100話 人間の味方ができました!
「メッテ。彼らは大丈夫だ!」
俺は森に向かってそう叫んだ。
すると、木を壁にちらりと顔を覗かせるメッテが。
イリアがコクリと頷くと、メッテはそのまま木から姿を現す。
「メッテ……アスハもついてくるなら言ってくれればよかったのに」
メッテは焦るようにアスハと顔を合わせて言う。
「い、いや。付近に魔物の大群が現れたとアスハが言うんでな。あのゴブリンたちを後ろからつけてたんだ。そしたら、たまたま!」
メッテは必死に答えた。半分本当で半分嘘なのか、そこまで焦っているようには見えない。
里にはエクレシアがいるし、森から姿を現さなかったのだから責める必要もないだろう。
「そうだったか……ただ、キメラみたいなのもいる。極力、村の外では一人は避けてくれ。まあ、アスハもいたからいいけど」
「す、すまない」
「申し訳ございません」
メッテとアスハはそう謝った。
「まあ、結果として二人のおかげで助かったのは確かだ。集落と兵たちには、何の被害も出なかった」
俺が言うと、ソルムも近づいてきて頭を下げる。
「ええ、本当に助かりました。私からもお礼を申し上げます。しかし、キメラをああも容易く倒してしまうとは」
そうソルムは言うが、メッテがいなくてもソルムは二体目のキメラを倒せただろう。
メッテはそんなソルムに感心したような顔で言う。
「いやいや。あなたもたいした剣の腕だった! 村の男なら、きっと手も足も出ないだろう」
「本当に見事な剣捌きでした。あのような無駄がない動き、私は初めて見ました」
イリアもそうソルムを褒めたたえる。
「光栄ですが、私から見ればあなた方のほうが何倍も……ともかく、皆さまのおかげで本当に助かりました。ヨシュア殿にも感謝いたします」
再び深く頭を下げるソルムに、イリアたちは嬉しそうに顔を見合わせた。
いい人間もいると分かってくれたのだろう。
騎士たちもイリアたちに、拍手を送ってくれた。
気が付けば、空は白みはじめていた。集落にも次第に人が戻り、皆仕事を始める。今日はまだ敵の残党がいることもあり、ソルムは住民に北で狩猟や採集をさせるようだ。
俺たちも、集落の住民から穀物や野菜などの作物の種を交換してもらうことにした。
皆、俺たちが助けてくれたとただで譲ると申し出てくれたが、彼らも苦しいはずだ。だから、俺は彼らが必要な道具を交換に作ってあげることにした。
「皆さん、いい人たちばかりですね」
イリアは手を振る子供に手を振り返しながら言う。
「イリアたちが助けてくれたからだよ」
皆、亜人だからと避けてはこない。
メルクが呟く。
「おかげで、いっぱい見たことのない物もらえた。本も」
メルクの言う通り、魔導書も基本魔法が記載されたものだがいくらか得られたし、欲しい物はあらかた手に入ったと言っていい。
それから俺は砦に戻り、ソルムに会いに行く。別れの挨拶だけでなく、今後の協力について話すためだ。
だが、砦の入り口から先ほどは見なかった豪華な馬車が出てくるのに気が付く。
馬車に描かれた盾に留まる鷲の紋章……帝国の紋章だ。
人間の国には多くの国があるが、その中でももっとも版図が広いのが帝国だ。大陸北部中央に位置し、周辺のいくつかの王国を保護下にも置いている。
南方の都市は、そういった帝国の貴族の寄付で成り立っていた場所が多い。実際に都市の領主は、帝国貴族が兼ねていることも多かった。
ソルムに何か話していたのだろうか?
俺はそんなことを考えながら、砦の中に入った。
すると、砦の入り口近くで、ソルムが他の騎士と何かを話していた。
「ソルム。帝国の馬車を見たが」
「ええ。南方のレジャンの領主でもあったジャルド公の使者の馬車です。レジャンの領民が逃げてきたら、よろしく頼むということで」
「じゃあ、ジャルド公自体は、北に?」
「ええ、ジャルド公爵領におるようです。そこで南方の都市奪還のための遠征軍を組織しているようですが、なにやら帝国内に野生の魔物が多数出没しているとかで、支援してくれる諸侯が少ないようで……」
「何、魔物が?」
少し人里から離れると野生の魔物がいるのは、どこの人間の国でも珍しくない。
ただ、野生の魔物は魔王軍のように人間と積極的に戦ったりはしない。捕食のため以外は、基本的にあまり人里にやってこないのだ。
何者かが、野生の魔物を人里へけしかけている? ミノタウロスのように?
俺の脳裏にキュウビの影がちらつく。北でやることがあるというのと何かしら関係はありそうだ。
「ともかく、しばらく救援は来ないってことだな」
ソルムは俺の声に頷く。
「他の国は分かりませんが、最大の勢力を持つ帝国貴族が来ないわけですからな。しばらくは自分たちで身を守る必要がある。ヨシュア殿、そこでですが」
「ああ。俺たちフェンデルと情報を交換し合おう。魔王軍が迫っていれば互いに対処できるだろうし、こちらとしては人間の軍が北からやってきたら刺激したくもない。天狗たちに頼んで、定期的にこの砦に行ってもらうよ」
「かしこまりました。水や食料など、必要であれば補給できるようにしておきます。その他の協力は……」
「悪いが、昨日言ったように一度村に帰って皆と決めたい」
「承知しました。ともかく、今は情報の共有だけにとどめておきましょう」
俺はソルムの声に頷く。
「どちらにしろ、また来るよ。こっちの食料も余裕が出てきたら、交換に持ってくる。道具も作って持ってきたり、皆に作りにくるから」
「かたじけない、ヨシュア殿。我らはすでに南側に壁も作ってもらいました。こちらにできることがあれば、なんでも仰ってください」
「頼りにさせてもらうよ。それじゃあ、俺たちは帰らせてもらう。ソルム……元気でな」
「ヨシュア殿もくれぐれもお気をつけて……それと、いつも言っていることですが、寝る時間には寝るのですよ」
「それはこっちのセリフだ。お前、昨夜寝てないだろう?」
朝が早かったのではなく、ずっと協力を求める手紙を書いていたのだろう。
「はは、分かりましたか」
「まあな。深夜で作業していて、足音が聞こえると、だいたいお前だった。俺も人のことは言えなかったが……」
俺は苦笑いすると、ソルムに続ける。
「ともかく、ここではお前がロイグ……団長みたいなものだ。自分を大事にしてくれ。そういえば、集落やら、組織の名前は付けないのか?」
「そうでした。ヨシュア殿たちからすると、何か呼び名があったほうがいい。そうですね……ヴァース騎士団とでも名付けましょうか。ここは、ヴァースブルグとでも名付けます」
「分かった。じゃあ、これからソルムはヴァース騎士団の長だ」
そう言うと、他の騎士たちもそれはいいと声を上げる。皆、ソルムを”団長”と呼び始めた。
「ううむ……私が団長でいいのだろうか?」
「逆に他にいないだろう。次第に慣れてくるさ。じゃあな、ソルム団長」
「ええ。本当にありがとう、ヨシュア殿」
こうして俺はフェンデルへの帰路に就くのだった。




