第16話『混浴風呂あります』
お久しぶりです。
最近小説を書く息抜きに別の小説を書き始めてみたのですが、そっちに集中してしまい、この小説が進まないという事態に陥りました。
因みに公開するかどうかは今の所未定です。
日本人の入浴頻度は世界的に見ても高く、そんな日本で生まれた者で入浴という行為そのものを嫌う者は、全体から見ても少数派に入るだろう。
普段シャワーで済ませているからといって、俺は別に風呂嫌いというわけでは無い。
寧ろ好きか嫌いかで言えば好きな部類に入るだろう。
シャワーの方が短時間で済むため湯船に浸からないだけで、温泉旅館や大浴場のあるホテルに行っても尚、部屋のシャワーで済ませたりはしない。
だがしかし、そんな俺でも今日は大浴場ではなく部屋のシャワーで済ませたい気持ちになっていた。
今俺がいるのは宿の中にある大浴場の脱衣所。
だがその先にある風呂は男湯でも、当然女湯でもなく――――混浴風呂だった。
◇◇◇◇◇
馬車乗り場から数十分。
街が大きいということもあり、ギルドの場所が分かっていても、実際にその場に着くのにはそれなりの時間を要した。
ギルド自体はその大きさから大分離れた場所からでも確認出来た。
だが、実際に目の前に来るとその大きさはフィレストのギルドとは比べ物にならない程大きかった。
「うわぁ。大きいね〜」
「フィレストのギルドの倍……なんてレベルじゃないな」
単純な敷地面積の広さだけでなく、高さもかなり高かった。
目測だが、恐らく四階建ぐらいの高さはあるだろう。
周囲の建物もそれなりの大きさはあるが、ギルドと比べると小さく見えてしまう。
普段から人の出入りが激しいのか、大きな両開きの扉は開け放たれていた。
ギルドの扉を開ける必要がなかった為、中に入ってもフィレストの時程注目を浴びることはなかった。
ギルドの中はパッと見はフィレストのギルドと大差なかった。
唯一違うのは、ギルドの大きさが違うが故の人や椅子、テーブルの多さといったところか。
さて、先ずはミーア・リンダースさんを見つけなければ。
受付に行き、パッと目に付いたギルド職員に声を掛けることにする。
受付へ向かう際、もの凄い量の視線を感じたが、そういった事にいつの間にか慣れてしまったのか然程気にはならなかった。
「すいません」
「はーい。どうされました?」
「ミーア・リンダースさんという方を探しているんですが、今ギルドにいらっしゃいますか?」
「はい、いますよー。と言うよりそれ、私です」
「ああ、そうなん――えっ?」
自分がミーア・リンダースだと名乗る目の前の受付嬢は、瑠璃色の髪をショートヘアにし、目は真夏日の青空を閉じ込めたかの様な澄んだ青色をしていた。
見た目の年齢は二十代前半、ミュエさんよりも若く、明るく活発そうな印象だ。
「話は父から聞いています。リウスさまにユキさまですね?」
「あ、はい。貴女がミーア・リンダースさんでしたか」
「はい。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。俺がリウスで」
「私がユキだよ。よろしくねミーアさん」
想像していたイメージとは違ったが、何はともあれ知り合うことが出来て良かった。
「それで、早速訊きたいことがあるんですが――」
「そんなに硬くならなくても良いですよ。と言うより、私があまり敬語に慣れてないので……」
ミュエさんとは正反対な感じだな。
「了解した。ミーアさん」
「うん。ありがと! それで訊きたいことって?」
おお、本当に砕けたな。なんか慣れない……。
「えっと、今日から泊まる宿を探してるんだけど」
「どんな宿が良いとか希望の条件はある?」
「ああ、それなら」
「お風呂がある宿が良いんだけど……」
ユキが代わりに答える。
「お風呂っていうと、大浴場とかそういうこと?」
「うん。あるかな?」
「ちょっと待っててー。纏められたファイルがあるはずだからさ」
そう言ってミーアさんは受付の奥へ消えていった。
ユキとミーアさんはもう打ち解けた様子だ。気が合うのかも知れないな。
数分後、緑色のファイル――といっても紙が紐で綴じられているだけだが――を持ったミーアさんが戻ってきた。
「お待たせしましたー。大浴場のある宿は……全部で三つかな」
「ちょっと見せて?」
受け取ったファイルに綴じられた紙をペラペラと捲りながら、ユキが宿を選ぶ。
俺は特に希望は無かったので、宿選びはユキに任せることにした。
――その結果、あんな事になるなんて誰が想像出来ただろうか。
「あ、私ここが良いな」
「ん、決まったのか?」
ユキからファイルを受け取り、ユキが見ていたページを読んでみる。
宿の名前は『妖精静養亭』。
その宿は所謂高級宿で、値段もそこそこする。が、今の所持金と鑑みれば特に気にする必要もない程度の値段だ。
だが、俺はそれよりも遥かに気になるものを見つけた。
それは紙の下の方にデカデカと書かれた『混浴風呂あります!』という一文。
位置的にユキの目に入らなかったという事は考え難い。
ということは……。
……って、別にこれが理由で選んだわけではないだろう。
たまたま選んだ宿に混浴風呂があっただけだ。
「まあ、良いんじゃないか?」
「じゃあここにするね。ミーアさん。この宿って何処にあるの?」
「裏に地図が載ってるはずだから――あ、なんならその紙もう一枚持ってくるけど、いる?」
「あ、お願いするね」
ミーアさんがファイルを持って奥へ消えていく。
今度はそれほど時間も掛からずにミーアさんは戻ってきた。
「はいどうぞ」
「ありがとうミーアさん。それじゃあね」
「ありがとな」
「いえいえ〜。“楽しんできて”ね〜」
ミーアさんの声を背に受けながらギルドを後にした。
のだが、そのすぐ後。
「……ねえ、リウス」
「ん? どうした?」
「地図って……どう見るの……?」
ユキさん。地図読めない人なんですね。
◇◇◇◇◇
ギルドを出て数十分。
『妖精静養亭』はギルドから少々離れた位置にあった。
ギルドとは比ぶべくもないが、この世界一般の宿と比べれば遥かに大きいだろう。
宿の一階はロビーで、天井の中心には大きなシャンデリアがあり、受付には数組の宿泊客。
十分過ぎるほど用意されている宿泊客用のソファーには、チェックアウトを済ませたらしき男や、部屋で休めば良いものをわざわざここで睡眠を取っている者など様々だ。
家具や装飾などは高級宿の名に違わぬ豪華なものだった。
「まさに高級宿って感じだね」
「キラキラし過ぎて逆に落ち着かないな。取り敢えず受付に行くか」
手の空いている受付嬢に声を掛ける。
「すいません」
「はい。妖精静養亭にようこそお越しくださいました。宿泊ですか?」
「はい。二人部屋を一へ――」
「ねぇリウス」
部屋を取ろうとした所でユキに話しかけられる。
「ん? どうした?」
「二人部屋を取る必要ってあるかな?」
一瞬、ユキの言葉の意味が分からなかった。
だが、数秒後には俺はユキの言わんとすることを完全に理解していた。
いや、理解してしまった。
つまりユキが言いたいのはこういう事だ。
二人部屋にはベットが二つある。添い寝命令は解除していない為ベットは一つしか使わない。一つベットが余る。二人部屋を取る必要がない。ということだ。
いやまあ確かにその通りなのだが、大人の男女が宿を取る際に一部屋しか取らないというのは如何なものか。
しかしユキは至って真剣な様子。
まあユキさんが良いなら良いですけどね! 俺が耐えれば良いだけの話ですし!
「……じゃあ、一人部屋を一部屋お願いします」
「……? かしこまりました」
少し疑問を持った様子の受付嬢だが、直ぐに何事も無かったかのように仕事に戻る。
これがプロってやつなのだろうか。
お金を払い、鍵を受け取ったのでもう終わりかと思ったのだが、受付嬢が全ての原因となる言葉を投下する。
「お客様、混浴風呂のご予約はいかがいたしますか?」
…………え? 混浴?
そういえばチラシにも書いてあったな。もしかしたらこの宿はそれを売りにしているのかも知れない。
まあ入る予定もないから――。
「……お、お願いします……!」
「…………え?」
一瞬、自分の耳を疑った。
自分でも気付かないうちにしていた妄想が幻聴として聞こえたのかと思った程だ。
だがその声は紛れもなくユキから発せられたもの。
ユキ!? 受付の人の話聞いてた!?
「……ユキ、受付の人の話……聞いてた……?」
「う、うん……混浴、だよね?」
「えっと……入りたいの……?」
「その……入ったことないから、少し興味あって……リウスは嫌……かな?」
そんな顔真っ赤にして目を潤ませながら聞くのは反則じゃないですかね。
しかも身長差あるから少し上目遣いになってるし……!
恥ずかしいなら言わなければ良いと思うのだが……。
「いやっ、あの、嫌では……ないけど……」
幾ら人並み以上には忍耐力があると自負している俺も結局は男なワケでして。女性からの混浴の誘いなど、断れるわけがなかった。
「では、ご予約は何時に致しましょうか?」
受付の人が変わりなく対応してくれているのが唯一の救いだ。人前で何やってんだ俺達。
「今日と明日は既にご予約が埋まっていますので、早くとも明後日からとなりますが」
「じゃ、じゃあ、それでお願いします」
隣のユキはオーバヒートで行動不能の為代わりに俺が答える。
大きく振りそうなしっぽを必死に抑えているのか、しっぽが小刻みに震えていた。可愛いからやめて下さい本当。
「当日は夕方六時から入浴可能となります。清掃の関係上入浴は夜十二時までとなります」
「あ、はい。分かりました」
早口でそう返し、足早にその場を立ち去る。
もう、今日は早く寝よう……。
◇◇◇◇◇
恥ずかしさから逃げるように部屋に入った俺達は、宿の部屋の広さに恥ずかしさも忘れ驚いていた。
暖かな雄黄を基調とした部屋には寝室はもちろん、リビング、ダイニング、キッチン、浴場があり、マンションの一室と殆ど変わりなかった。
「広いな。これは……」
「あっ、キッチンまであるんだね〜」
「そうみたいだな」
まあ俺、料理出来ないんだが。
「リウスって料理出来る?」
「ん? いや、炒め物ぐらいなら作れるけど……凝った料理は出来ないな。ユキは出来るのか?」
「私も難しいのは出来ないけど、一般的な家庭料理ぐらいは出来るよ。家事全般は家で仕込まれたんだよね」
ああ、財閥の娘だから嫁に出すのを見越して、とかなのだろうか。
ユキの手料理か……凄く食べてみたい。
「難しい料理って例えばどんな?」
「海外の郷土料理とかじゃなければ大体作れるかな? レシピがあれば知らない料理でも作れるけど……。あ、でもフグは捌けないや」
…………それって基本何でも作れるのと変わらないのでは?
「今度、何か作ってくれるか?」
「え? うん! もちろん!」
今後の楽しみが一つ増えたな。
◇◇◇◇◇
それから二日後。
宿に着いた当日は王都の探索で殆ど潰れてしまった。
その翌日は早速料理を作るからと、食料の買い出しに行き、それで潰れてしまった。
そして、王都に来てから三日目。
もはやユキと一緒に寝ることが普通になった俺は、最初の頃の緊張もなく未だユキが眠るベットから起きる。
こうして一緒に暮らして約二週間だが、未だユキが俺よりも早く起きていたことはない。
まあ目覚まし無しでほぼ起きたい時間に起きれてしまう俺の方こそおかしいのだが。
目が覚めてから約三十分。
顔を洗い歯を磨き、普段ならここで着替えも済ませてしまうのだが、今日は朝からユキが手料理を作ってくれるらしく、外に出る予定が無いためパジャマ――と言っても適当なTシャツを寝巻きとして使っているだけだが――のままだ。
ユキが来ているのはネグリジェだ。
大分前にゲームのアップデートで追加された物で、装備が出来ないにも拘らず物珍しさから買ったものだったが、こんなところで使われることになるとは思わなかった。
因みに、俺が買ったネグリジェは絹や布で出来た物と、レースで出来たスケスケの物があるのだが、後者の着用は俺が全力で止めたのでユキが来ているのは絹で出来た“普通”のネグリジェだ。
ユキが起きるまで特にやることが無いので、アイテム欄でも眺めていようかと思っていると、ユキがベットからゆっくりと身体を起こした。
だが身体を起こしたからといって目が覚めているかといえば、それはまた違う。
おそらくユキの頭の半分以上はまだ眠ったままだろう。
この状態で声を掛ければ比較的すぐに目を覚ますのだが、 声を掛けないと五分ぐらいこの状態でフラフラと左右に揺れ続ける。
結構可愛いので最近は起こさずに眺めることにしている。
数分後、フラフラとメトロノームのように揺れていたユキがゆっくりと目を覚ます。
「んんっ……ふわぁ〜……」
大きなあくびと伸びを一つ。
これだけで辛いことがあっても頑張れるような気がする。
「おはようユキ」
「……おはよ〜」
まだ完全に目が覚めてないなこれは。
「取り敢えず顔でも洗ってきたら?」
「ん、そうする……」
今はこんな調子だが顔を洗えば一発で目が覚めるのがユキの凄いところ。
早起きが習慣になる前の俺では無理だな。
顔を洗い終わり洗面所からユキが出てくる。
顔を見た感じもう目は覚めたようだ。
「おはようリウス」
「ああ、おはよう。目は覚めたか?」
「うん、もう大丈夫。それじゃあ朝ご飯作るね」
貴女起きて十分も経ってないのに料理出来るんですか。
「何作るんだ?」
「朝だから無難にベーコンエッグかなぁ。もちろん食べたいのあれば作るよ?」
「いや、それで良いよ」
「分かった。少し待ってて」
料理を始めて数分。
ユキはとても手馴れた様子でベーコンエッグを作っていく。
手伝おうかとも思ったのだが、作っているのがベーコンエッグなだけに殆ど手伝うべきことがない。
食べ終わったら皿洗いぐらいは俺がやろう。
そんなことを考えていると、料理を作り終えたユキが両手にベーコンエッグとトーストを乗せてダイニングへ来た。
「お待たせ〜」
「お、美味しそうだな」
皿に乗っているのはごく普通のベーコンエッグとトーストなのだが、それが手料理というだけで通常の数倍美味しそうに見えた。
「それじゃ、いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
ユキの手作りベーコンエッグはお世辞無しにこれまで食べた物の中で一番美味しく、今後のユキの手料理への期待感が高まる。ベーコンエッグは朝でも問題なく食べ切ることが出来た。
尤もユキの手料理を残すなどという選択肢は元より俺にはないのだが。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
ユキが食器を片付けようと立ち上がるより先に、俺が立ち上がる。
「リウス?」
「後片付けぐらい俺がやるよ。ユキは休んでてくれ」
「私がやるからいいよ。リウスこそ休んでて」
「これぐらいやらせてくれ。全部やってもらうのは悪いからな」
「そんなことないけど……そこまで言うなら、お願いするね」
チャチャっと皿洗いを済ませ、リビングに戻る。
「お疲れ様」
「皿洗いしただけだよ」
ユキが座るソファーの隣に腰掛る。
さて、することがなくなった。
この世界には当然テレビも無ければ、パソコンやスマホのようなインターネット端末も無い。
とはいえ、娯楽が無いわけではない。
日本にもあったチェスなどの伝統的なボードゲームや、トランプなどのカードゲームも何故か存在する。が、どちらも買っていない為今は遊ぶことが出来ない。
昨日も王都で見かけたので買っておけば良かったと今更ながら思う。
「リウス、今日はどうするの?」
「今日は特に予定が――」
…………あったわ。夜六時から。
ここ数日すっかり忘れていた。
いや、気付いていないフリをしていたのかも知れない。
今から緊張してどうする俺。
……取り敢えず今は置いておこう。
「夜まで特に用事はないから……何か遊べるものを探すか」
思い立ったが吉日という諺もある。買っておいて損はしないだろう。
「遊べるもの?」
「今日みたいに何も予定がない時に遊べるものがあったら、こういう手持ち無沙汰を解消できるだろ?」
「あぁ、なるほどね」
「じゃ、早速着替えて探しに行くか」
◇◇◇◇◇
時間とは不思議なもので経過して欲しくないと思えば思う程、早く過ぎているように感じてしまう。
幾らチートのようなスキルが揃っている俺でも過去に遡ることは出来ない。せいぜい時間を止めるのが限界だ。
つまり何が言いたいかというと、予定の時間はすぐそこまで迫っているということだ。
「「…………」」
((き、気まずい……!))
時刻は現在午後五時十五分。
午後六時まであと四十五分。
十分ほど前までは買ってきたトランプで遊んでいた。一通り遊び終わり何気なく時間を確認すればもう五時過ぎ。それから一言も言葉を交わさずにもう二十分が経とうとしている。
因みに夕食は既に済ませてある。
「あ、あの、ユキ」
「な、なに? リウス」
「……取り敢えず、風呂は一回忘れよう。ずっとこうしているわけにもいかないし、な?」
「そ、そう、だね。うん。じゃあ、またトランプ、する?」
「……だな」
と、まあそんなことを言っても忘れられるわけがなく、結局殆ど言葉を交わさないまま予定の時間が来てしまった。
「……それじゃ、行くか」
「う、うん。行こうか」
まるで戦地にでも赴くかのような緊張ぶりで、俺達は大浴場へと足を進めた。
というか小説を書く息抜きに小説を書くってどうなんでしょうか。




