第5話『レベル379』
......←未だかつて無い程、この点が活躍する回。
ギルドの二階は一階とは打って変わって閑散としていた。
さて、部屋は二〇一号室だったな。
というか普通に馬車が走ってる世界で何号室とか言われてもしっくりこないな。
ミュエさんが言っていた通り二〇一号室は階段を上って直ぐの位置にあった。
鍵を開けて中へ入ると、部屋には二つのベットに大きな机と椅子が一つにソファーが一つ。
そして洗面所にはシャワールームまであった。
この世界に水道があるのか……と思っていたのだがどうやらそうではなく、水を出す為の魔道具だった。温水と冷水を切り替えられる機能付きだ。
「2人部屋なだけあって広いな」
「ごめんねリウス……無理言って2人部屋にして……迷惑だよね……」
「いやいや。美人さんと同じ部屋なのに文句を言う男はいないって。それに何か理由があるんだろ?」
「うん。後で理由は話すから……」
「嫌なら無理して話さなくて良いぞ?」
俺がそう言うとユキが首を横に振る。
「ううん。私が話しておきたいんだ。勿論リウスが迷惑なら――」
「いや、迷惑なんかじゃない。分かった、じゃあ後で話してくれ。――そうだ。町に何があるか見て回らないか? 夕食には少し早いからな」
「……うん。そうだね……! うん、行こう!」
「ちょ、今すぐか⁉︎」
「早く行かないと日が暮れちゃうよ!」
「ははっ。分かったよ!」
◇◇◇◇◇
それから夜の七時ぐらいまでフィレストの町を見て回った。
町には飲食店や雑貨屋が立ち並ぶ繁華街や武具屋などが多い通りがあったが、特にこれといって大きな出来事はなかった。
夕食をギルド近くの飲食店――ギルドであれば無料だが――で済ませギルドに戻る。
部屋に戻るなりユキがベットに倒れ込む。
「あ〜楽しかった〜」
「そのまま寝たりするなよ〜。今日は色々あったんだからシャワー浴びてこい」
「なんかお母さんみたいだね〜」
「いいから早く浴びてこい」
「はーい」
ユキがシャワーを浴びに洗面所へ消えていく。
覗いたりなんかしませんとも。
ただ問題はその後だな……。
頑張れ! 俺の理性!
――じゃなくてユキから2人部屋にした理由を聞くんだったな。
一人部屋を拒む理由。
正直考えても答えに辿り着く気がしない。
先ずはユキの話を聞かなくちゃな。
二十分程してユキが洗面所から出てくる。
シャワーを浴び、身体からホカホカと湯気を立たせているユキは、バスローブ姿も相まって、とても魅力的に映る。
「あ〜気持ち良かった〜。リウスも入ってくれば?」
先に話を聞くべきか、それともシャワーを浴びるべきか……。
いや、元々そこまで急いで聞かなければいけない事でもない。
俺がシャワーを浴びている間にユキが寝てしまったなら、また今度聞けば良いだけだ。
「そうだな。俺も浴びてくるよ」
◇◇◇◇◇
彼が洗面所へ行き見えなくなる。
私は彼が先程まで座っていたベットに腰掛ける。
——『リウス』
私が初めて彼と出会ったのはアポカリプスのレベル上げスポットだった。
当時の私は、強さで言えば中の下。
私はMMORPGはこのゲームが初めてで、何をしたら良いか解らず、チャットでちらっと聞いたレベル上げスポットに行ったら、そこにいたモンスターに返り討ちにあってしまった。
そのときダメ元で救援要請を出し、駆け付けてくれたのが『リウス』だった。
助けてくれた後、彼は色々な事を教えてくれた。
戦闘の時の立ち回り。
持っておいた方がいいアイテム。
取得した方がいいスキル。
実力に見合ったレベル上げエリア。
時には私の装備を揃えるために素材集めを手伝ってくれた事もあった。
そうしている内に、私にとって彼は、常に隣にいるのが普通の存在になっていた。
――だからそんな彼がゲームを辞めると言い出した時、私は何度も考え直すよう訴えた。
一人でいる時間が多かった私にとって、孤独を紛らわせてくれる彼の存在はとても大きかった。
だが彼はそのままゲームを辞めてしまった……。
それから私は待ち続けた。いつかきっとこのゲームに戻って来てくれると。また一緒にゲームが出来るとそう思っていた。
だけど、遂に彼は戻って来ないまま、ゲームは終わってしまった……。
だからこそ、この何処かも分からない世界で再会出来た時は……本当に嬉しかった。
今度こそ私は彼の側にいたい。
だから私は家族以外誰も知らない。
私すらも憶えていない過去の話をしようと思う。
私の我儘かもしれない。
彼を嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。
彼を縛り付ける事になるかもしれない。
それでも、私は話したい。
――彼には知っておいて欲しいから。
「いや〜気持ち良かった〜」
どうやら、彼が出てきたみたいだ。
◇◇◇◇◇
シャワーを浴び終わった俺は、ユキと同じくバスローブに身を包んでいた。
側から見たら完全に誤解されますねこれ。
ユキはまだ起きていた。
正直寝たと思ってましたよ。
「まだ起きてたんだな」
「だって理由を話すって言ったでしょ?」
「そうだな……じゃあ聞かせてくれ」
「うん。……これはまだ私が小さい頃の話なんだけどね」
そう言って彼女は話し出す。
その内容は俺の想像を超えていた。
「早速だけど、リウスは『大原』って苗字に聞き覚えはない?」
「大原……? 俺が知ってるのは大原財閥だけだな。大原銀行の」
「うん。良かった、知ってるんだね」
「知ってるも何も、日本人で大原って聞かれたらそれしか思い浮かばないよ。それでその大原がどうしたんだ?」
「うん。実は……その……信じられないかも知れないけど、私その大原財閥の『大原正隆』の一人娘『大原柚月』……なんだよね」
「――はっ⁉︎」
え? 今なんて言った?
ユキが財閥の……一人娘⁉︎
「それって……マジ?」
「うん。大真面目」
話についていけてないが、今は先を聞こう。
「ごめん。続けてくれ」
「うん。それでね、私3歳ぐらいの頃に誘拐された事があって」
「え……誘拐……?」
「うん……身代金目的の誘拐だったって聞いてる」
「聞いてる?」
「誘拐されたのは3歳の頃だから……殆ど記憶はないんだ」
サラリと言うけどかなりの事件だよね? それ。
「そんなこと、話してもいいのか?」
「いいよ。昔のことだしね。それに記憶が無いからあんまり自分の話って感じがしないんだ」
それはつまり、忘れたいような記憶だったという事ではないのだろうか。
「私が保護されたのは誘拐されてから3日後。ずっと倉庫の中に閉じ込められてた上、食事も水も与えられてなくて衰弱死寸前だったみたい」
「……」
「記憶は無いけど……閉じ込められたことはどこかで憶えてるんだろうね。それ以来、暗所と閉所、そして1人でいることが怖くなっちゃって……」
「だから……二人部屋に?」
「……うん」
まさかユキにそんな過去があったとは……。
ユキの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「そうか……。だったら、その、ユキが良ければ……さ、これからは俺と一緒に居てくれないか? 誰か一緒にいれば怖くない……よな?」
「リウス……」
「ユキ、駄目……かな?」
「――っ。ううん……リウス……ありがとう……」
そう言うとユキは静かに涙を流し始めた。
どうしようか迷った挙句、らしくないとは思いつつもユキを抱き寄せ、泣き止むのを待つ。
正直あんなセリフを言った恥ずかしさで転げ回りたいところではあったが、今は後回しだ。
というか告白じゃね? あれ?
やばいマジ恥ずかしい死にたい。
暫くすると、泣き止んだユキが顔を上げた。
「……ありがとう、リウス。私はこれからリウスの側にいて良いかな?」
「もちろん。というか、こっちから全力でお願いしたいぐらいだ」
「ふふっ。これからも宜しくね」
そう言って彼女が浮かべた笑顔は、今まで見た笑顔の中で一番綺麗な顔をしていた。
◇◇◇◇◇
翌日。
恋人でもない女性と宿に2人きりで泊まる。
そんな経験がある男性は恐らくそう多くは無いだろう。
勿論俺もそんな経験は初めてだ。
そんな訳で緊張で夜も眠れないかった。
……なんてことは無かった。
自覚は無かったがやはり疲れていたのだろう。
ベットに入ると隣――といってもベットは違うが――でユキが寝ていることもそこまで気にならず、すんなりと眠ることが出来た。
現時刻は五時三十分。
といっても部屋に時計は無い為、メニュー画面で確認した時刻だが。
元の世界では早く起きる事が多かった為、早く目が覚めてしまった。
「習慣になってるなぁ」
隣のベットではユキが静かに寝息をたてて寝ていた。
そりゃまだ五時半だしな。
まだ寝かせておこう。
音を立てないようにベットから出て洗面所へ向かう。
顔を洗い終わり服を着替える。
持っている服は全てアポカリプスで手に入れたものだ。
男性服も女性服も見つけたものは取り敢えず買い込んでいた為、服の所持数はかなり多い。
というより、俺は昔からアイテムなどは買っても使わないコレクタータイプだった。
RPGなどで手に入れた重要アイテムは、例えラスボス戦であっても使わず、結局使わないままゲームを終えてしまうタイプだ。
その為、服だけではなくアイテムの所持数も相当多い。
装備品も弱い物であっても必ず1つは残していた。
まあ、その所為で常に俺のアイテムボックスはギリギリだったのだが。
女性服は全部ユキにあげてしまおうか。
いやでも何かに使え――。
――いやいや何に使うんだよ!
うん。全部あげよう。必要になれば借りれば良いしな。うん。
着替える服は布で出来た簡素だが動きやすい服に、同じく布のマント。
現代日本であれば笑われてしまうであろう服でも、この世界であれば違和感はない。
というより普通の格好――日本基準で――をすると逆に目立ってしまう。
さて、着替えまで済ませたがそこでやる事がなくなってしまった。
今日は何をしようか。
そんなことを考えているとベットで寝ていたユキが伸びをする。
「ぅー……ん〜? ぁ、おはよ〜」
ユキさんのお目覚めだ。
まだ眠いのか目が開ききっていない。
「おはよ。よく寝れたか?」
「うん、大丈夫〜」
……なんか寝起きのユキはふわふわしてるな。
頭から生えている耳も相まってすごく撫でてみたくなる。
というか気付いたら頭を撫でてました。
「ぅ、うぇ? え? なに⁉︎」
「いや、なんか撫でてみたいなぁと」
「そ、そっか」
「嫌か?」
「い、嫌じゃないよ! ただちょっと驚いただけだから……」
「ん、そか」
暫く撫でて満足した俺が手を離すと、何故かユキが名残惜しそうな顔をしていた。
また撫でたくなってきたが今は止めておこう。
「取り敢えず顔でも洗ってきたら?」
「あ。う、うん。そうするね」
ユキが身支度を整えている間、暇潰しに今保有しているスキルを今一度確認する事にする。
【名前:リウス】
【レベル:379Lv】
【保有スキル:――
――ちょ、ちょっと待て!
レベル379⁉︎
アポカリプスでの最大レベルは200だった。
それが今は379Lv?
なんでこんな事になった?
アポカリプスでレベルを上げる手段は1つだけ。モンスターを倒すことだ。
俺がこの世界に来てから倒したのは、熊と犬の魔獣。そして森で会った黒い影だけだ。
どれもそんなに強いという印象は受けなかった。
それに魔人種はレベルが上がりにくいというデメリットがある。
にも関わらず、昨日一日で179Lvも上がるとか……。
この世界は特別レベルが上がりやすいのか?
そんなことを考えているとユキが着替えを済ませ洗面所から出てくる。
服は俺と同じような布の服にフードの無いローブを羽織っている。
「お待たせ。何してるの?」
「ああ、ちょっとこれ見てくれ――」
――って他人にはメニュー画面見せられないじゃないか。
「これって、リウスのメニュー画面?」
「え? 見えるのか?」
「あ、そういえば前は見えなかったね。リウス、何かしたの?」
「うーん……分からん」
もしかしたらメニュー画面も割と自由に見せたり出来るようになってるのか?
「ユキ。メニュー画面開いてみてくれ」
「うん。分かった……開いたよ?」
やはり見えない。
「じゃあそれを俺に『見せよう』としてくれ」
「う、うん。やってみる」
すると俺の目の前にユキのメニュー画面が表示される。
――やっぱりか。
「どう? 見える?」
「ああ、どうやらメニュー画面は見せようとすれば他人にも見せられるみたいだ」
「じゃあ最初に会った時見えなかったのは、見せようとしてなかったから見えなかったってこと?」
「多分そうだろうな。見せられないって思い込んで、見せようと思ってなかった」
まあ見せられたところで何が出来るのか。
「それよりも何か見せたいものがあったんじゃないの?」
「ああ、そうだった。俺のレベル見てくれないか?」
「うん……えっ? 379⁉︎ どうしてこんな数字に⁉︎」
「……分からない。ユキのも見せてくれないか?」
「わ、分かった」
見せてもらったが、ユキのレベルは201だった。
昨日の戦闘のお陰か上がってはいたが、それでもたった1レベル。
昨日の依頼中に倒した魔獣の数は俺もユキも然程変わらない。だが俺のレベルは179も上がっていた。ゲーム内ではレベルの上がりにくい魔人種であるのにも関わらず、だ。
となると考えられるのは――。
「——あの黒い影を倒した時の経験値が尋常じゃなかったんだろうな」
「でもそんなに強くなかったよね?」
「ああ。もしかしたらゲームで言うところのボーナスモンスターみたいな奴だったのかもな」
ボーナスモンスターとは通常の敵より多くの経験値を落とすモンスターを指す。
ドラ○エでいうメ○スラみたいなものだ。
「にしても、このレベルの上がり方はバランス崩壊にも程があるだろ……」
「そうだね……。もし私が倒してたら250ぐらい上がってたかもね」
「そんなに強くなられると困るから止めて?」
「リウスは私が守ってあげるよ!」
「俺惨めで泣いちゃうよ? 部屋別々にしちゃうよ?」
「わー! それは止めて!」
――こんな普通のやり取りがとても楽しい。
そういえば、こうして人と普通に話をしたのは何年振りだったか――。
「そういえばリウス。お腹空かない?」
「ん? ああ、そういえば朝ご飯まだだったな。下の食堂にでも行くか」
「そうだね。何食べようかなぁ」
部屋を出て一階へ降りる。
心なしか昨日より騒がしいような気がしたが、まあ朝はこんなもんなのかもな。
俺達はギルドに集まる人たちを余所に食堂へと向かった。
こういうお話書くの苦手です。
もう100話ぐらいは書かないです。
というより100話も続くのだろうか。