第1話『彼女の名前』
本編開始です。
肌寒さを覚えて目が醒める。
まだ覚醒しきっていない頭で、ここが何処か確認しようとする。
「ん……ここは……?」
目が醒めるとそこは、森の中だった。
森ではあるが、周囲にある樹は皆枯れていた。
滅びの森、なんて言葉が似合いそうな場所に、俺は一人うつ伏せで倒れていた。
あまりにも現実離れしすぎた光景に唖然としながら、状況を整理しようと必死に頭を働かせる。
俺は確か、アポカリプスのサービス終了を知り、久し振りにゲームにログインしていたはずだ。
部屋で一人、パソコンの前でサービス終了のカウントダウンを眺めていて……。
そこからの記憶が、全くない。
カウントダウンまでは憶えている。
俺も最後だからとカウントダウンに参加したはずだ。
その後はどうした?
ベットで寝たのか?
どこかコンビニにでも出かけたのか?
全く、思い出せない
とにかく、まずここが何処なのか、それを確認しなければならない。
起き上がろうとした瞬間、あることに気がつく。
「なんだ……これ……?」
俺は、白で縁取りされた、漆黒の鎧に身を包んでいた。
なぜ鎧を着ているのか?そんな疑問が浮かぶ前に、またあることに気がつく。
「これって……リウスの……」
そう。アポカリプスで八年使用した俺のゲームキャラ『リウス』が着用していた鎧に、この鎧はよく似ていた。
まさかと思い、確認の意味も込めて背中と頭に手を回す。
その予想が当たっていない事を願いつつ、それでもどこか期待しながら。
頭には、耳から少し上のあたりに、二本の角が。背中には大きな剣と、紅いマント。そして、一対の真っ黒な翼が生えていた。
「嘘だろ……」
間違いない。間違えるはずもない。
俺は、アポカリプスで使用していたアバター『リウス』の姿になっていた。
◇◇◇◇◇
森で目が醒めてから、十数分。
俺は自分でも驚くほど冷静になっていた。
目が醒めた時こそ動揺したが、今ではこれからどうするべきかを考えられる程まで、気持ちは落ち着いていた。
さて、これからどうしようか。
一先ず、この森を出るか?
それより、今は何月何日で何時なんだろうか。
未だ空は明るいが、時間によっては今日はこの森で野宿をする事になるかもしれない。
ゲーム時代はメニューで日付と時刻は確認できたが、この世界でもメニューが使えるかは分からない。
というより、メニューなんてゲームのシステムだったものが存在するのか? 魔法やスキルは使えるのか?
それに、今俺は鎧と武器を装備しているだけで、食料なども持っていない。
金も何もないのだ。このままではいずれ飢え死にしてしまう。
「せめてメニューが使えればなぁ」
ポロっと意図せず言葉がこぼれ出た。
その瞬間、目の前に見慣れたメニュー画面が表示される。
「……」
(メニュー画面使えるのかよ!)
……まあ使えるのなら話は早い。
早速時間を確――。
「きゃあああああ!」
聞こえてきた悲鳴に思わず身構えるが、悲鳴はここから少し離れた場所からのものだった。
悲鳴のした方向へ向かうか逡巡する。
自分の右脚に目を向ける。数度力を入れて、運動能力に問題がない事を確認する。
「ここが何処だか分からない以上、人がいるのは心強い、か……」
俺はメニュー画面の操作を一先ず後回しにし、悲鳴のした方向へ走り出した。
◇◇◇◇◇
自分の走るスピードに驚きつつも、悲鳴の聞こえた場所に到着する。
そこには、高さ二メートルはあるかと思われる人の形をした黒い影と、それに襲われているであろう明るい茶髪の髪に犬耳を付けた女性がいた。
どちらも、こちらに気が付いた様子はない。
そしてその黒い影が、女性に向かって手を振り上げた瞬間……。
「避けろ!」
俺はとっさにそう叫び、背中に背負っていた剣を抜き、黒い影に向かい走り出す。
俺の声で我に返ったのか、女性はとっさに横に飛び、間一髪黒い影が振り下ろした腕を避ける。
俺はその影に――人であれば頭蓋にあたる部分目掛けて――剣を容赦無く振り降ろす。
剣で斬りつける事に不思議と躊躇いはなかった。尤も、それは相手がこの黒い影だからかもしれないが。
肉を切る感触。なんてものは分からないが、何か硬いものを切る手応えを感じながら、そのままの勢いで剣を地面に叩きつける。
ズドンッッッ!!!
という大きな音と共に土煙が巻き起こり、地面が揺れる。
比喩ではなく本当に揺れた。
土煙と揺れが収まり視界が開けると、先程までいた黒い影はいなくなり、剣を叩きつけた場所から真っ直ぐ十数メートル先まで、“地面が割れていた”
「嘘だろ……」
俺があまりの光景に驚いていると、影の攻撃を避けた為地面に転がっていた女性が立ち上がり、こちらに近寄ってきた。
「あ、あのっ! 助けていただきありがとうござ……えっ……?」
こんなもの見せられたらそりゃ驚くわな。と思いつつ、剣を鞘にしまい終わった俺も女性の方を向く。
女性は明るい茶色のセミロングの髪に、青と黒を合わせたような深みのある色の瞳。何処か幼さの残る整った顔つき。健康的な肌色の肌。そして、犬というよりも、狼のような耳と尻尾が生えていた。
街ですれ違えば間違いなく振り返ってしまうと断言できる程、美しい姿をしていると言える。
だが俺の意識は、その美しさには向いていなかった。
彼女の顔はとても懐かしく、そして見慣れた感じがした。
俺が何を言おうか迷っていると、彼女の方が先に口を開いた。
「もしかして、リウス……?」
その言葉に、俺の疑問は確信へ変わる。
「ユキ……?」
彼女の名前を、無意識に呟いていた。
書いてから気が付いたんですが、茶髪に狼の耳でユキって完全に某おおかみこどもの作品のキャラですよね。
まあ見たこと無いんですが。
ともあれそんな意図はないので気にしないで下さい。