167話 忍び込むことにしました!
「ということで、王冠を奪取してくるつもりだ」
宮殿の一室で俺が言うと、メッテが真っ先に声を上げた。
「あの、イーリスを王にするわけだな! よし、なら私が正面から!」
「こら、メッテ。相手は人間なのですよ……ヨシュア様、私も王冠を奪取することに異論はございません。イーリスさんは素敵な方ですし、この国の人々から愛されています」
「そもそも、長が真っ先に逃げるなど言語道断だ。しかも、悪いのはそのトーリン伯とやらなのに、ベイロンを悪者にするなど」
「ええ。ですが……」
イリアが言いにくそうにするからか、エクレシアが訊ねてきた。
「我らのせいとなれば、変に恨みを買うのでは?」
「もっともだ。そこで、以前ロネアの教えてくれたハイドの出番だ」
この王都奪還戦でも役に立ったハイド。
スケルトンを完全に騙すことができた。生きた相手でも、その隠蔽の力はフェンデルで実証済み。イリアたちのような者でもなければ見つけることはできないだろう。
メルクが口を開く。
「いい考え。誰が持っていったか分からない」
「でも、持ち帰ったとして王冠を本物と証明できるのでしょうか?」
アスハの声に、ユミルがうんうんと頷く。
「船であの王が逃げるとき見たが、真似るだけならワシらドワーフでも作れる」
「王冠自体に意味はない……というのは確かにそうだけど、このトレアの王冠にはある魔導具が使われているんだ。昔の魔王が作ったとされるもので、短い間、空に太陽のような光を浮かばせることができる」
端で聞いていたセレスが苦い顔で言う。
「人間の王なのに、魔王様の使ってるっすね……」
「皮肉なものではあるな……まあ、昔は、圧倒的に魔物のほうが強かったんだ。魔王や魔物の作るアイテムは、人間のどんなものよりも価値があったんだよ」
ゴーレムの核である人形石も、魔王が作ったものとされている。
そもそも北部の大部分は魔物の住処であるダンジョンがあった。そのダンジョンの最奥にある貴重品を王家の秘宝としている国は多い。
そんな中、エナが発言する。
「それで、どのように忍び込むおつもりですか? 川からなら私たちも」
「必要であれば、我らエルフも遠くから矢で狙撃します!」
モニカもそう言ってくれた。
「二人とも、ありがとう。だけど、今回はあまり目立つわけにはいかない。少人数で行こうと思う……うん?」
俺は宮殿の外が騒がしいことに気が付く。
もう夜も遅いが……
部屋を出て、俺はイーリスがいる王の間へ向かった。
すると、そこでは貴族と騎士で溢れていた。
「王が……王が戻られた」
「あんなのは、王ではない! 民衆を捨てたのだぞ!」
「あんな無能にまた、国を任せるつもりか!?」
「は、早まるな! この王都には今、たった二千の兵しかいない!」
「そうだ、向こうは五千の兵がいるのだぞ!」
「王都に入れれば、我らは左遷だ! トーリン伯の親族が、宮廷を握ることになるぞ!?」
王の間は紛糾していた。もっとも、王を責め立てる声が圧倒的だが。
俺は彼らの隙間を縫って、玉座に座るイーリスに向かう。
「イーリス。これは?」
「さきほど、王都の北の街に兄上が入った。明朝には、また王都へ移動するでしょう。だから、戦うかどうかで議論しているの」
「ずいぶんと、早く帰ってきたな」
「ええ。兵士たちも昼夜駆けてやってきたのでしょうね」
つまりは、相当に疲弊しているはず。
王冠のない王を見れば、士気も下がるだろう。
あとは、俺たちの魔法や兵器で戦わずして戦意を喪失させられるはず。
「イーリス。俺は今から向かってくる」
「気を付けて……約束は守るわ」
それから俺は、イリアとウィズだけを伴い、王都の北門を出た。
メッテたちには敵の士気を挫くための作戦を伝え、北の城壁に待機してもらうのだった。
 




