151話 先行しました!
「差しあたって重要なのは、どこへ突入するかということだな」
まだ朝焼けの時間に、俺は宮殿地区の城壁上から神殿を眺めていた。
今日は、索道を使い神殿近くへ突入する作戦を決行する。
王宮側からは陽動も加わるし、いい奇襲作戦になるはずだ。
だが、敵陣の真っただ中に飛び込むという非常に危険な作戦でもある。
一応、ユミルに船をできるかぎり、神殿側の岸に近付けてもらうが、基本的に撤退はできないと考えたほうがいいだろう。
イーリスが言うには向こう岸にも地下水道があるので、万が一の時はそこに逃亡するが。
俺は望遠鏡を下ろして呟く。
「いずれにせよ。まずは俺一人で行かないとな。索道を通す場所に行かないとだし」
索道と言っても、これから作らないといけないのだ。
そのためには、まず索道の終着点となる場所に俺が一人で行かなければいけない。
イリアが俺の隣で口を開く。
「ヨシュア様。さすがにお一人では危険です。ここは私が」
「イリア……」
ハイドを使えば、姿も気配も隠せる。自分だけではなく、あと一人隣の者を隠すぐらいならできるだろう。
一応、デーモンのロネアを召喚できるようにしておくつもりだったが。
「そうだな……もしもの時、近くで守ってくる者がいると心強い。だが、あまり大人数で行くのは」
メルクが呟く。
「今回はメルクたちは留守番。イリアに任せる」
メッテやアスハたちも同調するように頷いた。
「皆さん、必ずヨシュア様は私がお守りします。お任せください。ですが、ヨシュア様。目標はどちらに?」
イリアの問いに、俺は神殿の近くの鐘楼を指さす。
「あの塔がある小高い場所だ。あそこなら付近にスケルトンがあまり見えないし、神殿にも近い。まずはあそこを目指そうと思う」
「かしこまりました。命に代えても、ヨシュア様をお守りします」
「いいや、もし何かあれば俺はおいて逃げてくれ……もっとも、そんなことにならないようにしないと、この作戦自体が失敗する。気を引き締めていこう」
それから俺たちは神殿近くの鐘楼を目指すことにした。
すでに突入と陽動に使う武器と、索道に通す荷台はできている。
一番の問題は索道のロープだが、これは俺が魔法工房から少しずつ出しながら鐘楼へ進んでいく。
王宮にあったロープを束ねさらに太くしたため、普通の人間では持ち運べないのだ。
そのために無防備になってしまうから、イリアが近くにいてくれるのはありがたい。
イリアにボートを漕いでもらい、向こう岸まで向かう。
俺はゆっくりロープを放出していった。
「こちらには気づいてないようですね」
「ああ。ハイドが効いているんだろう」
岸にいるスケルトンは誰もこちらを気にも留めない。
そのままロープを放出しながら、俺たちは神殿のある岸へ上陸した。
「こんなに近くでも……気が付かれない」
イリアははっきりとした声で喋るが、数歩先のスケルトンは誰も気が付かなかった。
少し離れた場所には、ハイドで隠しきれなくなったロープもあるが、それも全く気に留める様子はない。生き物以外を察知するのが難しいのかもしれない。
「ともかく好都合だな。このまま鐘楼へ歩いていこう。引き続き警戒を頼むよ、イリア」
「はい!」
路地を進み、階段や坂を進み、俺たちは鐘楼を目指していく。
だが、進行方向から煙が立っているのに気が付いた。
「あの煙は……人が住んでいるのでしょうか?」
人が煮炊きしているか、あるいは建物が燃えているか。いずれにせよ、ここ数日の王都では煙は良く見えた。
「可能性はあるな。もし人間がいたらまた作戦が変わってくるが……いや、なんだこの音は?」
近付くにつれ、かんかんと金属を叩く音が響いてくる。煙の方向からだ。
「少し、様子を見ていこう」
進んだ先は、普通の路地裏……にしては少し煤っぽい地区だった。
「職人街か……」
普通であれば職人街から煙が上がり、金属音が響くのは何もおかしなことではない。
しかしここはスケルトンに占領されている。人間がいるとはとても思えない。
俺は恐る恐る、工房の一つを覗く。
そこでは、なんと金槌を振るうスケルトンが。
「あんなこともできるのですか……」
イリアは唖然とする。
もちろん俺も驚愕している。こんなスケルトンがいるなんて聞いたことがない。
しかしこれなら、占領した地区に職人がいなくても、すぐに武具や物資が作れる。アンデッドに物を作らせればいいのだから。
──この量のスケルトンを生み出した事といい、こういったことをさせられる。非常に強力なネクロマンサーがいるのかもしれない。
とはいえ、あまり武器の出来はいいとは言えない……持っている物が重いのか、倒れてしまうスケルトンもいた。
「質は良くないが、どんなものでも武器は武器だ。これが別の街や国でも行われているとしたら……」
「とんでもないことになりますね。急ぎましょう」
俺とイリアは再び鐘楼へと歩き出す。
道中特に妨害もなく、鐘楼には到着したのだった。




