第61話『私が我慢すれば、みんな幸せなんだから』
Dead by Daylight
買っちゃった
〈平和で退屈な世界〉を出た後。
リウスは壁を背もたれにしてベッドの上に座る。そして、レイミアがリウスに跨り、向かい合う。
「ご主人様……よろしいでしょうか……」
「ああ……大丈夫だ」
リウスの背に手が回される。
そして、体を密着させた状態で、レイミアがリウスの首筋に歯を立てる。
やはり、痛みは感じない。
ヒルのように麻酔を流したりしているのだろうか。尤も、魔法がある世界なのだから方法などいくらでも有りそうなものだが。
正直、吸血をするだけなのにこの体勢である必要があるのか、という疑問は兼ねてからリウスの脳内にあったのだが、吸血行為そのものが何となく行われているように、この体勢も何となく続いてきたものだった。
側から見れば誤解されることは間違いない。どんな風に誤解されるのかは、リウスは勿論、レイミアも口にしないが。
そう。“二人”は、口にしない。
「……レイ、なんか、えっち……」
「うん、えっちだね……」
吸血をしている間、ユキとミティアは別の場所にいる……訳もなく、ベッドの上で行われる行為を、椅子に座って眺めているのだった。
「ユキ様、止めてください……。ティアも。恥ずかしくなってくるから……」
一連の会話から三人が――ユキは知っているにしても――この体勢に対して『えっち』だと感じることが出来る知識を持っていると気付いてしまったリウスだが、標的が自分に移るのを防ぐ為に敢えて何も言わないことにした。
「リウスも、そう思うよね?」
尤も、そんな試みは、些細な抵抗は、ユキの一言によって粉々に打ち砕かれた訳だが。
「……何のことだ?」
「分かってるくせに。だって私、何度もそのたいせ、いで……」
途中まで言って、自分が何を口走ったのか理解したらしい。
「ユキ、自爆だぞ、それ」
「……つづき、は?」
「え――っと……」
だが、そんなことは全く意に介さないミティア。
自らの発言による自爆と、味方だった筈のミティアからの攻撃により、ユキはその場で撃沈することとなった。
「……ごめん、何でもないからぁ……」
「ミティア、ゴー」
「……ん」
リウスの指示により、ミティアがユキへの追撃を開始する。完全なオーバーキルだ。
数分後リウスは、涙目になったユキを、吸血中のレイミアと同じ体勢で慰めることになるのだが、それはまた別の話。
◇◇◇◇◇
夜。シャワーも浴び終わり、後は寝るだけとなった午後八時。本来ならば、これまでと同じように、ベッドに入り朝を迎えるだけなのだが、今日は少し違っていた。
「あれ? リウス、何処か行くの?」
「ちょっと外の空気を吸いに行くだけだよ。すぐ戻る」
「そっか。いってらっしゃい」
ユキの声、レイミアとミティアの視線に見送られ、リウスは部屋を出る。
部屋を出た理由は外の空気を吸う為――ではなかった。
漠然とした不安感。虫の知らせなんて大層なものではない、思い付きのような予感。
これまでに色々あり過ぎた所為かも知れない。事あるごとに、様々なトラブルに巻き込まれてきた。それは何も、この世界へ来てからに限ったことではないが、ここ数ヶ月、この身体、この世界で起こった出来事は、あまりに濃密過ぎた。
街に訪れればそこで事件が起こったし、人と出会えばその人物に関連するトラブルに巻き込まれた。
そんなことが続けば、この船でも何かが起こるのではないかと、そう疑ってしまうのも仕方がないというものだろう。
リウスのその予感は――当たっていた。
しかし、その出来事は、リウスが予想していた類のものではなく、だがしかし、今リウスが向き合っていることに無関係ではなかった。
◇◇◇◇◇
リウスが部屋を出て行った後、ユキはぼーっと閉じられた扉を見つめる。
ふと、昼間見たレイミアの吸血後の出来事を思い出す。
あまり考えたことはなかったが、思い返してみれば、あんな風にリウスと密着したのは久し振りに思える。
レイミアとミティア。二人と行動を共にするようになってから、リウスとユキの、所謂二人きりの時間というのは確実に減っていた。それに対して思うところが無いと言えば嘘になるが、そもそもこの状況を作り出したのはユキ自身なのだ。昔の自分に今から文句を言う訳にもいかない。
扉から目を外すと、少し眠そうにしているミティアがユキの視界に入った。
そういえば、ミティアちゃんへの返事、リウスはどうするつもりなんだろう。
そんなことを、考える。
ミティアがリウスに想いを伝えてから、それなりの時間が経っている。
ユキの知る限りではあるが、ここまで答えを出すのに時間が掛かっているのは、リウスにしては珍しかった。
こんなことをユキが考えるのは普通であればおかしいのかも知れない。だが、ユキは確かに、ミティアとリウスには結ばれて欲しいと思っている。
尤も、ユキ自身の感情は、一旦棚上げされているのだが。
――ああ、ダメだよ。
こんなことを考えていたら、また、揺らいでしまう。
『本当にこれで、いいの?』
幾度となく繰り返された自問。ユキは、これまでと同じ答えを自答する。
――いいの。もう決めたから。
これはもう、決めたこと。決められたこと。決めてしまったこと。決まってしまったこと。
覆す訳には、いかない。
『特別じゃなくて、いいの?』
一体誰が、問い掛けているのだろう。こんな終わりきった質問など、どんな意図で、どんな意味が。
――いいの。だって、みんな好きだから。
みんな、ミティアも、レイミアも、当然リウスも、みんな好きだから。
同じ人を、同じように、好きなのだから。強さだけは、負ける気は無いけれど。
『この感情をずっと、心に留めておけるの?』
ずっと。ずっと。ずっとって、どれぐらいのことを言っているのだろう。
死ぬまで? それとも死んでからも? ……どちらにしたって、大した差はない。
――大丈夫。だって……。
慣れているから。少しだけ、辛いだけだから。
それだけ。ただ、それだけの話。
――私が我慢すれば、みんな幸せなんだから。
この程度の、ことなんだから。
◇◇◇◇◇
部屋から出たリウスは、一先ず船の甲板に出ることにした。魔力による明かりは付いているが、それでもかなり薄暗い。昼間は綺麗な藍色をしていた海面だが、殆ど明かりのない状況で見ると、中々に恐怖心を煽られる。
吹き付ける海風が痛い。この体のおかげか我慢出来なくはないが、それでも寒いものは寒い。
一周見て回ったら部屋に戻ろう。
そう考えて歩き出したリウスに、突然後ろから声が掛けられる。
「こんばんは、リウスくん」
「え……ああ、セニアさん。こんばんは」
食堂がある方向から歩いてきたセニアは、少し顔が赤くなっているように見える。尤も、この暗さなので、リウスの《視覚保護》があって初めて分かる程度のものだが。
「セニアさんは、どうしてここに?」
「食堂が夜になるとお酒を出すのは知ってるでしょ? そこで少し飲んでたのよ。そう言うリウスくんは、どうしたの?」
「俺はまぁ……何となく出てきただけで、これと言った理由はありませんよ」
「それじゃあ、ユキちゃん達は今部屋に?」
「そうですね」
「ふぅん」と答えて、セニアは船縁に手を掛けて海を眺める。元々移動しようかと思っていたリウスだが、今この場を離れるのもどうかと思い、セニアに並んで海を見つめる。
「……ユキちゃん達がいないなら、丁度良いわね」
唐突に、そう言った。
「どういう事ですか?」
「少しね、話したいことがあったのよ」
「話したいこと?」
「ええ。あいつは――ニーグは、他人だから、なんて言って何もしないつもりらしいけれど、私はお節介だから」
セニアは、そこで一旦言葉を区切る。
「……あえて聞くわね。ミティアちゃんの気持ちに応えてあげないのは、どうして?」
「――そのことですか」
それは、今まさにリウスが悩んでいることであり、未だ答えが出ていないことだった。
話すべきか否か、僅かに逡巡するが、考えも行き詰まっていたところだ。人に相談するというのも、たまには良いかも知れない。
「……正直、自分でも良く分かってないんです。いえ、分かってはいるんですが、どう受け止めるべきかな、と」
「そう……。ところで、ユキちゃんとは上手くいってる?」
急な話題転換に驚くが、リウスはそれに答える。
「ええ、まあ」
「……この間のね、宿の大浴場でたまたま一緒になって、そこで二人の話をいくつか聞かせてもらったの」
「何を聞いたのかは知らないですけど……なら、わざわざ質問する必要はなかったんじゃないですか?」
「まあ、そうなのだけど、リウスくんがミティアちゃんに対して答えを出せてないのは、そこにあるのかも、と思ってね」
「そこ、とは?」
「つまり、ユキちゃんが好きだから、ミティアちゃんを愛せない、とかね。そんなことを考えてみたの」
少しの沈黙。セニアには、リウスがどう答えるべきか迷っているように見えた。
「……それは、違います。むしろ、その逆ですね」
「逆?」
「……俺は、ユキを愛しています。この世界の誰よりも。きっとこれは、この先も変わりません」
そう。これは変わらない事実。きっとなどという言葉を使ったが、リウスにはこの気持ちが薄れることなど微塵も考えておらず、また、それは確かな事実であった。
だが、リウスの懸念はその先にあった。
「でも、俺はそれでも……それでも、ミティアのことを愛せてしまうんです。二人の女性を、同時に。最近そのことに気が付いて、自分自身戸惑っているというか何というか、そんな感じです」
「なるほどね……」
リウスのその言葉は、セニアにとっての予期していなかったものだった。だが、悩む方向がこの向きならば。
「確かにそれは、聞き方によっては、自分には浮気癖があります。って言ってるようなものね」
「やっぱり、そう聞こえますか?」
「そうね。……でも、きっとそんなに簡単なことでもないんでしょ?」
「……そうですね」
だが、悩む方向がこの向きであるならば、セニアの言うことは自ずと決まった。結局、リウスに声を掛けた時からセニアの意思は変わっていない。要は、悩む必要はないと告げてあげれば良いだけの話なのだから。
「例えばだけれど……リウスくんがミティアちゃんの気持ちに答えたとして、そうしたらユキちゃんはもう必要なくなってしまうのかしら?」
「――っ」
リウスがセニアを見つめる――否、もはやその目は睨みつけていると言っても良い程だった。
「……例えばの話よ。でも、そうやって本気になれるってことは、それだけユキちゃんのことを愛してるってことでしょ?」
「はい……そうだと思います」
「ユキちゃんはきっと、それが分かってるのよ」
「分かってる?」
意味が分からないと、リウスが聞き返す。
「女性が――いえ、きっと男性もだけれど、パートナーが浮気をした時になぜ怒るか、分かる?」
「……自分以外の人に、パートナーを取られたくないから、ですか?」
「まあ、おおよそ正解ね。要するに、自分に興味を持ってもらえなくなることが怖いからなのよ。勿論、全員に当てはまるとは限らないけれどね」
『愛の反対は憎しみではない。無関心だ。』とはよく言ったものである。セニアはこの言葉を知らなかったがそれでも、セニア自身、愛する人から関心が向けられない辛さは知っているつもりだった。
「でもユキちゃんは、例え貴方がミティアちゃんを受け入れたとしても、私が用済みになることはない。自分が捨てられることはないって、リウスくんを信頼してるから、ミティアちゃんに告白を進めたんじゃない?」
「…………」
いつだったか、ユキはリウスに、自分には独占欲がない、そう言ったことがあった。だが、それが嘘であることは、リウスも、ユキ自身も知っている。きちんとユキはリウスを求め、リウスはそれを受け止めた。本来ならば他者が介入する余地などない。だが、ユキはミティアという存在を受け入れた。それは、ユキがミティアに対して好意を抱いていることは勿論、リウスへの絶対的な信頼があっての行動だった。
ユキとミティアはそのことを理解し、全て受け入れた。残されるのはリウスの意思のみ。
そこまで理解したところで、リウスの中で自ずと答えは出た。
ユキもミティアも、お互いに信頼した上での行動。それは最初から分かっていた筈だった。リウスはいつのまにか、それを見落としていた。
後は自分の気持ちだけ、などという状況であれば、彼は容易く自分の意思を他者に合わせてしまえる。それが自分の望む方向であるなら、尚更だ。
リウスは、自身の存在理由すら、相手に預けてしまえるのだから。
「……ありがとうございます。セニアさん」
「いいえ。少しは役に立ったかしら?」
「ええ。それはもう」
「そう。だったら、早く行ってあげなさい。待たされるって意外と辛いのよ」
「はい。ありがとうございました」
もう一度お礼を言って、リウスはユキ達のいる十一号室へ向かっていった。
一人残されたセニアは大きな伸びをした後、眼下の海面に目を向ける。そんなセニアに、後ろから声が掛けられた。
「恋愛指南でも始めたのか?」
振り返るとそこには、食堂に続く階段を上がってくるニーグの姿があった。
「盗み聞き?」
「お前が外に行ったきり戻ってこないから様子を見に来ただけだ」
「でも、聞いてたんでしょ?」
「……まあ、途中からだけど、な」」
ニーグがセニアの隣に並ぶ。
「お前に恋愛経験なんてあったか?」
「それはお互い様でしょ。……まあ、大体私個人の意見よ。最後のは実体験だけど」
「最後の?」
「待たされるのは辛いってところよ」
そう言われたニーグは一瞬言葉を詰まらせるものの、極力それを悟らせないよう努めて話題を変える。結果的にそれは、意味を成さなかった訳だが。
「……何であんな話を?」
「別に。ただ、早くくっつけばいいのにって思ったから、少しね。何処かの誰かさんみたいに何年も待たせるなんて事はなくても、早いに越したことはないでしょ?」
「まだ言うか……」
過去の話を蒸し返され、ニーグが嫌そうな表情を浮かべる。対してセニアはその顔を見て、嬉しそうな表情を浮かべた。
「死ぬまでずっと言ってあげるわよ」
「はぁ、勘弁してくれ……」
セニアが笑う。その声は潮風の音にかき消され、ニーグ以外に聞こえることはなかった。
◇◇◇◇◇
リウスが部屋に戻ると、既にユキ達はベッドで寝ていた。日本にいた頃と比べればかなり早い就寝だが、この世界では日が落ちてからすることなど、王都などの街中でなければ殆どない。
「……あ、おかえり、リウス」
「おかえりなさいませ」
「ただいま。起こしちゃったか」
「ううん。起きてたから大丈夫。ミティアちゃんは寝ちゃったけどね」
「俺が出る前から眠そうだったからな」
リウスはアイテムボックスから寝間着として使っている服を取り出し、それに着替える。
「今日のリウスの場所はここだよ」
そう言ってユキは、自分とレイミアが横になっていた場所の間を、手でポンポンと軽く叩く。
かなり弱められていた魔力灯を完全に消すと、リウスはゆっくり、出来るだけ揺らさないように、ミティアを起こさないようにベッドに乗り、横になる。
「外は、何もなかった?」
「え?」
「何か起きてないか、確認しに行ったんじゃないの?」
「……気付いてたのか」
「今まで色々あったし、私も、もしかしたらって思ってたから」
「そうか……でも、今回は大丈夫そうだ。何もなかったよ」
セニアとのことは明日ミティアが起きている時に話そうと、リウスはあえて、ここでは口にしなかった。
「なら、良かった」
ユキはそう言うと、リウスの右腕を抱きかかえる。
「どうかしたのか?」
「ちょっと、今日はこうしていたいなって、そう思っただけ」
「そうか」
リウスも抱きかかえられた右腕でユキの手を握る。
「それじゃあ、おやすみ。レイミアも、おやすみ」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
こうして、夜は更け、やがて明けていく。
前から書こうと思っていた部分にようやく辿り着きました。
まぁ、まだ第4章でやりたいこと殆ど出来てないんですけど。
あと、今回から露骨にtwitterの宣伝をしようと思います。
@shiozatou
ですので、宜しければフォローお願い致します。
でもきっと次回更新辺りには忘れてます。




