第45話『殺人罪というのは死体が発見されなければ立証出来ない』
第3章。もう少し続きます。
長い階段を下ると、高さ二メートル、横幅一メートル程の鉄の扉が現れた。その向こうにはミティアと肥えた男の反応がある。ミティアはベッドのような物に寝かされているらしい。
試しにドアノブを捻ってみるが、鍵が掛かっているのか開ける事は出来ない。
どうやって開けようかと考えていると、スキルで動きを捉えているミティアが突然手足を激しく動かし始めた。肥えた男が手に持つハサミでミティアの服を切っているのが視える。
どうやら迷ってる時間は無いらしい。
扉を開けるにしても、扉の位置とミティアが寝かされているベッドは直線上にある。扉を蹴飛ばしでもすればミティアに当たってしまう可能性がある。
そこで、壊れるか壊れないかギリギリの力で扉を殴りつける事にする。
耳を劈く衝撃音が響き渡る。場所が地下の所為で余計に音が反響する。
しかし、鉄の扉は存外頑丈だった。大きな凹みこそ付いたが、扉は破れなかった。とは言っても、今の衝撃で蝶番がガタガタになっているので後一発殴れば外れそうだ。
先程の半分程度の力で殴ると、音を立てて扉が倒れた。
視界に映るのは、壁一面に掛けられた拷問器具と、中央の拘束台に寝かされているミティア。そして、手に大きなハサミを持って驚愕の表情を浮かべる肥えた男。
「な、なんだ貴様!」
大声を上げる男に近寄る。
近付いてくる俺が怖いのか、手に持つハサミを振り回している。
「こ、こっちに来るな!」
「少し黙れ」
男が振り回していたハサミを手でへし折り、頭を掴んで壁に投げつける。壁に当たり、掛けてあった拷問器具が落ちる。投げる力を手加減したので男はまだ生きている。
「……マス、ター?」
「ああ、遅くなって悪かった――って、あれ?」
そこに寝かされていたミティアは、髪が銀色になっており、目の色も左右で違っていた。
自分の体に目を向けると、背中から翼が生えているのが見える。
「いつの間にか《外見偽装》を解除してたのか」
意識して解除した訳ではないので、無意識に解除していたか、何らかの原因によって解除させられたかだろう。
それよりも、今はミティアを助ける事が優先だ。
手足を拘束している金具。それに南京錠で鍵がされている。
鍵は投げた男が持っているだろうが、わざわざ探すのも面倒なので鍵を力尽くでこじ開ける。
「よし。ミティア、もう大丈――」
「ますたぁ……!」
手足の拘束が外れるや否やミティアが抱きついてくる。俺を呼ぶ声は震えていた。
「ますたぁ……ますたぁ……」
「怖い思いをさせて悪かった。俺の責任だ」
泣き噦るミティアを抱き締めて慰める。
本当、俺ってやつは肝心なところで詰めが甘い。
ユキの時だってそうだった。最後の最後で重要な事を流してしまう。
今回も、俺があの薬師をもっと警戒しておけば防げた事だ。それを怠った所為で、ミティアにこんな思いをさせる事になった。
俺がいれば何が起こっても大丈夫だと考えていたのか? 自信過剰も甚だしい。自分なら出来ると行動した結果、どうなったのかは覚えているだろう。また、大切な人を失う気なのか。俺は。
十分程して、ミティアが落ち着きを取り戻す。
「もう大丈夫か?」
「ん……大丈夫」
「ごめんな。俺がもっと警戒していれば」
「……マスターのせいじゃ、ない」
腰に回されているミティアの腕に力がこもる。
「……マスターは、助けに来てくれた。助けてもらうために……また攫われても、いい」
「それは……勘弁願いたいな」
何はともあれ、こんな冗談めいた事を言えるのならば安心だ。
さて、ミティアの救出は済んだが、まだやるべき事が残っている。折角生かしておいたのだから、聞ける事は全部聞いておかなければ。
「っと、その前にユキに連絡しておくか」
ユキにミティアの救出が完了した事を伝える為《主従契約》を発動する。
『ユキ、聞こえるか?』
『リウス? ミティアちゃんは?』
『大丈夫、無事だよ。服はダメだけど怪我はない』
『……ユキさん、私は大丈夫」
『よかったぁ。直ぐに帰ってくる?』
『やる事があるからもう少し掛かりそうだ』
『わかった。じゃあ、お昼ご飯作って待ってるね』
『ありがとう。終わらせたら直ぐに戻るよ』
ユキへ報告を済ませて、未だ床に横たわる男の元へ向かう。
「……どうするの?」
「最終的には殺すけど、その前に色々聞きたい事があるからな」
肥えた男――もといこの館の主人、ダトス・ベージ・ガルバーを担ぎ上げる。そして、ミティアが寝かされていた拘束台に寝かせる。ミティアの体を拘束していたものなので使えるかどうか心配だったが、ダトスの身長が低いので問題無さそうだ。問題は金具を止める鍵が無い事だが……まあ、金具を曲げて外れないようにすればいいか。
ダトスの手足を金具で無理矢理固定し、頬を叩いて起こす。
「おい、起きろ」
「……ん? 何が……っ! 貴様っ」
俺に気付いて咄嗟に体を動かそうとするが、金具に固定されているので当然動けない。
「なっ! これを外せ!」
「断る。少し拘束される気分を味わったらどうだ?」
「ふざけるな! さっさとこれを外せ! 俺が誰か分かっているのか!」
「お前こそ、今の状況ちゃんと理解してるのか?」
ミティアに床に置いてある拷問器具を取ってもらうよう頼む。
「……はい、マスター」
「……ミティアも中々えげつない物選ぶな」
本当なら適当にへし折ったりして力の差を分からせようと思ったのだが、この後話を聞き出さなければならない事だ。どうせなら使う事にしよう。
ミティアが選んだ拷問器具は、前の世界にあった『異端者のフォーク』という拷問器具に酷似していた。
両端がフォークのように尖った鉄の棒にベルトが取り付けられた拷問器具だ。
使い方はこの器具をベルトで首に取り付け、フォークが顎の下に来るようにするだけだ。こうする事で、取り付けられた者は常に上を向いていなければいけなくなる。本来は相手を眠らせないようにする道具なのだが、今回はそう使わない。単純に暴れないようにするだけだ。
「なっ……何を……」
「動くなよ。暴れて刺さったりしても知らないからな」
無理矢理上を向かせて『異端者のフォーク』を取り付ける。
準備も整ったので、早速尋問を開始する。
「さて、それじゃあ幾つか質問をする」
「……」
「まず一つ。ミティアを攫ったあの男達。あれはどこから雇ってきた」
転移でミティアを攫ったあの男。瞬殺してしまったが、レベルは63とかなり高かった。それ以外の男は確認する前に吹き飛んでしまったので分からないが、似たようなものだろう。
低く見積もって平均レベル50としてもAランク冒険者相当。この世界じゃかなりの実力者の集まりだ。ただの盗賊や殺し屋とは思えない。
「……」
「言っておくが、魔法で聞き出すという手段もあるんだ。尤も、意識は戻らないから殺すしか無くなるが」
「なっ……」
ただの方便だ。魔法で聞き出す事が出来るのは本当だが、それで意識が戻らなくなる、なんて事は無い。それに、今回はスキルや魔法に頼らない尋問の練習も兼ねている。魔法を使うのは本当に最終手段だ。
「まあ、話さないなら魔法を使わせて貰うが――」
「わ、分かった! 俺が知ってる事なら話す! だから止めてくれ!」
「そうか。……ああ、それと――」
そこで言葉を区切る。そして、《簒奪の手》を発動待機状態にしてダトスに触れる。
「な、何だそれは……」
「これは嘘を検知する魔法だ。俺の質問に嘘偽りで答えた瞬間、お前の命を奪う」
これも嘘だ。先程は魔法を使わないと言ったが、これは発動していないので……まあ、セーフだろう。
「改めてもう一度聞く。ミティアを攫ったあの男達はどこから雇ってきた」
「……裏ギルドからだ」
「裏ギルド?」
ふと脳裏に過るのは、この国に入る前に襲って来た盗賊。あの男達もギルドがどうとか言っていたような……。
「その裏ギルドっていうのは、黒いギルドカードを持ってる奴らの事か?」
「そ、そうだ」
「依頼は全て裏ギルドが仲介している筈だ。本拠地も知られていない裏ギルドにどうやって接触した」
「ギルドと依頼者を仲介する仲介者がいるのだ」
「それは誰だ」
「れ、レンブ・タンクルという薬師だ」
成る程。あの薬師がグルだったのはそういう理由か。今までの情報やダトスの話から考えるに、その仲介者というのはその時々によって立場を変えていると見るべきか。
「なら次だ。お前はどうやって仲介者と接触した」
「ひ、非合法な情報を取り扱う情報屋がいる。そいつに教えてもらったのだ」
「その情報屋にはどうやって接触した」
「お、俺はこの地区の領主だ。この地区内の情報なら幾らでも集めようがある。か、金さえ積めばどうとでもなるのだ」
……何というか、あまりにも単純な方法というか。こんな奴にミティアを攫われた俺が情けなくなってくるな。
「そ、そうだ! 俺はこの地区の領主なのだぞ! こんな事をして許されると思っているのか!」
先程言葉にした事で思い出したのか、急に自分が領主である事を強調し始める。
勿論俺だってそんな事は分かっている。俺の行動は場合によっては国家反逆罪にもなり得る可能性がある。このままでは俺も犯罪者だ。
だがしかし、“殺人罪というのは死体が発見されなければ立証出来ない”。尤も、この世界でもそうだとは限らないが、正直そんな事はどうでもいい。
「早く首の物と手足の拘束を外せ!」
「……何か勘違いしてるみたいだから訂正しておくけどな」
右手で頭を鷲掴みにし、手に力を込める。頭を襲う激痛に耐えられないのか、呻き声を洩らしながら手足を動かそうともがく。
正直もう少し聞きたい事はあったんだが、話をしている間俺の服の裾を掴むミティアの手が、受け答えの度に強く握り締められていくのに気が付いた。
ミティアが感じている恐怖を解消する事と、尋問によって情報を聞き出す事。この二つを天秤に掛けた場合、俺が優先するのは前者だ。
よって、この男の命にもう価値は無い。
「端からお前を生かしておくつもりは無い」
「な……なぜ、だ……。俺、は……質問に……」
「答えなきゃ殺すとは言ったが、答えたら助けてやるとは言ってないな」
「なっ……」
「ミティアに手を出した時点でお前が死ぬのは確定だよ」
「う……ぁ……」
痛みでろくに受け答えも出来なくなってしまったので、頭から手を離す。
「はぁ……はぁ……。お、俺を殺すだと? 領主の俺を殺せばお前の命もないのだぞ」
「そうだな。だからお前には“行方不明”になってもらう」
「何を――ぐぁっ!」
先程は頭だったので、今度は首を右手で掴む。首に装着されている『異端者のフォーク』が首と胸元に突き刺さる。
「俺はお前みたいに嗜虐趣味は無いし、報復として苦しめて殺したいとも思わない。ただ死んでくれるだけで良いんだが……ミティアはどうだ?」
俺の手を振り解こうと暴れるダトスを他所に、ミティアに問いかける。
「……私も、死んでくれれば、いい」
「だ、そうだ。という事で、死ね」
「ま゛、ま゛で――」
〈簒奪の手〉
魔法が発動した瞬間、ダトスが動きを止める。
目を見開いたまま時間が止まったように死んだダトスから手を離す。
「さて、取り敢えずひと段落だな」
「……終わり?」
「まだやる事は残ってるけど、一応な。まずは宿に戻ろうか」
「ん……。でも……」
そう言って自分の服を見つめるミティア。来ていた紺色のワンピースは胸元までハサミで切られてしまっていた。
「……ごめん、なさい。服、もう着れない」
「ユキに頼めば直してくれそうな気がするけど……大丈夫だ。まだ替えはある筈だから」
とは言っても、俺が持っていた女性物の服は全てユキに渡してしまった。まさかこういう形で女性物の服が必要になるとは。やはり少し残しておくべきだったか。
「替えの服が無いから、今はこれで我慢してくれ」
アイテムボックスから取り出した黒のコートをミティアに着せる。以前俺が来ていた物だが、裾を引き摺るような事は無い。どういう理屈なのか、ゲームで手に入れた衣服は着用者にぴったりのサイズになる様に出来ているのだ。鎧がぴったりだったり、俺が元の姿に戻っても服が破けないのはこの為だ。勿論、この世界で普通に売っている既製服にそんな仕様は無いので、間違えて元の姿に戻ったりすると悲惨な事になる。
ミティアにコートを着せた後、ダトスの死体を拘束台から取り外す。サーバ帝国第二地区領主殺人事件を行方不明事件にするには、ダトスの死体を処理する事が必須条件だ。これはベルゼブブに頼めばどうにかなるだろう。
ダトスの服の襟元を掴み、引き摺って運ぶ。
地下室の出口へ向かおうとした時。
「……マスター」
「どうした?」
「……手、にぎっても、いい?」
「ああ、もちろん」
空いている右手でミティアの左手をしっかり握る。俺の手に包まれたミティアの左手は、俺の右手を力一杯握り締めていた。
まるで、もう二度と離さないとでも言う様に。
前回と今回で主人公の狂気的な部分を少しでも感じて頂けたらなと。




