第32話『今この瞬間が夢ではないと、誰が証明してくれるんだろうな』
今回で第2章終了となります。
次回は本編ではなく、キャラクター紹介になるかと。
ゼアル・セーレによる王都襲撃事件から3日後の夜。
ギルドから宿に戻った翌日。
国王直々にお呼びが掛かり、国王から直接、王都防衛の報酬だと、現在の所持金と大差無い金額を渡されたり、この王都内での俺の呼び名が『(優しい方の)魔王様』になったりしたのだが、あまり思い出したくは無いので割愛する。
世界を見て回るつもりで始めたこの旅だが、思いの外この街に長居してしまった。
そんな訳なので、明日の朝にでもこの街を出ようかと考えていたのだが、今日の夜、俺達宛に届いた手紙によりその予定は急遽変更となった。
ギルドから届いた手紙には、こう書かれていた。
『魔王出現に関する事でお話がございます。
明日、時間に余裕がある時で構いませんので、ギルドにお立ち寄りください。
ミーア・リンダース』
本当にミーアさんが書いたのか疑問に思う程硬い文章だったが、それ以上に驚いたのは、もう魔王出現の真偽が分かったという事だ。
確かに分かり次第教えて欲しいとは言ったが、ここまで早いとは思っていなかった。
正直、早くても1ヶ月程度は掛かると思っていたので、今後の行動予定をミーアさんに伝えた後、手紙か何かで連絡してもらおうと思っていたのだが、直接聞けるのならそれに越した事は無い。
そんな訳で、明日朝一番でギルドに向かう事にしたのだ。
尤も、馬車の手配の為にギルドには行くつもりだったのだが。
因みに今ユキとレイミアは入浴中だ。
既に俺は入浴を済ませているので、今日はもう特にする事が無い。
ベットに仰向けに倒れ込み、体から力を抜く。
目を閉じると浮かび上がるのは、ゼアル・セーレとの戦闘。
ここ数日、俺はその事ばかり考えていた。
思い返せば、あの戦闘で俺は初手から選択を間違えていた。
あの戦闘で、俺はスキル《空間転移》を使用して戦っていた。
だが、それがそもそもの間違いだった。
あの戦闘、転移を使った戦いは、ゼアルが得意とするものだ。
俺はあの時『相手の土俵』に上がって戦闘をしていた。
それに対して、俺が得意とするのは、自分自身に様々なバフを掛け、敵にデバフを付与し、相手の得意とする武器を封じ、自身が得意とする土俵に『相手を引き摺り込む』戦い方だ。
より分かりやすく言えば、駆け引きや読みが苦手だから、どうやっても自分が勝つ状態にしてから戦う。という脳筋丸出しの戦い方だ。
あの場で俺は、空間転移を使用して戦うのでは無く、初手で『転移阻害魔法』を発動して、転移を封じておくべきだった。
相手が転移を使用してくるのは分かりきっていた事。
にも拘らず、俺は敵の転移を封じなかった。
何故そうしなかったのか、理由は今でも分からないが、恐らく俺は焦っていたのでは無いかと思う。
剣を転移で飛ばし、俺の体を貫いた攻撃。
あれが、俺では無くユキに放たれる事を、俺は無意識の内に恐れ、冷静さを欠いていたのでは無いか。
あの時、俺が正しい判断を下し、あの場でゼアルを殺し切る事が出来れば、敵となりうる可能性がある魔王の戦力を削る事、俺やユキ、レイミアの安全を守る事に繋がったのでは無いか。
そんな、今更どうしようも無い後悔のようなものが、目を閉じるたびに脳裏を過る。
(単純な戦闘の経験値。レイミアとの訓練などでは得られない、予想外の出来事の際に冷静さを欠かない力。それが足りない)
自身が脅威に晒されて初めて得られる経験。
本来であれば、力を付ける過程で経験する筈のそれを、最初から力を持っていたが為に、俺は経験する事が出来ない。
(実力を伴わない力。素人が名刀を振るったところで、達人の木刀に勝てないのと同じように、扱い切れない力など無いのと同じだ。俺には技術が足りない。そしてそれを得る機会が少なくなってしまうこの体が、少しだけ恨めしい)
そう。技術の無い素人は技術のある達人には敵わない。
だがそれは、素人の方に技術など容易くねじ伏せる程の力が無い場合に限る。
今の俺はまさしくそれだ。
並大抵の者が幾ら技術を高めた所で、俺の圧倒的なステータスはそれを瑣末な物として薙ぎ払うだろう。
技術とは、弱者が力で敵わない強者との差を埋める為に身に付けるもの。
つまり、力があれば技術は必要無い。
圧倒的な力は、それだけで脅威なのだから。
だが、自分が圧倒的な強者であり続けられると、一体誰が保証してくれるというのか。
自分以上の強者が現れた時、技術を磨く事を怠った者は倒されるしか無い。
故に、達人は技を磨き続けるのだ。
問題は、今の俺が技術を磨ける程、レベルの近しい者がいない事。そして俺に武術の心得が殆ど無い事。
知識だけでもあれば如何にかなったかも知れないが、今更言っても仕方ない。それは無い物強請りという奴だ。
力はあればあるだけあった方が良い。
だが、あまりに圧倒的というのも考えものだ。
今後は力をセーブする意味でも、あまり簡単に《外見偽装》を解除すべきではないかも知れない。
そこまで考えていた所で、体を預けているベットが沈んだ気がした。
目を開けると、そこにはいつの間にか風呂から上がっていたユキが。
「あ……起こしちゃった?」
「ん? いや、別に寝てた訳じゃないよ」
体を起こしながら答える。
「……何か、考えごと?」
「え? まあ、考え事と言えばそうなんだけどな」
「何かあったら言ってね? 最近リウス、考えごと多いから」
「……そうか」
どうやらユキにはバレていたらしい。
本当、俺の事を良く見てくれている。
「わっ」
なんだかそれがとても嬉しくて、何となく頭を撫でる。
お風呂上がりのユキの髪はしっとりと濡れており、部屋の照明の光を反射させてキラキラと光っていた。
「さて、髪乾かすか」
「毎日ありがとう、リウス」
「いいよこれぐらい」
王都に来てから、俺は毎日ユキの髪を乾かすようになっていた。
発端は、ユキの「ドライヤーがこの世界にもあればなぁ」という発言だった。
ユキの髪は特別長い訳ではないが、タオルだけで乾かすには少々手間が掛かるぐらいには長い。
その為、俺が提案したのが「ドライヤーがないなら作ればいい」という、どこぞのアントワネットの様なものだった。
と言っても、魔法でドライヤーを作るにしても、ドライヤーの作り方など知らないし、魔道具を作る心得も無い。
それなら新たにドライヤーの様な魔法を作ろうという話になり、結果生まれたのが、炎魔術と風魔術を複合して創り出した、その名も〈温風〉だ。
そのままだと思うかも知れないが、その為だけに創り出した魔法なのだから仕方がない。
魔法の効果は至極単純。
70度から100度まで自由に温度変更が可能な風を送り出す。
唯それだけ。
温度調節がドライヤーより容易。
風の強さの調節も可能。
使用に際して音が鳴らないなど、良い事尽くめだが、欠点としては、発動に最低でも炎魔術と風魔術が扱えなければいけない為、現状俺にしか使えないと言ったところだろうか。
まあ、俺が好きで始めた事なので嫌ではない。
「じゃ、いくぞ」
「うん」
因みに、今ではユキだけでなくレイミアもこの魔法のお世話になっている。
初めてこの魔法を目にした時のレイミアの顔は、今も忘れられない。
そして同時に自分には使えない事を悔やんでいた。
最近は料理も出来るようになってきたし、レイミアのメイド化が進んでいる様な気がする。
服装は相変わらずゴスロリなので、端から見れば俺とユキの方が従者に見えてしまうかも知れないが。
と、そんな事を考えている間にユキの髪は乾き切ったようだ。
そこへタイミング良く、レイミアが部屋へ入ってくる。
「ご主人様、私もお願いしてよろしいですか?」
「ああ、もちろん」
◇◇◇◇◇
白。
目覚めた瞬間に目に入った色はそれだった。
目覚めたばかりだからか、未だ上手く状況が飲み込めないが、自分は今横になっているという事を、体に掛かる重力の負荷の感触で確認する。
ぼんやりとした頭で辺りを見回すと、白い壁が目に入る。必要最低限の物しかない殺風景な部屋だ。
右には小さなテーブルと丸椅子。
テーブルの上には何の種類か分からないが、一輪の白い花が飾られていた。
左には、大きな窓があった。
多少雲はあるが、外の天気は晴天。小さな鳥――距離があるから小さく見えるだけかも知れないが――が何羽か空を羽ばたいているのが見える。
その奥には幾つかのビルも建っている。
頭を更に部屋の左へ向けると、ほぼ頭の真横の位置に見慣れた機械があった。
見慣れたと言っても、実際に見たのは初めてだ。
フィクションの映像作品中に良く登場するそれは、ぱっと見、パソコンのように見えるかも知れない。
だがその画面に映し出されているのは、特定のリズムで波打つ緑色の線。そして、それと同じリズムでピッピッという音も聞こえてくる。
その横には、よく分からない数字の羅列も。
寝起きの意識が徐々に鮮明になっていくにつれ、鼓動が早まって行くのを感じる。
息も自然と荒くなって行く。
無意識の内に手は震え、視界はチラつき、耳鳴りも聞こえ始めた。
そんな中、左手はゆっくりと左脚に伸びて行く。
左脚の太ももに手が触れ、そこにしっかりと足があるのを確認した後、左脚を曲げる。
次に、右手が右脚へと伸びていく。
そこに右脚は存在した。
左脚と同じように曲げようとするが、足首から下に全く力が入らなかった。
それにより、心臓の鼓動が更に早まる。
額には冷や汗が浮かび、息はこれまでに無いほど荒くなっている。
体の上に掛けられている掛け布団を跳ね除け、体を起こそうとした瞬間――。
◇◇◇◇◇
「っ! はぁ……はぁ……夢、か……」
今、目の前に広がるのは、最早目新しさの欠片も無くなった宿の寝室。
右にはユキ、左にはレイミアがスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
「久々だな……この感じ……」
未だにバクバクと音を立てる心臓を、深呼吸によって落ち着かせる。
額は汗でびっしょりになっており、汗を吸ったであろう服は、触れると冷たさを感じる。
メニュー画面で時刻を確認すると、そこには『4:22』と表示されていた。
外もまだ薄暗く、朝日と言えるものは確認出来ない。
「起きるにはまだ少し早いか……」
隣に眠るユキとレイミアに目を向ける。
そして、眠る2人の頭を優しく撫でる。
「今この瞬間が夢ではないと、誰が証明してくれるんだろうな……」
その呟きを聞いた者は、誰もいなかった。
◇◇◇◇◇
朝。朝食を済ませてから冒険者ギルドへ向かう。
ミーアさんの姿は直ぐに見つける事が出来た。
受付へ向かい、声を掛けると、そのまま応接室へと通された。
「いきなり呼び出してごめんね」
「いや、教えて欲しかったのは俺達もだからさ。それに、どちらにせよギルドには来るつもりだったから」
「そうなの?」
「ああ、そろそろ王都を出発しようかなってさ」
「そっか。旅の最中だったんだよね」
「まあ、始まったばかりだけどな」
まさかこの王都で仲間が1人増えるとは思わなかったが。
「って、そんな事より、魔王だよ」
「え?」
ジッと俺を見る。
「いや俺じゃなくて。本物の方だよ」
「分かってる。冗談だよ」
笑いながら答えるミーアさん。
サラッとからかってくるようになりましたね貴女。
「結論から言うと――魔王は本物だよ」
「つまり、勇者召喚の術式が発動出来たって事か?」
「うん。もう勇者は召喚されたみたい」
「随分早いな。勇者は1人か?」
「ううん。4人って聞いてるよ」
4人の勇者ね。
……RPGにしか聞こえんな。
「勇者っていうのは複数人召喚出来るものなのか?」
「可能だけど、その分召喚に必要な魔力が増えたり、一人一人の能力が低くなったり、っていうのはあるみたい」
「……能力が低くなる?」
「うん。多分複数人召喚した代償みたいなものじゃないかな」
「なるほど」
まあ確かに、1人召喚するのと4人召喚するので、勇者の能力が同じだったらおかしいか。
それでは1人だけ召喚するメリットが無い。
「で、その勇者が召喚されたのって何処なんだ?」
「アイシア大陸のアギア聖王国って国で召喚されたみたい。過去に勇者が召喚された時もこの国に召喚されたんだって」
「そうなのか」
アイシア大陸って言うと、確かこの大陸の横にある大陸だったか。
いずれ行ってみたいが、勇者は……まあ、如何でも良いか。
俺としては、新たに現れた魔王も、それを倒すべく召喚された勇者も関係無い。
勝手に戦ってもらい、万が一勇者が敗れたその時は、戦うか考えよう。
「ありがとう。まさかこんなに早く分かるとは思ってなかった」
「私もギルドがこんなに早く召喚に踏み切るなんて思わなかったよ。それだけ魔王は脅威として認識されてるって事だね」
「なるほどな」
ミーアさんが言うには魔法は効かず、物理攻撃も効きにくいとの事だ。
俺が言えた事では無いが、かなりの脅威だろう。
尤も、何かしら弱点はあると思うが、そんな事は知りようもない。
「――さて、じゃあ俺達はそろそろ行こうかな」
「……え? 王都を出発って、もしかして今日だったの!?」
「あ、ああ。実はもう宿のチェックアウトも済ませてる」
「そうなんだ……淋しくなるね」
「いや、別にもう会えなくなる訳じゃないって」
「また必ず来るよ。ミーアさん」
「……そうだね。会えなくなるわけじゃないね。――それじゃあ、馬車の手配とかしよっか?」
「ああ。お願いするよ」
「何処に向かうとか、もう決まってる?」
「取り敢えず、サーバ帝国に向かおうかなと」
俺のその答えを聞くと、少しミーアさんの表情が曇る。
「どうかしたのか?」
「ううん。今サーバ帝国って隣のラトス王国と睨み合いが続いて、結構ピリピリしてるから」
「戦争するかも知れないって事か?」
「うん。いつ始まってもおかしくないとは言われてるけど、ここ数年はずっと睨み合いが続いてるから、多分大丈夫だと思うよ」
「そうか」
「それに、リウス達が戦争程度で死ぬとは思えないしね」
「そ、そうか……」
“戦争程度”ですか。
貴女の感覚も大分麻痺してるみたいですね。
まあ、確かにその通りなので訂正するつもりも無いが。
「じゃあ、馬車の手配をするから、受付に来てくれる?」
◇◇◇◇◇
「それじゃあ、またね」
「今まで本当にありがとな」
「ありがとう。ミーアさん」
「ありがとうございました」
俺達は今、ミーアさんに馬車を手配してもらい、馬車乗り場まで来ていた。
用意して貰った馬車は、以前ミュエさんに用意して貰った物と同じ形の箱馬車だ。
サーバ帝国までは馬車で3日ほど掛かるらしく、馬車を引く馬もかなり屈強な体格をしている。思いの外近いというのが正直な感想だが、王都がフェイルムの端っこにあるからだろう。
正直に言えば馬車に乗るより、走った方が明らかに早く、1日も掛からずにサーバ帝国に着くだろうが、俺達だって生き物――レイミアは微妙だが――だ。
何時間も走れば疲れる上目立つので、馬車を選択したという事だ。
まあ、何日も馬車に揺られるのと全力で走るので、何方が疲れるのかと問われれば微妙な所だが。
「3人がこの王都にいてくれて本当に良かったよ。じゃなきゃ今頃ここに街は無かったかも知れないし」
「いやまあ、あれは俺達がいなければ起こる事も無かった気がするが……」
何せ、ゼアルの目的レイミアでしたからね。
いや、どちらにせよ早いか遅いかの差だったのかもな。
「とにかく、王都ではミーアさんがいてくれて本当に助かった。また、いずれ」
「うん。――その時は仲間が10人ぐらいに増えていたりしてね」
「流石にそれは……ないだろ」
ない……よな?
……なんか心配になってきたぞ。
少し未来への心配をしつつ馬車に乗り込む。
俺の隣にユキが座り、向かいにレイミアが座る。
「それじゃあ、またな」
「うん。気をつけてね」
「じゃあね、ミーアさん」
「またね。ユキちゃん」
レイミアも馬車の中から頭を下げる。
「旦那、馬車出してもいいですかい?」
「はい。お願いします」
ゆっくりと馬車が動き始める。
徐々に離れて行くミーアさんは、こちらの姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
王都の門を潜り、目指すはサーバ帝国。
今度こそ何も問題が起きず、気ままに旅が出来る事を願い、ゆっくりと動く馬車の振動に身を任せる事にした。
◇◇◇◇◇
「へぇ、取り敢えず馬鹿では無かったみたいだね」
瞳に映るのは、凡そ3000もの魔物魔獣を従えて王都に向かう魔族の男。
「相手の実力が不明であれば偵察に向かわせるのが基本。――って、これは彼が考えた訳じゃなかったか」
何処か満足そうな表情で、赤い外套の男は言葉を洩らす。
「それにしても、あのゼアルとかいう悪魔の男。なかなか面白い能力を持ってるじゃないか」
場面は切り替わり、スクリーンに映るのは、剣に胸を貫かれ蹲る男。
しかし、その男が胸に刺さる剣を抜くと、瞬く間に傷が塞がっていく。
「彼の方は攻撃だけでなく回復力も異常か」
そう言って少し思案顔になる。
「まぁ、今更考えても仕方ないか」
そう呟き、空中に投影されているスクリーンを消す。
「さて、次はどう動くのかな。魔王サマ」




