133話 召喚しました!
ウィズが召喚石に名を刻んで現れたのは、巨大な黒いスライムだった。
メッテはそれを見て声を上げる。
「おお! ずいぶんとでっかいな!」
「シャドウスライム……随分と強力な魔物を召喚したな」
俺も身構えてしまうような相手だ。
シャドウスライムは、スライム種の中でも最強と言われている。
主に闇魔法を使う種だ。
体が人の背丈よりも少し高く、普通のスライムより弾力性に富み、防御力にも優れている。
「強そうなの召喚した。ウィズ、偉い」
ウィズはそれほどでもと照れるような仕草をする。
「おお! ぼよんぼよんするのじゃ! ウィズとはまた違うのう!」
ユミルがシャドウスライムの上で、跳ね始める。
しばらく消える気配もない。
また、全く攻撃の意思をみせてこない。
これは、防衛に役立ってくれそうだ。
「よし、これはいいぞ。セレスたちにも刻ませてみるか。シャドウスライムみたいに強い魔物が召喚されるかも」
「セレスはなんとなく、あまり強いの召喚できそうもないけどな……」
メッテがそう言うと、近くでくしゃみが響く。
「ハックショーメッメー! ……メッメー? なんか聞こえた気がするっす!」
それからすぐに、セレスが校舎の角から現れた。
「ヨシュア様、また面白そうなの作ったっすね!」
「来ていたか、セレス。実は、魔物を召喚する石を手に入れてな」
「ああ、それっすか! めっちゃ珍しいやつじゃないっすか!」
「魔王軍でもそうだったのか?」
「そうっす。魔王様でも作れない、希少品っす。すっごい昔に、作り方が忘れられちゃったんすよ」
「へえ。それじゃあ、大事に使わないとな。それでセレス。お前も名前を刻んでみないか?」
「いいんっすか? とてもうちらが触れるようなものじゃなかったすからね……嬉しいっす」
セレスはそう言って、ニコニコと近づいてきた。
俺はそんなセレスに召喚石を渡す。
メルクが呟く。
「きっとモフモフの玉みたいのが出てくる」
「メッメー! うちが召喚するんですから、きっとドラゴンみたいなのが出てくるっす!」
そう息巻いて、セレスは召喚石に手をかざした。
それから、召喚石から黒い靄が現れる。
しかしウィズの時よりも大きい。
やがてそれは、頭上にちょっとした雲を作るほどに膨れ上がっていった。
「め、メッメー!? まさか、本当にドラゴン引き当てちゃったっすか!?」
「せ、セレス、なんかやばいの呼び出したんじゃないだろうな!?」
メッテは刀を抜いて言った。
「……前のリッチよりも、もっと強そうな気配を感じます。ご注意を」
イリアもいつの間にか刀を抜いて、俺の前に立っている。
黒い靄が落ち着くと、そこには漆黒の翼を生やし、羊のような角を持った女性が空に浮かんでいた。
「で、デーモンロード……」
俺の口から、そんな声が漏れた。
魔族、と言われる中でも、最高クラスの魔力を持つ者。
俺も今まで戦った中で、一度しか遭遇したことがない。
デーモンの特徴はその羊のような巻き角。
彼らは、魔力の量で五つの階級に分かれている。
デーモンロードはその中でも最高級で皆、黒髪だった。
一人で、人間の兵士数百人を相手にできる。
魔王軍の中でも幹部クラスの種族だ。
デーモンロードはじっと俺を見ていた。
切れ長の目で、長い黒髪はモープの毛のようにふんわりとしている。一見温和そうに見えるが、纏っている魔力からしてとてもそうだとは思えない。
あの、キュウビよりも高い魔力を持っている。魔力を探る能力を得てからでは、初めて見る魔力だ。
デーモンロードはゆっくりと地上へ降り立つと、俺たちを見回す。
「め、メッメー? なんか、懐かしい感じがするっす……」
セレスはデーモンロードに向かって歩いていく。
「せ、セレス! 危ないぞ!」
メッテがそう言うが、セレスは「大丈夫っす」とデーモンロードにすり寄った。
確かにデーモンロードに敵意はないようだが……
魔力の量を見ると、少しも油断できない。
イリアたちも、デーモンロードにただならぬものを感じているようだ。
「メッメー……」
セレスは仰向けになり、デーモンロードの前でごろごろとしだす。
デーモンロードはそんなセレスの腹を撫でてあげた。
「なんかあったらヨシュア様の言うことを聞いてほしいっす……ヨシュア様たちは、うちらの恩人で友達っすから」
至福そうな顔でセレスが呟くと、デーモンロードはまっすぐと俺に顔を向けた。それからすっと片膝をつき、頭を深く下げる。
俺が名乗ってもいなければ、セレスが俺を見たわけでもない。
それなのに、デーモンロードは俺がヨシュアだと分かった。
ただ、デーモンロードは俺を見てどこか畏れているような顔をしていた。
ずっと頭を下げたまま、上げる気配もない。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だ。俺はヨシュア。君は?」
そう言うと、デーモンロードは顔を上げた。
「ロネアと申します。魔王様」
このデーモンロードは、ロネアというらしい。
だが、魔王とは……
「ま、魔王? そんなやつどこに」
俺は自然とイリアを見てしまった。
メッテやメルクたちの視線も、イリアに向けられていた。
イリアは顔を真っ赤にする。
「な、なんですか!? 私が魔王とでもいうのですか!?」
「ご、ごめん、そういうつもりじゃ」
俺がそう言うも、メルクがぼそっと呟く。
「この中で一番魔王みたいなのはイリア」
「メルクさん……あとで、こちょこちょ千回の刑です」
そんな中、俺はロネアに問う。
「どういうことだ、ロネア。ウィズのことか?」
お腹を見せているセレスを除けば、ここにはウィズしか魔物はいない。
「いえ……むしろヨシュア様は、魔王ではないのですか?」
「いや、魔王じゃないけど……俺、そんなに怖く見えるかな?」
あるいは、騎士団にいた頃の暗い感じがそう見せているのかもしれないが……
いや、デーモンロードは黒髪だから、俺を近しい存在と考えたのかもしれない。
ロネアは慌てるように、また頭を下げた。
「し、失礼いたしました。いくらか魔法が使えます。なんなりとお申し付けください」
「魔法が使えるのか?」
我ながら間抜けな質問してしまったと思う。
デーモンロードなのだから、魔法が使えるのは当たり前だ。
「はっ。私は、闇魔法の腕には覚えがあります。他は、初歩的な魔法ですが」
「おお、そうか」
俺の言葉に、メルクが頷く。
「魔法を教えてもらう」
「そうだな……」
しかしメッテが俺にそっと耳打ちする。
「お前を恐れているようだが、あまり信頼しないほうがいいんじゃないか?」
ただならぬ雰囲気に、得体の知れない石から召喚されたのだ。
確かに油断は禁物だ。
だから、まずは俺の目の届くところで活動してもらうのがいいだろう。
「ロネア。しばらくは俺と行動を共にしてもらう。異界に帰ってもまた、召喚の呼びかけに応じてくれるか?」
「承知しました、御用があれば、すぐに駆けつけます」
ロネアはすぐに頭を下げると、すっと体を消した。
俺はどこかほっとした。それほど、ロネアの威圧感は凄まじかったのだ。
その後はモープやスライムたちも名を刻んで、魔物の召喚をしてみた。
モープはモープ、たまにデーモンを召喚してみせた。
スライムのほうは、ほぼスライムだ。
こうして俺たちはさらなる戦力を得て、学校も完成させるのだった。




