147話 王女でした!?
「アイリス、どうしてこんなところに? それに、イーリスって」
俺は船から地下水道の歩道部分に降りる。
「そ、それは……」
アイリスは言いづらそうにしながら、ロープで歩道にある柱に船を係留した。
「……言いにくいのならそれでいい。イーリスって呼ばせてもらうよ。ともかく、子どもを休ませてくれるか?」
「う、うん、こっちに降ろしてくれる?」
イーリスの声にメッテは、船から渡し板を歩道にかける。
「よし、もう大丈夫だぞ。あの女についていくんだ」
「分かった!」
そう言って子供たちは船を降りていく。
そのイーリスを見ると、少し驚くような顔をした。
「イーリス王女だ!」
「王女?」
俺は思わず首を傾げた。
この子供は、このトレア王国の子供だろう。
トレアの子供が王女と呼ぶのなら、イーリスはトレア王国の王女という可能性が高い。
あれ? 俺の知っているアイリスはただの騎士階級の子だったのだが。
アイリスはちょうどシュバルツ騎士団が有名になってきた頃、入団してきた。ソルムより少し後だったか。団長のロイグも顔負けの剣技で、騎士団でも強力な騎士だった。
たびたび、俺のもとには装備を発注しにやってきていた。
鎧の関節部の細かい隙間までこだわっていたのを覚えている。ソルムほど礼儀正しくはないがお礼は口にしていたし、たまにお菓子を差し入れしたりしてくれた。何度か共に前線で戦ったこともある。俺としては悪い印象はない。
ただし、ロイグからの印象は最悪だった。
そもそも剣技が団長である自分に匹敵するというのを快く思っていなかったようだ。加えて、魔王軍との戦いに及び腰のロイグに度々意見していた。やがて魔王軍と全く戦わなくなった騎士団にいても仕方ないと、やめてしまったのだ。
王女という身分を隠して、騎士団に参加していたのかもな……本名はイーリスだが、アイリスと名乗っていたわけだ。
「アイリス……お前、王女だったのか?」
俺の言葉に、イーリスは小さく「そうよ」と答える。
「そ、そのことについては話すから……あっ」
地下水道の奥から、鎧を身に着けた兵士が十名ほどやってくる。
イーリスは兵士たちに告げる。
「子供たちを休ませてあげて」
「……はっ」
兵士たちは複雑そうな表情で頷くが、子供たちを奥へ連れていく。
一部の兵士は、イーリスの近くに残りこう言った。
「か、彼ら……人間じゃありませんよ!?」
その声に、兵士たちは慌てて武器を構える。
イーリスは手を伸ばしてそれを制止する。
「やめて! 彼らが子供たちを助けてくれたんだから!」
「し、しかし」
「ヨシュア。今度は私が聞かせて。何のためにこの場所に? しかも、亜人たちと一緒にいるなんて」
その声に、俺は今までのことの一部を話すことにした。
自分が騎士団を辞めたこと。
亜人と共に暮らしていること。
ソルムが近くの砦にいて、今回の騒動を知ったこと。
「思うに……これは魔王軍の手の者の仕業だと思う。南北を魔王軍に囲まれては俺たちも対処が難しい。だから、ここの騒動を鎮めにきたんだ」
「なるほど……」
イーリスはこくりと頷く、明るい顔で言う。
「やっぱりヨシュアはヨシュアだね」
「え?」
「今話したことは本当なんだろうけど、ただ亜人のことを考えるなら、神殿にまっすぐ向かえばいい。だけど、子供たちを助けた……だから」
「そ、それは……たしかに俺は放っておけなかった。でも、俺だけじゃなく皆そういう思いだったから」
あの場では、イリアたちだけでもそうしただろう。
俺は同盟の利害を考えていたため、むしろ一番及び腰だったかもしれない。
「……ともかく、皆歓迎するわ。ここは王宮地区の地下なの。上なら休める。一緒に神殿まで行く作戦も考えられるかもしれない」
イーリスは近くの階段を指さして言った。
俺はとりあえずイリアと人の姿のメルクだけを伴い、付いていくことにした。
後の皆は船に残ってもらい、船を守ってもらう。
イーリスは信用できるが、他の者たちまでは分からない。
もしものときは地下水道の扉を壊し、島へと向かうように伝えておいた。
そうして俺は、地下水道の階段を上がっていくのだった。
 




