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『あなたに恋する』

マリアの恋

作者: ここるく

『この世界が乙女ゲーなんて知らなかった』で登場した、ゲーム上のヒロインであるマリアのお話です。

読んでなくても分かるように書いたつもりですが、分からなかったらごめんなさい。


「愛してるわ、マリア」

「いつも有難う、マリア」


 そう言いながら、柔らかく微笑むお母さん。

 私の記憶の中のお母さんはいつも微笑んでいた。

 私が何かすると、必ず『有難う』と言ってくれる優しい人だった。


 お父さんとお母さんはとても仲が良く、私はそんな二人が大好きだった。

 

 でもお父さんが馬車の事故で亡くなり、お母さんが働き出さざるをえなかった。けれど元々丈夫でなかったお母さんはすぐに体調を崩して病気になり、あっという間に亡くなってしまった。

 両親が亡くなり、親戚もいなかった私は孤児院に預けられた。この時はまだ小さくてよく覚えていなく、後から院長様に聞いた話だ。


 ついこの間まで幸せだったのに、気付けばお父さんもお母さんも居なくなってて、知らない所に連れてこられた私は泣いてばかりいた。

 そんな私をちょうど孤児院を訪れた司祭様が慰めてくださった。


「マリアはお父さんとお母さんが泣いているとどうだい?」

「……かなしい……」

「そうだろう?お父さんもお母さんも同じだよ。マリアが泣いていると悲しくなってしまうと思わないかい?」

「……うん……」

「少しずつで良いから笑ってごらん。マリアが笑って嬉しそうに過ごしている方が、お父さんもお母さんも喜んでくれるよ」

「……うん」

「会えない事は悲しいだろうけど、いつもお二人はマリアの心の中にいるよ。忘れないでね」


 それからもやっぱり寂しくて泣いてしまう事はあったけど、孤児院の生活にも慣れて少しずつ笑えるようになった。



 孤児院では十五歳までの身寄りのない子供達が集められていて、小さい時には大きな子達にお世話してもらったし、大きくなったら小さい子達の面倒をみていた。みんなで掃除したりご飯を作ったりと協力しあって過ごす日々は、寂しさを感じる事もなく楽しかった。年長組は外でお手伝い等をしていて外貨を稼いでいたので、私も早くみんなの役に立ちたいと思っていた。


 でも大きくなってくると、少しずつ変わってきてしまった。


 なぜか周りのみんなが私を甘やかすようになった。


 面倒な事はしなくて良いと言われ、自分で稼いだものや手に入れたものを真っ先に私にくれるようになった。それは肉だったり、花だったりした。

 孤児院では基本的に個人のものはない。みんなで共有して使っているし、私だけ、というのはおかしいと思っていた。面倒な掃除とかにしても、みんながしているのに自分だけしないなんて気が引けた。

 

 それにみんなが好意でしてくれている事はわかってるし、無碍に断るのも悪い気がした。


 だからみんなで分けたいと言って全員で食べたり、掃除にしても私もみんなとやりたいと言って、していた。

 

 それでもどうして私だけ……と言う思いは消えなかった。



 ある日、いつものように年少組の遊び相手をしていて、可愛くて一人ずつ頭を撫でていると、撫でた子がとろんとした目付きになっていることに気付いた。


 いつもは遊びまくっていて、全然いうことを聞いてくれない子が素直に私のいう事を聞いている。子守的には楽だけど、それはとても不自然に見えた。

 試しに次の日に全く触れないようにしたら、いつものように呼んでも遊びをやめないし、目付きもしっかりしていた。


 子供だから?と思い、同い年のメリーに触れると、いつもと変わりないように見えたけど、瞳が……少し濁って見えた。


 私はそれが何だかとても恐ろしく感じて、それ以来人に触れないように気をつけるようになった。

 自分が何か変だと思っていても、怖くて誰にも言えなかった。




 大きくなって花屋でお手伝いをするようになった。あまり人に触れないような仕事を選んだ結果だ。

 ある日帰ってくると孤児院の前に立派な馬車が停まっていた。


 たまに貴族の人が慰問に訪れたり、寄付してくださったりする事もあるので何の疑問も持たずに戻って、夕食の準備に取り掛かった。

 しばらくすると院長様に呼ばれて、お部屋まで行くと綺麗な服を着た紳士がソファーに座っていた。


「君がマリアかい? 初めまして、ライマー・ノバルだ。君の伯父だよ」


 院長様のお話だとこの人は私のお父さんのお兄さんで、お父さんは男爵家の次男で、兄貴がいるから継がなくて良いと、さっさと男爵家を出てしまっていたらしい。

 全然連絡もしなかったので、お母さんと結婚した事も、私が生まれた事も知らなかったそうだ。ずっと捜していてようやく見つけた時にはもうお父さんは亡くなっていたが、私がいる事を知って私も捜してくれていたらしい。


「私達には息子はいるが、娘はいない。良かったら弟の忘形見である君を家に引き取りたいと思うんだが、どうだろう?」

「えっ? そ、それは……私も貴族になる……という事ですか?」

「そうなるね。でも貴族といっても男爵だしそれほど気を張らなくても大丈夫だよ」


 でも……孤児の私が貴族になれるとも思えないし……不安で助けを求めて院長様を見る。院長様はにっこりと微笑んで言ってくださった。

 

「マリアがしたいようにすれば良いと思いますよ。貴族になってもならなくても、ノバル男爵はマリアのご親戚であることには変わりありませんよ」

「そうだよ。妻はずっと娘が欲しかったらしくてね。君がきてくれる事を望んでいるよ。良かったら、私達を君の家族にしてくれないかな?」


 

 家族。

 

 もう誰もいなくなってしまったと思っていた。

 

 私にも家族が……居たんだ!嬉しい!!


 

 私はぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いします!」

「良かった。じゃあ明日、また迎えにくるよ。必要なものは全部用意するから、そのまま来てくれれば良いよ」

「はい、有難うございます」


 その日の夜は急遽、私のお別れ会になった。

 ノバル男爵が寄与してくださったお金でお肉を買って、賑やかな夕食だった。

 身一つで良いと言ってくださったからには、あの後すぐに連れて行っても問題はなかったのだろう。それなのにこうしてみんなとお別れをする時間をくれた男爵に、改めて感謝した。



 次の日、みんなに見送られながら馬車に乗り、男爵家に向かった。

 

 ついた先は孤児院と同じくらい大きなお屋敷だった。

 男爵はお仕事でいなかったけど、男爵夫人が出迎えてくださった。


 男爵の言われた通り、夫人は私を歓迎してくださり、一緒にお買い物に行って、様々な物を買ってくれて流行りのお店でケーキを一緒に食べた。

 こんな美味しい食べ物は生まれて初めて食べた。感動しまくっていると、夫人はそんな私を見て喜んでいるようだった。



 お二人の息子さんは私よりも二歳年上で、学園に通っていて今は寮にいるらしい。

 

 貴族は十五歳になると、全員学園に通うことになっているそうだ。

 私も来年には十五歳になるので、通うのだろうか?


 そう思っていると男爵から、申し訳なさそうに話をされた。


「気を張らなくて良いと言ってしまったが、来年度は王太子殿下が通う年なので、全員最低限のマナーを身につけておくように学園からお達しが来たんだ。マリアにもしっかり勉強をしてもらわなければならなくなった。家庭教師をつけるので、申し訳ないが頑張ってほしい」

「はい、分かりました。お二人に恥をかかせないように頑張りますね!」



 貴族としてのマナー、お茶会、夜会などでのマナー、ダンスや教養など、学ぶことが一杯あって大変だった。でも可愛がってくださっているお二人のためにも頑張った。


 学ぶ中で、淑女にはみだりに触れてはいけないという事を知った。


 これなら誰にも触れなくても、不審がられずに済むと少し安心した。


 でもダンスやマナーの一環で、先生達にどうしても触れなければいけない時もあった。

 大人だし、大丈夫かと思ったけど、やっぱり少し瞳が濁ってしまった。それでもきちんと教えてもらえたし、行動も変わらなかったので、もしかしたら私の気のせいだったかもしれないと思うようになった。

 


 入学する頃には、なんとか貴族として見れるようにはなったと思う。

 先生方にも一応お墨付きはもらえたし。


 その頃にはお義父様の瞳もお義母様の瞳も濁っているように思えた。それでも私は見えないフリをした。



◇◇◇



 入学式で初めて見た学園は、それはそれは立派だった。

 広大な敷地に様々な建物が立ち並び、木々も綺麗に配置され、どこを見ても素晴らしかった。


 建物の中も綺麗で、それに見惚れながら歩いていたのが悪かったのだろう。曲がり角で誰かとぶつかってしまった。


 ボンっと相手に跳ね返される感じで後ろに倒れそうになり、ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えた。


 

 ……が、いつまで経っても痛みが来ないので、そ〜っと目を開けてみると誰かに抱き留められていることに気付いた。

 誰だろう?と顔を上げてみると、真っ先に目に飛び込んできたのは、どこまでも透き通ったスカイブルー。こんなに綺麗な瞳を見たことなどない。



 そして気付いてしまった。


 やっぱりみんなの瞳が濁っていることに。


 お義父様もお義母様も、先生方も。みんなみんなそうだった。


 私の気のせいなんかじゃなかった。

 真っ直ぐに私を見る瞳を見れば、違いは歴然だった。




 

「……大丈夫か?」



 そんな事を頭の中でぐるぐると考えていた私は、そう呼び掛けられてハッとした。改めて自分の状態を考えてみれば、ぶつかっておいて、支えられたままで、何も言わずに瞳を凝視している。


 ……ダメでしょ。


 さらに落ち着いてよく見てみると、お相手の方は紺青の髪に切れ長のスカイブルーの瞳、彫りの深いお顔立ち。薄い唇。綺麗な方だ。腰に回された腕は力強く、鍛えていることが窺える。




 ん?……見たことある。


 見たことあるよー!!

 先生に教えてもらった王族の姿絵で見ましたっ!!

 

 第一王子殿下ではありませんかっ!!




「もっ! 申し訳ございませんっ!! 失礼いたしましたっ!」



 慌ててパッと離れて、習った淑女の礼をしながら謝罪を述べる。

 俯いた私の顔はおそらく真っ青だ。



「怪我はないか?」

「はい! 大丈夫です。助けていただき有難うございます!」

「……そうか。それなら良い。では」



 そう言って去っていかれた。

 通り過ぎ様に良い匂いがして、先ほど支えられた時にもしていた事を思い出して、今更ながらに顔が赤くなった。


 は、恥ずかしい……。


 でも……第一王子殿下は私に触れても瞳が濁らなかった。

 やはり高貴な方は違うのだろうか?




 入学式を終え、教室に入って自己紹介や、今後のスケジュールなどの確認をする。校内の説明をされ、各自確認するように言われた。放課後にのんびりと散策してみた。

 

 先ほど第一王子殿下にぶつかってしまったので、気をつけて歩いていたにもかかわらず、何もないところで転んだ。文官見習いのレイニー様に助けられた。

 気がつけばハンカチを落としていて、魔道士見習いのルチオ様に拾っていただいた。

 お庭の木の上に猫が登って降りられなくなっているのを見つけた。キョロキョロと周りに誰もいない事を確認してから、登って手を伸ばし猫が伝って降りたところで安心してしまい、木から落ちた。と思ったけど、騎士見習いのガット様が受け止めてくださって助かった。




 ……おかしくない?

 

 私ってこんなにそそっかしかったっけ?

 今まで転んだ事も、落とし物もしたことないのに。


 木には……うん、登ってたね。今までも。貴族になってからは登ってないけど。



 不思議だったけど、今日お会いした四人の方々はどの方も私に触れても瞳が濁らなかったので、それには少しほっとした。


 

◇◇◇


 

 学園生活は思ってたよりも楽しくて、クラスメイトのサリーナとお友達になれた。サリーナは同じ男爵令嬢だけど元々は平民の商家だったので、貴族っぽくなくて私とも気さくに付き合ってくれている。

 

 サリーナは商家だけあって、流行に聡く、いろんな噂話を知っていて私にいろいろ教えてくれる。



「ねえねえ、マリアって第一王子殿下を好きなの?」

「えっ!? ち、違うよっ!!」

「そうなの? でもよく一緒にいるよね?」

「あー……うん。私、失敗ばかりしちゃって……それをいつも助けてもらってるの」

「ふーん、そうなんだ」



 あれから気をつけているにも関わらず、何もないところですっ転んだり、なぜか道に迷ったりと様々な失敗ばかりしてる。それをフェルザー殿下をはじめとした方々に助けてもらってしまっている。

 殿下は見た目に反してお優しく、私がどんな失敗をしても怒らず対処してくれる。他の方々も同じだ。

 


 大変申し訳なく思うと同時に、澄んだ瞳を見てると安心してしまう。

 サリーナは他の人よりはしっかりとした瞳をしてるが、やはり薄く濁っていると思う。


 その瞳を見ると、どうしようもなく不安になる。

 みんな私に優しくしてくれるし、いろんな事をしてくれる。嫌なことなど何もないのに。

 

 でもお礼を言っても遠慮される関係は嫌なのだ。

 してもらって当たり前なんて、有り得ない。

 

 私はお母さんの言葉が、お母さんの喜ぶ顔が忘れられない。



 ……貴族としては落第かもしれないなぁ。

 


 そこまで考えて、暗くなっても仕方ないと思い直した。



「でも、フェルザー殿下のことはお慕いしてるよ? あの方がロザーリア様を見つめる瞳といったら……もうね! すっごいのっ! 甘くて、優しくて、あぁ……本当に愛しく思っているんだなぁって分かるの!」



 フェルザー殿下と何度となくお会いする機会があり、当然ご婚約者であられるロザーリア様にもお会いすることが多かった。お二人とも気さくに声をかけてくださり、とても良くしてもらっている。あまりに多く接しているためか、早々に殿下の名前を呼んでも良いと言ってくださった。お優しい方だ。



「そうなのっ!? 第一王子殿下はちょっと怖いイメージがあったんだけど……そんな事ないのかしら?」

「そうよっ! とってもお優しくて、ロザーリア様と仲が良くていらして……お二人を見てるとこっちまで幸せになれるよっ!」

「へぇ〜、そこまで言われると私も見てみたいかも」

「ぜひぜひっ!」



 それから二人できゃいきゃい言いながら、お二人を拝見させていただいていたら、サリーナも私に同意してくれて、気付けばお二人を見守る会が発足してた。



 ……私のせいかな?


 でも、みんなで応援することは悪いことじゃないよね?

 ……そういうことにしておこう……



 それに本当にフェルザー殿下の瞳は優しいのだ。

 私もいつか、誰かにそんな風に見つめられる日が来るのだろうか?



◇◇◇



 勉強では男爵家で習っておいた、マナーやダンスなどが下地になって何とか遅れずについていくことが出来てほっとした。

 ただ魔法の勉強だけは上手くいかなかった。

 

 魔力は誰でも持っているが、平民の魔力よりは貴族の方が多いのが一般的らしい。

 最初の魔法の勉強で全員の魔力量を測ってもらったら、私の魔力量はとんでもなく多いことがわかった。


 今まで魔法なんて使ったこともなければ、自分が使えるなどとも思っていなかったのでびっくりした。

 でももし魔法が使えれば、お世話になったお義父様やお義母様のお役に立てるかもしれないと思い、ちょっと浮かれた。


 が、予想に反して私は魔法が全く発動出来なかった。


 どれだけ練習してもうまく魔力が練れない。落ち込む私にブライアン先生は根気よく教えてくださった。

 ブライアン先生は魔術の先生で、茶色の長い前髪で目元が全く見えない。それに無精髭が生えていて、いつも白衣を着ていらっしゃる方だ。

 何でも様々な魔法の研究をなさっていて、研究の合間に生徒に魔法を教えているのだとか。情報通のサリーナから教えてもらった。

 

 落ちこぼれの私のために、よく放課後に補習をしてくださっている。

 それなのに全然出来ない私は不甲斐なくて仕方ない。


 

 今日も空き教室で体内の魔力のコントロールを習っていると、フェルザー殿下が通りかかった。

 そしてブライアン先生と私を見て、声をかけてこられた。



「あ、ここにいたのですか、マリア嬢。ブライアン先生、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」

「勿論、良いですよ」

「私に何かご用でしょうか?」

「うん、マリア嬢にちょっと協力してもらいたくて」

「私に出来ることでしたら、何でもいたします」


 いつもご迷惑ばかりおかけしている私が役に立つなら、何でもします!


「あー……そんなに大した事じゃないよ。マリア嬢は私に次いで魔力量が多いようだから、私の研究の手伝いをしてもらいたくてね。ちょっとこれをつけてみてもらえるだろうか?」



 そう言って差し出されたのは、虹色に光るバングルだった。

 高価なものっぽくて少し気後れしたが、素直に左手首につけてみた。


 するとシュッと私にぴったりのサイズになった。



 わぁ〜!すごいっ!



 と思っていたら、ピシッと鳴った後、ゆるゆると元のサイズに戻ってしまった。



「……う〜ん……ダメだな……」

「えっ!? わ、私! 壊しちゃったんですか!?」

「あ、いや……大丈夫、心配ない。協力有難う。また頼むかもしれないが、良いかな?」

「はい、私で良ければ!」

「よろしく頼む。そうそう、ブライアン先生、以前にお願いしてあった魔石の本は見つかりましたか?」

「あぁ……あれね。すまない、実は……まだ見つかってない。私の研究室にあるのは間違いないんだが……」

「はぁ〜良い加減に部屋を片付けてくださいよ。あれではどこに何があるか分かったもんじゃない」

「あ、あれはあれで私には分かっているから良いじゃないか」

「嘘言わないでください。絶対分かってないでしょ? 今から探しに行っても良いですか?」

「う……勿論、いいとも」



 お二人の話を聞いていると、どうもフェルザー殿下の借りたい本をブライアン先生が持っていらっしゃるようだが、どこに置いたか分からないようだ。



「あ、あのっ! 私もご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」

「マリア嬢?」

「私、片付けは得意なんです! お手伝いさせてください!」



 孤児院の頃から整理整頓は得意だった。きちんと片付いていると気持ちもスッキリする。



「そうなのか? ブライアン先生の研究室は酷すぎる。私からもぜひお願いしたい」

「いや……だからね。あれはあれで良いんだってば……」

「はい! お任せくださいっ!!」

「……いや……聞いて?」



 ぶつぶつ言うブライアン先生を引き摺って、三人で研究室に向かった。




 フェルザー殿下が言うように、先生の研究室は酷かった。


 机には、本や書類が山の様に積み上がり、ほんの一部しか机が見えない状態だった。たくさんある本棚にはぎっしりと本がつまり、さらにその本と棚の間に巻物が無理矢理刺さってる。棚には怪しげな道具が所狭しと並び、床にも書類やら何やらが散乱している。

 ソファーには毛布がくしゃくしゃに置いてあって、ここでいつも寝てるんだと分かった。またそのソファーの背には着替えらしきものがかかっている。添えられているローテーブルには流石に食べ残しはなかったが、飲み終わったカップがずらりと並んでおり、新たに物を置く場所が見当たらないくらいだった。

 カーテンも閉まっていて、どことなくどんよりとした空気が漂っていた。


 今まで散々散らかし放題の子供たちを見てきた私も、その有り様を見て唖然としてしまった。


 ちらりとブライアン先生を見ると、恥ずかしそうに頬を指で掻きながら目線を逸らせてた。



「前より酷くなってるっ!」



 そう言いながらフェルザー殿下はカーテンを開け、バァンと音を立てながら窓を開け放った。


 私はとりあえず落ちている書類を拾い上げて机に乗せていった。

 歩くスペースすら怪しいからね。


 フェルザー殿下は本棚をガサゴソと探しまくって、ようやく目当ての本を見つけた様だ。


「じゃあ借りていきます。マリア嬢、こんな状況だから無理することはない。まあ、少しでも片付けて貰えると私も助かるが……」

「いえ、俄然やる気が出てきました! 私にお任せください! 絶対に綺麗にしてみせますっ!!」

「……えっ? いや……あの……」

「そうかっ! 助かるよ。では、よろしく」

「はい!」


 フェルザー殿下が去った扉を茫然と見つめていたブライアン先生に、にっこりと笑い掛けながら言う。


「では、ブライアン先生。まずは、いる物といらない物を分けましょうか?」




 それからは毎日少しずつ片付けながら、研究室で魔法の補習をする様になった。

 埃が舞うため窓は開けられているし、扉も全開だ。ブライアン先生の研究室の様子は他の先生方も困っていたらしく、片付けてくれるなら大歓迎だと言われ、部屋に二人でも誰にも咎められなかった。



 

 少し片付いてきたら、お茶を飲めるスペースが取れる様になり、二人でよくお茶を飲んだ。練習してお茶も美味しく淹れれる様になって一石二鳥。



 ブライアン先生との時間はゆったりとしていて、心地良かった。

 ふとした時に見えた金色の瞳も綺麗だったし、全く濁っていなかった。

 その事にとても安心して、片付けをゆっくりしたのは内緒だ。



 その頃にはクラスメイトの瞳が見れなくなっていた。

 みんな濁っているのだ。サリーナはまだ少し澄んでいたけど。


 なまじフェルザー殿下やブライアン先生の澄んだ瞳を見てるため、余計に怖かった。



 益々ブライアン先生の研究室に入り浸る様になった。


 フェルザー殿下達にも相変わらずご迷惑をおかけしまくっていた。

 蹴躓いて池に落ちてしまったり、ダンスの練習用のドレスを破ってしまったり。


 わざとじゃないのに失敗が多すぎる。



 そんな自分が怖かったし、更にそれを誰も怒ったりしない事が怖かった。



 いつもお世話になっている方々に何かお礼が出来ないかと考えた末に、お菓子を作る事にした。孤児院にいた頃は、みんなにお菓子を作っていたのだ。週末に男爵家に戻って、貴族の方々が食べるお菓子を習って作ってみた。思ったよりもうまく出来て、家族も美味しいと言ってくれたので安心して学校に持ってきた。



 フェルザー殿下は生徒会長をなさっている。いつもいらっしゃる生徒会室に行く途中で殿下をお見かけした。



「フェルザー殿下!」

「ん? マリア嬢、どうした?」

「あの……これ、いつもご迷惑をおかけしているお礼です。どうぞ」

「マフィンか。有難う。……ちょっと多くないか?」

「あ、それは……その……ロザーリア様にも食べていただきたくて、たくさん作りました! ぜひご一緒に!」

「そ、そうか……分かった。マリア嬢の手作りなんだな。せっかくだからロザーリアと一緒にいただくよ」



 それからレイニー様達にもお礼を言ってお渡し出来て、とりあえず満足した。



 教室に戻るとサリーナが私の持っている袋を見て、それは何かを聞いてきた。当然お友達のサリーナの分も作ってきたので渡した。



「わぁ! マリアはお菓子を作れるのね! 有難う。ね、いまひとつ食べちゃって良い?」

「ええ、勿論」



 サリーナが包みを開けて一つ食べてくれた。



「美味しい〜! すごいね、マリア」

「え……ええ、有難う。喜んでもらえて嬉しいわ……」



 私は震える声を叱咤しながら、なんとか答えた。



「どうしたの? 顔色が悪いわよ?」

「大丈夫よ……ほら、先生が来たわ」

「あ、そうね」



 午後の授業を受けながら、私は体の震えが止まらなかった。




 お菓子を食べた途端に……サリーナの瞳も濁りきってしまったのを見てしまったのだ。




 どうして?

 普通に作ったよ?

 何も入れたりしてないのに……


 大体お義母様は食べても何ともなかった……

 はっ!


 

 そういえばお義母様はかなり前から瞳が濁っていたので、分からなかったのだと今更ながらに気付いた。



 どうしよう?

 あれを食べて、フェルザー殿下達まで濁ってしまったら……


 

 そんな事を考えていたら、午後の授業はほとんど聞いていなかった。

 それでも放課後にはブライアン先生の研究室に向かっていた。

 あの綺麗な金色の瞳が見たかったから。

 


「あれ? どうしたんです? 体調が悪いのですか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうですか、ではお茶でも入れましょうかね」



 研究室は大分綺麗に整頓され、お茶を入れることの出来るスペースも出来たら、先生が入れてくれる様になった。



「どうぞ」

「有難うございます」


 暖かい紅茶を飲むと少し気分が落ち着いた。


「ん? それは何です?」


 ブライアン先生の分も当然作ったのだが、無意識の内に持ってきてしまっていた。


「あ、これは……私が作ったマフィンなんです。いつもご迷惑おかけしている殿下達に、と思いまして」

「へぇ〜、で、それは私の分ですか?」

「……そうですが……その……」

「では早速一ついただきますね」

「あっ!」



 サリーナがあんな風になってしまって、ブライアン先生に渡して良いものか悩んでいるうちに、先生は一つ摘んでパクッと食べてしまった。



 ドキドキしながら見つめていると……



「ん! 美味しいです」

「あ、有難うございます……」



 じ〜っとブライアン先生の瞳を覗き込んで見てみたけど、澄んだ綺麗な金色の瞳がいつもと変わらず煌めいていた。



「どうかしましたか?」



 その全く変わらない様子に、ほっとして……ホロリと涙がこぼれた。



「どっ! どうしましたっ!?」

「いえ……何でもありません。お口にあった様で良かったです」

「……そうですか? 今日はせっかくお菓子もあるのですし、練習もお休みしてお茶会にしましょうか」

「はい」



 それから他愛もない話をして、のんびりとお茶を楽しんだ。

 

 

 あくる日、フェルザー殿下をお見かけしたけど、変わらず澄んだ瞳だったので心底安心した。

 でももうお菓子は作らないようにしよう……




 クラスメイトは私に優しくしてくれるが、その瞳が怖くて素直に喜べない。

 そんな私が唯一安らげるのが、ブライアン先生の研究室だった。


 とっくに片付けは終わったが、どこをどうしたらこんなに?と言うほど、一日経つと散らかっている。

 それを毎日、私が決めた定位置に戻すのが私の日課になりつつある。


「まったく……どうして使ったら元の位置に戻さないんですか?」

「ははは……すみません」


 いつもはしっかりしてるのに、片付けだけ出来ないなんて不思議。


 そう思いながらブライアン先生を見ると、頭をかきながら謝ってる。


 ちょっと……可愛いかも。

 そんなブライアン先生を見ながら、ほっこりとした気分でお茶を飲み、会話を楽しんだ。




 クラスメイトから逃れるように、私は休み時間は図書室で過ごす事が多くなった。本を読んでいるのは楽しい。知らない事を知れるのも楽しいし、物語を読んで空想にふけるのも好きだ。


 今日も図書室に行き、昨日読んでいた本に関連した本を探した。

 一番上の棚にあるのを見つけたが、私の背では届かない。

 大きな踏み台は遠くにあって面倒だったので、近くにあった踏み台に登って手を伸ばす。


 もう少しっ!


 あとちょっとで届きそうで、背伸びをしながら何度も挑戦する。


 取れたっ!


 と思ったらバランスを崩して、そのまま後ろに倒れてしまった。

 

 あっ!と思ったら、ポスンと背中が暖かくなり、嗅ぎ慣れた落ち着く香りがした。



「危ないですよ? ちゃんと踏み台を使ってくださいね?」



 見上げればブライアン先生が優しげに目を細めて私を見下ろしていた。

 ブライアン先生に抱き留められていることに気付いた瞬間に、かぁと頭に血が上り、ドキドキと心臓が激しく鼓動する。


「……すみません。有難うございます」


 何とか答えると、先生は「気をつけてくださいね」と言って、ご自分の目当ての本を探しに行ってしまった。


 私は顔が熱くてぱたぱたと手で仰ぎながら考える。


 今までも殿下や皆さんにいっぱい助けてもらった時にも、同じように抱き留められたり、抱き上げられたりした。その時も恥ずかしくて、ドキドキしたけど……何かちょっと違う。


 それに……ブライアン先生の香りって、何だか落ち着く。

 そういえば研究室も同じ香りがしたっけ。最初は埃っぽくて分からなかったけど、最近では先生のコロン(?)の香りがするようになった。

 それもこれも私の片づけのおかげだね。えへん。


 ブライアン先生も無精髭を剃って、ちゃんとした格好をすればカッコイイじゃないかな?

 そんなことを思いながら、私は本を持って帰った。



◇◇◇



 いつものように放課後ブライアン先生の研究室で補習をしていると、フェルザー殿下がいらっしゃった。


「ブライアン! ……先生、ちょっと見て欲しいものがあるんだが」


 片付けをした時の癖で扉が全開になっていたため、ノックなしに入ってきたけど、私が居ることに気付かなかったみたい。

 私を見て少し驚いたようで、すぐに目を逸らしてしまわれた。


 フェルザー殿下は魔法が得意でいらして、オリジナルの魔法を色々開発されているそうだ。ブライアン先生はその魔法に興味を持ってて、殿下も魔道具作成で様々な質問をされる関係でとても仲が良いみたい。

 今もお二人で話されている。私には何を言っているのかさっぱり分からないけれど。

 

 私は課題の魔力調整の続きをしてた。しばらくすると殿下がこちらにやって来た。



「ちょうど良かった、マリア嬢。これを持ってみてもらえるか?」


 そう言って差し出されたのは3cmくらいの透明の石だった。


「? はい」


 手を出すと、殿下がその石を乗せてくれた。


 石が手に触れた瞬間に、ピシッと聞こえた気がした。

 慌ててくるくると回し、確認してみたけどヒビが入っているとかではないみたい。良かった。


「……うん、有難う。もう良いよ」


 殿下に手を出され、石を戻す。


 それからまたお二人で少し話されて、帰っていかれた。


 ……何だったんだろう?



「あの……何だったのでしょうか?」

「あー……殿下の研究中のものだよ。また来られるから、その時も協力してあげて欲しい」

「はい。私で良ければ」




 それから何度か、同じように石を渡された事があった。

 秋くらいまではずっと音が鳴っていたけど、それ以降はならなくなった。

 年末にはどうやら上手く出来たらしく、殿下は喜んで帰られた。



◇◇◇



 冬休みに入る前にブライアン先生からランチに誘われた。


「遅くなったけど、研究室を片付けてもらったお礼にランチでもどうだい?」

「え? いえいえ、そんなつもりでした訳ではないので……」

「……こんなおじさんとじゃ嫌かな?」

「いえっ! そんな事ありません! ブライアン先生はおじさんなんかじゃないですよ?」


 先生は二十五歳らしい。……おじさんなんて年じゃないと思う。


「じゃあ、良いかな?」

「……はい、有難うございます」

「じゃあ、今度の休みに。学園まで迎えに来るよ」



 寮に戻ってから、改めて思い出してみると……これって……デートじゃない?



 デートっ!?


 わぁ!わあぁっ!!


 な、何を着ていけば良いかな?

 寒いからコートでごまかせるかな?

 でもでも、ランチって言ってたしコートも脱ぐよね?

 


 焦った私はアドバイスをもらおうとサリーナに相談したら、めちゃくちゃ冷やかされた。もちろんちゃんとアドバイスもくれたけど。



 約束の日、学園前に行くと馬車が待っていた。

 中からブライアン先生が出てきて馬車にエスコートしてくれた。


 いつも白衣しか見た事なかったけど、今日は黒いコートを着ていて、無精髭も無くてすっきりしている。

 馬車に乗り込んだらブライアン先生の香りがして、ほっとしながらもいつもと違う先生にドキドキしまい、あまりうまく喋れなかった。


 連れていかれたのは今、一番女性に人気だとサリーナも言っていたお店だった。

 二人でおすすめのランチを頼んだ。もちろんとても美味しかった。

 改めてお礼を言われて、私でも役に立てたようで嬉しかった。

 たあいない話をしながら、ブライアン先生の食べ方が綺麗だなぁと思っていた。


 それから街を散策してると可愛らしい小物のお店を見つけた。ちょっと気になってウィンドウを見てた。


「入ってみる?」

「良いんですか?」

「もちろんだよ」


 中は綺麗なジュエリーから可愛らしい髪留めまで、いろんなものがあった。お値段も高くなく、これなら買えるかも?と色々見ていた。


 ふと赤い薔薇の髪留めが気になり、手に取って見てみる。


 薔薇の花びら一枚一枚が赤い石で作られた精巧なもので、光に当たるとキラキラと美しかった。

 でもお値段が……ちょっと手が出せないレベルだったので諦めて、他の商品を見てみた。 

 結局何も買わずにお店を出て、他のお店にも寄ったり、公園を散歩したりして楽しんだ。


 帰りの馬車の中で、先生が小さな箱を渡してくれた。


「はい、これ」

「? 何ですか?」

「今日の記念に」


 開けてみると、私が見ていた赤い薔薇の髪留めだった。


「こんな高価なものいただけません!」

「今日の楽しい一日を一緒に過ごしてくれたお礼だよ」

「そんな……私も楽しかったですし、お礼なんて……」

「楽しかった? ……じゃあ、また誘っても良いかな?」

「え? えぇ、もちろんです」

「嫌じゃない?」

「ふふ、嫌じゃないですよ」


 そう言えば、少し安心されたようで、「じゃあ、また誘うね」と言われ学園まで送ってもらった。




 またって言われたけど、まさか毎週だとは思いませんでした。


 それからお休み毎に、王立図書館に行ったり、観劇を観たりと二人で過ごした。

 流石にここまでされて気付かない訳がない。


 それに……私も先生といると安心するし、ずっと一緒に居たいと思う。

 やっぱり私は先生が好きなのかな?


 それにしても授業中に目が合うと微笑むのはやめていただきたい。

 ドキドキして、授業に集中出来ないじゃないですか。



◇◇◇


 

 今日は王宮にある温室に連れてきてもらっている。

 流石に王家の管理する温室はすごい。

 冬にもかかわらず、色とりどりの薔薇が咲き誇っている。


 一通り回って、温室内のテーブルでお茶をいただく。

 暖かな紅茶を飲みながら考える。


 どうして王室の温室に入れるのだろう?

 フェルザー殿下が入れてくださったのだろうか?


 そんな疑問を持ってはいたが、咲き誇る薔薇の香りに癒されて、何だかどうでも良くなってきた。


「美しい温室ですね」

「あぁ、ここは先代の王妃様の温室だよ。薔薇がお好きで年中楽しめるように作られたんだ」

「そうなんですね。薔薇の種類もたくさんあって、見ているだけで幸せになれますね」


 ブライアン先生はすくっと立ち上がって、真っ赤な薔薇に近付き、綺麗に咲いている一本をパチンと切った。



「えっ! 勝手に切っても大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だよ。許可はもらってあるから」



 そう言って丁寧に薔薇の棘をとり、私の目の前まで来るとスッと跪いた。



「マリア嬢。私は九歳も上で、しがない学園教師でしかない。君に贅沢させてあげる事も出来ない。でも君を好きな気持ちは、誰にも負けない自信がある。どうか私と結婚してもらえませんか?」



 真っ直ぐに私を見つめる瞳は、どこまでも澄んでいて……愛おしさに溢れている。フェルザー殿下と同じだ……。

 

 その瞳に見つめられる事が嬉しくて、その言葉に心が喜んでいる。


 立ち上がって、美しい薔薇を両手で受け取る。

 


「はい……喜んで」



 そう言うとブライアン先生は、パッと笑顔になり私をぎゅっと抱きしめた。



「有難う、マリア嬢。嬉しいよ! 君を誰よりも愛してるよ」



 初めて抱きしめられたのと、耳元で愛をささやかれ、私の顔はおそらく真っ赤だ。

 そっと背中に手を回し、「私も先生が好きです……」とめちゃくちゃ小さな声で答えたのに、さらにぎゅうぎゅうと抱きしめられた。


 

 しばらくしたらようやく離してもらえて思い至ったのだが、私が勝手に結婚を決めても良かったのだろうか?確か、家庭教師の先生に貴族の淑女の婚姻は政略結婚も多く、家の意向に沿うものだと教わった気がする。



「あの……とても嬉しいのですが、正式なお返事はお義父様に聞いてからでも良いですか?」

「ああ、大丈夫だよ。ノバル男爵にはもう了承をもらっているから」

「えっ!? い、いつですか?」

「ん? 最初から」



 最初からって……つまり?



「最初にランチに誘う前に、ちゃんと聞いておいたよ?」

「えーっ!! そ、そんなに前から!?」

「それは当然でしょ? じゃなければ二人っきりで馬車になんて乗れないよ」



 そう言えば、そうだった。淑女は家族や婚約者以外の男性と密室の空間にいることはよくないと言われてたんだった。



「そうなんですか……」

「僕はこれでも子爵位を持っているから、ノバル男爵も何とか了承してくれたよ。でもマリアの意思を尊重したいとおっしゃっていた。だから今まではあくまで仮の婚約者だったんだ。今日からは堂々と言えるけどね」



 満面の笑みで仰っていますが、今、聞き捨てならないことを聞いたような気がします。



「えっと……今、先生が子爵だと聞こえた気がするのですが……」

「うん、でも領地を持っている訳じゃないから、大したことないよ?」



 子爵位は大したことない……んだ。そうだったっけ?



「あの……他にも隠してることあるんじゃないですか?」

「あるね」



 !!



「ごめん、今は言えない。卒業パーティが終わったら全て話すよ。それまで待って?」

「……全部教えてもらえますか?」

「ああ、約束する」

「絶対ですよ?」



 ブライアン先生がそう言うなら、今言えない理由があるのだろう。

 卒業パーティが終われば教えてくれると言うのだからそれを信じよう。



「そうそう、パーティのドレスは僕に贈らせてね」

「えっ! 良いんですか?」

「任せておいて。もちろんエスコートもするからね」

「はい! 楽しみです!!」



 卒業パーティとは三年の卒業式の後に行われるパーティで、一、二年生も参加する。婚約者が決まっていれば一緒に入場するのが当たり前らしい。ドレスを持っていない平民は制服での参加も可能で、私は制服で行くつもりだった。でも先生が贈ってくれるなんて……嬉しいっ!



「ではノバル男爵家まで届けてもらっておくね」



 帰りの馬車では先生は何故か隣に座って、腰に手を回したまま離してくれません。

 近いんですぅー!!



「これから卒業に向けて、ちょっと忙しくなってしまうから今までのように出掛けられないんだ。ごめんね」

「先生、お出掛けは嬉しいですが、別に毎週出掛けなければならない訳ではないですよ? 私は先生と一緒に居れればそれで良いです。毎日放課後に会えて、それだけで嬉しいですよ?」



 そう言うと先生は感極まったように、ふるふると震えがなら「僕もっ!」と言ってまたしてもぎゅうぎゅうと抱きしめられてしまった。



◇◇◇



 お義母様からドレスが届いたと連絡があり、男爵家に行って見てみたら、茶色に金糸の刺繍がこれでもかと入った、きらびやかなドレスだった。それに加えてピンクサファイアの可愛らしいネックレスまで添えられていた。

 お義母様は「良かったわね」と微笑んでくださって、私もこれを着て先生と一緒に踊るのが楽しみでしかたなかった。




 卒業パーティの日はお義母様がはりきってしまって、朝からお風呂に入ったり、香油を塗られたりした。

 こんなに本格的にドレスを着たのは初めてで、出発する前にすっかり疲れてしまった。でも鏡を見てみると、ほんのりと化粧をされ、目立つピンクの髪は両サイドを後ろにまとめてあり、きらびやかなドレスもギラギラせずに落ち着いた可愛い雰囲気を醸し出している。

 思っていたよりも可愛い出来栄えに私は嬉しくなった。

 


「子爵がお見えになりました」


 そう告げられて、淑女としてはギリギリの速さで入り口に向かうと、お義父様と話されているブライアン先生がいた。


 やってきた私に気付いて二人とも振り返る。


「おぉ、綺麗だねマリア。素晴らしい贈り物を有難うございます、子爵」

「いえ、マリアを着飾るために労は惜しみません。思った通りだ、よく似合っているよ」



 そう言いながら流れるように手を取り、指先にキスを落とされる……のはブライアン先生ですよね?


 いつもは長い前髪で目を隠しているのに、今日は前髪を後ろに撫で付けてはっきりと煌く瞳が見えます!

 綺麗な金の瞳が優しげ私を見ているけど……すっと通った鼻筋、彫りの深い顔立ち、きりりとした眉。


 聞いてませんっ!聞いてませんよ!! 

 こんなにお顔が良いなんて全然気付きませんでしたよ?

 それに今日は礼服を着てらして、なんてカッコ良いんでしょうか。



「有難うございます。先生も……素敵です」

「ふふ、有難う。では行こうか」



 会場に着きましたが、馬車からずっと腰を抱かれていて、私の心は息も絶え絶えです。先生の香りに包まれて、幸せ過ぎるんですぅー!


 さらに会場入りすれば、みんなの注目の的です。

 女生徒がチラチラとこちらを見てるのがわかります。


 ブライアン先生がカッコ良過ぎるんですよ!!




 入ってすぐにブライアン先生は他の先生に呼ばれてしまいました。


「ごめんね、マリア。少し席を外すね。でもマリアのファーストダンスは僕のものだから誰とも踊っちゃダメだよ?」



 そう言いながら頭にキスを落として、名残惜しそうに去っていくブライアン先生。

 こんなに甘い人だったっけ?


 あまりの事に呆けてしまうのは仕方ないと思うんです。


 気付けば周りの淑女達が見惚れて、頬を染めてしまっています。


 分かりますっ!その気持ち、よ〜く分かります!!




 取り敢えず落ち着こうと、ドリンクをもらって壁際に移動しました。

 ドッドっと煩く鳴り響く心臓の音を落ち着けるように、深呼吸しながら会場を眺めていたら、フェルザー殿下とロザーリア様が入場されました。


 何度見てもお似合いのお二人です。

 フェルザー殿下の卒業の挨拶が終わり、お二人と王太子殿下と婚約者でいらっしゃるカトリーヌ様と四人で踊られてます。


 流石に王族の方々のダンスは美しいです。

 みんなが見惚れているのが分かります。


 四人が踊り終わられてから、他の方々も次々にダンスを始められました。


 綺麗な花々が咲き誇るような光景にうっとりと見つめていたら、私の所に顔見知りのクラスメイトがやってきました。


「マリア嬢。今日も可憐な花のように美しいね。是非僕と一曲踊っていただけませんか?」


 困りました。クラスメイトと言ってもお名前を思い出せません。それに先生以外と踊るつもりもありません。かと言って、どうやってうまく断れば良いのかも分かりません。


「あ……あの……」


「それなら僕とも踊って欲しいな、マリア嬢」


 もう一人やって来てしまいました。こちらもお名前が思い浮かびません。


「僕が先に誘ったのだから、君は待つべきでは?」

「決めるのはマリア嬢だろう?」


 お二人は少し剣呑な雰囲気になってしまい、どうしたら良いかオロオロしていたら、グイッと肩を抱き寄せられました。

 

「僕の婚約者に何か用かな?」


 お顔は笑っていらっしゃるのに、瞳が全く笑っていません。

 斜め下から覗くだけでも、なんだか寒気がするくらいです。


 お二方はブライアン先生を見て、そそくさと離れていかれました。



「全く……油断も隙もないな。ちょっと目を離したらこれだ。マリア、大丈夫だったかい?どこにも触れられてない?」

「はい、大丈夫です。先生が来てくれましたから」

「良かった、間に合って。じゃあ、踊ろうか」

「はい」



 先生にエスコートされ、ダンスの輪の中に入り、曲に合わせてくるくると踊ります。



 楽しい音楽、シャンデリアがキラキラと光り、先生の優しい微笑み。

 まるで夢のよう。



 練習いっぱいしておいて良かった。なんとか先生の足を踏まずに済みました。



 こうして私の学園生活一年目は終わりを告げました。



◇◇◇


 

 男爵家に戻っていたある日、フェルザー殿下から王宮に呼び出されました。


 何で?私が王宮にっ!?


 ガクブルです。

 今まで散々ご迷惑をおかけしまくってしまったから、お叱りを受けるのでしょうか?


 


 生まれて初めて王宮にやってきました。

 子供の頃には、まさか自分が王宮に入れるとは思ってもみませんでしたよ。


 馬車を降りて、名前を告げると白を基調とした鎧を着た騎士様が案内してくださいました。

 


 わぁ。絨毯がふかふかです。

 ふかふか過ぎて、歩きが不安定になってしまいます。



 そんなふらふら歩いている私なのに、騎士様との距離は変わりません。

 私の歩く速度に合わせてくれているのでしょうか?

 レベルが高過ぎて恐縮しまくりです。



 そんなこんなで連れてこられたのは、客室のようです。

 騎士様がノックして「ノバル男爵令嬢をお連れしました」と告げると、「入れ」と声がかかりました。


 騎士様が扉を開けてくださり、そのまま扉前に待機するみたいです。


 お部屋の中には、フェルザー殿下とブライアン先生がいらっしゃいました。


「お呼びにより、参上いたしました」


 習った淑女の挨拶をすると、フェルザー殿下は「わざわざ呼び出してすまない。座ってくれ」と言ってくださいました。

 

 ブライアン先生がさっと立ち上がり、私をソファーにエスコートしてくれました。

 侍女の方が紅茶を入れると人払いがされ、室内には私達三人だけになりました。


 フェルザー殿下がサッと手を振って何かをしたのが分かりましたが、何をされたのでしょう?


 不思議そうに見ていたら、先生が「あれは殿下のオリジナルの遮音魔法だよ。これで誰にもここの会話は聞こえないから安心して」と教えてくれました。



「今日は大事な話があって来てもらった。これは国に関わる事だ。心して聞いてくれ」


 フェルザー殿下の真剣な表情に、改めて気を引き締めました。


 それから聞いたお話は想像を絶するもので、私には驚愕することばかりだった。



 私は強力な魅了魔法の使い手らしい。

 しかも無意識に放っているので、自分でコントロール出来ない系だ。

 周りの人が私に好意を持ち、何でもしてくれるようになるらしい。 

 さらに触れれば強力となり、抗い難いそうだ。



 話を聞いて体がぶるぶると震えるのを止められなかった。

 確かにこの力をコントロールして使えば、思いのままだろう。それは国を脅かす力だ。フェルザー殿下が危険視するのも当然だろう。


 自分にそんな力があるなんて信じられなかった。

 


 でも、もし、そうなら。


  

 今までずっと怖かったみんなの瞳が、怖くなくなるかもしれない。


 

 殿下がずっと研究していたのは、私の魅了魔法を封じるものを作っていたそうだ。それがやっと出来たと言われた。



「申し訳ないが、マリア嬢にはこれから一生このバングルをつけてもらわなければならない。これは王命でもある」

「はい、分かりました。私もこんな力は要りません。抑えられるのなら、お願いしたいくらいです」

「そうか。そう言ってもらえると助かるよ。これのメンテナンスはブライアンが出来るから、たまに見てもらってくれ」

「はい。……あの……お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何かな?」

「私にはずっとみんなの瞳が濁って見えました。殿下のお話を聞いて、それは魅了にかかっているのだと分かりました。でも……殿下達の瞳はいつも澄んでいました。どうしてですか?」

「あぁ、それは魅了魔法を防ぐ魔道具をつけているからだ。これだな」



 殿下はご自身の耳についているピアスをさされた。

 ちらりとブライアン先生を見ると、先生も着けていた。そういえば殿下の周りの方々は全員着けておられる。なるほど。


 ……先生が掛かっていなくて良かった……



「あー……でもブライアンなら、おそらくそのピアスを外しても掛からないぞ?」

「「えっ!?」」



 殿下は顎に手をかけながら、何気なしに呟かれた。



「なぜです?」

「ん〜……まあ、一度試してみないか? 俺も確証はないんだ。今なら俺が解除出来るから大丈夫だろ」

「殿下がそう言われるのであれば……」



 先生は躊躇いながらも、ピアスを外してしまった。



「どうだ? 何か匂うか?」

「……いえ、特には」

「触れてみろ」



 先生はそっと私の手を握った。

 こんな時なのに顔が赤くなる。



「何も変わりませんね」

「やっぱりな」


 

 どうして?

 先生だけ掛からないの?



「なぜですか? 先生には効かないということですか?」

「もちろん効かない人間はいる。マリア嬢より魔力の多い俺には効かないし、先天的に効かない人もいるだろう。だが、ブライアンが効かない理由は違う」

「それは?」



 殿下はなぜかニヤリとしながら先生を見た。



「以前に魅了魔法を調べまくっていた時に、伝承としてあったのを思い出したのだが、魅了魔法は『術者が一番愛する者』には効かないらしいぞ?」


「「え?」」



 それって……つまり……



 その理由に思い至って、かぁ〜と顔が赤くなる。

 ちらりと先生を見上げると、バチリと目が合い先生も真っ赤になって顔を背けてしまった。



「良かったな、ブライアン。愛されてるぞ!」

「フェルザーっ! 良い加減にしろっ!!」

「ははは」



 先生は立ち上がって殿下の首元を掴み上げて怒っているが、殿下は気にした風でもなく笑っている。

 殿下にそんなふうに接して大丈夫なのだろうかと、オロオロしている私を見て殿下が言った。



「なんだブライアン、まだ言ってなかったのか?」

 


 先生も私を見て気付いたようで「ああ、まだだ」と言い、殿下を離して座り直す。私を見て、ちょっと戸惑いながら言った。



「実は僕は先王の子供で、フェルザーは甥なんだ。だから昔からよく遊んでたりしてたんだ」

「えーっ!! そうなんですか!?」

「一応機密事項なので、内緒な。だからブライアンと結婚したら、俺とも親戚って事で。よろしくな、マリア嬢!」



 殿下と親戚……



「まあ、公にはしてませんから、そんなに畏る必要はないですよ」

「そのうち内々に父上にも紹介しとけよ。気にしてたぞ?」

「あぁ、分かった」



 殿下の父上って………陛下?


 陛下に紹介……



 くらり



 目が回ってしまった私は悪くないと思う。



◇◇◇



 あれから、魔封じのバングルをつけて過ごすと、徐々にみんなの瞳の濁りが消えていった。

 殿下がおっしゃるには、定期的に掛かると持続してしまうらしい。遮断して時間が経てば解除されるとの事。

 

 二年生になる頃には、みんなの瞳は澄み、私は本当に久しぶりに安心して過ごせるようになった。

 もうあの瞳に怯えなくても良いと思うと、嬉しくて堪らない。


 サリーナとも普通に話して、普通に付き合える。

 なんて嬉しいんだろう。



 バングルをつけてもう一つ、良い事があった。



 それは魔法を使えるようになった事だ。


 先生曰く、無意識に魅了魔法に大量の魔力を使っていたために、全く他の魔法が使えなかったのではないかと。

 だから魅了魔法を使わなくなったので、扱える魔力が出来、魔法が使えるようになったらしい。


 私の魔力はようやく宝の持ち腐れではなくなり、みんなの役に立てそうだ。


 相変わらず放課後は先生の所に通っているが、今までのように補習ではなく先生の研究のお手伝いをしてたりする。



 先生は婚約者なので、当然扉は閉まっている。


 何をしてるかは……ちょっと言えない。

 最近のスキンシップは多すぎると思うんです。

 恥ずかしいけれど、嫌ではないので……困ります。



 今度の課題は、二人きりの時は先生と呼ばない事なのだが……これがまた、難しい。

 でも先生と呼ぶと少し眉を下げて、困ったように微笑む。

 そのお顔も好きなのは内緒にして、可哀そうなので頑張ることにした。


 

 卒業するまでには、何とか直しますねっ!!


 そう言うと、「よろしくね」と笑うブライアン先生と、卒業したら結婚することになっている。

 ずっとずっと一緒にいられる。


 お父さんとお母さんみたいな夫婦になれると良いな。




マリアがゲームでは引き取られる男爵だったコルウェル男爵が、フェルザーのお陰で居なくなり、ノバル男爵になったため引き取られてからの環境が良くなった。

コルウェル男爵だったら、かなりひどい扱いだったはず。

じゃあ、マリアのお父さんがどっちの弟だったのかと言うのは、ゲーム補正。


フェルザーは入学初日のマリアの対応が、乙女ゲーのものとは違ったので、早々に対応を変えた。

イベントが起こるのは避けられないので、それの対処のみに心掛けた。


ガット、ルチオ、レイニーへの演技指導は無駄になりました。


サリーナはゲーム上はお助けキャラだった。


ブライアンのヤンデレ設定はゲーム上だったので、このブライアンはヤンデレではない……ハズ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] これは最高傑作 ありがとうございます [一言] 前作でウザ臭がられてたのを見てからだとちょっと可哀想
[良い点] ピンク頭でも性質が良いとこんなにホッコリするのね。 [一言] マリアが幸せになって良かった。 転生者だと話しがまた、変わったのかな? 皆が幸せ 良いですね
[良い点] 魅了魔法を知らなくても、周りの人間がどんどん自分に優しくなるとか怒らなくなるとかしたら 普通は我儘になったり傲慢になったりすると思うのですが マリアは真っすぐのままだったので、こういう物語…
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