193話 蟲の王でした!?
「本当についてくる? 皆とお留守番をしていてもいい」
メルクは隣を歩くミリナにそう言った。
俺たちは、再び狐人の子供が見つかった岩山を目指していた。
イリア、メッテ、メルク、アスハ、エクレシア、ミリナと一緒だ。
セレスはヨモツの様子を見たり、狐人の子供の面倒を見てくれている。
朝少し驚いたのだが、あのヨモツがセレスをやかましく思ったのか、意図的にセレスを避けるようになったこと。
よっぽどセレスはうるさかったのだろう……とはいえ、徐々に感情を表に出すようになってきたことは歓迎すべきだ。
ミリナはメルクにそっけなく答える。
「言ったでしょ? その虫を見つけたら、もっといい場所に住ませて」
「今住んでいる場所で十分」
メルクも淡々と応じた。
ミリナたちが住んでいる家は劣悪と言うわけではない。食事も、他の亜人と同じものを食べている。
ここで協力しても、待遇が劇的に良くなるとはミリナも思ってないだろう。
どちらかといえば、狐人たちのことが気になるのだろう。
突き詰めればヨモツが突如怒った理由が知りたいのだ。昨日の話では、ヨモツは子供たちに過去のことを話してないようだった。
それはきっと、まだ人間の国で活動しているキュウビとも関係があるはずだ。
そんなこんなで、狐人の子供たちが隠れていた岩山まで到達した。
すると一匹の黒猫がこちらに気が付き、塔を降りてきた。
「にゃ! 来たにゃ!」
「ローナ。異常はなかったか?」
メッテがそう声をかけると、ローナはうんと頷く。
「にゃいにゃ。狐も、虫も気配がないのにゃ」
「そうか。他に何か変わったことは?」
「おかげさまで、ボアがいっぱい狩れたにゃ! ドワーフや天狗たちから料理を教えてもらっているにゃ!」
「そうか。魔法をうまく使いこなしているようだな」
そうメッテは頷いた。
だが俺は少し引っ掛かりを覚える。
「ローナ。ボアがいっぱい、というのはいつもと比べて多いってことか?」
「にゃ。ノワ村の近くに、いっぱいボアが来ているにゃ」
「そうか。もしかしたら、北から逃げてきているのかも」
その声にイリアも気が付く。
「ボアも危険を察知します。ノワ族の周辺も危ないと分かっているなら」
昨日から、ノワ族は魔法を覚えてボアを狩りだした。むしろ、危険を感じたボアが逃げる頃合いだと思うのだが。
「……北に逃げてもおかしくない。だけど、北には行かない。となると、北に何かがいてそれを避けている可能性が高い」
キラーワームたち……そして恐らくはヨモツの言っていた黒幕が。
メッテが口を開く。
「だが、キラーワームはそのボアを追ってこないんだな。しかも、ノワ族への攻撃も中途半端な気が」
「もしかして、キラーワームの目的がボアでもノワ族でもないから……」
イリアの声に俺は頷く。
「ああ。目的が南にいると踏んでいるんだ」
「倒したい何かがいる……ということですね」
「そういうことだ。その対象が狐の可能性は非常に高い」
「それが、恨みだとしたら」
寂しげな顔で呟くイリア。
……キュウビがやったに違いない。
俺たちも戦ったキュウビは、亜人を憎んでいた。
狐人も亜人だし、キュウビも狐人で間違いない。
ヨモツのように何かがあり、一族を出ることになったのだろう。そして、今に至るまでに亜人や人間に恨みを募らせた。
とはいえ、ヨモツの口ぶりではキュウビがここにいるとは思えない。
自分を助けに来る暇などないと言っていた。ヨモツを助けに来てもおかしくない距離なのに。
であれば、ヨモツの手先か、あるいは別の魔王軍の者か。
いずれにせよ、放置はできない。フェンデルにも危害が及ぶ可能性がある。
「北を目指そう」
俺の声に皆、うんと頷いてくれるのだった。
岩山を北に下りて、平野を進んでいく。
エクレシアが穴を辿ってくれているようだが……
「こっちは南と違い、四方八方に穴が伸びているな。どこか一か所に向かっている感じではない」
「北は、特に念入りに探していたんだろうな」
目的を排除するために熱心にキラーワームは探していたのだろう。
空から偵察してくれていたアスハが下りてくる。
「確かに、北はボアが少ないです。特に平野の中央部には、全くボアがいません」
「そこに、何かがいるのかもな……丘しか見えないが」
メッテは平野の中央部にある丘を見て言った。
「絶対、何かありそう」
メルクがそう呟いた。
「というより、昨日あんな場所に丘は」
エクレシアの声にイリアがコクリと頷く。
「あそこに丘はありませんでした」
「まさか、あの下にあの巨大なミミズがうじゃうじゃいるんじゃ……」
メッテは青ざめた顔で言った。
エクレシアが早速、目を瞑る。
「私が植物の根を……根がちぎれている場所が多い。……だが」
「どうした?」
「妙だ。そのミミズとやらが蠢く様子がない。何か、巨大な岩盤が下にあるような」
地震で地下の岩が露出することはある。地面が隆起したのかもしれない。
俺は意識を集中し、丘の中の魔力を調べた。
確かな魔力がそこには存在していた。
巨大な魔力の塊……以前、白砂島で戦ったクラーケンよりも大きい。
そしてその魔力の塊、線のような魔力が周囲に伸びている。
それは俺たちの足元にも伸びる。
エクレシアがそれに気が付いたのか、地面の根を動かした。魔力は止まったが……
「気が付かれたか!?」
突如、大地が揺れ、丘が隆起しだす。
土がぼとぼとと落ちると、そこには……
巨大な竜……ではなく、ダンゴムシだった。
 




