第34話『本当、面倒な性格だよ』
最近寒くなって来ましたね。
うちでも床暖房を使い始めました。
『サーバ帝国』
フレイシア大陸に存在する3つの国の内の1つ。
この国の特徴的な点は、国土全体を堅牢な壁で覆っている事だろう。
国土の全てが壁に覆われている為、周囲からは国内の様子を窺い知る事が出来ないようになっている。
周囲を壁で覆っている為、他の二国よりも国土は小さいものの、フレイシア大陸に存在する国の中で最も高い軍事力――冒険者ギルドを含まない――を持っていると言われており、現在隣国のラトス王国と戦争中である。
と言っても、近年は大規模な戦闘は無く、小規模な小競り合いが続いているだけだが。
「見えてきたな」
盗賊に襲われてから約20分後。
眠りにつく間も無く、目的のサーバ帝国が見えてきた。
周囲は高さ30メートルはあるかと思われる壁に覆われており、正しく城塞都市――いや、城塞国家といった感じだ。
程なくして、馬車が城壁の門に到着する。
Sランク冒険者の特権? を使い難なく検問を通り抜け、帝国に入国する。
俺達がSランク冒険者だという事を今知らされた御者のおっちゃんが、心底驚いた表情をしていたが、割ともう見飽きた光景なのでスルーする。
そして、馬車乗り場までの間、馬の背に乗せられた男に痛い程周囲の視線が集まっていたが、知った事ではないのでこれもスルーする。
馬車乗り場でおっちゃんと別れ、肩に男を担いでギルドへと向かう。
因みに場所は《空間把握》で既に確認済みである。
ただ、半径5キロもの円を《空間把握》や《気配察知》の範囲に設定すると、頭の中で超高画質のモノクロテレビを見ているような感覚に陥り、流石歩きながらそれ程の範囲で使う事は出来ない。
ので、現在は効果範囲を半径100メートルまで縮めてある。
尤も、それでも相当な範囲だが。
もう直ぐ日も暮れる為、少し駆け足でギルドを目指す。
その道中、凄まじい量の視線が俺に注がれていたが、気にしてはいけないと意識の外へと追いやる。
元々それ程遠くなかったというのもあり、冒険者ギルドには十数分で到着した。
因みに、サーバ帝国は一つの壁の中に全ての領地が収まっているが、だからと言って中が一つの都市になっているという訳では無く、幾つかの地区に分けられており、それらの地区をそれぞれ別の領主が統治している。
その為、冒険者ギルドも一つではなく、幾つも存在している地区もあれば、この地区のように1つしか冒険者ギルドが存在しない地区もある。
閑話休題。
ギルドの中へ入ると、真っ先に視線は俺に注がれた。
担がれている男の武装が魔物魔獣退治を目的とした物ではなく、人を相手にする事を想定した物だった、というのもあるが、それ以上に、武装した大の大人――それも男――を軽々と片腕で持ち上げるその様子が、視線を注がれる大半の理由を占めていただろう。
それらを全て無視し、受付へ向かう。
それから暫くの間、何処から来た冒険者なのか。その担いでいる男は誰なのか。ランクは幾つなのか。道中何があったのか。などなど様々な事を聞かれてしまい、結局宿などの情報を聞けるようになったのは、冒険者ギルドに着いてから30分が経過した頃だった。
男に関する取り調べは冒険者ギルドの方で独自にしてくれるとの事なので、ギルドに引き渡し全て任せる事にする。
因みに、俺達がSランク冒険者だと知った瞬間、ギルド職員とその場にいた冒険者から向けられる視線が一斉に変化したのは言うまでもない。
ユキ、レイミアとどの宿にするかの相談をし、ユキたっての希望である『部屋にキッチンのある宿』を探した結果、かなり高価な宿になってしまったのだが、金には余裕があるのでその宿に決めた。
ギルドを出た時には既に周囲は薄暗く、間もなく夜の帳が落ちようとしていた。
「さて、真っ暗になる前に宿へ向かうか」
「そうだね」
普段繋がない手をユキと繋ぎ、宿を目指す。
その道中――。
「ったく、とんだ貧乏くじだクソッタレ!」
突然聞こえた男の罵声。
聞こえた方向へ目を向けると、その声は建物と建物の間、大通りから脇にそれた道から聞こえたものだった。
明かりがない分、他の場所より暗かったが、そんなもの関係無しに俺の目はそれを捉えた。
声を荒げていたのは30代前半ぐらいの男。足元には幾つかの檻があり、そのうちの一つを男が蹴り、踏みつけていた。
その中には手を袋で覆われた15歳ぐらいの少女が入っており、男の罵声はその娘に向けられているようだった。
ボサボサの灰色の髪に細い手足。手を縛られているからか、それともこの状況故なのかは分からないが、少女は檻の隅で体育座りの形で縮こまっていた。
檻の中にいるのはその少女だけで、他の檻は全て空になっていた。
「リウス……あれ……」
「……奴隷、だな」
この世界には奴隷が存在する。
盗賊などに誘拐される。何らかの理由で親に売られるなど、奴隷になる理由は様々だ。
あの少女がどんな理由で今あそこにいるのかは分からないが、周囲の状況や男の言動から推測するに、恐らく彼女は“売れ残り”なのだろう。
だとしても、“俺には”どうする事も出来ない。
奴隷と言ったって人間だ。ペットを飼うような気軽さで手を出せるものじゃない。
俺がそんな事を考えている間にも、奴隷商人と思われる男の罵声は続く。
「……行くか」
「そうですね」
答えたのはレイミア。
宿へ向かおうとユキの手を引くが、ユキの視線は奴隷の少女に固定されたまま動かない。
「……ユキ?」
「え……?」
「宿、行くぞ?」
「あ、うん。そうだね」
ユキはそう答え宿に向かって歩き出すが、やはりまだ気になるようで、時々奴隷少女に目を向けていた。
そんなユキを見て、俺も静かにとあるスキルを発動させた。
◇◇◇◇◇
「おお、結構広いな」
俺達は今、目的の宿の部屋に来ていた。
フェイルムの宿は1人部屋だったが、流石に3人で1人部屋を取るのは周りの目が痛かったので、今回は2人部屋を取った。
3人部屋ではなく、2人部屋である。
2人部屋なだけあり、フェイルムで泊まっていた宿よりも部屋が大きい。
因みに、風呂も完備――というより、キッチンがある部屋には当然のように風呂も付いている――である。
リビング、ダイニング、キッチン、風呂と来て、残るは寝室。
「……なんか、やっぱり2人部屋にする必要無かったかもな」
寝室にはベットが2つ――ある訳ではなく、やたらと大きい1つのベットが置いてあった。
大きさで言えばクイーンベットを2つ合わせたぐらいの大きさがありそうだ。
結局3人で寝る事になるんだなぁ、と思いつつリビングに戻る。
「さて、外の店にでも食べに行くか?」
時刻は現在午後6時30分。
そろそろ酒場が賑やかになり始める時間帯だ。
「キッチンも食材もあるし、作れるよ?」
「でも、馬車の移動で疲れてないか?」
「そんなに疲れてないから大丈夫だよ。それにレイちゃんもいるしね」
「そうか。じゃあ頼むよ」
「うん。少し待ってて」
2人がキッチンへと行き暫くしてから、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。
今日は肉料理かな、などと考えながら、俺は料理が出来上がるのをリビングで待つ事にした。
◇◇◇◇◇
「リウス、ちょっと良い?」
「ん? ああ、もう出てたのか」
夕食の後、俺が皿を洗っている間にユキとレイミアには風呂に入って貰っていた。
皿洗いを終え、する事が無くなった俺は、フェイルムで幾つか買っておいた本を読んで暇を潰していた。
「髪乾かすか?」
「うん。それも何だけど……ちょっと話があって」
ユキを椅子を座らせて髪を乾かしながら尋ねる。
「それで話って?」
「その、宿に行く途中で、奴隷の娘がいたよね?」
「ああ、買いたいのか?」
「実は……その娘――えっ?」
「え?」
ユキが振り返り、俺と目が会う。
「違ったか?」
「え? ……ううん。違くないけど……どうして分かったの?」
「どうしてって言われてもな。ただの勘だよ」
本当にただの勘である。
というより、このタイミングでユキから何か話だなんて、それ以外思い付かなかった。
「えっと、うん。その通り何だけど……」
「俺は別に良いけど……何か理由あるのか?」
「理由らしい理由は無いんだけど……。多分、殆ど同情心なんだと思う。日本には、奴隷なんていなかったから……」
「そうだな……。でも、奴隷は人間だ。犬や猫を飼うのとは訳が違う。それは理解してるだろ?」
「うん。でも――目の前でああいうのを見ると、どうにかしてあげられないかなって……私の悪いところだね」
少し自嘲気味に笑うユキ。
確かに誰彼構わず手を差し伸べるのは、必ずしも良い事とは言えない。
全てを手に入れようとして、抱えきれなくなり、何もかも失ってしまっては意味が無いのだから。
時には見捨てる事が正解という事もある。
だが――。
「え……?」
既に乾いたユキの頭を優しく撫でる。
「それで良いんじゃないか? 手を差し伸べるのは悪い事じゃない。何事も度を過ぎなければね」
ユキと向かい合うようにして椅子に座り、話を続ける。
「例えばユキは、奴隷の娘が複数いたとして、その全員を助けてあげたいと思うか?」
そんな事は出来ないと、ユキは静かに首を横に振る。
「ユキはそういう判断がちゃんと出来る人だ。変な正義感を振り回して全員を助けようとしてる訳じゃない。キチンと判断が出来るなら問題無いんだよ」
むしろ、ユキは何時までもそうであって欲しい。
俺は、手を差し伸べようとすら、しないから。
俺は、“他人”に手を差し伸べないから。
事実、俺はあの奴隷少女を見た時に何も感じなかった。
奴隷という身分の少女がそこにいる。
俺が認識したのはそれだけだ。そこには同情心も優しさも無い。
その少女と俺は、その時は“他人”だったから。
“仲間”ではなかったから。
だが、今は違う。
その少女に対する俺の認識は、『他人の奴隷少女』から『仲間が気にかける少女』へと格上げされた。
であれば、少なくともその少女は俺にとって“他人”ではなくなった。
“他人”でないのであれば、助ける事が結果的に仲間の為になるのなら、俺は手を差し伸べることが出来る。
――本当、面倒な性格だよ。
「じゃあ――」
「明日、あの奴隷商人のところへ行ってみよう。――けど、一応レイミアにも話しておこうな」
「うん。そうだね!」
◇◇◇◇◇
「――っていう話をしていたんだけど、レイちゃんはそれでもいいかな……?」
レイミアが風呂から出た後、髪を乾かしながら先程話していた事を伝える。
「ご主人様とユキ様が話し合って決めたのであれば問題無いかと思います。私からも異論はありません」
「じゃあ、明日行ってみるか」
「はい。それは構わないのですが……」
髪が乾き切ったレイミアが振り返る。その顔は何かを考えているような表情だった。
「どうかしたか?」
「いえ、もう既に買われているという事は無いのかな、と」
「あ、そっか。もう買われてるかも知れないんだよね」
「いや、それは無いと思うぞ」
俺はそのもっともな疑問をキッパリと否定する。
「どうして分かるの?」
「スキルで奴隷商人の男と奴隷少女の位置を把握してるんだ。2人はかなり近い位置にいる。もう売れたって事は無いと思う」
「そっか。じゃあ安心……なのかな?」
「良いんじゃないか? それで」
俺とユキは顔を見合わせ、静かに笑い合った。
さて、次のヒロインはどんな人物なのか、皆さん是非予想してみて下さい。




