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116話 誘き寄せられました!?

「見ろ、ヨシュア。切られたような跡がある」


 エクレシアは周囲の植物を見て言った。


 沼地に生えた麦のような植物。

 人の背丈より高いものがほとんどだが、ところどころ根元のほうで切られたものが見られた。


 鋭利な刃物で斬られたわけじゃない。

 これは石やら爪で少しずつ斬られた痕だ。


 足跡は残ってないことから、泥の中に潜ったのだろうか?

 あるいはここを発ってから結構時間が経っているか。

 しかし植物の切り口は比較的新しく見えるし、使えそうもない茎が周囲に放置されてる。


 数日以内にはまだここにいたと見ていいだろう。


 しかしここではさすがのメルクの鼻も利かないようだった。

 頼りにしていた蓑の香りのもとが、ここの植物だからだ。


 その上、沼地とあってか生臭い匂いが充満している。


 メルクは珍しく気分の悪そうな顔をする。


「はやく海に戻りたい。ここの匂い、メルク嫌い」

「私も分かります。何か腐ったような匂いがしますよね」


 イリアは頷いて答えた。


 人間の俺からも、そう感じられた。

 路地裏の腐敗臭、戦の終わった戦場の匂い……嗅いでいて嫌になる匂いだ。


 そんな中、上空にいたアスハが戻ってくる。


「この先に、大きく花が咲いている小さな島が見えます。いい香りもして、少し休めそうな場所です」

「へえ。それじゃあ、そこに一度向かうか。他と変わっている場所なら、何か手掛かりがあるかもしれない」


 俺は植物の絨毯を敷き詰めながら、アスハが教えてくれた小島に向かった。


「本当……いい匂いがしてきた」


 メルクはうっとりするような顔で言った。


 次第に、俺たちの視線の先に花の咲いた小さな島が現れる。


 沼地の中にあって花が咲き乱れる島は、どこかオアシスのようにも感じられた。


 だが、エクレシアが何かに気が付く。


「待て……この香り、自然ではない」

「自然じゃない?」

「ああ。あまりにも濃く香っている。わざと、存在を知らせるような」


 モニカも何かに気が付いたのか呟く。


「あれだけ花がありながら、蜜を吸う虫も鳥も見えません。普通は、動物が多くなる、狩りの目印になるような場所なのに」


 アスハがその言葉に答える。


「あっ。確かに、鳥があの上を避けるよう飛んでいました。鳥は危険な場所を覚えますから……」

「つまり、あの島には何か罠があるということですか?」


 イリアの問いにエクレシアは頷く。


「そういった魔物の話も聞いたことがある……もし、私たちエントと同じような力を持つなら、すでに囲まれているようなものかもしれない」


 周囲には、背の高い植物が不気味に聳え立っている。

 島の花は確かに魔力を帯びているようだった。

 エクレシアの言うように、自然に擬態する魔物は多い。


「まんまと誘き寄せられたってことか。しかし、それなら尚更あの島には何か手掛かりがありそうだな」


 考えたくないことだが、探していた種族があの島に食われたかもしれない。


 花は恐らく口で、本体は沼地に埋まっているはず。

 植物を焼き払っても本体は泥にまみれているだろうから倒せない。

 そればかりか、もし花の中に探している種族がいたら……


「力押しでは厳しいな。昨日ユミルがイリアに渡した爆発物もないし……いや、そっか」


 俺はクラーケンの死骸を思い出す。

 回収した死骸の本体には、墨のようなものが残っていた。これはクラーケンの毒だ。


「よし、これを使おう。モニカ、この矢を……矢尻に触れないよう気を付けてくれ」


 矢じりにクラーケンの毒を塗った矢をモニカに渡す。


「これを大きな花に放ってくれ。花の中は口だから、茎の部分だ」


 胃があるかは分からないが、あるならまだ中に誰かがいる可能性もある。

 その者が毒を飲まぬよう、体に毒を直接投与したほうが安全だ。


「分かりました! ──はっ!」


 モニカは弓を構えると、花びらの下の大きな茎に向け矢を放った。


 するとやはりというべきか、花は大きく花びらを開き、その矢を飲み込もうとする。

 しかしエルフのモニカの撃つ矢は避けられなかった。

 矢は花びらの下の茎にぐさりと刺さる。


 その瞬間、周囲の植物が蠢きだし、茎と根が鞭のように俺たちを打ち付けようとする。


 俺は皆を守るため、周囲にマジックシールドを展開した。


 だが、


「はあ!」


 イリアの刀の前では、意味をなさない攻撃だった。

 茎と根はただ、千切りにされていった。


 一方で、エクレシアが言う。


「すまない、ヨシュア。私の力では周囲の植物を操作できない。やはりここの植物は、あの島の者を主としているようだ──なっ!?」


 言葉の途中で、エクレシアは声を上げた。


 それは、目の前の島がどんどんと隆起していったからだ。


 沼から出てくる島の本体は、泥を纏った生き物だった。

 ちょっとした家の大きさはある。


「マッドスライムか!?」


 スライムの種族の一つだ。

 体に泥や植物を纏わせ、周囲の景色に溶け込む。そうして近寄った者を捕食する。


 人里でもたまに見られる野生の魔物だ。

 泥で覆われているため武器で倒すのが困難で、討伐には魔法師が必須とされた。


 しかし、普通は豚ほどの大きさと聞くが、ここまでの大きさの者がいるとは。


 俺はまず水魔法で泥を払い、その後にイリアに刀で斬ってもらおうと考えた。


 だが、最初の計画が功を奏したようだ。


 次第に、周囲の植物は俺たちを襲わなくなった。


 そればかりか、勢いよく出てきたマッドスライムはドロドロと形を崩していく。


 まずは泥と植物が剥がれ落ち、中の半透明の茶色の粘液が見えてきた。

 だがその粘液も、まるで水になるように崩れてしまう。


 どうやら、クラーケンの毒が効いたようだ。


「倒した……あっ」


 メルクが思わず声を上げる。


 崩れる粘液の中からは、体を丸くしている少女がでてくるのだった。

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