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最強魔王の異世界放浪記  作者: 塩砂糖
第3章《呪われし奴隷編》
43/68

第38話『私も、リウスに独占されるなら嫌じゃないよ』

今回は普段の倍ぐらいの長さです。

「ただいま〜」

「あ、おかえり、リウス」


 宿に帰ってきたのは午後12時を過ぎた頃だった。丁度昼食の準備をしていたらしく、部屋の中は食欲をそそる香りに包まれていた。


「もう出来るから、少し待ってて」


 俺の帰ってくる時間を予知していたのかというレベルで完成間近の料理たち。

 未来予知もかくやといったユキの謎能力に少し驚きつつも、リビングで料理が出来るのを待つ。

 3人で料理をしていたようで、レイミアもミティアもエプロン姿でキッチンにいた。ミティアは黒のロングドレスの上にエプロンなので、見た目は完全にメイドさんだったが。

 それから料理が出てきたのは、俺が宿に戻ってから僅か3分後の事だった。



◇◇◇◇◇



「それで、調べ物は終わったの?」


 昼食を食べ終え、皿洗いを済ませてリビングに戻ると、ユキが早速聞いてきた。


「ああ、もう終わった。魔物とハーフの人間についてもある程度調べられたし、ミティアも外出して大丈夫だな」

「どういうこと?」

「つまり、魔物とのハーフっていうのが分からなければ良いだけの話なんだよ」


 正直、魔物とのハーフという事を隠したければ《外見偽装》を《効果範囲強化》なり《技能共有》でミティアにも使えるようにし、目の色を変えれば良かった。だが、魔物とのハーフの特徴が目だけとも限らなかったので、図書館に調べに行ったという訳だ。


「ただ、どうやらここの領主はまだミティアを諦めて無いらしい。ミティアの特徴が書かれた依頼書がギルドに貼り出されてた」


 ミティアが不安そうな表情を見せる。そんなミティアに優しく微笑みかけ、言葉を続ける。


「もちろん領主に渡すつもりなんか無い。依頼書には特徴しか書かれていなかったから、少し姿を変えれば分からなくなる筈だ」


 それに、今のミティアは奴隷だった頃とは比べ物にならない程綺麗になっている。未だ少し体は痩せているが、1週間もすればそれも元に戻るだろう。


「でも、具体的にはどう変えるの?」

「目の色と髪の色、それに首の従属の紋の痕も消した方が良いな」


 脳内でどの様に変化させるか思案する。


「まあ、取り敢えずやってみるか」



 ◇◇◇◇◇



「こんな感じかな」


 先程までの姿とは様々な箇所が変化したミティアを見て呟く。


 《効果範囲強化》でスキルの効果を強化するか、《技能共有》で《外見偽装》をミティアに共有するか迷ったのだが、ユキとの協議の末、《効果範囲強化》を使う事となった。


 この2つのスキルは似ている様で少し違う。


 《効果範囲強化》は文字通り効果範囲を強化するものだ。

 自分を中心にした円の中にいる人物全てに効果を与えるようにスキルの範囲を強化する方法と、特定の人物に絞って効果範囲を強化する2つの方法がある。

 このスキルのメリットは強化の対象がスキルだけでなく、魔法にも及ぶ――厳密には魔法もスキルの内なのだが――点、そして、スキル発動や魔法発動によるデメリットとなる効果をある程度抑制出来る点だ。

 スキル発動時のデメリットとなる効果の対象が“スキルの効果を受けている者”となっている場合はその限りでは無いのだが、“スキル発動者”となっている場合は、デメリット無しで使う事が出来る。

 今回の《外見偽装》発動によるデメリットのステータス低下は、“スキル発動者”が対象になっている為、ミティアはステータス低下無しでスキルの効果を受ける事が出来る。今回《効果範囲強化》を選択した最大の理由だ。

 しかし、あくまで効果を受けているだけなので、自分の意思でスキルを使ったり、効果を消したりする事は出来ない。


 それに対して《技能共有》は、文字通りスキルそのものを共有する。

 その為、自分の意思でスキルを扱う事が出来るが、その分発動に際して受ける事になるデメリットの効果も受ける。

 それに加え、このスキルの対象は“スキル”に限定されており、魔法を共有する事は出来ない。


 閑話休題(それはさておき)


 今のミティアの容姿はこんな感じだ。

 黒に近いグレーの髪に、赤と黒を混ぜ合わせたような深みのある色の目。首元にあった従属の紋も綺麗に消えている。

 俺に掛かっているスキルの効果をミティアにも掛けている状態なので、特徴が俺に似てしまうのは仕方の無い事だった。

 並んで立てば、年の離れた兄妹に見えなくも……ない。

 効果を共有しているようなものなので、俺がスキルを解除してしまうとミティアの姿も戻ってしまうのだが、丁度力のセーブをしようと思っていたところだ。大した問題にはならないだろう。


「暫く外に出る時はこの格好だな。宿の部屋では元に戻すから、ちょっと我慢してくれ」


 ミティアは鏡で自分の姿をクルクルと回りながら確認している。初めてコスプレをしてテンションが上がっている人の様だ。


「どうだ? 変えて欲しいところはあるか?」

「……大丈夫。これが、いい」

「そうか」


 一先ずうちの女性陣からは好評だったので一安心だ。

 髪の色と目の色など、顔の一部が変わっただけだが、それだけで人の印象はガラリと変わる。メガネやマスクが良い例だろう。

 これだけ変わっていれば、依頼書の特徴で探し出す事はまず不可能だ。

 ミティアの事を知っている人物であれば、或いは気がつくかも知れないが、完全に外見を変えるのは流石に避けたいので、そこはどうしようもない。


 それ以上に警戒すべきなのは、外見などに依らない全く別の手段で調べられる事だ。

 例えば、俺の《敵情報解析》などは良い例となるだろう。

 このスキルは相手の情報そのものを見る。例え外見が変わっていようと、名前やその他の要素が同じであれば、同一人物と判断する事は可能だ。

 流石に全く同一の能力を使われる事は無いと思うが、だからと言って決めつける訳にも行かない。

 結局のところ、その場その場で対処して行く他ない。


「さて、早速出掛けてみるか? それとも明日からにするか?」

「……外、見てみたい」

「じゃあ決まりだね。レイちゃんも大丈夫?」

「はい。問題ありません」

「じゃ、行ってみるか」



 ◇◇◇◇◇



 そんな訳で俺達は4人で宿を出て、様々な店が立ち並ぶ商業区画へとやって来た。とはいえ、俺達もサーバ帝国へ来てから日が浅い為、案内と言うより観光のような感じだが。

 今立ち寄っているのはちょっとした雑貨店。様々な品物が置いてあり混沌としている。

 それら全てに興味が惹かれるのか、ミティアはあっちへ行ったりこっちへ行ったりと、店の中をウロウロしていた。

 その度に様々な物を見つけ、報告の為か俺の元へ持ってくる。強力な――この世界基準――魔法的加護が付与されたアクセサリーを持ってきた時はかなり驚いた。何故こんな物が置いてあるのかと疑問には思ったが、御構い無しに即購入したのは言うまでもない。

 因みにそのアクセサリー、赤い宝石があしらわれたネックレスは、現在ミティアの首に掛けられている。ステータスの低い――俺、ユキ、レイミア基準――ミティアに丁度良かった為だ。


 実のところ、強力なアクセサリーやアーティファクトはゲームで数多く手に入れている為、それらを渡しても良かったのだが、個々の力が強過ぎて、それら全てがこの世界では伝説級の宝具並みの能力を持ち、目立つ為渡す事が出来なかった。どうしてこう強力なアイテムというのは派手なのかと疑問に思う。


 そんな事を考えているとミティアがまた新たな物を持って駆けてくる。


「……マスター」

『――秋にい!』


 その姿が、不意に過去の情景と重なる。

 小学6年生ぐらいの、肩下まで伸ばした髪を結んだ姿の少女。

 毎日のように通っていたあの場所で、毎日のように遊んでいた少女。

 俺なんかの事を兄のように慕ってくれていた少女。

 そして、俺の勝手な都合で会わなくなり、会えなくなってしまった少女。


「……マスター?」

「ん? ああ、ごめん。どうした?」


 ミティアに呼ばれ我に返る。ミティアの持ってきた品物に目を向けながらも、俺の思考は過去の出来事を思い出す事に向けられていた。


 ――今、何してるんだろうな。



 ◇◇◇◇◇



 場面は変わり、アイシア大陸。


 船着き場に到着した大型船から多くの乗客が降りてくる。数多くの乗客の中に1人、一際目を引く容姿を持った女性が降りてくる。

 太陽のように赤く輝く髪をポニーテールにしているその女性は、見た目20歳程度の女性。

 未だ幼さの残る容姿と相反して、身に纏う雰囲気は落ち着いた大人のものだ。


「本当寒いわね、この大陸は。暖かければもっと好きなんだけど」


 ボソッと、誰に話し掛けるでもなくそう呟く。

 実のところ、彼女はこの大陸に用がある訳ではなかった。目的の地はここアイシア大陸の隣、フレイシア大陸だった。

 ブリーシア大陸発、アイシア大陸経由、フレイシア大陸着のこの船には、フレイシアに向かう乗客以外にアイシアに向かう乗客も乗っている。

 現在この船がアイシア大陸に停泊しているのは、乗客を降ろす以外に、燃料や物資の補給という意味合いもあった。


 物資補給などの準備がある為、船が出発するのは約1日後。

 本来なら船の中で待っていても良かったにも拘らず、こうして船を降りているのは、(ひとえ)に船の中で過ごす事に退屈していたからだ。

 出発までは時間がある。

 その間にリフレッシュも兼ねて久々に訪れる大陸を見ておこうと考えるのは、ある意味当然の思考と言えるだろう。


「フレイシアまでは5日くらいよね。取り敢えずはフェイルムに行こうかな」


 そんな今後の方針を頭の中で組み立てつつ、彼女は何処へ行くでもなく歩き始めた。



 ◇◇◇◇◇



 場面は戻り、サーバ帝国を観光した日の夜。


 現在俺は湯船に浸かっている。

 久々に一番風呂を頂き、体の疲れを取っているのだ。

 昼過ぎから始めた観光だったのだが、宿に帰ってきたのはなんと夜9時。ミティアの無尽蔵にも思える好奇心により、あちこちへ行く事になったのだ。

 それはそれで楽しかったのだが、流石に6時間以上動きっぱなしだと疲れる。精神的に、ではあるが。


 熱い湯に浸かり、ただぼーっと天井を見上げる。

 これからの懸念事項。久々に思い出した過去の事。自分の中にある不安の種。それら全てを、今だけは忘れられる気がした。

 目を瞑り、湯に身を委ねる。次第に朧げになっていく意識。10分程度で上がらなければと思いつつも、意識は底へと沈んでいく。

 そんな状態だったからだろうか。その時の俺は正常な判断が出来ていなかった。


「……マスター。入って……いい?」


 不意に聞こえた声。特に考えもせずに答える。


「ん〜? ……ああ。良いぞ……」


 殆ど意識の無い状態で答える。

 そして、答えた後で考え始める。

 今の言葉は何に向けて返したものだったかと。

 一連の出来事を脳内で再生し、最初に聞こえてきた声の意味を考える。

 答えは直ぐに出た。今俺は風呂場にいる。であれば、「入って良い?」という問いは“風呂場に入っても良いか?”という意味だ。

 次に考えるのは、それに対しての自分の答え。

 その答えも直ぐに出た。俺は「良いぞ」と言った筈だ。それは即ち、“風呂場に入っても良い”という許可を出した事になる。


「…………え?」


 急速に意識が鮮明になっていく。

 目を閉じたまま、先程の出来事を何度も頭の中で繰り返す。

 しかし、何度思い返してもそれは変わらなかった。相手は「風呂に入っても良い?」と聞いてきて、それに対して俺は「良いよ」と許可を出した。


 ガチャ、という扉が開く音で、俺の意識は完全に覚醒した。

 ザバッと湯船から上半身を起こし、音のした方向へ目を向ける。

 そこには、文字通り一糸纏わぬ姿でミティアが立っていた。

 手などで局部を隠している訳でもなく、ただそこに立っていた。

 一度目を閉じ、深呼吸をしてから目を開く。しかし、ミティアは変わらずにそこにいた。

 どうやら、暑さで頭がやられた訳では無いらしい。


 1分、それとも10秒か。時が止まったのでは無いかと思う程、お互いに全く動かず見つめ合う。

 自然と視線は顔から下へと下がっていく。

 柔らかな丸みを帯びた肩に、ユキと比べれば多少は小さいものの、しっかりと女性らしさを醸し出す双丘。美しいカーブを描くくびれ。更にその下の恥丘には産毛のような体毛しか無く――。


 ――って、まてまて俺!


 慌てて視点を顔に戻し固定する。

 俺の心の中にある欲望の部分が視線を下へ下へ向かわせようとするが、それらを鋼の意思で跳ね除けて、口を開く。


「……ど、どうしたんだ?」

「……背中、流しに」


 何故そんな事を? 普段ならそう返した筈だが、俺も混乱していたのだろう。何故か「そうか」と納得していた。


「なんで……裸なんだ?」

「……お風呂、だから」


 何を言ってるの? と言った表情で首を傾げながら俺を見つめるミティア。事実、ミティアの言っている事は何一つとして間違っていない。風呂に入るから裸になる。至極当然だ。今の俺もそうなのだから。

 恐らく、間違っているのはミティアの言葉では無く、今のこの状況なのだろう。

 どうしてこうなった? という疑問が頭の中をグルグルと回る。

 ミティアの登場で完全に混乱した頭を必死に働かせ、この状況の打開を試みる。

 しかし、先程まで湯船に浸かっていたこの頭では、妙案は思い付きそうに無かった。

 よって、俺が選択したものは――。


「……そうか。そうだな」


 ――思考の放棄だった。



 ◇◇◇◇◇



 それから何があったかはよく覚えていないが、気が付いたら俺はミティアの髪を洗っていた。

 恐らく、俺が既に体を洗ってしまっていた為、俺がミティアの体を洗う事になったのだろう。どんな経緯でそうなったのかは覚えていない。


「痒いところは無いか?」

「……ん。大丈夫」

「じゃ、流すぞ」


 魔法でお湯を作り、シャンプーを洗い流す。シャワーもあるのだが、こうした方が圧倒的に楽で早い為、最近は使っていない。


「さて、次は――」


 そこまで言いかけて、俺の停止した思考が再開を始める。


 ――俺、何やってるんだ?


 流れで髪を洗っていたが、それも終わり残るは体のみ。


 ――え? 体……俺が洗うの?


「ミティア、後は自分で洗えるよな?」

「……?」


 振り返り首を傾げるミティア。


「いや、体は自分で見て洗えるよな……?」

「……洗える、けど……マスターに、洗ってほしい」

「……」


 真っ直ぐ見つめてくるその瞳には、純粋な思いしか伝わってこない。それがより、断る事を躊躇わせた。

 だが、流石にそれは俺も恥ずかしかったので、もっともらしい理由を付けて回避を試みる。


「……ミティアは子供じゃないだろ? 身体ぐらい自分で洗えるよな?」

「……ん。洗える、けど」

「……けど?」

「……一緒に、お風呂入って」


 湯船に目線を移しながらそう答える。

 なんだろう。安パイを選んだ筈なのに結局上がられてしまったようなこの感覚は。結果的に大変な方を選んでしまったような気がする。

 風呂場に付いている湯船は、2人程度であれば一緒に入る事も可能だ。だが、可能というだけで特別大きい訳ではない。

 よって、一緒に入るとならば必然的に体を寄せ合う必要がある。


 ……大丈夫だろうか。主に俺の理性。


「……分かった。待ってるから」

「……んっ」


 結局、俺はそれを断る事が出来なかった。


 十数分後。体を洗い終わったミティアが湯船に入ってきた。

 ちゃぷん、とミティアが湯船に入った事により水面が揺れる。

 デカイ体を縮こめて三角座りをしていると、ミティアが俺の膝に触れ、口を開く。


「……あし、伸ばさない、の?」

「え? あ、いや、狭いだろ?」


 ふるふると首を振るミティア。

 伸ばして欲しいって事なんだろうか。足を伸ばすと色々と見えるので恥ずかしさがあるのだが、その時の俺は色々と自棄になっていた。


 ミティアに言われるがままに足を伸ばす。すると、ミティアは俺の足の間に挟まり、俺を背もたれにするようにして座ってきた。


「……なるほど。これなら2人とも足が伸ばせると」

「ん……」


 確かに、色々な意味で悪くない座り方だが、服を着ている時とそうでない時で、感覚はこうも変わるのかと。

 かなり恥ずかしい体制だと思うのだが、ミティアにはそういった様子は見られない。

 まあ、単独で風呂場に突撃してくるのだから今更な話だが。


 足や腹部から感じる柔らかな感触を意識の外へと追いやり、ずっと疑問に思っていた事を尋ねる。


「ところで、なんで突然風呂場に来たんだ?」

「……服の、話、してて」

「服? メイド服か?」

「ん……」


 ミティアの話を要約するとこうだ。

 俺が風呂に入った後、3人で会話をしていた時に、ミティアがメイド服についてユキに尋ねたそうだ。どんな人が着る服なのか? と。

 それに対してユキは、主人に仕える使用人が着る服だと答えたそうだ。そこまでは間違っていないのだが、その後にユキがこんな事を言った。


「メイドさんかぁ。――それじゃあ、リウスの背中とか流してきたら?」


 それが冗談なのか本気だったのかは分からないし、メイドの仕事にそんなものがあるとも思えないが、ミティアは素直にそれに従った。

 その結果、ユキの後押しもあり、風呂場に単独で突撃する事になったらしい。

 詰まる所、黒幕はユキだった。


「……何してんすか。ユキさん」

「……?」


 急に体の力が抜けて天を仰ぐ。

 今まで俺がミティアに少し遠慮がちになっていたのは、ユキの存在があったからだ。だが、今のこの状況がユキによって作り出されたものだと知り、少しその緊張感が解れた。

 その所為か、いつの間にか俺は湯船の中で眠りについていた。


「ん……」


 不意に目が覚め、メニュー画面で時間を確認する。寝ていたのはほんの十数分だったようだ。

 俺に寄りかかっていたミティアも寝ており、すやすやと寝息を立てていた。今日1日歩き回っていた為、ミティアも疲れていたのだろう。


「……出るか」


 いくら魔法でお湯の温度を一定に保っているとはいえ、風呂の中で眠れば風邪を引くかも知れないし、下手すれば溺れて死にかねない。


 ……死ぬのか? そんなんで。


 果たして、今の俺は溺れた程度で死ぬのかと疑問を持ってしまう事が少し悲しい。死を想像出来ないのも如何なものか。


 寝ているミティアを起こす為、体を軽く揺する。


「ん……?」

「ミティア、風呂で寝たら風邪引くぞ。そろそろ出よう」

「…………ん」


 そう答えたミティアだったが、まだ寝惚けているのか意識は朧げだ。

 その所為か。何を思ったのか、ミティアは突然体を反転させ、俺に寄り掛かるようにして再び目を閉じる。端から見れば、完全に抱き合っている様な状態だ。


「ちょ、ミティア、何をっ」

「すぅ……」


 混乱から抜け出し、そう声をかけた時には既にミティアは寝ていた。ここまで来ると尊敬の念すら抱く。

 羞恥心って大事ですよ、ミティアさん。

 もういっその事抱えて風呂から出ようと思い、ミティアの腰に手を回し、抱えて立ち上がる。


「うっ……」


 抱き抱えた瞬間、ミティアの全体重が俺に掛かり、湯船に入っていた時以上に体が密着する。

 膨らみのある双丘がこちらの胸に押し付けられ、柔らかな感触と小さなコリッとした感触が伝わってくる。

 それに意識を向けそうになるが、頭を振って雑念を追い出す。


(相手は16歳。俺の10歳年下だ。日本で言えば高校生。雑念を捨てろ俺! ……いや、この世界では15歳で成人だったか。――って、俺の倫理観は日本で培われたものだろ!)


「……さっさと出よう」


 こうしている時間が長い程変な事を考えてしまいそうなので、念話でユキとレイミアに現状を説明し、浴場を出る事にした。



 ◇◇◇◇◇



「まさかユキが差し向けたとはね」

「話の流れで、ね」


 風呂から出た後、俺、ユキ、レイミアの3人で、寝ていたミティアを起こして何とか服を着せ、ベットに寝かせる事になった。

 その後ユキ、レイミアも風呂に入り、現在は部屋の明かりも消して完全に寝る状態だ。


「いきなりミティアが入ってきた時は本当びっくりしたよ。堂々と入ってきたからな」

「ふふっ。ごめんね? 私が変なこと言ったせいで」

「いや、いいよ。……何か色々と疲れたけど」


 何だか、忍耐力が鍛えられた様な気がする。


「ところでさ」

「なに?」


 ずっと聞きたかった事、というより、少し気になっていた事をユキに聞くことにする。


「いや、何というか、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「うん?」

「……ユキって、独占欲とか、無いのかなってさ」

「独占欲? どうして?」

「ミティアが風呂に入ってきた理由を聞いた時、ふと思ったんだ。ユキは俺がミティアと2人きりで風呂に入る事は、嫌じゃないのかなって」

「嫌って、なんで?」

「んー。例えば、俺はユキが俺以外の男と2人きりで風呂に入ったりするのは嫌だな。ユキの隣にいるのは俺が良い」

「ああ、うん。そういうことね」


 俺が何を言いたいのか理解したようで、納得がいったという顔でユキは話し始めた。


「リウスには、私が小さい頃に誘拐されたって話はしたよね?」

「ああ」

「そのせいで、私って物凄く過保護に育てられたんだよね」

「まあ、何となく分かる気がするけど……具体的には?」

「学校の登下校に必ず誰か付いてきたり、昼間でも1人で外出させて貰えなかったり……。後は転んだだけで救急車呼ばれたこともあったよ」

「……何か、ユキも色々苦労してたんだな」


 ユキが過保護に育てられただろうとは何となく予想していたが、俺の予想を遥かに超えてユキの両親は過保護だったようだ。


「そんな事があったから、私って誰かに拘束されたりするのが苦手なんだ。だから、私自身も誰かを束縛しないようにしようって」

「束縛って言ったって、それは――」

「『何事も度を過ぎなければ』でしょ?」

「ん、ああ、そういう事」


 何時だか俺が言った言葉を使ってユキが答える。


「じゃあ、束縛しないから俺がミティアと風呂に入る事も許容出来る、って事か?」

「もちろん、私にも独占欲はあるよ? リウスが私の知らない女の人とお風呂に入ったりするのは、やっぱり嫌だし、リウスの側にいるのは私が良い。でも、ミティアちゃんみたいに私が知ってて、信頼してる人なら良いかなって」

「そういうものか? ……俺は多分、ユキに対する独占欲は大分強いと思うぞ? 友人であろうと、信頼の置ける相手であろうと、他の男なんかに渡すつもりは無い」

「ありがとう。私も、リウスに独占されるなら嫌じゃないよ」


 ふわっと可憐な笑顔を浮かべるユキ。その笑顔に、思わず息を飲む。気が付けば、俺とユキの指は絡み合っていた。


「実はね。リウスがお風呂に入ってた時、最初は私がお風呂に入ろうかなって思ってたんだ」

「そうなのか?」

「うん。その……レイちゃんが来てから2人きりの時間って少なくなったでしょ?」

「同じ部屋だから、どうしてもな」


 確かに、レイミアが加入してからユキと2人きりの時間というものは減った。そこにミティアが入った事により、2人きりの時間は更に減る事になるだろう。


「だから……その……久々に、ね? 2人きりになりたかったな、って」


 ユキは言葉を紡ぎながら、チラチラと俺に目を向けていた。顔は赤くなっていたと思う。


「……そうだな。じゃあさ」

「……なに?」

「明日、一緒に入るか。2人きりで、久々にさ」

「え……?」

「俺も、何というか、一緒に入りたいなってさ」


 俺の顔も、恐らく赤くなっていた事だろう。ユキがそれに気付いているかは分からないが。


「……うん! それじゃあ、明日、ね?」

「ああ、明日」


 その日はそのまま、お互い手を離すことなく眠りについた。

やはりメインヒロインはユキなので。

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