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121話 血走っていました!?

 フェンデル村に帰還すると、亜人たちが忙しそうに駆け回るのが見えた。


「西の防備が手薄だ! 西に回れ!」


 皆、武器を手に城壁へ向かっているようだ。


 偵察隊の天狗の話を聞いていたアスハが、桟橋に船を繋げる俺のもとにやってくる。


「ヨシュア様。例の軍隊は、ヴァースブルグへと向かったようです」

「ヴァースブルク? ソルムが頼んでいた援軍か?」


 すでにソルムは、かつての仲間や諸侯に援軍を要請したと言っていた。


 その要請を受け、避難民を救援しようとやってきたのかもしれない。


 しかし、それにしては早すぎる気がする。

 付近の人間の街からやってきた義勇軍だろうか?


「ともかく、こちらにはやってきそうもないな。こっちの警戒は最低限で大丈夫だろう。武装した者たちを解散させてくれ」

「な、なら、私が皆にそう伝えてくる」


 メッテは少しふらつきながら、村へと走った。


「だが、一応様子は確認したいな……明日、見に行くとしよう。新しい人間たちがどんな奴らか分からない以上、少人数で行ったほうがいいだろう。イリア、メルク、付いてきてくれるか?」

「もちろん、ご一緒いたします」

「前の場所なら任せる」

「よし、なら明日出発だ」


 その翌朝、俺たちは馬車でヴァースブルグへ向かった。


 偵察に出ていた天狗の話だと、ヴァースブルグに入った人間たちは出てこないようだ。そこで数日、休むつもりかもしれない。


 そのため、俺たちは誰とも遭遇することなく、夕暮れ前にはヴァースブルグの入り口にある橋に到着した。


 橋の見張りは俺の顔を覚えていたからか、馬車を進める俺に挨拶してくれた。


「ヨシュアさん。また来てくれたか」

「一応、道具をな。頑丈な貝殻が手に入ったんで、盾でもどうかと思って」

「おお、そりゃあの坊さんたちが買ってくれるかもな。なんたって……あれじゃ死にに行くようなものだ」

「坊さん?」

「神殿騎士団だよ。といっても、騎士様は五十人もいない。あとは、農具を持った農民ばかりさ」

「なるほど……」


 五百の軍勢は、神殿騎士団だったようだ。

 主に神殿を護衛する者たちのことで、裕福な貴族の子がなることが多い。

 自主的とはされているが、実際は人間国家全土に存在する神殿の私兵みたいなものだ。


「ともかく、入らせてもらうよ」

「ああ、どうぞ」


 俺は馬車を村の中央へと進ませた。


 人だかりの中、農具を持ち周囲に訴えかける男たちが見えた。


「神々のため、魔王軍と戦おう!」

「我らがやらず、誰がやると言う!」


 皆、目が血走っているように見える。

 前来たときは彼らのような者はいなかった。見張りが言っていた神殿騎士団の者たちだ。


 周囲の者たちはヴァースブルクの住民だろう。

 演説する者たちを少し引いた目で見ていた。


 住民の一人が、演説している男に答える。


「そ、そりゃ、俺たちだって戦いたい。戦って故郷を取り戻したい。だけど、とてもじゃないが俺たちだけじゃ太刀打ちできない。数も武器も……あんたたちもそんなのじゃ、良い的になるだけだ」

「何を言う! 我らには、神々がついておられる! 異形の者どもには負けはしない! それとも貴様、魔王軍の手先か!?」

「そ、そんなわけあるか!」

「ならば何故戦わん! 魔王軍の手先だからか!? こやつは審問するべきだ!」


 そう言って神殿騎士団の男は、住民にずかずかと近寄る。


 このままでは住民と神殿騎士団の者たちで争いになってしまう。


 俺は両者の間に割って入った。


「まあまあ、待て。彼らは、実際に魔王軍を見てるから、お前たちに忠告しているんだ。とてもじゃないが、数百の軍勢で勝てる相手じゃない」

「それは、南の者たちが腰抜けだったからだ! だからこそ、我らが立ち上がるしかなかった! 次は我らの街がやられる!」

「なら、お前たちもやられたらどうする? それこそ、故郷が焼き払われるぞ」

「我らは絶対に勝つ! 負けはしない!」


 男の声に、他の神殿騎士団の者たちはおおと声を上げる。


 ずいぶんと熱狂的だな……


 南で魔王軍と戦っているとき、彼らのような民衆は今までも見てきた。

 神々のために魔王軍を倒そうとする信仰心の篤い者たちが、人間世界の各所から集まってくるのだ。


 技量はないが熱意はあるので、なかなか撤退しないことでも知られていた。


 ただその熱意のため、例えば優勢の際に魔王軍の捕虜は取らず、魔物を抹殺していた。捕虜交換のために捕虜を取りたい貴族たちからすると、頑固な厄介者と考えられていた。

 今回みたいに、弱腰と見た人間を審問しようとするなど、しばしば問題を起こしていた者たちもである。


 しかし、それでも妙だ。


 そもそもそれだけの熱意がある者たちなら、とっくに南へ義勇兵として向かっているだろう。

 もちろん、最近の魔王軍の勢いに故郷が危ういことが、彼らを焦らせているのかもしれないが。


 ただそれにしても冷静さを失っているように見える。

 相手が万単位の敵であることは知っているはずだ。

 農具ばかりの五百名では到底太刀打ちできないことは、容易に想像できる。


 それに彼の血走った目……何かがおかしい。裏がありそうだな。


 俺は男に言う。


「ともかく、魔王軍と戦う前にここで人間同士争ってどうする? 彼らも逃げてきたばかりで疲れているんだ。これじゃ、魔王軍の思うつぼだ」

「いや、はっきりさせなければならない! ここには魔王軍の手先がいる! すでにあちこちの村に魔王軍が根を張っているんだ! 裏切り者は洗いださなければ!」


 ソルムが言うには、人間の街や村の周辺で魔物の動きが活発化していると言っていた。

 それを聞いた男たちは、裏切り者が手を引いていると疑心暗鬼に陥っているのだろう。


 これも魔王軍の策の一環だろうか?

 

 いずれにせよ、もう会話は無駄だろう。


 俺は男たちに言った。


「なら、俺を倒してからにしろ。神々が付いているなら、負けないんだろう?」

「言われなくても!!」


 男は鎌を振り上げ、襲い掛かってきた。


 イリアが刀を抜こうとするが、俺は目配せしてそれを制止する。


 それから、男が振るおうとする鎌に手を伸ばした。


「──吸収アブソーブ


 鎌の柄をがっしりと掴み、瞬時に魔法工房へと吸収する。


 錆びだらけの鎌……これでは戦いに使えるわけがない。


 すぐに鎌の頭を溶かし、それを穂先に鋳直して槍にする。


「お、俺の鎌が!?」


 男は鎌が消えたことにあたふたとするが、すぐに拳を握って俺に振り上げた。


 一方の俺はできた槍を手に召喚し──その柄を男の頬に振るった。


「ぶはっ!?」


 回転しながら床に叩きつけられる男。


 俺は後ろの男の仲間たちに言う。


「気を悪くしないでもらいたいが、お前たちの武器じゃ魔王軍には絶対に勝てない」

「な、なにをぉおおお!」


 仲間の一人が長柄のフォークを突いてくる。


 だが、柄がヒビだらけでとても武器にはならない。

 俺はシールドシェルの盾を作り、それでフォークの刺突を防いだ。


 すると、フォークの先はぽきっと折れてしまう。


「熱意は認めるが、あとは拳しかないんだぞ? それで、魔物と戦えるのか!?」

「た、戦える!! うぉおおおお!」


 壊れたフォークを捨てた仲間は、拳を振り上げる。


「待ちなさい!!」


 そんな声が響いた。


 声のほうを見ると、ソルムと司祭服を着た老齢の男が立っているのだった。

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