第62話『本当に、俺でいいのか?』
まだ三月なので駆け込みセーフです(?)
リウスが話を切り出したのは、朝食を終えて部屋に戻ってきた頃だった。
ちょっといいか? とリウスが切り出したことをきっかけに、ユキとミティアは椅子に座り、そこに寄り添うようにしてレイミアが横に立つ。リウスは三人に体を向けてベッドに腰掛けた。
何処か緊張感が漂う中、リウスは無意識にユキへ視線を送る。その視線に気付いたユキはそれだけで全てを察したらしく、リウスへ微笑み返した。その表情に何処か違和感を覚えるのは、ただの気の所為か、それとも。
今だけでなく、少し前から感じていた“ぎこちなさ”。しかし、それを今言葉にすることはせず、リウスは微笑むユキに頷き返すと、一つ咳払いをしてから口を開いた。
「えー、そうだな……前置きはいらないか。話っていうのは、ミティアについてだ」
その言葉に一番驚いていたのはミティアだった。ユキとレイミアは雰囲気からある程度察していたようで、然して意外そうにはしていなかったが、ミティアはその辺り、察するという行為があまり得意ではない。
ミティアの目を真っ直ぐに見つめ、リウスは話を続ける。
「まず、返事が遅れて悪かった。こんな経験初めてだったから、少し戸惑っちゃってな」
元いた世界で告白された経験が全くないと言えば嘘になる。しかし、それらはどれも恋愛には発展しなかった。況してや二人の女性から同時に好意を寄せられる状況など物語の中でしか見たことがない。尤も、現在リウスの身には現在進行形で“異世界に転移して生活している”という正に物語以外では起こり得ないような状況が発生している訳だが、そんなことは無意識のうちにリウスの思考から弾き出されていた。
謝罪の言葉を受けたミティアは静かに首を振った。
「……必ず答えは出すって、言ってくれた、から」
いつかリウスが伝えた言葉を、ゆっくりと、宝物のように口にする。
ミティアとしては、答えを出してくれなくとも構わなかった。気持ちを言葉にするつもりもなかった。ミティアの願いは、ただ側にいること。そしてその願いは、リウスが答えを迷ってくれているという時点で殆ど達成されていた。無関心な相手に関することで悩めるほどリウスが優しくないことは、ミティアを含め既に皆が知っている。
詰まる所、ミティアは返事の遅さなど全く気にしていなかった。
「……そうだったな。でも、待っていてくれてありがとう」
一度言葉を区切ったリウスは、改めてミティアに向き直る。そして、自らが出した答えを告げた。
「俺は――ミティアを受け入れるよ」
それが、リウスの答えだった。
その言葉を聞いたミティアは何処か安心したような笑顔を浮かべる。
「……マスター」
「――でも、少し俺の話を聞いてくれるか?」
「……?」
ミティアの言葉を遮り、真剣な表情でリウスは口を開く。
「ミティアに告白されて、気が付いたことがあるんだ。――俺はどうも、二人の女性を同時に愛せるらしい」
リウスは昨日の夜セニアと話したことを交えながら三人に話していく。自分でさえも知り得なかった、自身の特殊な価値観についてを。
「俺がミティアを受け入れるのは、ミティアがそれを望んで、ユキがそれを許容したからだ。正直、ユキに『ミティアちゃんの気持ちに答えてあげて欲しい』って言われなかったら、俺はミティアの告白を断るつもりだった」
その言葉に、ミティアの表情が少し固くなる。
そんな些細な変化をリウスは見逃さず、言葉を続ける。
「勿論それは、俺がミティアのことを嫌っているとかそういう意味じゃなくて、俺が元々いた世界ではそれが普通で正しいことだったんだ。
ここはもう俺にとっては別の世界だから、いつまでもその価値観に固執するつもりはない。けど、価値観はそう簡単に変えられるものでもなくてな」
何をどう伝えれば、自分の考えを正しく理解してもらえるのか。言葉を紡ぎながら、頭の中では様々な言葉や感情が浮かんでは消えていく。
結果としてリウスが選んだのは、一番シンプルな伝え方だった。
傷つけてしまうかも知れない。けれど嘘をつきたくはなかった。
伝えていないこと。明かしていないこと。知らせる必要のないこと。そんなことが山ほどあるからこそ、嘘は、つきたくなかった。
「つまり、俺はユキとミティア、二人を同時に愛することが出来る。けど、それは、平等に愛せるって意味じゃないんだ」
平等なんて、戯言は言えない。
一番なんて、嘘はつけない。
大切なものを天秤に掛けられないほど、出来た人間じゃないから。
大切なものに優先順位が付けられないほど、優しい人間じゃないから。
でも、それでも。こんな出来損ないだからこそ。
大切な人達には、誠実でありたかった。
「ミティアのことは好きだよ。人としても女性としても、凄く魅力的だと思う。……でも、俺にとってはやっぱり、ユキが一番なんだ。
極端な話をすれば、ユキかミティアのどちらかしか助けられない場合、勿論二人共助ける道を探した上でそれでも片方しか助けられないなら、俺はユキを選ぶ」
選ぶと思う、ではなく、選ぶ、とリウスは断言する。
そんなリウスの言葉を、ミティアは黙って聞いていた。
「ミティアは魔物とのハーフだけど、それを気にしない人は俺達以外にもきっといる。俺やユキみたいな異世界人なら先ず気にしないだろう。
気にしない人なら、ミティアのことを一番に愛してくれる。全ての愛を注いでくれる。そして、それが出来るのは、俺じゃない。
それを踏まえた上で、もう一度聞かせてくれ。
――本当に、俺でいいのか?」
それは、決して拒絶ではない。
大切に思っているが故に、気持ちを再確認しておきたかった。
そうしなければ不安だったから。ほんの少しでも、強要はしたくなかったから。
ここまで静かに話を聞いていたミティアはリウスを見つめ続けていた瞳を一度閉じると、自分の気持ちを確かめるかのように頷き、今一度リウスに目を向ける。
そして、一言、自分の気持ちを言葉にした。
「……わたしが、一番好きなのは、マスターだから、マスターじゃなきゃ、いやだ」
その答えに、リウスは少しだけ驚く。
奴隷としての生活が長かった故か、ミティアが自分の意思をはっきりと言葉にすることは滅多にない。
だからこそ、ここまではっきりとした意思表示はリウスにとっても、話を聞いていたユキやレイミアにとっても、少し意外なものだった。
それだけに、ミティアの気持ちの強さも伝わるというもの。
――本当、俺には勿体無いな。
元より半端な気持ちではなかったが、リウスは改めてミティアに向き直ると、再び、ミティアを受け入れた。
◇◇◇◇◇
夜。ミティアとレイミアを一足先にシャワールームへ向かわせたユキは、部屋で二人、リウスと言葉を交わしていた。
「リウス、改めて、今日はありがとう」
「ん? ああ、ミティアのことか」
体を拭くタオルや着替えなどを準備しながらリウスが答える。
「気にするな……って言うのもおかしな話だけど、ちゃんと答えは出すって、約束してたしな。――それよりも、」
タオルと着替えを一旦ベッドの上に置くと、リウスはユキに向き直る。
「ユキは、これで良かったのか?」
「え……?」
「上手く言えないんだけどさ、何というか……迷っているように見えたから」
「……っ」
どうして分かるの。とは、言わなかった。
まだまだ短い付き合いでしかないけれど、いつだってリウスとユキはこんな関係だった。
察してほしいことを察してくれる。それでいて、踏み込んでほしくない場所には立ち入らない。そんな“都合のいい”関係が、二人の在り方なのだから。
「……うん。もう、大丈夫。リウスにとっての一番が私だって分かっただけで、十分過ぎるぐらいだよ」
自分だけを愛してほしい。
みんな幸せになってほしい。
ずっと側にいてほしい。
ずっと側にいてあげてほしい。
いくつもの矛盾する願いが全て叶った訳ではないけれど、ただ一つ、私だけの、私だけが、私しか座れない席が、そこにあるというだけで、十分過ぎる。
「リウス」
「……?」
「――愛してる」
「――俺も、愛してるよ」
互いに微笑み合うと、二人だけの部屋で、静かに口づけを交わした。
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