111話 上陸してきました!?
島を埋め尽くすほどのシールドシェルを蹴散らしながら、俺たちは灯台へ向かった。
灯台の前では、棍棒を振り回してシールドシェルを粉砕するメッテの姿が。
「メッテ、大丈夫か!?」
「大丈夫だ! こうして暴れていたからか、すっかり酔いもさめた!」
同行していたユミルとセレスは、すでに灯台の中に入ったらしい。
「ヨシュア様! 来るっす! 海の向こうが大変なことになっているっす!」
ベルドスが灯台の入り口に立って言う。
「ここはオレに任せろ」
「私もここを守る。ヨシュアたちは、早く中に」
メッテもそう言ってくれた。
俺は「頼む」と言葉を残し、灯台の屋上へ向かった。
「セレス! 海の向こうって……なっ!?」
階段を上がって見えてきたのは、島の南側の沖。
だが先ほど見た時のような穏やかな海ではなかった。
海面には、大きな渦潮が見える。どんどんと大きくなっていき、それはやがて大きな水柱を作り出した。
海中からでてきたのは、十ベートルほどもある巨大な頭と、丸太のような触手を何本もくねらせるタコの魔物……クラーケンがいた。
触手が先ほどイリアが斬ったのと同じ。本体があれだったのだろう。
クラーケンの登場に、シールドシェルはまるで何かの指示を受けたように海へと退いていく。
イリアたちは、当然始めて見る生き物なのか、目を丸くしていた。
「大きい……あんな生き物がこの世界に」
イリアたちもドラゴンなど、大きな生き物を目にしてきた。だが、海の生き物や魔物のサイズには遠く及ばない。
俺も生きていて、クラーケンは初めて見た。
世界中の船乗りが恐れる、強力な魔物だ。
あの巨大な触手によって取り付かれると、船ごと沈められてしまう。
あまり人間の船が陸地から離れないのは、こういった海の魔物に対抗する術がないからというのも理由だ。
だが、こんな沿岸にどうして?
人間の船が滅多に来る場所ではないので、住処にしていた可能性もあるが……
いや、あの地底湖の住人はあれに追い出されたのだろう。
ということは、最近になってあのクラーケンはこの近海に現れたのだ。
いずれにせよ、話の通じる相手ではない。
迎え撃たなければ。
「皆、ここで迎え撃つぞ。俺が灯台を紫鉄で覆う。なんとか、耐え抜くぞ」
俺が言うと、イリアが答える。
「いえ、私が怒らせたのです。尻拭いは自分で……アスハさん、上空からで構いません。私を、あの者の頭の上に」
「さ、さすがのイリアさんでも、無茶です。避けて到達することはできると思いますが、海に落ちたら」
アスハは珍しく焦った様子で答えた。
さすがのイリアでもそれは危険と考えたのだろう。
仮にクラーケンを倒しても、海で溺れてしまっては元も子もない。
だが、触手をいくらやっても退く相手とは思えない。
肉薄して本体を叩く必要があるのは確かだ。
「よし……ここは惹きつけよう。モニカとイリアは、まず奴の目を狙ってくれ。簡単にはつぶせないが、怒り狂って近づいてくるだろう」
二人は頷いて、弓を手に取る。
そんな中、エクレシアが言う。
「なら……陸に上がってきた触手は任せろ。私が、触手の動きを止める」
そう話すと、エクレシアは灯台を降りていった。
「後の皆は、灯台から動くな」
こうして、俺たちとクラーケンの戦いが始まった。
まず、イリアとモニカの矢がクラーケンの目に見事命中する。
ユミルも自前のクロスボウを放ったが、さすがに届かなかったようだ。
クラーケンは低い音を発すると、そのまま海中に消えていった。
だが、誰もこれで退いたとは思わない。
すぐに海中から、無数の触手がトビウオのように島へ飛び出してきた。
俺は灯台の周囲にマジックシールドを展開する。
そんな中、島に到達した触手は、地中から伸びる別の触手と絡まりだした。
木の根やツタ……植物の触手だ。
灯台の下を見ると、そこでは地面に手をかざすエクレシアが。
どうやら島の植物でクラーケンの触手を拘束しているらしい。
触手と触手と引っ張り合いのせいか、島が大きく揺れる。
「メッテ、ベルドス! 今だ!」
「任せろ!」
その隙に、ベルドスとメッテが拘束した触手を次々と切断、粉砕していった。
「見た目はなんというかあまり気持ちのいい物ではないが、料理に使えそうだな」
そんなことを口にしながら棍棒を振るうメッテ。
ベルドスも特に苦戦している様子はない。
二人とも、余裕がありそうだ。
そんな二人の間を、いつの間にかイリアが刀を持って駆け抜けていた。
イリアは触手を何等分にも切り刻み、その動きをぴたりと止めさせる。
無駄のないイリアの剣捌きに、モニカやベルドスはもちろん、俺も舌を巻いた。
「以前見たときよりも、すごくなってないか……」
このままだと、もうイリアの動きを目で追えなくなりそうだ。今も、少し目を離すと、だいぶ離れた場所に行ってしまっている。
そんな中、空高く飛んていたアスハが戻ってきた。
「ヨシュア様。上空から海を確認しましたが、クラーケンの本体がこの島に迫っているようです。あと、少し西から私たちが乗ってきたような船が、いくつか近づいていきます」
「人の船か? ……いや、今はクラーケンを倒すのに集中しよう。アスハは引き続き、空から情報を。メルクは俺と一緒にイリアを援護するぞ」
「了解」
「ユミルとセレスは俺たちの後ろに!」
「メッメー! 任せるっす!」
「セレスとワシは何もしてないじゃろ……あ、そうそう」
階段を駆け下りる中、ユミルは腰のポーチから何かを取り出していたようだった。
そうして俺たちは、島の南岸へと到着する。
そこでは、すでに迫りくる触手を全て切り落としたイリアたちがいた。
メッテは余裕の表情で呟く。
「こんなものか? 見た目ほどじゃないな」
「いや、まだ本体が来る。奴の口は巨大だ。毒にも気を付けないと。それに、あの巨体は刀じゃ切断しきれない」
「なら、何百回と切り刻むまでです!」
イリアは自信満々にそう言った。
まあ、イリアならできそうだけどさ……
そんな中、ユミルが言う。
「イリア! これじゃ! これに火を点けて、クラーケンの体の中に投げるのじゃ!」
ユミルは何やら乾燥した植物に包まれた丸い物を手渡した。
「ユミル、なんだ、それは?」
「見てのお楽しみじゃ。ワシの父上が考えた武器でな──来たっ!」
南岸のすぐ近くで、大きな水柱が上がった。
現れたのは、巨大な口を開き、口にびっしりと生えた何百もの牙を見せつけるクラーケンだった。
その光景に思わずぞっとしてしまう。
しかしイリアは、迷わずユミルの渡した球体に火を点け、クラーケンの口に投げ入れた。
「皆、耳を塞ぐのじゃ!」
ユミルの叫び声に、俺は意図を察した。
すぐに前方に岩壁と、マジックシールドを展開する。
やがてその壁の周囲からは、眩い光が漏れ出て、俺たちの周囲を照らした。
遅れて、ドンっと、耳を塞いでもなおやかましい爆音が鳴り響く。
それから地を揺らすような振動と、岩壁をそぐ爆風、最後に上空から水しぶきが降り注いできた。
ざぶんざぶんという波音が聞こえる中、俺たちは恐る恐る岩壁から海を覗く。
「おお……」
砂浜には焼け焦げた巨大な何かが打ちあがっているのだった。




