不器用な願い
「ねぇ再来週に行く島って、古い映画の舞台に似てる建物があるんだっけ?」
「そうらしいな、戦時に作られた建物が空の城に似てるらしいぞ」
普段は多く部員で賑わっている部室。しかしテスト期間ともなると、すでにテストの終わっている2人以外の部員の姿はなく、ペンを動かす音のみが響く静かな空間となっていた。
アルミ製のパイプ椅子に腰掛けている少女は「テスト打ち上げハイキング」と書かれたしおりをパラパラとめくりながら、空の城に思いを馳せる。
「空の城か、お城なんて市内にある虎ノ城ぐらいしかいったことないけど、空の城なら洋風だよね、なら私はお姫さまであなたは……そう召使ね!」
白魚のような手、その人差し指で向かいの席に座っている少年を指しながら軽快に笑った。
「なんで俺が召使なんだよ、てかお前をお姫さまっていうのは無理があるぞ……」
指をされた少年は、プリントから顔をあげ不満げな目を少女に向ける。
「だって、あなたって昔から私の後ろについてきて小言ばっかり言うじゃん。映画とかでよく見る執事みたいな感じじゃない?」
「それはお前が昔から目を離したら迷子になるわ、忘れ物するわって手のかかる子供だったからだ」
「なっ失礼な、そんな子供じゃなかったわよ、ほら小3の夏祭りのときなんて、大泣きしてたあなたを優しく慰めてあげたのを忘れたの?」
少女は呆れに表情を変えながら少年を睨みつける。
「たしかにあのときは不覚にも泣いたかもしれない、ただその原因が降りてこれなくなってた子猫を助けようと木に登ったお前が落ちたのに驚いたってのを忘れてないか?ちょっとの間動かないし死んだのかと」
「名誉の負傷よ!それにすぐに起き上がらなかったのは、そう演出よ」
「なんの演出だよ!?子猫だって落ちたお前にびっくりして余計に高いとこに登って悪化したじゃねえか」
得意げな顔を浮かべる少女に、最終的に子猫を助けた少年はため息をつく。
「それよりハイキングよ、私たちは監督役なんだからしっかりと島のことを把握しておかないといけないわ。万が一の事故も許されない、そうよね?」
「そうだな、観光客が多いとはいえ無人島なんだから事故があったら大変だもんな」
「そうよ、私たちには部員みんなが安全に楽しんでもらうという役割、いえ使命があるわ」
「なんでそんなに燃えてるのかはわからんが、そのために来週は俺たちの学年で下見に行くんだろ?」
すでに大人として扱われている部員たちの課外活動に顧問が引率するということはなく、運営学年が行事における企画、運営、監督を行う。
それゆえ事故などの非常事態が起きないよう万全の対策を行う必要があると、少女は立ち上がり腕を大きく振りながら意気軒昂と熱弁する。
「たしかに来週に下見をするわ、けど下見って当日楽しませる側の私たちが遊ぶためだったりで安全確認を十分できるとは思えないわ」
「なら遊ぶ減らして安全確認しようぜ、なんで来週遊ぶ前提なんだよ」
「私たちで行くのよ、楽しまないなんてありえないわ。当日も後輩たちと楽しむけど、私たちで楽しむのも重要よ!」
テンションが振り切れ声が大きくなってきた少女に、少し引き気味な少年は困惑の表情を浮かべる。
「それで結局なにが言いたいのかよくわからんが、他に安全確認をする方法があるのか?」
「そうよ!それはえっと……、あっと……、ほらあれじゃん」
一転して急に挙動不審に、そして顔を真っ赤にした少女は椅子に座り直し、その反動で椅子と床がこすれる音がするなか小さく呟く。
「ほら、部活って来週までテスト休みじゃん、 」
少し勇気を出した少女の声はかすれてしまい少年には届かない。
「ん?よく聞こえんかったぞ、なんで急に静かになったんだよ?」
「えっ……、バカもうしらない!」
顔は真っ赤なまま、しかし今度は怒りによる赤さに変わった少女は、椅子を後ろに大きく突き飛ばすほどの勢いで立ち上がり部室を飛び出していく。
「おーい、いや俺にどうしろと……」
突き飛ばされた椅子のパイプ製ゆえに大きく響きわたる高音と、少女の走り去るパタパタという音の響く空間に一人取り残される。
少年は意味が分からいと困惑の表情を浮かべつつ転んだ椅子を元の机がある位置に戻す。そのときに机に放り投げられた少女のしおり、その偶然開かれたページの余白部分に赤ペンで大きく書き込まれた不器用な幼馴染の願いを見つける。
先ほどよりも大きく深いため息をつきながら少年は携帯電話を取り出し、自身の予定を確認しそのままいつでもすぐに連絡が取れるよう目立つところに表示してある連絡先に電話をかける。
すぐに相手は出ず、数コール響くのを聞きながら少年は待つ。
「 」
「おーちゃんと出てくれたか、さっきは悪かったよ機嫌直してくれよ」
「 」
「それでさっきした下見の話だけど、確かに安全確認したほうがいいって俺も思ったからさ今週の土曜にテストのない俺たち二人で安全確認に行かないか?」
「へっ、えっ……うん!!」
表現って難しい……