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窓辺の魔法使い

作者: 藍色折紙

 ちょっと短いストーリー。

悲しさからやさしさへと変わっていく、そんなのが好きな人へ送る物語。

 雨が降っていた。外にも、内にも降っていた。

 今日の雨はすごく冷たい。もう、外になんて出たくないと思った。

 今でさえ、心が濡れ切って冷たくなっている。

 心の奥底からあふれた雨は、私の頬を伝って体を濡らしている。

 目を閉じれば、嫌な声が、嫌な音がよみがえる。目を開ければ、ゴミ箱から見えるちぎられたラブレターが、あの光景を思い出させる。

 私はもう、濡れたくなんてない。冷たいのは嫌だ。こんなことなら、死んで、しまいたい。

 カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱えて私はそう思った。

 本当に、

 本当に、

 本当に、私はここからいなくなってしまいたい。

 この世界から、本当に……。

 

 ――――ふわり。


 どこからか風が入ったのか、カーテンが揺れて持ち上がった。

 その隙間から見えた窓に――――"魔法使い"が見えた。



 窓辺の魔法使い。

 幼い頃、泣き虫だった私はおばあちゃんに、おばあちゃんよりも優しい魔法使いがいる。と、教えてもらった。

 その魔法使いはお日様がある時には見えなくて、雨の日や夜には姿を見せてくれる。

 だけど、悲しい時や、悩んでいるときにしか自分を見てくれない。

 その魔法使いは、人の心をとてもわかってくれる。

 泣いているときには一緒に泣いてくれるし、怒っているときは一緒に怒ってくれる。

 窓辺の魔法使いはとてもやさしい魔法使いなのだと。

 話を聞いた私は、もし、魔法使いを見つけたらどうすればいいのか?と、おばあちゃんに尋ねた。

 おばあちゃんは魔法使いを見つけたら、2つの事をすればいいと教えてくれた。

 1つ目は、そのときの自分の気持ちを素直に伝えること。

 2つ目は、魔法使いを笑顔にしてあげること。

 魔法使いはこの2つをすると、私に魔法を1つ与えてくれるという。

 最後におばあちゃんは、おばあちゃんがいなくなっても、その魔法使いが必ず私を助けてくれるから。と、教えてくれた。



 そんな言葉を思いだした私は、いつの間にかカーテンを開いていた。

 幼い頃のようにおばあちゃんに慰めてもらいたい。そんな気持ちだったのかもしれない。

 窓には流れ落ちる無数の雫。その向こう側。

 そこには確かに、おばあちゃんの言っていた魔法使いがいた。

 雨の音色に抱かれて佇むその表情は、とても悲しそうだった。

 赤く泣き腫らした目。頬に残る涙の雫。ひざを押し付けて赤くなった額。酷い顔だ……私と同じように。

 おばあちゃんが言っていたのは本当で、魔法使いは私の心をわかっている。

 この魔法使いは今までずっと、カーテンの向こう側で一緒に泣いていてくれたのだ。

 

「死にたい……私、いなくなっちゃいたい」


 私はおばあちゃんに言われた通り、自分の気持ちを口にした。

 それを言葉にしたとたん、目の奥が熱くなった。

 窓の向こうでは魔法使いがぼろぼろと涙を流し、その唇が、その肩が震えていた。それはとても辛くて悲しそうだ。私と同じように泣いている魔法使いの姿を見ると、とても悲しかった。

 自分の気持ちを魔法使いに伝えた。今度は、魔法使いを笑顔にしなくちゃいけない。ぎゅっと目をつぶって涙をこらえる。

 私が泣けば、魔法使いも悲しむ。私は笑わなくちゃいけない。魔法使いを笑顔にできない。

 私が笑ってくれるのを、魔法使いは待ってくれている。

 息を一つ吐く。ゆっくりと、目を開ける。心の中にある悲しみはまだ消えないけど、今は魔法使いの為に笑ってみる。

 無理やりでいい。無理してでもいい。さぁ、笑うんだ、私。

 ……にまっ。

 ……あぁ酷い顔だ。すごい顔。

 眉はハの字。泣いて腫らした顔はパンパン。口角は無理やりだけど上がっているのに、頬が全く動いていない。こんなの笑っているとは言えない。ただの変顔だ。

 そして、私も、魔法使いも、お互いに見合わせての変顔披露。


「……く、ふっ、ははっ、ふふっ」


 でも、それがどこか妙におかしくて、いつのまにか声が出ていた。

 もう一度笑ってみる。にまっ。にまにまっ。


「ふふふっ、ふっ、くっ、ふふ」


 あぁ酷い顔だ。すごい顔。

 顔だけ笑うというのが、こんなにも面白いとは思わなかった。

 幼い頃におばあちゃんとやった福笑い。あれだ。私も魔法使いも今の顔はあれによく似ている。

 なんとなく赤ちゃんが変顔で笑う理由がわかった気がする。福笑いのおかめが二人、にらめっこしているようなものだ。あぁ可笑しい。泣いていたのが馬鹿みたいなほどに。

 いつの間にか、変な顔もくずれて、私と魔法使いは笑っていた。

 いつの間にか、雨の音色も消えていた。



 部屋が僅かに明るさを取り戻す。魔法使いの姿が僅かに薄くなった。

 おばあちゃんの言う通り、魔法使いは私に一つの魔法をくれた。そして、私をちゃんと助けてくれたのだ。

 私と魔法使いはお互いに言葉を口にする。


「うん。もう大丈夫。元気がでたよ」


 窓辺の魔法使い。

 それは私と同じ姿の魔法使い。使える魔法はたった一つ。

 でも、それだけでいい。それさえあれば、私はがんばることができる。

 私は心からにっこりと笑ってみた。

 窓辺の魔法使いもにっこりと笑うと、役目を終えたとばかりに、雨上がりの空に消えていった。

 私は魔法使いに、心の中でありがとうと感謝する。そして私はおばあちゃんにも、心の中でありがとうと感謝する。

 それから、ちぎられたラブレターをくしゃり、と握って、ごみ箱に捨て直した。

 いつのまにか頬は乾いていた。心も体も暖かい。

 買い物にでもいこう。そう決めて部屋を後にする。

 雨はもう、どこにも降っていない。

お読みいただきありがとうございました。

こちら、ライトノベル作法研究所でも投稿した作品になります。


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