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鍵屋

作者: 御伽人

  『鍵屋』


 私は高校卒業して、鍵屋になる事になった。元々、工業高校を卒業しているので、鍵屋に向いている。最初は見習として時給750円で働いていたが、一人で作業ができると、大型スーパーの合鍵作りを任された。師匠は新しい場所で、仕事をしているようだ。完全歩合制になった。一定の需要があるから、仕事の依頼が途切れる事はない。師匠とたまに飲みに行く時がある。恋愛ではないけど、尊敬できる人だ。

 師匠の生い立ちは不明で、何故鍵屋を志したのか分からない。彼女とは上手く行っているようだ。もうすぐ結婚も視野に入れているそうだ。私は高校時代の彼氏と別れていらい、恋人が見つからない。

 鍵屋は一気集中型の仕事だ。客がいない時は、推理小説を読んでいる。働けなくなるまでずっとこの仕事をしていく予定だ。

 高校の友人から合コンしないかと持ちかけてきた。私は臨時休業をして、久しぶりに恋愛のチャンスが巡ってきた事を嬉しく思った。

 ルックスは普通の大学生とアドレスの交換をした。毎週水曜日は午後5時で店を閉める事にした。デートらしいデートをして、気持ちも通じ合い。別れは私の口からは言わないように決意した。

 師匠は、籍を入れて、結婚したようだ。それは結婚してから1週間後に知った。

「何で私にも言ってくれないんですか?私も祝福したかったのに」

「仕事の邪魔はさせないように思って。というより、写真も何もとっていないから」

「どういう人なんですか?」

「それは言えないな」

そう言って、いつもの居酒屋で酒を呑みながら、話をすすめた。師匠はいつも隠し事をする。どんな私生活を送っているのか知りたくなってくる。

 私はデートを繰り返し、私が鍵屋で働いている所を見に来た彼氏。アパートの合鍵が欲しいようだ。

「自分一人だと無くしそうだから、君が預かってくれないか?」

「別にいいけど。いつも外でデートしているのに」

「別れるまでの間だけでいいからさ」

「まあ、そこまで言うなら」

私は彼氏の部屋の合鍵を作った。それが、私にとって愛情の記しだと思った。

「儲かっているのか?」

「儲かっていなければ、仕事してないよ?」

「そっか。よかったな」

「まあね」

そして、次の客が来たため、彼氏は私の職場を立ち去った。高校時代の友人とは頻繁に連絡を取り合っている。彼氏ができて、感謝しているという趣旨のメールを送ったら、「またふられた時は、次の合コンに呼んであげるよと返事が来た。私たちは中学の時から友人であった。私はベッドで眠りについた。明日、客が一人でも多く来る事を願って。

 朝、起きるのが辛い。元来夜遊びが好きだった私には、午前6時は丁度眠りにつく時間帯だ。仕事をこなすために、毎朝こうして無理やり起きている。しかし、原付に乗って職場まで行く。友人たちと離れてから、極端に支出が減ったから、何とか両親がいなくなっても暮らせそうだ。

 私ぐらいだろう。女で鍵屋をやっているなんて。手に職をつけといてよかったと思った。普遍的に必要なものだし、不況にも鍵屋は強い。彼氏といつまで付き合えるかな。そんな事を考えていると、客が来た。私は仕事モードに切り替えた。

 

店の人とも顔なじみになり、好奇な目で見られる事がなくなった。

最近、彼氏は店に来なくなっていた。

別に彼氏が浮気をしていても構わないと、私は思っている。元々熱い恋に堕ちるタイプじゃなく、恋人とは適度な距離を置いておきたいタイプだ。すかしている訳でもなく、本気でそう思っている。男に尽くす事もなければ、尽くされる事もない。私は、浮気は面倒だから、しないだけなのだが。

彼氏が浮気をしても、機嫌が悪くなる事もないし。ま、好きなようにすれば良いさとまで、彼氏に対して思っている。第一、大学生でサークルに入った時点で、他の女と遊びたくなっても仕方がない。

 合鍵を作る機械は師匠から受け継いだものだ。これがなければ、仕事はできない。意外に師匠は金持ちだったりして……なんて浅はかな私はそう思ってしまう。

師匠は月に一度、私の仕事ぶりを見に来てくれる。彼氏が来るより、ある意味で嬉しい。総合スーパーだから、買い物客がついでに合鍵を作るケースが多い。営業時間の関係で、朝と夜しか食事を取らない。ここで夜食の惣菜を買っていく。朝飯は昨日残った惣菜で朝食を済ましている。一人亭主兼主婦状態になっている今日この頃。 

21歳の時に、彼氏はどうやら、私に対する熱が冷めて、新しい女を作ったようだ。合鍵を返し、携帯のアドレスを消して、それで恋人が元恋人になる作業を終えた。

それがきっかけか知らないが。私は何故鍵屋になったのだろう。突然そう思った。確か、高校時代に私はこの大型スーパーで合鍵を作っていた師匠を見たのがきっかけで、鍵屋に興味を持った。そして、鍵屋になる事に憧れを抱いて、毎日師匠の仕事ぶりを観察していた。友達たちが、進路が決まる中、私だけが進学もせず、就職先が決まらなかった。

鍵屋の師匠がバイト募集中。未経験者大歓迎という紙を自らのスペースに貼り付けてあったのを見て、興味本位でバイトをするようになった。そして、いつしか一人前の鍵屋になり、師匠にこのスペースを譲り受けたのが、私が鍵屋になった経緯だ。

この事を師匠に話したら、師匠は頷いていた。

「まあ、手に職があるのはいい事だ。そろそろバイトを雇ったらどうだ。ずっと仕事を続ける気はないんだろう?」

「いいえ。私は一生この仕事がしたいです」

「変わった女だな。まあ、そこがいいところか。男よりも仕事。いいねえ」

そう言いながら、感心してくれている表情だった。私は強引に褒め言葉だと思い込む事にした。

 どうやら、一人で仕事をするのが、私には合っているらしい。こう見えても結構人に気を使うタイプで、学校にいた時から窮屈だと思っていた。それを表には出さなかったし、師匠にも打ち明けた事はない。

 高校時代に吸っていた煙草も止めた。酒も呑まなくなった。おぼろげながら、私は目標を見つけた。

それは、いつか師匠のように、店を構えたいと思うようになってきた。こうすれば、完全に一人になり、自分の気ままに仕事ができる。でも、スーパーの一角でも十分一人だから、大型スーパーが潰れるか、追い出されるまで、今の場所で働くのもいいかも。と思ってしまう。どの道鍵屋を続けていられるなら、それで満足すべきかも知れない。

今日も道具で合鍵を作る。金属の摩擦音が心地よい。彼氏は今の所はいいや。そのうちできるから。私の個人の店を構える以上の夢は、鍵屋の若い男と一緒に結婚できる事。それが叶えば、この上なく幸せなんだけどなあ。

作業が終わり、一人になり、退屈になった。本はあまり読まなくなった。ずっと一人でいようと思った。束縛されるのが嫌だから。

ある程度資金が貯まった。最初は赤字だったけど、今は黒字になり、女一人生きていくのに、困らないだけのお金の余裕がある。

私は自らの技で金を稼いでいる。もし、鍵屋をしていなかったら、今頃何をしているのかな。なんて時々考えたりする。たぶん結婚をして子供も産んでいると思う。どちらが幸せなのか分からないけど、今となっては鍵屋以外の仕事は考えられない。

私は原付が壊れて、仕方なくまた新しい原付を買った。乗り心地は前のやつよりもいい。22歳になり、仕事は完全にものにした。しかし、仕事の順風満帆さとは、裏腹に出逢いがなくなった。最初は師匠の嫁にでもなるのかと思えば、それは違うし。合コンは今のところする気力が湧かない。他の店の鍵屋の妙齢の男を口説く程度胸はない。つまり男に依存しなくても生きていけるようになったかもしれない。合コンでも誘われなくなったし、皆それぞれの就職先で新しい仲間を見つけるのだろう。

 そう考えると、新しい彼氏ができない事より、慣れ親しんだ友達と疎遠になる方が淋しい。泣き言は言っていられない。私は私。人生のレールを普通の人より、ちょっとだけ曲がっているだけ。出口は一緒だ。こうして、私は生きていく。例え女として曲がった道の人生だとしても。

 友達の結婚式に招待されたが、仕事が忙しくていけないと友達に伝えた。人の幸せを妬んでいる訳ではなく、単に乗り気がしないから、行かなかった。鍵屋は自由業だから、本当は行こう思えばいけるんだけど。その代わりその友達の合鍵作りをただでやってやった。

 新郎の弟が私の写真を見て、興味を惹かれたらしい。結婚した友達から

「一度でいいから会ってみて」

そう言われたので、合鍵作りを終えて、暇になった時にメールでこう答えた。

「いいよ」と軽い気持ちで承諾した。

物好きな男だなと思い、会うだけ会ってみるかという気分になった。一生独身でいるつもりなのは変わらない。しかし、それを打ち砕くほどの相手と巡り会う事を心のどこかで待っているようになった。私みたいな変わり者を理解してくれる人は一人しかいない。その人とは、一度は結婚まで考えた師匠しかいない。

でも、結婚はしなくても、やはり彼氏がいた方が何かと便利で、心の隙間が埋まるから孤独感は和らぐ。しかし、今の私にとって恋愛は遊びにしか過ぎない。だけど、遊びからマジになるくらいの、曲がった道を一緒に突き進んでくれる男を待っている。その紹介してくれた男が、その理想を叶えてくれる人ならば、これ以上ない、私なりの幸せだろう。私が鍵屋を一生続けていけるのを承諾する事が、私が友達から紹介してくれた男と、付き合う最低限の条件である。それを満たせば、後は条件をつける事はない。





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