169話 王冠が二つありました!?
夜が白み始めるころ、俺たちは王都へ帰還した。
宮殿では、いまだ戦うか王を迎えるかの討論がなされていた。
そんな中、俺はイーリスを玉座の間の人目に付かない柱の裏側に呼び出す。
イーリスが神妙な面持ちで訊ねてくる。
「ヨシュア……その顔は」
「ああ、手に入れてきた」
俺は魔法工房から、奪取した王冠をイーリスに渡す。
イーリスは王冠をよく観察しながら言う。
「たしかに本物ね……どうやったっていうの?」
「手法は聞かないでくれ。俺たちがやったということも秘密にしてほしい」
「わかった。約束は守るわ」
王冠を被ると、イーリスは物陰から出て行く。
それに気が付いた周囲の貴族がざわつきだす。
「そ、それは……」
「本物、ではないですよね?」
王の間の貴族の誰もが、信じられないようだった。急に王冠がイーリスの頭上に現れたのだから仕方がない。
「本物よ……ほら」
玉座に座ったイーリスは、手から光を浮かべて見せた。
その光は、瞬く間に王の間の隅々にまで広がる。
「おお! これぞ、まさしく!」
「し、しかし、どうやって」
「向こうでこちらに味方してくれる者たちが、兄から取ってきてくれたのよ」
堂々と、イーリスは嘘を言い放った。
だが、内通者がやったとしか考えられないできごとだから、貴族たちも納得したようだ。
そして国王側にも味方がいると知って、皆安堵しただろう。
ある者には、そういう手段は汚く狡猾にも見えるしれない。ただ同時に、イーリスは謀略を巡らせることもできると一目置いたはずだ。
そんな中、王の間に伝令が入ってくる。
「申し上げます! ロデシアより、陛下の軍がやってきます!」
「そう。城壁の迎撃態勢は整っているわ。あとは、兄と話をするだけね」
そうしてイーリスは王都の北の城壁へと向かった。
俺も、城壁で待機してもらったメッテたちのもとへ急ぐ。
城壁へ向かっていると、すでに陽が顔を出していた。
イリアが呟く。
「王冠がないまま、この街を攻めるつもりでしょうか」
「なくても、ともかく王都に戻ることを優先したんだろう」
王が採れる選択肢は、二つあったはずだ。
一つは当初の計画通りともかく王都へ早く戻る。
あるいは、王冠の贋作ができるまで待つか。
今回は、贋作では意味がないと踏んだのだろう。すでに本物の王冠はイーリスの手元にあると考えるのも普通だ。
これが明るみとなってしまえば、自分に味方する貴族や兵が離れてしまう……
その不安もあって当初の予定通り、王都へ急いだ。
「貴族や兵も、一応は王の言う通り攻撃してくるかな……」
とはいえ、とてもこの王都の高い城壁は破れないだろう。
それに、無用な流血を避けるために、俺はメッテたちに準備をしてもらっていた。
俺は戦闘準備で忙しい城壁の上を進み、メッテたちと合流する。
メッテが俺に訊ねてくる。
「おお、ヨシュア! 大丈夫だったか?」
「こっちは全部上手くいった。そっちは?」
「準備万端だ」
「そうか、ありがとう……皆寝てないだろう。悪いな」
「いや、皆交代でここに寝ていたさ。さっき、急に騒がしくなったから起きたんだ。あれは、つまり敵ってことか?」
メッテは北に見える軍を見て言った。
「そうだ、王の軍だ」
「そうか。まあいつでも来いだ。このとおり、投石機も設置してある。他に三か所にも仲間に散らばってもらっている」
「くれぐれも当てないでくれよ……ともかく、あとはイーリスと王のやり取りを待つだけだな」
そうして待っていると、数十分後には王の兵が北の城壁と平行になるように展開していく。
一方で、二十名ほどの騎乗した者たちが、北門の近くにやってくる。
王とその配下の貴族、近衛騎士たちだ。
しかし俺は、不思議なことに気が付く。
王の頭には、俺たちが奪取したはずの王冠が乗っていたのだ。
イリアもそれを見て驚くような顔をする。
「あれは……」
「偽物を掴まされた……? いや、イーリスに渡したものは確かに魔力の反応があった。光も発することができた……」
予備があったのだろうか……いずれにせよ、イーリスの王冠は光を発することができたから本物のはずだが。
しかし、王も余裕がない表情はしているが、王冠を奪われたにしてはまだ落ち着いていると思う。
それに、イーリスの頭を見て、驚きというよりは怒りを感じているようだった。
そんな中、メルクが呟く。
「あの王冠……変な匂いがする」
「変な匂い?」
「分からない。だけど、いい匂いじゃない」
「偽物かもしれないってことか……モニカ、一応王を狙撃できるように」
俺の声に、モニカはかしこまりましたと、他のエルフにもそれを伝える。
やがて王一行が北門付近にまでやってくる。
「王の御旗が目に入らぬか!? ここにいらっしゃるは、トレア王であらせられるぞ! 開門せよ!」
近衛騎士の一人が馬を止めて叫ぶ。
しかし、門は開かない。
代わりに北門の上にいたイーリスが声を張り上げる。
「そこの者はもう、この国の王ではない! 王都を捨て、民を捨てた者を王とは呼ばない! ここにあなたの帰る場所はありません、兄上!」
その声に、王の軍勢はどよめきだす。
イーリスの頭上に王冠があることに気が付いたからだ。
軍勢が混乱するのを見て、あわてて王は叫んだ。
「き、貴様ぁっ! そんな紛い物をこしらえおって! 皆、あれは偽物だ!」
王はそう叫ぶが、イーリスはこう返す。
「まぎれもなく、私の王冠は本物よ」
そう言うとイーリスは手を天に掲げる。
すると、瞬く間に空から眩い光が広がった。
王の軍勢はそれを見て、明らかに動揺していた。王冠は本物であると信じたのだろう。
「ち、違うまやかしだ!」
そう主張する王に、周囲の者たちは無言で視線を送る。
ならば、お前も光を出してみろ、と言わんばかりに。
王はすかさず手を天に掲げた。
しかし、光は出ない。
「──っ!? な、何故だ!? 何故、光が出ない!?」
王の焦り方は演技とは思えなかった。
まるで、本当に王冠を本物だと思っているような……
いずれにせよ、王の王冠が偽物なのは明白だった。
「その王冠は偽物です、兄上!」
「違う! 違う、違う! 余こそ、本物の王だ!! 全軍、この謀反者たちを殺害せよ!」
王の声に、近衛騎士はラッパを鳴らした。
すると、王の軍勢は城壁へと走り出す。
だがなんとも勢いがない。
準備が全く整っていないのだから仕方がない。
投石機もバリスタもまだ準備できておらず、あるのは急ごしらえの攻城櫓と、梯子ぐらい。とても攻城戦ができる状態ではなかった。
「よし、来たな……メッテ」
「おう! 発射だ!!」
メッテが旗を上げると、城壁から四基の投石器が一斉に投擲を始めた。
球は、導火線の付いた球体。
それは軍勢の前に着弾すると、どかんと爆発し火の壁を作り出す。
「ひ、ひいっ!? 石が爆発した!?」
「あ、あんなのに当たったらひとたまりもねえ!」
軍勢は見たこともない兵器に混乱しているようだった。
爆発自体は皆、見たことがあるだろう。しかしあれだけ大きな爆発を目にしたことはなかったはずだ。
「うむ、なかなかうまく燃えているのう」
ユミルは自慢げにそれを見つめていた。
あれは、ユミルの作った爆弾だ。威力は低いが、周囲に火が燃え移りやすいよう油を使っている。
また、北門付近の平野にも、油など燃えやすいものを撒いていたのだ。
王の軍勢の動きが鈍るとアスハは風魔法を吹かせ、火を軍勢のほうへ向かわせる。
「ひ、ひいぃっ! 逃げろ!」
迫りくる火の手に軍勢は一挙に総崩れとなり、北へ敗走しだした。
一方で北の城壁からは歓声が上がる。
残っているのは、王とその付近の側近や近衛騎士……いや、その中からも逃げ出す者が現れだした。
もはや、王に戦力と呼べるものは残っていない。
王もロデシアに退却すると誰もが思っただろう……しかし、王は怪しい紫色の光を周囲に発するのだった。




