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ゴスロリ・ブラック・ガール  作者: 灰色平行線
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1-1 探偵の仕事

 石井いしい壱次郎いちじろうは21歳の新人探偵だ。名探偵ではない。警察の捜査の手伝いをすることもあると言えば聞こえは良いが、やることといえば情報収集ぐらいだ。警察に協力して見事な推理で事件の犯人を追い詰めるなんてマネはしたことがない。見た目と年齢の合わない子供や、祖父が名探偵の同じ漢数字が2つ並ぶような名前の男のような発想力もない。ついでに言えばそもそも推理なんて彼には向いていない。

 そもそも、漫画やドラマなんかでよく見る「推理」は探偵の仕事ではない。探偵の仕事とは、依頼によって特定の人の所在や行動を調べて報告するのが主だ。浮気調査なんかとはよく縁があるかもしれない。


 東央都とうおうと夢見町ゆめみちょう

 日本の中心である東央都の端にある小さな町には、マンションやアパートが多く並ぶ。

 その日、壱次郎はいつものように事務所に顔を出す。平丘ひらおか探偵事務所。小さなビルの2階にある、壱次郎の所属する小さな探偵事務所だ。

 階段をあがって廊下を渡り、扉を開けば見慣れた景色がそこにある。

「おはようございます」

 いつものように扉を開けながらの壱次郎の挨拶に、返す返事は2つあった。

「おお、おはようさん」

 部屋の奥に置かれた机に足を乗せ、ふんぞり返って椅子に座っている男、平丘ひらおか七兵衛しちべえ。事務所の所長だ。

「やあ、お邪魔しているよ」

 部屋の中央に置かれたテーブルと2つのソファ。その片方に足を組んで座っている女性。高浦たかうら吉実よしみ。女性警官だ。

 探偵事務所を開くには事務所の所在を警察署を通して公安委員会に届けねばならないのだが、その時に知り合ったらしい。

「ああ、高浦さん、おはようございます。今日はどうしたんですか?」

「おはよう石井君。今日は君と平丘さんに報告があって来たんだ。平丘さんに報告しようとしてたんだけど、ちょうど君が現れたって訳さ。グッドタイミングってヤツだよ。伝言ゲームにならなくて良かったよ」

 ソファに体を預ける吉実は面白そうにクスクス笑う。

「それで?吉実ちゃん、報告ってのは?」

 手を頭の後ろで組んでダルそうに回転するイスを右へ左へと揺らしながら、七兵衛は話を促す。

「ええ、貴方達に頼んだ山鳥やまどり大丸だいまるの件です」

「山鳥大丸、株式会社ビッグ・ビッグ・マンの社長だな。確か犯罪の証拠を掴んで欲しいという依頼だったな?」

 七兵衛が横目で吉実を見ると、彼女は真面目な表情で頷く。

「そう。山鳥大丸には何かしら大きな犯罪の影がありました。だけど確実な証拠がないのと社長という地位から、逮捕は出来ずにいた。だから貴方達に依頼したんです。ですが、その大丸は今朝、警察署に自首しました」

「自首ですって?」

 吉実の言葉に壱次郎は眼を丸くする。

 ビッグ・ビッグ・マンはある時期から急激な成長を遂げた大きな会社だ。その社長に黒い噂があるのだから、メディアに取り上げられたりすることもある。雑誌などに自分の記事が載って噂になれば、すぐに「やましいことは何もない」とSNSなどで否定していた。

「もちろん、最初は否定していた犯人が後日、突然罪を認めるケースもあります。有名人の炎上騒動なんかも最初は開き直ってても後から謝罪するってパターンもありますし。だけど、大丸の件はいくらなんでも急過ぎるんです」

 吉実の言葉に七兵衛は「ふむ」と腕を組む。

「確かに、昨日の今日でっていうのはちょっとおかしいかもしれないね。外からなんらかの圧力でもかかったのかな?」

「我々警察も同じように考えましたが、取り調べ中の大丸の口からも携帯電話の履歴からもそれらしき情報はまだ出てきてません」

 吉実も七兵衛も、少し奇妙とも言える状況に頭をひねるばかりだ。

「なんというか、あの噂と似てますね」

「噂?もしかして『心狩り』のことかい?」

「はい」

 なんとなく呟いた壱次郎の言葉に七兵衛は眉をひそめる。

「探偵業としちゃあ、オカルトの類はあまり信じたくはないんだけどねえ」

 最近になって、人が突然自首や自殺をするという出来事が増えている。その全てが自分の犯した罪を取り調べや遺書などで告白し、皆決まって『罪悪感に耐えられなかった』と理由を述べるのだ。罪を隠そうとする意思を奪われたかのように。故にその噂は『心狩り』と呼ばれている。

「もしも本物のオカルトだったら、僕らにゃもう出来ることはなくなっちゃうよー」

「まだそうと決まった訳じゃないんですから、そうふて腐れないでください」

 椅子を揺らす七兵衛を吉実がなだめる。一応、この中では七兵衛が1番年上だ。だが、その言動の軽さは大人としての余裕なのか、それとも大人げないだけなのか、壱次郎には分からない。

 結局、山鳥大丸の自首については何も分からなかった。

 そうして話しているとコンコンと、壱次郎の後ろの扉からノックの音が聞こえてくる。そういえばずっと出入り口の前に立ったままだと思いながら、扉を開ける。

「はあい、こちら平丘探偵事務所です」


 ◇◇◇


「ネコ探し、ですか?」

「はい、私の大事なコネちゃんがどこかに消えてしまって、もう3日も帰って来てないんです」

「コネちゃん……なるほど」

 顔色のよくないお姉さんと七兵衛がテーブルを挟んでソファに座って話しあう。吉実は「探偵に依頼するのに警察がいたら気まずいだろう」と帰ってしまった。

「コネちゃんは真っ白なネコちゃんで赤い首輪をつけてるんです。体をコネコネしてあげると喜ぶネコちゃんなんですよ。コネちゃんが子猫ちゃんのころから一緒だったからもう心配で心配で」

「えっと、コネコネのコネコちゃんで……」

「あ、コネちゃん今はもう大人のネコちゃんなんです。大人になっても子猫の頃からコネコネが好きなネコちゃんで」

 なんだか早口言葉でも生まれそうな会話をしながら、七兵衛の隣に座る壱次郎は猫の特徴をメモしていく。

「分かりました!ネコのコネちゃんは必ずや見つけてみせますとも!」

 七兵衛は猫が見つかる保証もないのに胸を張ってそう言った。彼によれば、「出来るかどうか分からないことはとっりあえず『出来る』と言っておかないと探偵に限らず仕事なんて出来ない。ただし出来ないことは出来ないとちゃんと言え」とのことだ。

 依頼人のお姉さんは前払いでいくらかの金を七兵衛に渡すと、最後にぺこりと礼をして帰っていった。

「いやあ、動物を探して欲しいなんて、ある意味ベタだよねえ。お話の中とかだと売れない探偵の仕事といえば、浮気調査か迷子探しってね」

 そう言いながら七兵衛は立ち上がる。情報は足で稼ぐのが捜査の基本だ。


 白い毛に赤い首輪の猫。

 外に出て七兵衛と別れ、早速探し始める壱次郎だったが、町を見回してみてもそもそも猫を見かけない。この辺りはマンションも多く、庭でペットを飼っている家はほとんどない。動物、それも首輪付きの白い猫なんて、いたら目立ちそうなものであるが、猫は狭い所を好むという話も聞く。そう簡単には見つからないのだろう。

 とりあえず町中を歩き回って猫を探す。猫なのだから塀の上でも歩いているんじゃないかと思って上を見るが、いるのはカラスやスズメばかりだ。

「ネコちゃん……ネコちゃん……いないな……」

 探し物は探していると逆に見つかりにくくなるというジンクスを抱えながら、猫を探して歩きまわっていると、目の前を小さな影が横切った。

「ネコ!……黒色かあ……」

 横切ったのは黒い猫だった。そういえば黒い猫が前を通ると不幸が訪れるというジンクスもあったような。

「どけよ!」

 黒猫を見つめていると、突然、後ろから誰かに押しのけられた。

「おぉっと⁉」

 転びそうになるがなんとかもちこたえ、地面に手をつくことはなかった。決して道路の真ん中を歩いていたわけではない。

 前を見れば、慌てたように走る男の姿がある。危なっかしいなと男を恨みがましく睨みつけていると、さらに後ろから声が聞こえてくる。

「そいつ捕まえて!ひったくりよ!」

 悲鳴に近いそんな声。後ろを向けばロングスカートでいかにも走りにくそうな格好をしている女性が息を切らしながら走ってくる。その声が聞こえたのか、心なしか前を走る男のスピードが上がったような気がする。

「クソ!逃がすか!」

 男を見失わないように壱次郎も走り出す。事件の解決は探偵の仕事ではないが、どうせ猫は見つかっていないのだ。ひったくりを捕まえる余裕はまだあるだろう。それに、見逃すのは良心が痛む。

 しばらく逃げる男を追ってしばらく町の中を走り続ける。男は小太りで、よくよく見ると何かを抱えているようなポーズで走っている。壱次郎が追いかける前から走り続けたせいか、あまり体力もなさそうだった。

「ハァ……ハァ……クソッ!」

 人通りの多い大きな交差点まで走ったところで、男は息を切らして立ち止まった。

「お、追いついた。ホラ、奪った物を返しなさい」

「うるせェ!」

 男の肩に手を置く壱次郎だったが、男はその手を振り払う。

「こんなトコまで追って来やがって!なんも知らねえ一般人が突発的で醜い正義感をこれみよがしに振りかざして余計なことをするとどうなるか見せてやるよ!」


 その瞬間、交差点から人が消えた。そこにいるのは壱次郎と男だけだった。


「うふふふ、ひひ、ひいっひひヒヒ!邪魔する奴は殺してやるぞおおおォ!」

 誰もいなくなった交差点で、男の姿が変わる。黒い液体になったかと思うと、形を変え、そこには2本足で立つ巨大なイノシシの化け物がいた。

「な……⁉」

「ブッ潰れろォ!」

 イノシシはその太い腕で壱次郎に向かって殴りかかってくる。突然起こった異常に理解が追いつかず、体が動かない。そのままイノシシの拳は壱次郎の顔面を撃ち抜くはずだった。

 上空から降ってきた1本の巨大な剣が壱次郎とイノシシの間に突き刺さった。イノシシの拳は剣の刃に当たり、壱次郎に届くことはなかった。

「異界の発生を確認したから来て見れば、こんな小悪党だとはね」

 剣に続いて上空から現れたのは、長い金髪をツインテールにしたゴスロリ姿の少女だった。少女の片手にはさっき落ちた剣と同じ大きさのもう1本の剣が握られている。

「誰だテメェは!」

 イノシシが吠える。

 少女は地面に刺さった剣を抜き、2本の大剣の切っ先をイノシシに向ける。

「GBG、それだけ覚えてなさい」

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