「何がおかしい?」
「あいつらには対処できんさ。この状態を見れば、もはや子供たちは手放すだろう」
「自分たちの子供だぞ? そんな簡単に」
「するんだ、やつらは」
ヨモツははっきりとそう答えた。
メッテはそれに言い返せない。ある、出来事がヨモツの言葉を証明しているからだ。
狐人の族長は自分たちの子供を、簡単に礼として差し出すと言った。
一族の決まりを守れるなら、子供も手放す。それが狐人たちの社会だ。
俺はヨモツに訊ねる。
「お前は、絶対に狐人たちが子供を迎え入れないと?」
「もちろん、ここに来た狐に何も言わずただ引き渡すこともできるだろう。だが、ここを知った子供たちの中には、必ずフェンデルに行きたがる者も出てくる。そういった者はもれなく追放だろうな。ああ、お前たちには何も問題がないか……」
俺たちは助けを求めてくるなら誰でも迎え入れる。
もし、狐人の子供が追放されたら俺たちの村で暮らさせるだろう。
だが親と離れてしまう……追放された子が傷つくことに変わりはない。
ヨモツは言う。
「俺はただ……子供にそんな思いはさせなくてもいいと思っただけだ」
つまりは、遠慮なく眠らせたほうがいいというわけか。夢なら、子供たちも諦めてくれると。それでも、やはり数名は夢が本当のできごとだと思うだろうが……
しかし、今の言葉はヨモツの本心だろう。覆いかぶさってくる子供たちを、どこか寂し気な目で見ていた。
自分も妻も何かしらの理由で追放された。
だから、狐人は憎い……しかし、子供までは憎めないか。
俺はコクリと頷く。
「エクレシア……花を集めてくれるか」
「分かった……安心しろ、体に害はない。ぐっすり眠るためのもので、体を回復させる効果もある。味もないから、食べ物に混ぜればいい」
そう言うと、エクレシアは他のエントたちに花を集めるよう伝える。
メッテがヨモツに言う。
「見直したぞ……分別がないやつだと思っていた」
「分別? ……俺は……結果的には多くの人間の子供を殺してきた」
ヨモツはそう言うと、そそくさとその場を去っていく。
直接手を下したことはなくても、間接的にはということか。
ミリナは去っていくヨモツをとても悲しそうな目で見ていた。
そしてこう呟いた。
「お父さん……お父さんとお母さんがこのフェンデルに来ていたら」
復讐に手を染めることもなかったかもしれない。
だがその時はフェンデル族も、豊かだったわけではない。
いや、鬼人たちなら迎え入れていたかもしれないが……
いずれにせよ、後悔してももう遅い。
そんな中、ミリナが何か決心したような顔を俺に向ける。
「ヨシュア様……お願い。どうか、私に狐人たちと交渉させて」
「ミリナが?」
「どうしても……私も知りたいの」
その言葉に、俺もイリアも頷く。
こっちは狐人を助けた。
少しの要求は許されるはずだ。
俺たちはこの後狐人を薬で眠らせて馬車に乗せ、キングバグを倒した場所に向かうのだった。




