140話 じっとしてられませんでした!?
「もう少しで橋が見えてくるぞ」
俺は馬車を走らせながら言った。
荷台には、人間の子供たちが八人。それを守るようにメルクとイリアが乗り込んでいる。
子供たちを助けてから数時間後、看病の甲斐あってか皆見る見るうちに回復した。
食欲も十分。
よっぽどお腹を空かせていたのか、おかわりのパンを村から運んできたほどだ。
しかし、満腹になるとやがて泣き出す者もいた。
親と離れたことが寂しいのだろう。
だから一刻も早く子供たちの親の手掛かりを探そうと、ヴァースブルグに馬車で向かったのだ。
すでに夕方。
ようやく橋が見えてくると、見覚えのある見張りがこちらに気が付く。
「おお、ヨシュアさん! その子供たちは?」
「近くで行き倒れていてな。親がここにいないか訪ねたんだ」
見張りは、もう一人の見張りと顔を見合わせる。
「まさか、北からやってきた子たちか?」
「そうだ……トレアのことを知っているのか?」
「ああ……相当やばいことになっているらしい。トレア人がこのヴァースブルグにもたくさん逃げてきている。もしかしたら、親が見つかるかもしれないぞ。入ってくれ」
見張りの声に頷くと、俺は馬車をヴァースブルグの中へ走らせた。
ヴァースブルグは以前より騒々しかった。
活気づいているというよりは、混乱した様子だ。
地べたで眠る傷病人。
それを看病している人々。
雑に置かれた家財道具。
明らかに避難民と思われる者たちで溢れていた。
俺は馬車を止める。
すると荷台から子供が声を上げた。
「あれ! お母さんだ!!」
子供たちは一斉に馬車を降りる。
皆、自分たちの親を見つけたようだ。
親と抱き合って、涙を流している。
「生きていたか……」
ホッと俺は息を吐くとイリアが言う。
「よかったですね。いえ、不幸中の幸いというのでしょうが……」
「でも、生きていればやり直せる」
メルクはそう答える。
「そうだな……」
だが、今もどこかでトレアでは同じようなことが起きているかもしれない。
こうして家族で再会できる者ばかりではないだろう。
子供と親たちがこちらにやってくる。
「こ、子供から話は聞きました。なんとお礼を申し上げれば」
「気になさらないでください。本当に再会できてよかった……それよりも、いったい。うん?」
俺はこちらに駆け寄ってくるソルムに気が付く。
「ヨシュア殿!」
「ソルム。彼らの子供たちを連れてきた」
「かたじけない……」
はあはあと息を切らすソルム。
明らかに焦った様子だ。
「何が、あったんだ?」
「以前、ここを訪れたヴィンス殿を覚えておいでですか?」
「ああ、神官……南方神殿の神官長」
「彼が手紙を寄こしたのだが……」
ヴィンスは最寄りのトレアの神殿に戻ったらしい。
しかし、そこで王都の神殿付近からアンデッドが湧きだしていることを知る。
その軍勢は王都だけでなく、トレア全域を蝕んでいるようだ。
もはやトレアは南征どころではなくなってしまった、という旨のことが手紙には書かれていた。
「ヴィンス殿は我らには動かず、北からの避難民がいたら受け入れてほしいとのことだった。しかし」
ソルムは唇を噛み締める。
魔王軍が南から迫っているというのに、頼りにしていた北からの援軍はやってこない──
そればかりか、このままでは人類側が崩壊する可能性だってある。
ソルムもすぐに自分が北に向かってこの状況をなんとかしたいはずだ。
しかし、南からは魔王軍が迫っており、南北から避難民がひっきりなしに流れ込んでくる。
ヴァースブルグにはソルムが必要だ。
とても離れられる状態ではない。
一方で俺は……
「……ともかくソルム。まずは、避難民のために家と道具を作らせてくれ。皆、寝る場所もないだろう」
「ありがとうございます、ヨシュア殿。どうかお願いします」
頭を下げるソルムを背に、俺は避難民のために家や道具を作り始めた。
これからのこともある。
しっかり区画を整理し敷き詰めるように家を建てた。道や井戸も整備する。
道具も余分に作り、周囲の人々からは感謝の言葉をかけられた。
一段落ついたので一休みすることにする。
ふうと大きく息を吐いて、馬車の荷台に腰を落とした。
そんな中、傷病人を治療していたメルクと、家のための木を伐ってくれていたイリアが戻ってくる。
「二人とも、悪いな」
「いいえ、ヨシュア様。彼らは私たちの味方でもありますから」
「人間の味方。大事にする」
イリアとメルクはそう答えてくれた。
俺はただ「ありがとう」と二人に頭を下げる。
すると、イリアが呟く。
「ヨシュア様、私たちのことはどうかお構いなく」
「……何を、だ?」
俺の問いにメルクが答える。
「ヨシュアは助けにいかない?」
「……二人には丸わかりか」
ソルムと話してから居ても立ってもいられない気持ちなのだ。
俺には余裕がある。行けば、一人や二人、誰かを助けることができるはずだ。
だが、俺にはイリアたちがいる。イリアたちを守るって決めたんだ。
魔王軍のことがある以上、あまりフェンデルを長くは離れられない。俺はフェンデルにいなきゃ……
自分にそう言い聞かせていると、イリアが俺の手を握ってくれた。
「どうか、一人ですべてを抱え込もうとしないでください。私たちも、自分の身は自分で守れます」
「ヨシュアらしくない。それに、メルクたちもヨシュアを助ける」
メルクもまた、俺に手を重ねてくれる。
「二人とも……」
フェンデル同盟は強力になった。
もともと俺などいなくても、たくましく生きていた者たちだ。
──わがままかもしれない。だが、やはり見て見ぬふりはできない。
俺はイリアとメルクに顔を向ける。
「二人とも、力を貸して欲しい。フェンデル同盟の皆にも」
二人は俺の声にこくりと頷いてくれた。




