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【一話完結】そこにあたしはもういない。

ここにあいつはもういない。

作者: 刹那玻璃

 ……はぁぁ……。

 何なんだ、あの迷宮は。


 気持ち悪くて……それより嫌な予感がして、入るのやめた。

 そうしたら、精霊術師が『どうしても行きたい』なんて抜かしやがった。

 とめたのに勝手に入っていったが、戻って来なかった。


 馬鹿だな。

 入る前に一応精霊術師なら、精霊に聞くか調べさせろよ。


 俺は一応『長年の勘が避けろと言っている、だから入るな』と言った。

 なのに、奴は『勘? 野性ですか。そんなもの、意味ないですよ』と鼻で笑った。

『じゃぁ、勝手にしろ』と言うと、そのまま入っていってしまった。


 若いってのは無謀だとよく言われたが、俺もあんなのだったかな?

 いつも心の中で最も愛している存在に問いかける。


 入っていったあいつは、俺たちのグループの中でも1番の新人だ。

 何故か?


 前の精霊術師は、俺の嫁だからだ。




 俺は一応、グループのリーダーのフリード。

 勇者って訳じゃない。

 田舎生まれの田舎育ち。

 腕っ節が強かっただけだ。


 ある時、俺の故郷の近くで魔物が大量に現れて、いてもたってもいられず安いものの手入れはしていた剣を手に出ていった。

 幼馴染みのシスター……いや、女装好きの変人司祭のアークと、逆にお前はどこで性別を超越したんだと言いたくなる、俺の従妹のディーンは、日々自分の筋肉を愛していると公言し、筋肉体操を欠かさない。

 実際、13歳で魔物を……いや、中型とはいえドラゴンを一撃で殴り殺した猛者だ。

 その為『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』と呼ばれている。

 まだ若かったが、何とかなると楽観的に3人で出ていったものの、回復薬が足りず死にかかった時に現れたのが、のちの俺の嫁になるサンドラだった。


 サンドラは、その地域を治める公爵家の末娘で、この国には珍しい精霊術師だった。

 精霊が見え、時折精霊の卵を見つけては孵し、身を飾る石に弱った精霊を入れ休ませた。

 エセ聖女ぶるアークより、本物の聖女だと一目惚れした。


 身分の差は分かっていた。

 でもどうしても、俺たちには滅多に見えない精霊たちと楽しそうに話すサンドラの目を、こちらに向けたかった。

 アークもディーンも反対したが、俺は諦めなかった。

 そして、ようやく駆け落ちのような形で彼女を手に入れたのだ。




 数日、迷宮から新人が出てくるのをイライラしながら待ったが、全く出て来ず、俺は立ち上がった。




「帰るぞ」


「あのね〜。あんたがあの子をスカウトしたんじゃない。見捨てんの? サイッテー! まぁ、サンドラいるのに、浮気してるクズだもんね」


「おい、アーク。テメェ、その服脱げ! 無駄なところ切ってやるぞ!」


「ふんっ! あんたこそ、その腰についたもの、牛同様去勢しなさいな! 結婚してんのに、年中サンドラ以外の女とさかるんじゃないわよ!」




 女言葉だがアークは誠実で、実際サンドラの家族は、アークとなら結婚を許すと言っていた。

 アークは見た目は女だが、気遣いが出来る男だ。

 オネェを装いながら、お嬢様のサンドラの面倒を事細かに見ていたからだ。


 それに、アークは実はサンドラの母の遠縁。

 珍しい瞳がその印。

 サンドラの母親は、現王の妹。

 アークは現王に認知された、ただ一人の非嫡出子……しかも第一王子……なのだ。


 国王はアークが、正式に迎えたものの我が儘放題で、娘しか産んでいないのに大きな顔をする正妃に殺されないよう、嫁いだ妹に頼み、嫁ぎ先の領地の教会に引き取られ司祭となった。

 でも王は、弱腰ではなかった。

 元々名君と呼ばれた祖父王の薫陶を受けた彼は、もうすでに名君と呼ばれていた。

 馬鹿で自分達で潰し合う正妃や側妃の子供達をすでに見限っており、踊らせているのだ。

 その間に、兄弟に殺されないように身を隠しつつ、冒険者として世界中旅して、オネェに女装も完璧にこなし、その姿を恥じることなくうまく立ち回って生きる息子に、そろそろ王宮に戻るように言い始めたのだと言う。

 アークは面倒だと言うが、すでにサンドラの両親や兄の元に滞在し、帝王学を学ばせられているのだと言う。




「叔母様も叔父様も、お兄様もサンドラを心配してるんだからね! 遊ぶなら離婚しなさい!」


「ふんっ、遊んで何が悪い」


「あのね〜? サンドラは世が世ならお姫様なのよ! 親父からしたら、可愛いたった一人の姪! 自分の娘は遊んで身持ちが悪いし、不細工と言ってはばからないのに、あの子は『余の可愛い精霊姫』って呼んでるのよ! それにね、普通の精霊術師は一つか二つの属性の精霊しか使役できないのよ? 今回連れてきた子だって、一つだったじゃない! 全属性の精霊に愛されるなんて奇跡なのよ! だから『精霊姫』なんだから! あんたのようなクズには勿体無いわ!」


「はっ、サンドラに選ばれなかったからって、ひがみやがって」




 鼻で笑うと、今まで自分の筋肉に見惚れていたディーンは、




「おい、クズ。負け惜しみか?」


「はぁぁ? 何がだよ」


「知らねぇの? サンドラ、テメェのようなクズにはもう何も感じないんだと」


「……はぁ?」


「怒りやねたそねみを通り越して、呆れ、最後はもう、関心すら失ったと言っていた」




筋肉と共に生きることを選び、女も捨て去った従妹は自分の上腕二頭筋を確認した。




「で、こないだ自分の貯金確認したら、クズ、サンドラの貯めてた金、全部愛人やあの豪邸、使用人に使い込んだんだってな? その上、途中からの収入も自分の方に入れてたって」


「夫婦なんだ。何が悪い」


「テメェの体面、外面守るのに、サンドラの金を使い込むなよ! このクズ!」




ぶんっ!


従妹の太い腕が振るわれ、慌てて避けた。




「避けんなよ。オラ、女遊びして贅肉ついたか? ギリギリだったな」




 ニヤッと笑う。




「クズ。テメェはあと三日はここにいるんだよ。それが冒険者ギルドとの契約だろ? お前が勝手に俺達を巻き込んどいて、逃げんのか?」


「勝手? 何言ってんだ? 今回の旅はギルドで……」


「何言ってんだ? 俺達、もうクズとは解消したじゃねぇか。自分が言い出したんだろ? ボケたか? もうクズはメンバーじゃねぇぞ? 俺とアークはメンバーだがな」


「はっ?」




 呆然とする俺に、舌打ちする。




「お前、サンドラを自分のものにしたと思ったら、俺達に命令するようになったよなぁ? 俺はリーダーだって、傲慢に振る舞うようになった。クズが! 嫁の地位を自分のものと勘違いして威張り散らしやがって! そう言うクズが、俺は嫌いなんだよ!」




 次の瞬間、ディーンの拳が俺の頬に叩き込まれた。

 俺は無様に吹っ飛び、二人が集めた薪に突っ込む。




「その薪も、そこの火で炙ってる肉も俺とアークが集めたものだ! テメェは食うな! クズが! お前の従妹だって言うのが恥だぜ、俺は!」




 余り口数の多くないディーンが吐き捨てる。




「俺とアークの今回の旅はテメェの監視だよ。依頼者はサンドラ。テメェをあの迷宮に閉じ込めるのが本来の役目。出来なかったとしても、あと三日は俺達がお前をここから移動しないように監視する。黙ってここにいろ……死にたくなければな?」




 ニィッと笑うディーン。

 殺気が全身から漂い、俺は黙り込む。


 こいつは戦術は荒いが、キレると文字通り『狂戦士ベルセルク』と化し、周囲を血の海にする。

 『狂戦士バーサーカー』とも書く、この化け物を止められるのはサンドラのみ。

 アークすら手に負えない。

 俺でも勝てない、最強で最恐の女だ。




「……分かった。だが、帰ったら……サンドラは……」


「クズが、俺の姫の名前を呼ぶな! 殺すぞ?」


「……!」




 その言葉で、分かった。

 サンドラは、あの俺の作った世界にいないのだと……。

 俺の手からすり抜けて去っていったのだと……。




「クズ。追いかけても無駄だ。お前はもう二度と会えない。俺とアークが会わせない。ついでにこの旅で、お前と永遠にお別れだ。クズと会えないのが嬉しくて清々する」


「そうね。嬉しいわ。私はディーンのことを友人、親友、戦友にしか思えなかった。でも、あんたは友人以下。下半身男。帰って自分のしてきたことの後始末することね。じゃぁ、あんたと喋りたくないから、喋らないようにして頂戴。ついでに、逃げないようにサンドラに借りた土の精霊に檻を作って貰うから。3日後まで静かにしてたら餌だけはあげるわね、『狼男ワーウルフ』さん」


「おい、狼は家族で行動する優しい獣だ。『狼男ライカンスロープ』は人間が作った偽りだぞ」


「あぁ、そうね。狼が野生の獣の王だったわ。誇り高い彼らと、このクズを一緒にしちゃダメね。ごめんなさい、ディーン」


「構わない。私のブライトは可愛いのだ」




 ドラゴンは一撃必殺だが、ディーンは親からはぐれた小狼を可愛がっている。

 今回は連れて来なかったらしい。




「じゃぁ、三日間楽しみましょうか。ディーンはストレッチしてて頂戴。私が晩ご飯作るから」


「あぁ。薪が足りなかったら取りに行くから言ってくれ」




 男女の会話がちぐはぐだと、現実が分からなくなったフリードは思った。




 俺が愛した……あいつはもういない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「そこにあたしはもういない」と見事に対になっている作品だと思います。 [一言] こちらの主人公の考え方は作中で散々言われているように屑そのものですね。なんというか、男尊女卑という風習を思い…
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