11話 斬り捨てました!
俺は体を低くしながらメッテたちの元に向かう。
メッテや他の鬼人たちの手にはクロスボウがある。
皆、鎧も身に着けているようだ。
その後ろに粗末な石槍やスリングを持つ者が潜んでいる。
メッテたちは暗闇の向こうを見ているが、俺には何も分からない。
「……メッテ、どんな感じだ?」
「ヨシュアか。どうやら、少しずつこちらに向かってきているようだ。全部で二十一名、匂いからして人間で間違いない。それに、女を攫うぞという声も聞こえてきた。やつらは小声のつもりだろうが、私たちの耳は誤魔化せん」
「そうか……奴隷狩りで間違いなさそうだな」
メッテはクロスボウを俺に見せる。
「いつでも、クロス棒は打てるぞ」
「いや、メッテはいいが、他の五人はまだこの距離を当てるのは難しい。もっと引きつけて仕留めよう。やつらはこちらに碌な武器がないと信じている。相当油断しているはずだ」
「分かった。それで、どうする?」
「昼と同じ要領だ。人間だって、目や鼻は弱い」
俺はそう言って、地面に手を向けた。
岩を吸収し粉々にしていく。
「俺がまず、砂でやつらを混乱させる。砂埃が少し収まったらクロスボウで奴らを狙え。一発撃ち終わったら、後ろの皆にも投石をしてもらうんだ。それで数を減らしたら俺がやつらをやる」
「分かった。皆、ヨシュアの指示を待て」
鬼人たちは皆、メッテの声に頷く。
俺はイリアに振り返る。
「イリア、無理はするな。敵が近づいてきたらその刀で戦ってくれ」
「……かしこまりました、ヨシュア様」
イリアがそう答えたときだった。
突如、暗闇に火が灯り「かかれ!」と声が上がる。
姿を露わにした奴隷狩りたちが、こちらに一斉に走り出した。
「よし、今だ!」
俺は向かってくる武装した奴隷狩りに向けて、砂を放った。
「な、なんだ!?」
「め、目があああ!!」
奴隷狩りたちは突然の目くらましに、視界を奪われ、ある者は咳きこんだ。
砂によって松明の火もまばらとなり、皆混乱している。
「メッテ、撃て!」
「承知!!」
メッテと鬼人五人がクロスボウを射かけた。
計六発。意外にも皆、奴隷狩りに当ててみせた。
奴隷狩りの二人は急所を免れたようだが、四人はその場でばたばたと倒れる。
「石を投げろ!」
メッテの声に、後ろに控えていた鬼人たちが石を放つ。
もちろん、投石で倒れる者はいない。というか、やはり全然当たってない。
だが、奴隷狩りたちはその場で身を低くし、盾に隠れた。
その間にもメッテたちはクロスボウで二発目を放つ。
奴隷狩りは次々と倒れていった。
「ちっ。だらしねえやつらだな」
そんな中、一人の大きな影が投石をものともせず向かってきた。
全身を覆うプレートメイルに巨大な盾とメイス。
盾には俺の見覚えのある黒い竜の紋章……かつて俺の全てだった騎士団の紋章があった。
影の正体は俺も見覚えのある者だったのだ。
月光で大男の顔が露わになると、思わず声が漏れる。
「お前は……ガイアス?」
「ああ、なんだ? ……ってお前、ヨシュアじゃねえか。なんで、こんな場所にいる?」
「それはこっちのセリフだ」
大男は、ガイアス・コルビット。
シュバルツ騎士団に七年前入隊し、現在は二十歳。
素行が悪くケンカばかり起こす問題児だったが、その戦闘力は騎士団随一と言われていた。
「俺は、どんなプレートメイルも叩き潰せる!」というのが、ガイアスの口癖である。
その言葉に偽りはない。
実際に奴が戦場で戦うところは見たし、彼のメイスと盾、鎧は他ならぬ俺がつくったもの。
黒魔鉄という魔力を宿す特殊な鉱石でできており、鬼人の角ほどではないが頑丈だ。
ガイアスは投石やボルトをメイスで振り払うと、俺に言う。
「何って、奴隷狩りだよ。団長直々に手伝えって言われてな。最初はつまらんと思ったが、なかなかどうしてこれがおもしれえ! 昨晩も北で犬みたいな耳の生やした女を捕まえてな。味見のつもりだったんだが、やりすぎて殺しちまったよ」
ガイアスは、がははと下卑た表情を浮かべ嘲笑った。
あまりにも愉快そうに言うから、俺はガイアスの言葉を理解できなかった。頭が受け入れるのを拒否したのかもしれない。
「お前……今なんて?」
「あ? 奴隷狩りだよ、奴隷狩り! お前もそれで来たんじゃねえのか? で、亜人ごときに捕まっちまって……本当、だっせえよなお前」
「お前は……その団章を背負って、そんなことをしたのか?」
「ああ? 何キレてやがる? てめえもこの際、一緒に殺したっていいんだぞ? 生産職のくせに、古参だと出しゃばりやがって! ……っ!」
俺は尖らせた石をガイアスの頭に放った。
しかしガイアスはそれを間一髪で避ける。
頬から血を流すガイアスは、顔を真っ赤にした。
「てめえ……絶対に殺す!!」
ガイアスはそう言って、腰に提げていたバケツ兜を被った。
メッテが叫ぶ。
「皆、あのでかいのを狙え!」
「いや、メッテ! 引き続き、他の奴らを狙え! クロスボウじゃ奴の盾と鎧は抜けない!」
俺の声に、メッテはすぐに命令を撤回した。
ガイアスの盾と鎧は黒魔鉄でできており、鉄の武器はまず通らないのだ。
「……ならば」
そう呟いたのは、俺の隣にいたイリアだった。
しかしそこにイリアの姿はない。
「イリア……待て!」
イリアは刀を手に、ガイアスに走っていた。
「お!? めっちゃ美人じゃねえか! 決めた! 今日はお前を犯す! 少し痛めつけてな!!」
ガイアスは下品な笑い声をあげると、盾を構えメイスを振り上げた。
鬼角の刀ならば……十分に黒魔鉄は斬れる。
しかし、イリアの腕ではあの百戦錬磨の男をやれるとは思えない。
俺はすぐにマジックシールドという低位魔法をイリアに展開した。
しかし、ガイアスのメイスの前では一撃耐えるのがやっとだろう。
それでも一撃でも防げればいい。
──俺がすぐにガイアスに飛び掛かり、喉を掻っ捌く。
全速力で走る俺の前で、ついにイリアが刀を振りかぶった。
その向こうでは盾を前に、空高くメイスを振り上げるガイアスが。
「はぁあああああ!!」
イリアは声を発して、刀を振った。
刀は赤黒く燃えると、盾をバターのように切断し──
「なっ、俺の盾が!? がっ!?」
夜空にバケツ型の兜が宙に舞った。
首と離れ離れになったガイアスの巨体は、地面にどすんと音を立て倒れた。
少しして兜が地面に落ちると、奴隷狩りたちは顔を真っ青にした。
「騎士が……あのシュバルツ騎士が、やられた……?」
「逃げろ!! 俺たちも殺される!!」
奴隷狩りたちは一目散に逃げるのだった。




