第56話『レイミアちゃんがそう言うなら、そうなんでしょうね』
第3章を書いていた頃は
「第4章は短くなりそうだなぁ」
なんて思っていたんですが、いざ書き始めるとこれはこれで長くなりそうです。
因みに第5章は現時点では一番長くなる予定です。
「それじゃあ、また後でね」
「上がったら部屋に戻っててくれ。俺もそうする」
「うん。分かった」
宿泊客用の大浴場の前まで来たリウス達は、男湯と女湯で分かれて大浴場に入る。いつぞやの宿のように混浴は存在しなかった。尤も、一緒に入りたいのであれば、部屋に付いている風呂を使えば良いだけなのだが。
ユキ達と別れたリウスは、脱衣所で服を脱ぐ。脱衣所にはリウス以外に人はいなかった。
フィレストで一晩休憩を挟んだとはいえ、ここ数日は移動続きだった。肉体的な疲労は感じていなかったが、精神的な疲労はリウスとて感じていた。後は船での移動になるわけだが、この船での移動が一番長い為、辛いのはここからだ。
リウスもユキも乗り物酔いはしない方だが、レイミアとミティアは分からない。2人とも船に乗るのは今回が初めてなのだ。出来れば2人にも乗り物酔いの耐性があれば良いと思う。というのも、リウスは友人に乗り物酔いが酷い人がいたのだ。何度も乗り物酔いで辛そうにしていたのをリウスは知っている。酔いが酷い場合は、酔い止めの薬を友人は使っていたが、今は酔い止めの薬は持っていない。まあ、酔い止めは無くとも大抵の不調に効くポーションはあるのだが。
この世界の船をリウスは未だ見たことがないが、出来れば近代的な作りであって欲しいと願う。
この世界は変なところで近代的なところがある。
街並みは中世のような雰囲気でありながら、ガスコンロや冷蔵庫、炊飯器に似た物が存在したり、時間がやたらと正確であったり、ギルドカードを使ったギルドでの手続きやギルドカードそのものの作りがやけに機械的であったり、といった具合にだ。それ以外にも、宿の作りや人々の生活など挙げ始めればキリがない。
これが異世界人の影響なのかは分からないが、もしそうであるのなら、船の作りが近代的なものになっていてもおかしくはない。その内この世界もビルが立ち並び、道は舗装され車が走り、空には飛行機が飛ぶようになるかもしれない。
尤も、この世界では科学と工業が向こうの世界のように発展することはないのだが、そんな事リウスが知る由もない。
閑話休題
これからの移動についての不安を一旦棚上げし、リウスは脱衣所から大浴場に足を踏み入れる。
今の時間だからそうなのか、はたまた元からこういう作りなのか分からなかったが、大浴場は全体的に明かりが少なく薄暗かった。いや、薄暗いというよりも、壁が黒色で明かりが暖色光である為に余計薄暗く感じるのだろう。
どちらかというと、リウスはこのような少し薄暗いぐらいが好きだった。日本の銭湯のような明るい白色光はリラックス出来ないような気がしてあまり好きではなかったのだ。
大浴場の入り口の引き戸を閉め、湯船に浸かる前に体を洗う為、洗い場に足を運ぶ。だが、そこには先客がいた。
「ニーグ?」
「ん? ああ、リウスか」
◇◇◇◇◇
薄暗い大浴場。そこには現在リウスとニーグの2人しかいない。
洗い場で体を洗い終わったリウスは、大浴場の大きな湯船に浸かる。ニーグは先に湯船に浸かっていた。
近過ぎず、それでいて会話には支障のない距離で2人は座っていた。先に口を開いたのはニーグだった。
「まさか、この街で会うことになるとはな」
「そうだな。正直、もう会うことはないと思ってた」
「俺もそう思っていた」
たまたま偶然小さな町で出会った冒険者だ。ただでさえ危険が多いこの世界で、自ら危険に飛び込むような職業だ。次に会う時にはどちらかが墓の下、なんて事は良くある。同じ大陸にいたとは言え、示し合わせもせずに再会できるというのは奇跡のようなものだ。
「フィレストを出た後は何をしていたんだ?」
「その質問、さっきレストランで答えただろ」
「何があったかは聞いた。なんでも首都を救ったらしいな。俺達がいた街でも噂になっていた」
ざっくりではあるが、リウスはニーグ達と別れた後何をしていたか、近況報告も含めて既にレストランで説明していた。だが、ニーグが言いたかったのはそういう事ではないらしい。
「あの2人について、はぐらかして何も説明しなかっただろう」
あの2人とは、当然レイミアとミティアの事だ。
「聞きたいのか?」
「言いたくないのなら無理にとは言わない。ただ、気にはなるな」
「……レイミアはフェイルムで依頼を受けた時知り合ったんだ。ミティアもそんな感じだ」
「ほう。ご主人様やマスターというのは?」
揶揄うような笑みを浮かべ、ニーグが問う。
「あれは俺が呼ばせているわけじゃない」
「なんだ、そうだったのか」
残念そうな表情は本心か、それとも冗談なのか。
「それにしても、随分仲が良いんだな」
「そう見えるか?」
「ああ。特に、ミティアちゃん、だったか? あの子は――」
そこまで言いかけてニーグは口を噤む。何故ニーグが言い淀んだのか、リウスには心当たりがあった。
「別に怒らないから、言って良いぞ」
「……そうか。あの子、奴隷なんだろう?」
「ああ、元だけどな」
「元?」
「従属の紋の呪いは解いてあるんだ」
「ほう、そんなことが出来るのか」
通常、従属の紋の呪いは解くことが出来ない。いや、正確には解くことは出来る。だがしないのだ。
魔法などの影響で呪いを受けた際、それを解いてくれるのは聖教会だ。
聖教会とは、この世界で国家に並ぶ組織の1つである。役割としては病院が近いだろうか。冒険者ギルドと同様に独立した組織であり、光属性の魔法を扱える者は冒険者ギルドよりも聖教会に所属することが多い。冒険者ギルド、国家、聖教会は互いに協力関係にあり、この3つの組織があるからこそ人々は生きていける。
そんな聖教会だが、1つだけ解いてもらう事が出来ない呪いがある。それが従属の紋による呪いだ。
解けないのではなく、解かない。
いくら大金を積んだところで、聖教会で従属の紋の呪いを解いてもらう事は出来ない。
理由としては様々なものがあるが、大きな理由としては、奴隷はその立場が不明瞭だという点だ。
普通に生活していて奴隷に落ちるということはまずありえない。奴隷として扱われるのには相応の理由があるものだ。
それは犯罪であったり、借金であったり様々だが、救いを求めてきた奴隷が犯罪奴隷などであった場合、呪いを解いてしまってはみすみす犯罪者を世に解き放つ事になってしまう。
その上、奴隷というのは基本的に誰かの所有物だ。聖教会が独断で呪いを解除してしまうと、奴隷の所有者とのトラブルの原因になる。
なので、一般的に従属の紋は解くことが出来ない呪いとして認知されている。だが、例外も勿論存在する。例外とは、誘拐などといった、奴隷本人に非が無いのにも拘わらず奴隷となってしまった者達に対してのものだ。
奴隷の立場に落ちた正当な理由が無いことを証明できれば、無償で呪いを解いてもらう事が出来る。
「……あー、ミティアちゃんって、歳はいくつだったか」
言葉を選んで話しているのがリウスにも伝わってきた。“怒らないから言ってみろ”という言葉は、この世界でもあまり信用されない言葉らしい。なので、リウスは自らニーグが避けているであろう言葉を口にした。
「やっぱり、珍しいか?」
「え?」
「所謂、“性奴隷”が主人に懐くのは、珍しいか?」
リウスが自らそのような言葉を使うとは思わなかったのか、ニーグは少し驚いた顔でリウスを見つめた。そして、一瞬の沈黙の後に口を開く。
「……そうだな。正直、かなり驚いた。俺は奴隷を買ったことはないが、色々な場所を旅しているとな、目にする機会があるんだ」
過去の事を思い出しているのか、何処か遠い目をしながらニーグは続ける。
「皆一様に、目が死んでいた。生きる気力というものが一切感じられなかった」
奴隷と一口に言っても、その用途は様々だ。
中でも性奴隷は、使用用途上、若い女性である事が殆どだ。
彼女達は、彼女達が一生働いても稼げない程の大金で売買される。そして、見も知らぬ男達の性欲処理に使われる。従属の紋により自害は出来ず、不要と判断され捨てられるその日まで、恥辱に耐え続けなければならない。生きる気力など、消え失せてしまうだろう。
「だからこそ、驚いた。従属の紋を刻まれながらも、ああも幸せそうにしている人がいる事に」
「そう見えたか?」
「あれで幸せでなければ、俺は地獄の底にいるような不幸に見舞われている事になる」
その大袈裟な言い方にリウスが笑い出す。それに釣られたのか、ニーグも笑い出した。
「悪いな。思いの外暗い話になってしまった」
「いや、気にしてない」
「そうか。じゃあ、気にしていないついでにもう1つ良いか?」
「ん?」
「あの2人とは、どこまで行っているんだ?」
「……この話の流れで聞くか」
「気にしていないと言ったのはお前だろう、リウス。1ヶ月会わないうちに2人も増えているんだ。そりゃ気にもなる」
別に、リウスにはその質問に答える必要などこれっぽっちも無かったのだが、少し重い話をした後だったからだろうか。まあ、話してみても良いか、という気になっていた。
「レイミアとは、別に何もない。慕ってくれてはいる……と、俺は思ってる」
「とは、という事は、ミティアちゃんは違うのか」
「違うというか……何かした訳じゃない。ただ、好きだとは言われた」
「ほう、良かったじゃないか。それで、なんて答えたんだ?」
「……まだ、返事は返してないんだ」
リウスのその答えが意外だったのか、ニーグは目を見開く。
「断るつもりなのか?」
「いや、答えたいとは思ってるんだ。ただ、まあ何て言うか、俺の価値観の問題なんだよ」
リウスが答えを出すのを躊躇っている理由には、ユキの存在が少なからず影響していた。だが、それだけではなく、寧ろ、結論を出しかねている理由の大半は、己の価値観についての事だった。
異世界という特殊な環境下で、改めて自分自身を見つめ直した時に気付いた、自身の無意識に眠っていた価値観。それをどのように受け止めるべきか、リウスは迷っていた。
「ふーん。まあ、俺は所詮他人だからな。どうこう言うつもりはないが、結論は出してやれよ」
「ああ、分かってる」
「そうか――さて、そろそろ出るかな」
気が付けばそれなりの時間が経過していた。
「リウスはまだ残るか?」
「……いや、俺も出るよ」
リウスが結論を出すのは、まだ少し先だ。
◇◇◇◇◇
リウスが男湯でニーグと会話をしていた頃、女湯では――。
「へぇ、じゃあミティアちゃんはリウスくんのお陰で、今こうして普通に生活出来てるのね」
女湯には、ユキ達よりも先にセニアが来ていた。男湯同様、他に利用者はいなかった。
今は4人でお湯に浸かり、ガールズトークに花を咲かせているところだ。
話していたのは男湯でリウス達が話していた事と同じく、レイミアとミティアについて。今の話題はミティアの呪いについてだった。
「……マスターのお陰。あと、ユキさんと、レイも、助けてくれる」
「本当に、仲が良いのね。羨ましいわ」
一瞬、セニアの顔に影が掛かる。
セニアには、ユキ達の姿がとても輝かしく思えた。彼女には、親しい友人も、昔からの知り合いも、たった一人しかいないから。
顔に掛かった影はすぐに消え、明るい口調でセニアはミティアに質問する。
「ミティアちゃんはリウスくんの事、どう思ってるの?」
「……好き」
「それは男性として?」
「ん……」
しっかりと頷くミティア。
「へぇ。レイミアちゃんは?」
「えっ? わ、私ですか?」
まさか自分に質問が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。驚いた声でレイミアが聞き返す。
「ええ、どうなの?」
「私は……そうですね。主人として信頼はしています」
「男性としては?」
「男性としては……勿論、素敵な方だとは思いますが――」
「好きではない?」
「……はい」
一瞬の沈黙の後にそう答える。その一瞬の間にどのような思考が頭を過ぎったのかは、レイミアにしか分からない。
「へぇ……まあ、レイミアちゃんがそう言うなら、そうなんでしょうね」
「ヒルリースさん、それは一体どういう意味でしょうか」
「さあ、どういう意味なのかしらね」
そう答え、楽しそうに笑うセニア。
「まあ、それは置いておいて。ミティアちゃんはリウスくんの事が好きらしいけど、ユキちゃん的にはどうなの?」
「え? 私?」
「そう。ヤキモチとか、焼いたりしない?」
セニアのその質問に、ユキは少し考えた後に答える。
「ヤキモチとかはあまり無いかな。もちろん、全く無いって訳じゃないけどね。でも、そういう時はちゃんとリウスに相手してもらうから」
「あら、意外と積極的なのね。ユキちゃんって」
ユキとセニアはお酒を飲んでいた事もあり、話は徐々に大人な方向へと向かっていく。女性4人のガールズトークはそれから暫く続いた。
また、ここの会話で得た情報で、リウスがセニアに揶揄われる事になるのは、また別の話である。
第5章の話をする前にさっさと第4章を書けって話ですよね。




